「お疲れ様でしたー」
俺が市役所を出たのは定時ジャストの五時半だったが、外は既に真っ暗だった。
冬の北海道は日没が早いのである。
ショッピングモールでの〈コラン君〉の着ぐるみアルバイトを終えて、俺は足早に帰路に着く。
どこかの〈混沌の女神〉のうっかりのせいで死んだ俺は、異世界アトルランにご当地ゆるキャラ〈コラン君〉の姿で転生した。
その後なんやかんやと頑張り、最終的に〈多相の神〉へ陞神して地球に帰還した。
この〈多相の神〉というのは並行世界である異世界と地球、その両方に同時に存在できる力を持っている。
つまり俺は現在地球にいるが、時を同じくして異世界にも俺はいるのだ。
そして意識は常に同期しているので、どちらも正真正銘俺である。
神の力は手に入れたものの、アルバイターな俺という存在は変わらないので、こうして毎日一生懸命働いているのであった。
泣けるぜ。
晩飯どうしようかな。
今日は悠里も翼たちも家には来ないので、適当にコンビニ弁当でいいか。
そんなことを考えながら仲通りに入った時、人払いの
いや、いきなり人払いの結界ってなんだよって話だが、そういう結界があるのだ。
神にもなると認知できてしまうのである。
ただしあるのは異世界にであって、地球にあるはずがない。
少なくとも俺は聞かされていなかった。
これは後で猫を問い詰めなければなるまい。
さて、人払いの結界が張られているということは、人を近寄らせたくない何かがここで行われているということだ。
このまま回れ右してなかったことにしようか?
しかし地元の知らない所で超常現象的なトラブルが発生して、悠里たちに被害が及ぶと困る。
最低限、状況だけでも確認しとくか。
俺は周囲を警戒しながら仲通りを進む。
閑散とした駐車場に差しかかると、そこにいたのは……
「ええ……何あれ」
青白い皮膚をした人型の怪物がいた。
筋肉質な体に山羊の角。
古き良き地下十階まで潜るタイプのRPGに出てくる上級悪魔さんみたいな奴だ。
そんな上級悪魔と戦っているのは、制服姿の女子高生と思われる少女。
燃えるような赤い髪が特徴的で、手にした呪符のようなものを投げると、火の玉となって怪物に飛んでいく。
見た所、威力は異世界の魔術《火球》よりやや弱いくらいだろうか。
上級悪魔に直撃したが、皮膚の表面が少し焦げただけだった。
お返しとばかりに上級悪魔が手の平から氷の刃を飛ばすと、女子高生は横に飛んで躱した。
雪の積もった駐車場の地面を、盛大に転がってから起き上がる。
街灯に照らされた可愛らしい顔は、険しい表情を浮かべていた。
まぁ苦戦しているよね。
某RPG基準だと上級悪魔に魔術はほぼ効かないはず。
これは詰んでいるのでは。
事情は全くわからないけど、これは助太刀するしかないか。
上級悪魔に……というのは二割くらい冗談だ。
ただ現時点で女子高生が善で上位悪魔が悪だとは断定できないからな。
多様性が進む昨今、見た目だけで判断はできないのだ。
その後も火球と氷刃の応酬が続いたが、次第に女子高生の旗色が悪くなる。
ついに氷刃が躱しきれなくなり、白い素足が切り裂かれ鮮血が舞う。
地面に倒れ伏す女子高生を見て、上級悪魔がニタリと笑った。
よし、あいつ何か悪者っぽいし、もう女子高生の味方でいいかな。
そう判断して俺が飛び出そうとした時、覚悟を決めた表情の女子高生がブレザーのポケットから大量の呪符を取り出す。
そして全部を一気に投げた。
「あちっ」
空中に浮かぶ無数の火球。
薄暗い街灯が唯一の照明だった仲通りが、火球の炎で夕暮れ時のように赤く染まる。
文字通り火の雨が上級悪魔に降り注ぐ。
熱によって周囲の雪が蒸発して蒸気で視界が真っ白になる。
終始一貫して上級悪魔は火球を回避する素振りは見せなかったが……ああ、やはりか。
蒸気が晴れると、そこには何の痛痒も感じていない上級悪魔の姿があった。
魔力を使い過ぎたのだろう。
女子高生は気絶していて、足の傷から血が流れ続けていた。
早く止血しないと命に関わる。
俺は上級悪魔に向かって走り出す。
こちらの存在を察知して振り向くがもう遅い。
俺はピカっと光って〈コラン君〉の姿に変身すると、四次元頬袋から愛剣の〈月明剣〉をぺいっと取り出す。
《氷刃》を飛ばそうと手を翳した上級悪魔の懐に飛び込み、すれ違い様に横薙ぎ一閃。
「あれっ、手応えがない?」
躱されたかと思って振り返ると、上半身と下半身が泣き別れした上級悪魔の姿がちゃんとあった。
事切れた巨体が地面に転がり、臓物が飛び出しているので結構グロテスクなことになっている。
俺が強すぎた、ということでいいのだろうか?
〈月明剣〉に魔力を込めて威力を上げるまでもなかったようだ。
異世界とは加減が違い過ぎていまいちピンとこない。
「っと、早く治療しないとな」
俺は女子高生に駆け寄り、四次元頬袋から治癒の霊薬を取り出す。
益子藤治の姿に戻って女子高生を抱きかかえ、足に霊薬を振りかけると、みるみるうちに傷が塞がった。
異世界は文明レベルでは劣っているが、こういう即効性のある霊薬は大きな利点と言えるだろう。
傷は塞がったが女子高生が目覚める様子はなかった。
失血と魔力欠乏のダブルパンチだし無理もないか。
これからどうしようと悩んでいると、パトカーのサイレンの音が聞こえ、人の気配も近づいてくる。
うーんまずい。
今の俺は傍から見れば、意識のない女子高生を抱きかかえる不信な男でしかない。
女子高生が目覚めても俺の活躍なんて見てないだろうし、命の恩人どころか悲鳴を上げられそうだ。
一応上級悪魔の死体が残っているが、事情を知らない俺は何の説明もできない。
次第に大きくなるサイレンの音が、焦燥感を募らせていく。
どうしてサイレンってやましくないのに、やましい気持ちにさせるんだろうね。
よし逃げよ。
事情を聞きたかったが仕方ない。
社会的死は神をも殺すからね……。
俺は女子高生を雪が解けて剥き出しになったアスファルトの上に寝かせると、元来た道を走って逃亡。
大きく迂回して住んでいるアパートへと帰還した。
コンビニに寄りそこなったので、晩飯は寂しくカップラーメンである。
コンビニ弁当も寂しいって? うるさいですね……。
翌日は土曜日。
仕事も休みなので惰眠を貪ろうとしたのだが、朝からチャイムが鳴った。
「はいはい、今開けるよ。悠里か? 今日来る予定あったっけ?」
「昨晩は助けて頂きありがとうございました。益子藤治様」
玄関で深々と頭を下げていたのは、昨晩の女子高生だった。