「益子さんはお隣ですよ」
嫌な予感がした俺は嘘をついて玄関の扉を閉めようとしたが、女子高生が素早く隙間に足を挟んでブロックした。
「ちょっと! 危ないって」
「隠さなくても大丈夫です。ご安心ください。私は藤治様の味方ですから」
「隠すってなんのこと―――うわっ」
今度は扉の隙間に足だけでなく、体を滑り込ませてくる女子高生。
おっさん的には若い女性に不用意に体を近づけてはいけない、という経験則があるので反射的に後ずさってしまう。
その結果女子高生の侵入を許してしまった。
ガチャンと扉が閉まり、玄関という狭い空間で二人っきりに。
「急な来訪となってしまい申し訳ありません。私は
そう言って素早く俺の手を取り、潤んだ瞳で上目遣いをしてくる。
うーん、どうして瞳は潤んでいるのに、肉食獣が獲物を狙っているような鋭い眼光な気がするのはなんでだろう。
しかしまぁ、昨日聞けなかった事情は聞いておきたかった。
「……わかりました。とりあえず上がってください」
俺の住んでいるアパートは1DKだ。
寝室に通すわけにはいかないので、ダイニングへ女子高生こと来栖坂さんを案内する。
最近新調した四人掛けのダイニングテーブルに座ってもらう。
「インスタントのコーヒーか紅茶しかないですが、どちらにします?」
「すみません、それでは紅茶を頂けますか」
俺はコーヒー党なのだが、翼たちが紅茶好きなのでティーバッグもある。
無事に地球に帰ってきてまたコーヒーを飲めた時の感動は、今も忘れられない。
「あと、こちらをよろしければどうぞ」
「お、地元の銘菓ミネラルカステーラだ」
「日持ちするものを選びました」
「わざわざありがとうございます。うん? 日持ち?」
「改めて自己紹介をさせてください。私は来栖坂瑠々と申します。昨晩は蒼角童子を倒し、私を救ってくださり本当にありがとうございました」
「そうかくどうじ……あの上級悪魔、蒼鬼だったのか」
「私の存在を端的に説明すると、陰陽師の一族である来栖坂家に連なる者です」
「おんみょうじ」
そんな予感はしていたが、真面目な表情の女子高生の口から陰陽師という単語を聞くと違和感が凄い。
特撮ドラマか映画の撮影かな?
カメラはどこにもないけど。
「来栖坂家は遥か昔から日本を表と裏、両方から支えてきた一族です」
「裏が陰陽師だとして、表というのは?」
「来栖坂グループはご存じありませんか?」
「あー、わかりました」
製薬や全国チェーンのドラッグストアやレストランを経営する大企業だ。
「ということは来栖坂さんは正真正銘のお嬢様なんですね。そんな人が何故蒼角童子と戦っていたんですか?」
「それが私の使命だからです」
来栖坂さんの説明によると陰陽師は全国にいて、古来より人を襲う魑魅魍魎―――妖魔と戦ってきたという。
しかし近年は少子高齢化による後継者不足が深刻化していた。
「どこの業界も人手不足なんだなぁ」
「陰陽師は誰でもなれるものではありません。才能が必要になります。ですから人材の不足は顕著です。そして藤治様、貴方には陰陽師の才能があります」
「え、俺に?」
「一般人は人払いの〈結界〉に近づくことはできません。藤治様は結界を認識し通過するだけでなく、私の代わりに蒼角童子を倒してしまいました」
「来栖坂さんは気絶していたと思うけど……」
「戦況は来栖坂家の配下の者がドローンで監視していました」
「どろーん」
急にハイテク機器が出てきて驚く俺である。
人は寄せ付けない人払いの〈結界〉だったが、機械越しなら問題なく通過できるんだそうだ。
陰陽師もメカを駆使する時代なんだね。
「ですが不可解なのは、藤治様が蒼角童子を倒す瞬間は映像に映っていないことです。ドローンの故障でしょうか……?」
実はそれは〈コラン君〉が機械に対してステルス性能を持っているからだ。
〈多相の神〉としての権能で、基本的に〈コラン君〉の姿はカメラ等には映らない。
ただしこのステルス性能は任意にオンオフできる。
だって自動ドアが開かないと困るからね。
あと肉眼だと普通に見える。
「私は普段東京で活動していますが、今回は来栖坂家の巫女……私の姉の神託を受けて、北海道までやってきました。神託の内容は〈試される大地での死闘の果てに、群棲の神と尊き神の導きが待つ〉というものです。後半はよくわかりませんでしたが、前半は北海道で妖魔と戦えという意味だと判断し、一週間ほど妖魔退治をしていました。そして昨晩、藤治様と出会ったのです」
ふうむ、何処の神様か知らないけれど、俺が来栖坂さんを助ける未来が見えていたようだ。
群棲の神と尊き神って、確かアイヌ語の意味でエゾモモンガとオジロワシだった気がする。
気になって昔調べたことがあるんだよね。
だから俺は詳しいんだ。
つまりその神には〈コラン君〉の存在がバレていると。
てか試される大地って北海道庁が作ったキャッチフレーズで、半分ネットミームみたいなものなんだが、それを知ってる神か……。
管轄違いだしあまり関わりたくはないぞ。
「申し訳ありませんが、藤治様のことは調べさせて頂きました。年齢は三十歳。独身。交際相手なし。胡蘭市の臨時職員として働き、最近は姪の悠里さんがよく出入りしているみたいですね」
一晩でそこまで調べられるの? 来栖坂グループ怖い。
来栖坂さんが食器棚に視線を送る。
「可愛らしいマグカップですね。悠里さん用ですか? 何故か三つもありますが」
「姪の友達もたまに来るんですよ」
「友達、ですか」
いやこれなんの追及?
翼や深紅のこともバレてそうだな。
何もやましいことはないけど、傍から見ると違うんだろうなぁ。
「藤治様のその力は、昔からのものですか?」
「……いや、最近になって手に入れたというか、目覚めたというか」
「蒼角童子は妖魔の中でも上位の存在です。それを簡単に倒してしまうのですから、藤治様の実力は相当上位。そのような血筋を絶やすわけにはいきません」
血筋? なんだか嫌な予感が。
あと絶える前提なのやめてください、(俺の心が)しんでしまいます。
ここで来栖坂さんは深く深呼吸。
息を整えようとするが、緊張しているのかできていないし、顔もみるみるうちに赤くなった。
「ですから、わ、私とこ……」
「こ?」
「こ、子供を作ってください!」
よしちょっと親御さんとお話をさせてもらおうか。
血筋とか言ってるし絶対大人の入れ知恵だろう。
これは説教ですわ。