サハギンの巨大な口がゆるキャラの腕に噛みつくと、鮫のような鋭い歯が毛皮に食い込んだ。
自慢の毛皮はなかなかの防御力を誇るようで、鈍痛はあるものの歯は腕の肉にまでは到達していない。
だが顎の力は相当で、骨がみしみしときしむように痛む。
鰐だと確か咬合力が千キロオーバーだ。
鮫はもう少し控えめだった気がするが、このままだと腕の骨が折れてしまう。
なんとか腕を引き抜こうとするが、ゆるキャラより一回り大きい体躯のサハギンはびくともしない。
引いて駄目なら押してみる。
「ふんぬっ」
互いに引っ張り合っていたところを急に押すと、サハギンは反応できず体勢を崩す。
そのまま突き飛ばす形で背後にあった建物に衝突し、木製の壁を突き破った。
ゆるキャラも腕を噛みつかれたままだったので道連れになる。
サハギンの背中が板張りの壁を破砕し、地面に倒れ込んだところでようやく腕が解放された。
ゆるキャラの体が巴投げの要領で空中に投げ出される。
建物の内部は酒場だったようで、立ち飲み用のテーブルがいくつか配置してあった。
ゆるキャラはそれらを飛び越え、奥にあったカウンターのさらに奥、様々な酒が陳列された棚に激突する。
衝撃で沢山の酒瓶が割れ、耳障りな音が鳴り響く。
そしてそれらの中身を全身に浴びながら、ゆるキャラはカウンターの内側にべちゃりと落下した。
「いてて」
酒まみれの濡れ鼠になった体を起こしたところで、背後に気配を感じて振り返る。
そこにはカウンターに身を隠すようにして、数人の男女が座り込んでいた。
おそらく外の騒動を察知して隠れていたのだろう。
誰もが驚きと恐怖で絶句している。
その中の店主と思われる初老の男性が、壁をぶち抜いて現れたサハギンとゆるキャラ、そして粉々になった酒棚を順に見て悲しい表情をしていた。
「……酒代はあいつに請求してくれ」
剣先で床に倒れているサハギンを指し示して、ついつい責任を逃れる発言をしてしまう。
というか実際に襲撃者である闇の眷属が、全面的に悪いことに間違いはないのだが。
店主の返事を待たずにカウンターに飛び乗ると、犬のように体を震わせて毛皮に付着した酒を飛ばした。
酒は霧状となって周囲に漂う。
その場で呼吸するだけで酔ってしまいそうだ。
サハギンは両手を失い立ち上がることもできず、陸に打ち上げられた魚のように床でもだえていた。
そのまま息絶えてくれれば楽だったのだが、次第に出血が治まり短くなった腕を地面に突いて起き上がる。
よく見れば傷口からうっすらと白煙が上がっていて、剣による切り口が塞がっていた。
腕が生え変わるわけではないようだが、驚異的な治癒能力だ。
ゆっくりと振り向きゆるキャラの姿を捉えると、空気の抜けるような唸り声をあげて突進してくる。
一体何の恨みがあって、彼(彼女?)は満身創痍になりながらもゆるキャラに襲い掛かるのだろうか。
外様の神の加護が働いていると聞いてはいるが、もしそこに彼個人の意思が介在していないのなら、もはや呪いでしかない。
ゆるキャラの頭を
代わりに噛みつかれたカウンターが衝撃で大きく揺れて、隠れている人たちが悲鳴を上げた。
どうにも幅広の剣では攻撃力が足りない。
治癒が追い付かないくらい
空中に飛び上がったゆるキャラは天井を蹴り、背中を見せているサハギンを強襲した。
加速を付けて鱗に覆われた背中へ剣を突き刺すと、切先は鱗を砕きながら胴体に侵入する。
そして血濡れになりながら胸元から飛び出すと、カウンターに突き刺った。
剣を傾けて傷口を抉ろうとしたが、痛みに暴れるサハギンの肘がゆるキャラの顔面に当たり弾き飛ばされる。
宙を舞ったゆるキャラの体が、着地点先にあるテーブルを押し潰して破壊した。
サハギンは自身をカウンターに縫い付けている剣を抜こうとするが、両腕を失っているためままならないようだ。
よし、今のうちに新たな武器を用意しよう。
四次元頬袋に収められている、樹海の守護竜の棲み処の宝物から頂いた品々を物色する。
「これは流石にでかすぎるから……こいつだ」
ゆるキャラにしか見えないウィンドウ画面から選んだ武器を口から吐き出す。
それは大人の背丈と同じくらい長い
全長に対して柄が少し長めで、刀身の根元には刃が付いてない部分もあるのが特徴的である。
柄とこの部分を持つことにより、
ということは美術品や儀礼用ではなく実用品……何かしらの魔術が付与されていそうだがその内容は不明だ。
冒険者ギルドの調査待ちをしていた一週間の間に、グラボの伝手を使って一部アイテムの鑑定は進めていた。
しかし戦闘力に関してはシンクがいれば圧倒的なので、武器類の鑑定は後回しにしていたのだ。
まさか単独行動している時に限って戦闘になるとは。
かといって夜のお店に幼女や少女を連れてはいけないし……。
サハギンは決して勝てない相手ではないので、とりあえずこの両手剣も呪われていなければOKか。
「むっ、なんとなく軽い気がする」
両手剣を握ってみて最初に感じた感想である。
サイズ的に幅広の剣より三倍くらい重そうだったが、感触的には二倍弱くらいだ。
もしかしたら軽量化されるような魔術が付与されているのかもしれない。
装備者の体感だけ変わるのか、両手剣の質量自体が軽いのかは不明だが。
後で重さを量ってみよう。
サハギンは剣を抜こうと暴れ続けていて、カウンターに小さくない亀裂が入り始めていた。
カウンターの向こう側に隠れている人たちの悲鳴が一層大きくなる。
「はあっ!」
助走を付けて両手剣を真横に振るう。
カウンターが割れるのと、大振りの一撃がサハギンに到達したのはほぼ同時だった。
胸に剣を差したまま、こちらへ振り返った魚頭の上下が反転する。
腰の位置で両断されたサハギンの上半身は、頭から地面に落下した。