ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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54話:ゆるキャラと混沌の巫女と絵本

「倒れ込む私の目の前に現れたのは、銀色の猫の姿をした何かでした。力はいらないので三人を生き返らせて欲しいと願いましたが、ちょっと無理だったみたいです。代わりに弾けた右腕を生やして頂きました」

 

 なるほど、それで右肘の部分につなぎ目のような跡が残っていたのか。

 

「気が付くと猫はどこかに消えていました。這う這うの体で地上に戻った私は、そのまま冒険者を辞めて引き籠りになりました。大切な仲間を失う辛さを知ってしまったので、もう二度と同じ目にあいたくないと思ったんですね。出来るだけ人と関わらない生活をするようになりました。冒険者になる前の、何も知らなかった頃にも戻れませんし」

 

 そんな抜け殻のような生活を半年ほど続けた頃、再び猫が現れたのだという。

 

「引き籠るにも何かと先立つ物が必要です。冒険者時代の貯金も尽きて、いよいよ体でも売ろうかと思い始めた時に、『何か生きがいが欲しいかい?』というささやきが聞こえたんです。半分自棄になっていた私が即決ではいと答えると、意識が遠のき気が付くとここ、〈混沌の女神〉の分神殿の祭壇の前に立っていました」

 

 そしてまたもや、何処からともなく声が聞こえてきて『君には僕と契約して〈混沌の巫女〉になってもらうよ』と言われたそうだ。

 

「すると私の脳裏に沢山の光景が浮かんできました。それは鼠人族のような体に翼人族の翼と爪を持つ、神々しいお方の勇士でした」

「そ、それってもしかして……」

「はい!それこそ貴方様、〈コランクン〉様です!」

 

 こうしてリリエルは五年前に〈混沌の巫女〉となり、今日まで〈コランクン〉の姿を絵に収めてきたそうだ。

 ……うーん、ちょっと待って、色々納得がいかない。

 

「〈混沌の巫女〉の仕事って〈コラン君〉の絵を描くことなんですか?」

「いいえ、〈混沌の女神〉様と思われる猫からは何も言われていません。ですが私の脳裏で溢れる情熱を何かにぶつけないと破裂しそうだったので、なんとなく描けると思って絵を描いてみたんです。すると不思議と絵心のなかった私が上手に描けるではありませんか!そう、この〈混沌の女神〉様が生やしてくださった右腕が、描く力を与えてくださったのです」

 

 ということは絵を描けってことなのだろうと、リリエルは解釈した。

 気が付くと契約の証なのか、淡黄色だった髪の毛は銀色に代わり、茶色い目も紫紺に代わったという。

 

 それからは一心不乱に絵を描き続けるのだが、描いた〈コラン君〉の絵を売ることはしなかった。

 まあ売れるかどうかは置いておいてだが……。

 

 その代わりに頼まれた絵を描く仕事をしたり、冒険者に復帰して一人でも出来る依頼をこなしたり、分神殿の一部を借家にして家賃収入を得たりして生活してきたそうだ。

 

「ええと……本当に絵を描くことが、リリエルさんの生きる希望になっていますか?」

 

 突っ込みどころが多々あるが、そこが一番気になる。

 

 あっけらかんとリリエルは半生を語ったが、日本人の感覚からすれば波乱万丈の人生以外の何物でもない。

 樹海にお住まいの熊さん(女性)二名が、話を聞いたら号泣していただろう。

 

「リリエルさんがもう立ち直ってるなら、〈混沌の巫女〉は辞めてこれからはご自分のことを考えて……」

 

 うら若い美女が引き籠って謎の生物の絵を描き続けるというのは、なんというか不憫すぎる。

 そう思っての発言だったが、リリエルは血相を変えてゆるキャラに縋りついてきた。

 

「とととととんでもない!〈コランクン〉様を描くことが私の生きがい。これからも貴方様を描かせてくださいいいいい」

 

「わ、わかりましたから、角でぐりぐりしないで」

 

「それにですね、確かに最初は頭の中で膨らみ続ける〈コランクン〉様の御姿を絵として吐き出すだけでしたが、次第に惹かれていったのです。私の中の〈コランクン〉様は様々な場所を旅して仲間と出会い、困難に打ち勝ち、世界を救済に導くのです。私はその光景に勇気を頂いています」

 

 そう言ってリリエルが一枚の絵に視線を向ける。

 

 水彩画の柔らかいタッチの絵は、〈コラン君〉が剣を天に向かって掲げていた。

 背後には様々な二足歩行にデフォルメされた動物たちが描かれていて、皆が中心にいる〈コラン君〉を見つめていた。

 

 隣には〈コラン君〉を先頭に森の中を探検する絵がある。

 更に隣には〈コラン君〉が仲間たちと共に、大きな蛇と戦う姿が描かれていた。

 

 リリエルはそこに自分が、いや、自分たちの冒険者パーティーが成しえなかった、大冒険を投影させているのかもしれない。

 

 ……うん?

 これらの絵、どこかで見た事あるな。

 

「ねーねートージ、この絵饅頭と同じだよ」

「これはプリンとおなじ」

 

 話には参加せず絵の鑑賞会を開催していたフィンとシンクが、アトリエの奥側に飾ってあった絵をそれぞれ指差す。

 

「ああそうか、分かったぞ。全部じゃないけど一部の絵は〈商品〉のパッケージデザインなんだ」

 

 フィンが見つけたのは正面から見た〈コラン君〉の顔だけの絵だが、これは〈コラン君饅頭(八個入り)〉の焼き印と同じデザインだ。

 シンクの方は〈牛乳たっぷりコラン君プリン(三個入り)〉のカップに描かれている絵とそっくりだった。

 

 そしてリリエルが憧憬の眼差しを送っていた絵は……。

 頬袋をもごもごさせて、とある〈商品〉を取り出す。

 

【ほおぶくろ:4じげんくうかんになっていて、なんでもしまっておけるよ。まちのとくさんひんもたくさんはいっているんだ】

 

 ぺいっと出てきたのは一冊の絵本で、タイトルは〈コランくんのぼうけん 上巻〉だ。

 表紙は〈コラン君〉が中心で剣を掲げる姿で、ずばりリリエルが描いた絵と同じである。

 ぱらぱらと絵本をめくると、やっぱり森での探検や蛇との戦いのページも存在していた。

 

「ねえねえ、この蛇みたいなの前に戦ったやつに似てるね」

 

 新たなアイテムの登場に好奇心を刺激されたのか、フィンが飛んできて絵本を覗く。

 そしてゆるキャラも思ったけど、あえて言わなかったことを指摘してきた。

 

「あー、やっぱり。フィンもこれが〈森崩し〉に見えるか」

「そうそう、私が吹っ飛ばしたそんな名前のやつ」

 

 その絵本のページには、頭をもたげた巨大な蛇と対峙する〈コラン君〉と仲間たちが描かれている。

 仲間たちは犬や猫、熊などを三頭身くらいにデフォルメして、二足歩行の姿で描かれている。

 

 ちなみに蛇のページにいる仲間は猫っぽいのが二人と、熊っぽいのが一人、それと小人が一人だ。

 蛇との戦いはこのページだけだが、この後も〈コラン君〉は様々な場所を冒険し、仲間と出会い、襲い掛かる敵を倒していく、という内容の絵本になっている。

 

 なんだかもう嫌な予感しかしない……。

 次のページに青い竜が見えたところで、ゆるキャラはそっと絵本を閉じた。

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