「つまりどこの家も深刻な後継者不足だから、陰陽師の才能がある者は囲い込みが激しいと。その理由が陰陽師も一枚岩じゃないどころか家同士で敵対しているからで、他家との結婚や子作りは表の財界に影響を与えるため難しい。だから俺みたいにフリーな存在は取り合いになるし、結婚より後継者用の子種をばら撒いてもらうことが重要。それを踏まえた結果が、先程の来栖坂さんの発言というわけか」
「はい……その通りです……」
俺の怒りが伝わったようで、来栖坂さんが青ざめている。
「いやごめん、別に来栖坂さんに怒っているわけじゃないんだ。令和にもなってそんな時代錯誤なことをやってる陰陽師界隈に怒っているわけで。来栖坂さんだって嫌でしょう? 普通の女子高生として暮らしたいよね」
俺は来栖坂さんと同年代の悠里と翼、そして深紅の姿を思い浮かべた。
彼女たちも実質異世界帰りみたいなものだから、事情は特殊である。
しかし日頃はちゃんと、普通の子供として暮らしていた。
「どうなのでしょう? 私は生まれた時から陰陽師として育てられたので、妖魔と戦うことが日常でした」
うんよくない、非常によくないね。
話を聞けば聞くほど、俺の怒りのボルテージは上がっていく。
地球のいざこざは俺の領分ではないが、より詳しい事情を聞いたうえで、然るべき機関に打ち上げるべきだろう。
「来栖坂さんの保護者と話がしたいな。ここにも一人で来たわけじゃないよね?」
「はい、外の車で部下が待機しています。しかし部下には私未満の権限しかありませんので、責任者のいる東京まで来て頂けないでしょうか」
「えっ、電話でいいんだけど」
「子供の件もそうですが、私は藤治様を陰陽師としてスカウトしに来たのです。こちらの資料を御覧ください」
そう言って来栖坂さんが鞄から取り出したのは分厚い契約書だ。
ざっと読ませてもらったが、俺が来栖坂グループと専属契約を結ぶことによって得られる年俸、権利、保障、守秘義務、福利厚生などが事細かく書かれていた。
年俸も一流のスポーツ選手がもらうような額で眩暈を覚える。
ちなみに陰陽師のことはすべて〈伝統芸能〉としか書かれておらず、表向きは職人扱いになるようだ。
まぁ伝統芸能といえばそうなのかもしれないが。
生きていく上でお金は必要だが、こちとら異世界帰りの神様だ。
昔と違ってどうとでもなるので、お金に釣られるほどのことでもない。
元々物欲もあるほうじゃないしなぁ。
ただ陰陽師という世界には純粋に興味があったし、説教するなら直接のほうがいいか……。
「わかった。契約の話は直接しよう」
「ありがとうございます!」
俺が返答してから東京着までは、あっという間だった。
先に飛行機の予約もしていたようで、来栖坂さんの部下である安達さんという若い女性の運転で空港に直行。
俺の食事や着るものは全部用意してくれるそうなので、着の身着のままで飛行機に乗り込んだ。
昼過ぎに羽田に着くと、待ち構えていた黒塗りの高級セダンに乗せられ都内へ移動する。
「安達さんも陰陽師なんですか?」
「いいえ、私に陰陽師の力はありません。なのでそれ以外の面でお嬢様をサポートしています」
ドローンを飛ばしていたのが安達さんだそうだ。
「来栖坂家で陰陽師の力を持っているのは、私を含めて三人です」
「それって多いの? 少ないの?」
「他家と比べても少ないです。両親に陰陽師としての力はほぼなく、私と姉二人だけとなります」
今以上に両親が若い頃は大変だったらしい。
なんせ直系で陰陽師が一人もいなかったのだ。
その後待望の長男が生まれたが、こちらも才能なし。
続く長女、次女は陰陽師の才能が開花したが、ここにも一波乱が。
長女だけ母親が違うのだ。
両親という組み合わせが悪かった場合の保険だったらしいのだが、その保険が効いて現在は来栖坂家の裏の顔を導く巫女を務めている。
俺がこれから会う保護者も、その長女であった。
両親は来栖坂家の表の顔、来栖坂グループの経営に専念しているそうだ。
なんかもうその情報だけでドロドロした関係っぽそうでお腹いっぱいだったが、意外と来栖坂さん―――関係者が増えたので瑠々と呼ぼう―――や、もう一人の姉との関係は良好なんだとか。
「妖魔との戦いに必死で、いがみ合っている暇なんてないですから」
「日々妖魔退治してるってことだけど、大丈夫なの? 蒼角童子に負けそうだったけど」
「普段はもっと弱い妖魔を相手にしています。あの時は巫女の神託通りに、藤治様と出会うためにあえて死地に挑みましたが」
妖魔とは地獄からやってくる尖兵で、通常は位相空間の向こう側にいて、何か切っ掛けがあると現世に受肉して人々を襲うという。
陰陽師は大昔から妖魔を地獄に送り返してきた。
妖魔を放置しすぎると地獄の門が開いて現世と繋がり、この世が地獄と化してしまうらしい。
地獄の門が開くとか、最近だと某ハック&スラッシュゲームくらいでしか聞かないな?
周囲が夕日で赤く染まる頃、都内某所にある来栖坂家の本邸に到着した。
バカでかい庭園の奥に、やはりバカでかい和風邸宅がある。
安達さんの案内で、中庭の奥にある部屋へ通された。
「巫女様、瑠々お嬢様と益子藤治様をお連れしました」
「ええ、入って頂いて」
障子を開けると、部屋の中ではひとりの女性が正座して待っていた。
年齢は二十代半ばくらいだろうか。
癖のない長い黒髪に凛とした佇まいの美人だ。
服装は意外にも高級感漂うスーツで、いかにも仕事ができそうな雰囲気である。
女性は正座したまま深々と頭を下げた。
完全に土下座である。
「益子藤治様、私は
「あ、いえ、俺も聞きたいことがありましたので。というか頭を上げてください」
「そうはいきません。私は藤治様に謝罪しなければならないことが、沢山あるのです」
「ん? 沢山?」
「はい、沢山―――」
彼女の言葉は最後まで聞こえなかった。
何故かって? 俺の体がいきなり吹っ飛ばされたからだ。
背後の障子を突き破り、バカでかい庭園の綺麗に敷き詰められた玉砂利の上をゴロゴロと転がる。
「藤治様!? お姉様、これは一体どういうことですか!」
瑠々が声を荒げているので、彼女はこの展開になることを知らなかったようだ。
灯篭に激突してようやく俺の体が止まる。
邸宅の方を見ると、蘭が縁側に立ちすくんでいた。
俯き加減で表情は見えない。
彼女の体に、何か赤い紐のようなものが絡みついている。
よく見ると紐は赤い鱗に覆われていて、先端には大蛇―――いや、龍の頭がついていた。
『我が名は
「誰だよてめえは。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃねえぞ」
いや本当に誰だよ。
しかし騰虵とやらは問答する気はないようで、体を伸ばして俺に襲い掛かってきた。