悠里がアトルランに召喚されたのは、俺が死んでから二週間後のことだったそうだ。
学校帰りの道端で突如光の柱に飲み込まれ、気が付いたらイルグリッサ王国にある〈地神教〉の神殿に降り立っていて、イングリットたち王族及び神殿関係者に平伏して出迎えられたという。
「あれ、〈混沌教〉じゃなくて〈地神教〉の神殿なのか。悠里拉致の実行犯は猫……〈混沌の女神〉のはずだが」
「はい。神託でそのように賜っています。イルグリッサ王国に〈混沌教〉の神殿はないため、代わりに〈地神教〉の神殿が選ばれました」
「あー、そういえば〈混沌教〉はマイナー宗教だったな。本当に周囲に迷惑しかかけない奴だ」
イングリットの説明を聞いて俺が悪態を付くと、悠里以外の面々がぎょっとしている。
まぁ大陸を守護する中柱の神を大っぴらに批判したのだから、驚かれるのは無理もない。
しかし俺は悠里を巻き込んだことを許していないから容赦せん。
当たり前だが突然拉致られた悠里は混乱していた。
王族であり〈地神教〉の信徒であり、聖女という肩書を持っていたイングリットが説得し、悠里がある程度納得するまでに三日を要する。
それから戦闘訓練を重ね、〈絶望半島〉へと出発したのは召喚から二週間後のこと。
悠里の【激情神の加護】は勇者仕様のため強力で、たった二週間の訓練で現在の戦闘能力を手に入れていた。
〈絶望半島〉で新たな仲間を迎え、イングリット含む五名で勇者パーティーを組み魔王軍と戦っていたが……イングリット以外の仲間はもういない。
悠里もイングリットも詳しく説明しないということは、そういうことなのだろう。
だから俺も詳しくは聞かなかった。
「しかし悠里もよく納得したな。急に勇者と言われて」
「拒否権はなかったから、半分諦めてたよ。ただ魔王降臨の阻止、もしくは討伐した後なら、望めば元の世界に帰してくれるんだって」
それは本当だろうか?
日本側からすると現在進行形で悠里は行方不明だから、急に帰還しても大騒ぎになるのは間違いないだろう。
その辺りの調整があの猫に出来るとも思えない。
早急に確認したかったが、いつもならふらっと現れる猫の姿がどこにもなかった。
不特定多数の人間がいるからこの場には現れないとしても、四次元頬袋内にも現れないのは嫌な予感がする。
「それにしても叔父さんが生きてて……ううん、生き返ってて本当によかった。一緒に日本に帰れるよね?」
「悠里はともかく、俺は物理的にも法的にも死亡しているからなぁ」
もし俺が人間の体を取り戻して日本に帰ったら、悠里以上に大騒ぎになるだろう。
俺の墓を暴いてDNA鑑定して、どちらも本物と知られたら、生命倫理を無視して造られたクローン人間だと疑われてしまうかもしれない。
それに俺が日本に帰る理由もあまりなかった。
人間の姿には戻りたいが、この世界で出会った仲間たちを残して去ることに寂しさを感じている。
言葉を濁していると、不意に俺の視界が暗くなった。
「ユーリ! 落ち着いて!」
俺が帰れないかもしれないと聞いて動揺したのだろう。
悠里が俯き、漆黒のオーラを纏い始めている。
まずい、悠里を不安にさせるような反応をしてしまった。
「叔父さんを死なせたのが〈混沌の女神〉だっけ? そいつをとっちめたら叔父さんは日本に帰れる?」
「落ち着くんだ悠里。俺が帰れるかどうかは、魔王をどうにかした後に考えても遅くない。〈混沌の女神〉をとっちめるのは決定事項で構わないが」
「それならいいけど」
「えっ」
悠里まで〈混沌の女神〉に対して辛辣になっているので、イングリットが戸惑っていた。
「それにしても驚きました。トウジが勇者様の親族で、元は人族だったなんて」
驚いたと言う割に無表情のまま、クラリスが俺の灰褐色の毛並みを撫でる。
「でも人族の姿に戻るなら、異種族間という問題も解決しますね」
「あら、何の話かしら? クラリス」
「私とトウジが結婚するという話です。お姉様」
「姫様!?」
今度はクラリスの家臣で、傍に控えていたセイヴァスが慌て始めた。
そういえば前にうちの子になれとか言っていたな。
なるつもりはないから適当に聞き流していたが。
「お戯れも程々にしてください。異種族だから同衾されることにも目をつぶりましたが、同族となると冗談では済まされなくなります。婚約者である同盟国の王子になんと説明すればよいのですか」
「どうせ政略結婚するなら丸々太った中年王子よりも、大陸を救う勇者の親族でしょう? それともセイヴァスはあの脂ぎった男に私が蹂躙されたほうが良いの?」
「そ、それは……」
何を想像したのか知らないが、苦悶の表情を浮かべるセイヴァス。
大陸が変わっても王侯貴族は政略結婚が当たり前らしい。
毎回美女と野獣みたいな組み合わせなのが不思議だが。
「それにもう同衾した事実は消えないから手遅れよ」
「確かにあの油王子と比べたら、トウジ様のほうが断然良いわね。何ならお姉ちゃんも混ぜてくださいな」
「お姉様は第一王女だからさすがに無理じゃない?」
「いや、勝手なことを言われても困るんだが」
姉妹でわいわい盛り上がっているので釘を刺す。
それ以上はやめてくれ、悠里が今度は赤いオーラを纏っているから。
叔父さんが自分の同年代の女の子とどうこうなんて、そりゃあ不快でしかないだろう。
「叔父さん、クラリスさんと寝たの?」
「言い方がよくないな! ただ抱き枕にされただけだよ」
「……るい」
「え?」
「ずるい! 私も叔父さん、じゃなくて〈コラン君〉を抱き枕にする」
「ええ……まぁ別にいいけど」
「やった」
俺の答えに満足したのか、悠里を纏っていた怒り? のオーラが霧散する。
ここまで感情に左右される加護って大丈夫なのだろうか?
保護者としてしっかり悠里のメンタルはケアしなければ、そう誓う俺であった。
「それなら今晩は四人で仲良く寝ましょうか」
「ええ……」
結局俺は女子会に用意されたぬいぐるみのようなポジションに収まって一晩を明かした。
俺としてはまあまあの苦行だったが、悠里の気晴らしにはなったようなので良しとしよう。
翌朝、王女たちの部屋から出るところを偶然ラナクに目撃された。
そういえば彼らも砦に滞在していたっけか。
顎が外れんばかりに大口を開けて驚いているが、イケメンが思うような甘い一夜ではない。
どちらかというと、あれは〈コラン君〉の着ぐるみ営業だったな。
説明するのも面倒だ。
驚いたままのラナクをその場に残して、俺はクールに去るのであった。