水の
〈コラン君〉の丸い体を仰け反らせると、その上を鋭い歯を剥き出しにしたシャチが通過した。
何なら水の吐息より泳いできた本体の方が速いんじゃないだろうか。
仰け反った勢いで後方へでんぐり返ししていると、反転した視界でシャチが悠里へと向かっていた。
悠里は回避することなく、手にした剣でシャチを迎え撃つ。
【激情神の加護】で全身だけでなく剣にも淡い金色のオーラを纏わせていて、某戦闘民族が怒って覚醒した時みたいになっていた。
悠里の振り抜いた剣とシャチの歯が激突し、金属同士がぶつかるような甲高い音が鳴り響く。
衝撃を悠里は受け止めたがシャチは後方に弾き飛ばされ、空中で宙返りしてから着地した。
シャチの歯の一部分が欠けて顎から血が零れているが、悠里の剣は刃こぼれ一つない。
悠里の剣は業物でもない普通の剣だ。
なんでも切れ味は纏わせたオーラに依存するため、業物だろうがなまくらだろうが関係ないんだそうだ。
押し負けたシャチだが戦意は衰えていない。
唸り声をあげ悠里に突っ込もうとしたが、突如地面から水の蔦のようなものが数本生えて、シャチの足に絡みついた。
イングリットの魔術 《水拘束》だ。
周囲はシャチの水の吐息により水浸しになっていたので、その水を有効利用していた。
歩行はあまり得意ではないのだろう。
シャチが水の蔦に捕らわれもたもたしていると、頭上からちりちりと俺の毛皮を焦がすような熱を感じた。
見上げれば直径二メートルほどの蒼い炎の塊が浮かんでいて、シャチに向かって落ちていく。
これはクラリスの魔術 《火球》だ。
【伝熱神の加護】を持つクラリスは、その伝熱を司る神という名前の通り、火魔術の火力を上げることができた。
高温の証である蒼い炎の《火球》がシャチの全身を包み込み、あっという間に焼き尽くしてしまう。
断末魔は温度差により風が吹き荒れ、聞こえなかった。
「おおう、凄い火力だ」
「魔術抵抗の弱い相手ならこんなものよ」
俺の背後からクラリスがいつもの無表情……いや、僅かに口角を上げてドヤ顔になっている。
出会ってからは毎日クラリスと顔を合わせているので、表情の機微もかなりわかるようになってきたな。
「俺の出番なく終わってしまった」
「連携の確認はできたからいいんじゃない?」
「うーん、できてたか? シャチを瞬殺しちゃったけど」
「それではもう少し戦闘に参加しましょう。戦闘経験のない組み合わせの私とトウジ、ユーリとクラリスのペアから始めましょう」
シャチ以上の強敵は現れていないので、普通のサハギンを倒していく。
連携は問題なかった。
というか後衛のイングリットとクラリスが優秀で、前衛の俺と悠里は立ち位置と攻撃間隔を少し意識するだけで援護を差し込んでくれる。
そして他の義勇兵に混ざって戦っていると、周囲からの視線を感じた。
悠里や姉妹を見る目は相変わらず暖かいが、俺に対しては様々な感情があるようだ。
鼠人族? のような謎の亜人種族への困惑。
本当に勇者パーティーに選ばれるほどの実力なのかという疑念。
そして純粋な嫉妬、といったところだろうか。
先日の砦で暴走した悠里を止めたり、流星雄牛の討伐で大立ち回りをしているのだが、全員が目撃しているわけでもないので仕方ない。
あと勇者パーティー入りを諦めていない猛者が数名いるようで、俺達の周囲でアピールするかのように大技を使っている。
その中にはラナクも混ざっていて、光る矢がサハギンの群れに降り注いでいた。
サハギンは続々と川から這い上がってきていて、某無双ゲームの雑魚敵のように群がっている。
「勇者パーティーの募集はしないと宣言しているのに邪魔ね。トウジ、やっておしまい」
「うーん、まぁやっておしまうか」
クラリスに促されて、俺は愛用している大剣 〈月明剣〉に魔力を籠める。
今後もこうやってアピールされても面倒なので、俺の実力は示しておいたほうがいいだろう。
淡く発光を始める大剣を担いで前線に突っ込むと、そこには巨大な
「だぁっはっはっは! 〈杭穿ち〉ドズム様に潰せぬものはない!」
そいつは上半身裸、筋骨隆々の大男で、俺の接近に気が付くとわざわざ名乗りを上げてからサハギンに戦槌を叩きつける。
サハギンは手に持った銛を掲げて防ごうとしたが、戦槌と接触した瞬間に枯れ枝のようにぽきりと折れ、そのまま上半身が圧し潰された。
ドズムと名乗った大男が戦槌を勢いよく引き寄せると、引っかかっていたサハギンの下半身が後方へ転がっていく。
「どうだ! 魚もどきなど一撃で十分。俺こそ勇者の仲間にふさわしいのだ!」
などと叫びながらちらちらと俺の方を見てくる。
ふむ、期待には答えないとな。
俺に向かってきたサハギンが銛を突き出してきたので、左前方に移動しながら紙一重で躱す。
すれ違いざまに大剣でサハギンを撫でると、抵抗なく腰の辺りを通過した。
青白い魔力を纏い切れ味が増しているからか、斬られた直後のサハギンは痛みを感じていないようだ。
通過した俺に向き直ろうとして足を動かした瞬間、支えを失った上半身がずれて地面に落ちた。
背中で断末魔を聞きながら、俺は次のサハギンに詰め寄る。
鉈を振りかぶっていたそいつの腕と首を刎ねると、横から別のやつが銛を構えて突っ込んできた。
黄色い鳥足を蹴り上げ銛を蹴飛ばし、宙返りしながら空きの胴体に大剣を叩きこむ。
股下から脳天まで切っ先が通り抜け、サハギンの右半身と左半身が泣き別れした。
「う、うおおおおお!」
一連の流れをぽかんと見ていたドズムが、慌てて戦槌を構えなおしてサハギンの群れに突っ込んでいく。
手早く処理したので、俺が三体を屠る時間とドズムが一体を屠る時間はほぼ同じだった。
そりゃあ慌てるだろう。
だがしかし〈月明剣〉の魔力チャージはまだ一割。
五割ほど貯めると、斬撃を青白い光波として飛ばすことができた。
俺はチャージしながらサハギンの群れを突き進み、
そしてチャージが完了した瞬間、サハギンの群れに向かって光波を放った。
横振りした大剣から、三日月状の刃が飛び出す。
最初は大剣と同じ幅の光波だったが、扇状に広がりサハギンを薙ぎ払っていく。
一気に三十匹は屠っただろうか。
胴体や首を切断されたサハギンたちの血で、地面と川が赤く染まっていた。
「さすがトウジ。このくらいでいいでしょう」
振り向くと先ほどよりドヤ加減が増したクラリスが、むふーといった感じで腰に手を当て胸を張っていた。
その後ろではドズムが真っ青な顔で俺を見つめている。
なんとも対照的な光景であった。