城門へ近づくと、これまで雨のように降り注いでいた矢と魔術が急に止む。
それは魔王軍の歩兵部隊への
本来なら城門へ近づく前にもっと被害が出ていたかもしれないが、俺たちの活躍もあって勇者軍の被害は軽微。
向こうの想定よりも一歩有利な状況だと言えよう。
魔王軍の歩兵部隊の前列には大盾を構えたオークがずらりと並び、こちらに向かって突っ込んでくる。
勇者軍もやはり盾を構えた前衛が迎え撃ち、両軍入り乱れての戦闘が始まった。
「うーん」
「どうした?」
俺の横で戦況を観察していたクラリスが唸ったので問いかける。
「魔王軍の戦力が少なすぎる。このままだと私たちの出番がないくらいに」
「城内に戦力を集めてるんじゃない?」
「仮にそうだとしても、もう少し城外に戦力を配置すると思います。これでは時間稼ぎが精々です……なんだか嫌な予感がします」
王女姉妹が訝しむ一方で、俺と悠里はピンときていなかった。
俺たちは個の戦力は高いかもしれないが、平和な日本からやってきているので戦略や戦術に関しては素人だ。
戦争教育を受け、戦慣れしている現地人の意見は軽視できないだろう。
俺も何か見落としていないかとエゾモモンガの耳をピコピコ、鼻をスンスンさせて戦場を観察する。
両軍の剣と盾がぶつかり合う音、流れる血の匂い……に混ざって微かな刺激臭。
「これは腐臭? 見る限り魔王軍に不死族はいないし、城内から漂ってるってことか?」
「トウジ!」
「うわっ」
マフラーから急に猫が顔を出したため、思わず声を上げてしまった。
「「ふわあああ」」「この間の喋る猫さん!」
「おいおい、人前に出てきていいのか?」
「緊急事態だよ。魔王復活まで時間がない」
「えっ、今日の夕暮れまで大丈夫じゃなかったのか?」
「かなり強引な方法で時短してるみたいだ。今すぐにでも止めないとマズイ」
「わかった、それなら全力で向かおう。悠里、先行するからこの場は任せた」
「ちょっと叔父さん!」
動揺して叔父さん呼びに戻っている悠里の返事を待たずに、俺は魔術を発動させた。
『風よ!』
足元から上昇気流のような突風が吹き荒れ、俺の体が撃ち上げられる。
『風よ』『風よ』『風よ』『風よ』
ごちそうである俺の魔力を報酬として受け取った風の精霊は、張り切って俺を吹き飛ばす。
格好の的好のである俺に止んでいた矢や魔術が飛んでくるが、多方向からの突風を受けて空中をジグザグに進む俺には当たらない。
「祝福はどこだ?」
「右端にある尖塔から地下に侵入できるよ」
城壁を飛び越え城内を見下ろすと、魔王軍の影は一つも見当たらない。
城外と城壁にしか敵がいないとなると、これはいよいよ不測の事態だ。
猫の指示した尖塔の前に着地し、扉を蹴破って中に侵入。
上りと下りの階段をそれぞれ発見。
後者を駆け降りながら相棒の〈月明剣〉に魔力を籠める。
螺旋階段をたっぷり十週分ほど降りるとそこは、石造りの広い空間になっていた。
ドーム型の野球場くらいあり、とても城の地下とは思えない。
かつて潜った迷宮の内部に似ていた。
そして中央、野球場で言うところのマウンドに当たる場所に、直径二十メートルほどの魔法陣がある。
魔法陣は赤黒く発光していて実に禍々しいのだが、その周囲も負けていない。
「腐臭の正体はこれか」
魔法陣の周囲には、無数の屍が積み上がっていた。
ゴブリンから始まりオーガ―にトロール、闇森人に吸血鬼、なんと巨大な竜までいるではないか。
多種多様な闇の眷属と邪人の屍があり、状態も白骨化していたり腐乱していたり、死後硬直も始まっていないような新鮮なものだったりと様々だ。
これらは生け贄だった。
時間を稼ぐための最低限の戦力を残して、それ以外のすべてを魔王召喚の糧にしようというのだ。
そりゃあ俺と悠里が苦戦するような奴まで生け贄にすれば、魔王召喚も早まるだろう。
広い空間に無数の屍。
動いているのは俺と、魔法陣の中にいる奴の二人だけ。
俺が近づくとそいつは振り向く。
黒衣の男は、俺を見て微笑んだ。
「いやはや、三度、
「……またお前か、ラウグスト」
この男、ラウグストは外様の神〈黒茨卿〉を信奉する〈茨棘教団〉の長で、過去に二度遭遇し撃退している。
〈黒茨卿〉の勢力がいるとは聞いていたが、まさかラウグストとはな。
「祝福は左奥にある祠だよ」
小声で俺に話しかけた猫にラウグストが反応した。
「なんと、〈混沌の女神〉の写し見ですか。なるほど、神が直接世界に干渉していたのですね。道理で我が大敵がこの最終局面に都合よく現れるわけです。そちらが鬼札を切るのであれば、こちらも帳尻を合わせなければ―――」
ラウグストの言葉を最後まで律儀に聞く義理などない。
これも時間稼ぎかもしれないからな。
一足飛びでラウグスト目掛けて突っ込むと、魔力が充填された〈月明剣〉を振るう。
切っ先は何の抵抗もなくラウグストの首筋を通過した。
俺はそのまま祝福がある祠へと向かう。
その祠は捻じれた角の生えた女性の像が祀られていて、正しく邪神像といった雰囲気を醸し出していた。
四次元頬袋内で待機していたレジータ、ブロンディア、エリスを解き放ち、急いで祝福の解放に取り掛かる。
「おやおや、そちらにいるのは〈開拓の女神〉とその腹心ではありませんか」
振り返ると、ラウグストの頭が高い位置にある。
俺が刎ねたはずの首は、切断面から伸びた茨によって胴体と繋がっていた。
「外様の神の一員でありながら、創造神に味方するとは。ああ、元々裏切るのは得意な阿婆擦れでしたね」
「貴様! 神の下僕如きがエリス様を愚弄するな」
主を貶されてブロンディアが怒りを露わにする。
怒気は神気となって周囲に拡散されそうになったが、エリスが先に展開した黒いドームによって吸収された。
「力を抑えなさい、ブロンディア。私たちの神気で〈世界網〉を歪ませてしまったら、相手の思う壺ですよ」
「っ、申し訳ありません」
「龍脈を押さえて魔王召喚の邪魔をしようというのですか? そうはさせませんよ」
ラウグストの纏う黒いローブの裾から無数の茨が伸びて地を這う。
放射状に延びた茨が魔法陣の周辺の屍に絡みつき、変化を引き起こす。
白骨や腐乱死体には茨の肉のように詰まり欠損が補われた。
新鮮な死体には内側へ侵入した茨が神経を支配するか、外骨格のように表面を覆ったりして強制的に体を操られる。
死して尚、魔王に忠誠を誓う軍勢の誕生であった。