フィンに襲われかけた後も数日間、
そろそろ次のお礼参りに向かうとしよう。
沢山の妖精たちに見送られながら、竜の姿に戻ったシンクが空へと飛び立つ。
シンクの背中には〈コラン君〉の姿の俺とフィン、ユキヨが乗っている。
目指すはリージスの樹海の深層にある竜族の棲家。
シンクの実家だ。
リージスの樹海は俺の故郷である北海道くらいの広さがあるが、竜が本気で飛べば小一時間で横断できた。
竜族の棲家は樹海の中心にあるので、三十分程度のフライトとなる。
本日の天気は快晴。
眼下にはどこまでも続く木々、文字通り樹海が広がっていた。
向かう先には雪化粧をした山脈が見えている。
北海道規模の樹海の中心に聳える山々、それはさながら大雪山連峰を彷彿とさせた。
(雪だ~~~~)
雪を発見してユキヨが興奮している。
熱い場所が平気どころか、自身の体をコーティングして風呂に入ったりもするユキヨだ。
そういえば君は雪の精霊だったねと、思い出す場面が多々ある。
「Gawooooooooooooow!(上と横、どっちから入る?)」
「あー、前回は横だったし上がいいかな」
竜族の棲家は山頂の内部にあり、入口が二つあった。
横は山の側面にある入口で、人間サイズ用になっている。
遥か昔には竜族を信奉する人族がいたらしく、内部の岩壁は彫刻が施され神殿のような見栄えになっていた。
上の入口は竜サイズ用で、山頂にある噴火口から竜の姿のままダイナミック帰宅できる。
「Gyaooooooooooo!(ただいまー)」
シンクが帰宅の
ぴかっと光ると赤いワンピース(地球の既製品)を着た幼女に変身。
背に乗っていた俺たちも空中に放り出されたが、今更その程度で慌てる俺たちではない。
ひらりと地面に着地した。
「シンクお嬢様、おかえりなさいませ」
声がして振り返ると、メイドさんが深々と一礼していた。
奥ゆかしいオールドタイプの、エプロンドレス仕様になっているメイド服姿で、癖のないプラチナブロンドの長い髪を腰のあたりで結んでいる。
一礼を終えて上げた頭には、シンクと同じ竜の証である角が生えていた。
彼女は竜族の娘、クレイアネッサ。
通称クレアである。
「ただいまクレア」
「ハクア様とは再会できたのでしょうか?」
「ん、できた。つもるはなしがたくさんある」
嬉しそうに報告するシンクを見てクレアも頬を緩めた。
「承知しました。皆さんこちらへお越しください。マリア様をお呼びいたします」
俺たちを見回してからクレアの案内でぞろぞろ移動を始める。
ちなみにクレアは俺を見る時だけスン、と無表情になった。
そう、何故かクレアさんは俺に対してだけ辛辣なのである。
いやまぁ理由ははっきりしているか。
シンクは俺と番になると公言してはばからないが、クレアはそれを認めていない。
種族差か、年齢差か、実力差か、ゆるキャラの見た目か……全部か。
俺如きではシンクに相応しくないと思っているのだろう。
それはそう。
俺自身もそう思うが、一途に想ってくれているシンクの手前、あまり無下にもできなかった。
大きくなったらパパと結婚する、くらいの時間感覚だとは思う。
なので現状はお茶を濁しつつ、クレアの辛辣な態度は甘んじて受ける俺なのであった。
「おかえりなさいシンク。トウジ君とフィンちゃんも久しぶりね。そっちの涼しそうな子ははじめましてね」
巨大な一枚岩の大理石をくり抜いて作ったようなテーブルと椅子のある場所に案内され、出された紅茶を啜っていると、白いドレス姿の妙齢美女が現れた。
波打った銀髪を肩口で揃え、透き通る肌はドレスと同じかそれ以上に白い。
全体的に真っ白なので、赤い瞳と額から生えた角がより際立って見える。
彼女はシンクの叔母マリーアンネフティ。
通称マリアだ。
「今日はゆっくりしていけるの?」
「はい。特に急ぎの用事はありませんので」
「それなら是非泊っていってちょうだい。空き部屋はたくさんあるの。クレア、準備をよろしくね」
「承知いたしました」
クレアはちらりと俺に冷たい一瞥をくれてから下がる。
マリアがそれを見て申し訳なさそうに言った。
「ごめんね。あの子に悪気は、あまりないのよ」
「はは……理解しているので大丈夫です。出立する時に頂いた財宝、とても役に立ちました。ありがとうございました」
「本当? それならよかったわ。私たちが持ってても使い道がなかったし。正に宝の持ち腐れね」
それからゆっくり時間をかけて、旅の内容を報告した。
特に旅の主目的であったシンクの姉、ハクアとの出会いは丁寧に説明する。
異世界転生の先輩であるニール、竜巫女のフレンと行動を共にしていたハクアであったが、外様の神にニールたちを攫われてしまった。
そのタイミングで俺たちと偶然再会を果たし、協力してニールたちを奪還。
そして友好関係を築いた外様の神エリスたちと共に、ニールの故郷である(並行世界の)地球へと宇宙船で旅立っていった。
さすがにアトルランの外へ行ったとまでは、思っていなかったようだ。
マリアだけでなく、お茶のおかわりを持って戻ってきたクレアも驚いていた。
「またお姉ちゃんが遠くに行ってしまったけれど、シンクは寂しくない?」
「だいじょうぶ。トウジがいるから」
「そう、そらなら安心ね」
俺の腹……〈コラン君〉の灰褐色の腹に顔をうずめているシンクを見て、マリアが優しい笑みを浮かべた。
ちなみに竜巫女のフレンもリージスの樹海が故郷だが、今回は里帰りしていない。
冒険者のクリスやドラミアーデと意気投合したので、今頃はヨルドラン帝国にある〈残響する凱歌の迷宮〉に潜っているだろう。
「それにしてもあの【開拓の女神】エリスが帰ってきたのねぇ」
外様の神エリスだが、元々は創造神が生み出した神の一柱で味方であった。
神話の時代、外様の神との戦いの中でエリスは囚われ、外様の神に変貌してしまっていたのだ。
マリアが感慨深そうにしているが、エリスと面識があるのだろうか?
神話の時代だから大昔のはずだが、竜族も長生きらしいしマリアも……あ、優しい笑みが怖い笑みに切り替わった。
これはタブーっぽいので、四次元頬袋内にいるエリスの分体については触れないでおこう。
さくっと次の話題に進めたほうがいいな。
「ラディソーマという場所ではアレフさんにも会いましたよ」
「そういえば昔、アレフが出かけて帰ってこなかった時期があったけれど、ラディソーマで何をしていたの?」
どうやらアレフが人族の奴隷カチュアと結婚して子孫を残し、国を興していたことは知らなかったようだ。
あらあら、まあまあと、マリアとクレアはニヤニヤしながらアレフの昔話を聞いていた。
……ごめんアレフ叔父さん、秘密にしてた? 里帰りしたら散々弄られるかも。
バラしちゃったけど許してね。
「その後もなんやかんやありまして、最終的に俺が〈多相の神〉に陞神しちゃったんですよ」
「それで前以上に神気を纏っていたのね」
「これでトウジも長生きになった。番になってもあんしん」
「その程度でシンク様の番になろうなどとは、烏滸がましいですね」
神だとしても小柱程度では、クレアの心証はよくならなかったらしい。
相変わらず俺への眼差しが冷たい。
別にいいけど。
「念願の人の姿を手に入れたのでしょう? 私たちに披露してもらえないかしら」
「あ、そうですね。それでは」
俺はぺかーと体を光らせると、益子藤治の姿に変身した。
服装は地球製の平凡なシャツとズボン。
冴えない三十歳のおっさんの登場である。
「―――――!?」
「とまぁ、こんな感じです……クレアさん、どうかしました?」
俺の姿を見た瞬間、クレアが口元を押さえて俯いた。
隙間から見える顔が真っ赤になっている。
「お、お茶の替えを用意しますので、失礼します」
そそくさと立ち去ってしまった。
「あらあら、まあまあ」
「俺の人の姿、そこまで酷かったですかね?」
そりゃあ美形とは程遠いけどさァッ。
心へのダメージがすさまじい。
「ふふっ、違うわ。逆なの。あの子ね、枯れ専なのよ」
「はい?」
「トウジ君のちょっとくたびれた感じが、クレアの好みのど真ん中ね。昔から年上が好きなのよあの子」
「ええ……」
三十歳で枯れ専扱いは酷くない?
いや嫌悪されるよりはいいけどさ。
一連のやり取りを見て、機嫌が急降下しているのはシンクだ。
「むう、トウジは私の番なの。クレアはだめ。うわきはだめ」
頬を膨らませて、可愛らしく怒っていた。
いたた、腹を抓らないで、腹を。