俺はアトルランと呼ばれる異世界で〈多相の神〉をやっているが、地球の神ではない。
地球への過干渉は越権行為なので、お伺いを立てたいところだ。
地球の神への連絡手段はなかった。
なので一旦異世界の俺に
仕方なく上司の上司に当たる〈智慧の神〉に相談したら、
「問題があれば地球の神が介入してくるであろう。だからそれまでは其方の好きにするとよい」
という返事を貰った。
本当にいいのかな……。
ちなみに〈智慧の神〉も地球の神とは直接交信できないらしい。
というか他の星に介入できる俺と〈混沌の女神〉が特別なんだそうだ。
アトルランでも勝手に暴れると、その地域の担当の神がすっ飛んでくる。
それは地球も同じなのだろう。
なら〈智慧の神〉の言う通り、それまでは勝手にやらせてもらうか。
『トウジさん、トウジさん。ここは私の出番ではありませんか?』
『!? なりません、エリス様。このような異世界では何が起こるかわかりません。まずは私が出ます』
来栖坂蘭と、彼女に纏わりついた
チキンください……じゃなくて、これは〈コラン君〉の四次元頬袋の中に住んでいる〈開拓の女神〉エリスと、その腹心のブロンディアの声だ。
二人ともアトルランでの冒険の中で知り合った神だ。
どちらも本体ではなく分体で、色々あったが事件解決後も四次元頬袋の中に残っていた。
これまでは地球への影響を鑑みて外には出ないでもらっていたが、上司の上司のOKをもらってるし、もういいか。
多少暴れてもらって、地球の神を呼び寄せてもいいかもしれない。
「では二人とも出てきてください」
俺は益子藤治の姿のまま、四次元頬袋にアクセスする。
手の平を上に向けて体の前で翳すと、黒い球体が現れた。
それは空中に浮かび上がると、直径三メートルくらいに膨れ上がる。
『な、なんだその強烈な神気を放つ物体は!?』
これが何かなんとなくわかるようで、龍の顎をあんぐりと開けて驚く騰虵くん。
急にコミカルになったな。
黒い球体は縦に細かく裂けると、上部から花の蕾が咲くかのようにして広がる。
内部にあったのは、巨大な女の上半身だ。
陶器のように白い肌と、黒い筋線維が剥き出しの関節部。
蜂蜜色の長い髪が、美術彫刻のような美しい胸を隠している。
花びらのように広がった部分はそのまま反り返り、下半身を形成。
出来上がったのは機械的且つ機能美を感じさせる逆関節の足だ。
ゆっくり立ち上がると、閉じられていた瞳が開かれる。
黒い眼球に浮かぶ黄金色の虹彩を煌めかせながら、ブロンディアが騰虵を見下ろした。
『ふむ、故郷より魔素が薄いな』
『けれど支障が出るというほどではありません』
全長三メートルあるブロンディアの肩に、エリスがちょこんと乗っている。
エリスの外見はブロンディアとほぼ同じだが、大きさと下半身の造りが違った。
こちらは幼い顔立ちに加えて四本足である。
「こ、これが藤治様が調伏している式神……。肉眼で見えるだけでなく、お姉様の式神より遥かに強い神気を感じます」
「え、いや調伏なんてしてないけど」
あと見た目的には式神というよりは仲魔って感じだよね。
『まあまあ、折角ですからここは相手に合わせましょう。いいですね? ブロンディア』
『はい、承知しました』
ノリのいいエリスとブロンディアである。
久しぶりに外に出られて張り切っているのだろうか。
ちなみにエリスや騰虵の声は瑠々たちには聞こえていない。
『まだだ、まだ終わらんよ!』
諦めていない騰虵が龍の咢を開くと、赤い光線を放ってきた。
生身の人間程度なら消し炭にしそうな程の熱気を感じるが、ブロンディアには通用しない。
白い腕を持ち上げると、手の平で光線を平然と受け止めた。
来栖坂蘭は体を騰虵に乗っ取られているようだ。
虚ろな表情のまま縁側から飛び降りると、真っすぐこちらに向かって駆けだした。
次の瞬間、突然庭園が濃い霧に包まれる。
「うお、何も見えない」
『大丈夫です』
霧に対応したのはエリスだ。
俺と同じように手から黒い球体を生み出すと、それがドーム状に広がって俺たちを包み込む。
これは以前アトルランでも使っていた、外側と内側を遮断する結界だ。
結界はどんどん広がり、霧が外側に押しやられていく。
霧に紛れて接近しようとしていた騰虵だったが、霧だけでなく騰虵自身も結界に弾かれる。
『ぐえっ』
「おおっと」
蘭の体だけが結界をすり抜け倒れ込んできたので、俺は慌てて抱きかかえる。
気を失っていて動かない。
ブロンディアは肩に乗ったエリスを丁寧な手つきで地面に降ろすと、逆関節の足を縮めて力を溜める。
そして跳躍。
巨体が砲弾のように飛び出し、逃げようとしていた騰虵を両手で掴んだ。
勢いのまま射線上にある邸宅の瓦屋根に着弾。
衝撃で瓦屋根が吹き飛ぶかと思ったが、意外にも足元の数枚が割れて屋根から転がり落ちただけだった。
見かけ通りの質量じゃないのか、何かしら別の力が働いているのかもしれない。
ブロンディアは騰虵の細長い胴体両手で鷲掴みにしていて、少しずつ力を強めているようだ。
『いたたたたたたたたた! こ、降参だ! 降参するから離してくれ。千切れるぅぅぅ』
騰虵のギブアップ宣言と共に、結界の外に立ち込めていた霧が消失した。
『どうする? トウジ殿』
「離してあげていいよ」
ブロンディアが手を緩めると、騰虵は瓦屋根の上に滑り落ちてぐったりとしていた。
「藤治様! ご無事ですか?」
「大丈夫だけど……これが謝罪しなければならないことですか?」
俺は腕の中にいる蘭に話しかける。
最初こそ気を失っていた蘭であったが、すぐに目覚めていた。
焦点の合わない虚ろな目で見上げながら、俺の胸元をまさぐっていた。
「はあはあ、なんて芳醇な神力。しかも十二天将最強の一角を担う騰虵を一蹴だなんて。これで来栖坂家も安泰……うふふ」
「ちょ、それ以上触るなら落としますよ」
「ああん」
腕の中からずり落ちそうになった欄が、俺の首に両腕を回してくる。
触れ合いそうなくらいに顔が近い。
「お姉様ぁぁぁぁぁぁ!」
駆け寄ってきた瑠々がその光景を見てキレた。