ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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75話:ゆるキャラと便利グッズ

 掴んでいたサハギンの両手を解放し、激痛に悶える魚面を蹴りつけた反動で飛び退く。

 真っすぐ伸びる廊下をゆるキャラの体が放物線を描いて飛んでいき、宙返りしてから着地した。

 

 宙返り中に口の中、すなわち四次元頬袋へ両手を突っ込み、着地と同時に腕を交差させながら取り出したのは二本の短刀だ。

 

 長さは六十センチほどで鍔は付いておらず、片刃で若干反りがある。

 刃の幅は広めなので、小太刀や脇差というよりは青龍刀に似た造りだ。

 

 二本とも意匠が同じだが、柄頭に埋め込まれている宝石の色だけが違う。

 右手の短刀が赤で、左手の短刀が青である……火属性と氷属性の双剣かな?

 柄を握っていても火も氷も出ないので、ただの飾りかもしれないが。

 

 自慢の鳥足がクリーンヒットしたが、相手は驚異的な治癒能力を有する闇の眷属だ。

 致命傷には程遠くすぐに回復してしまうが、僅かな隙は生まれている。

 

 狭い廊下を全力で走る。

 

 廊下の左右には同じ造りの扉が等間隔に並んでいて、その向こうからは息を殺しているような気配を感じ取れる。

 翼人族の少女のように従業員や客が隠れているのだろう。

 

 サハギンはゆるキャラが近づいても、切り裂かれた喉を左手で押さえたままうずくまって動かない。

 先程まで痛みで暴れていたのが嘘のように静かだ。

 

 あからさまな誘いだが乗ってやろう。

 接近して右手の短刀で切りつけようとしたところで、急にサハギンが起き上がる。

 そしていつのまにか拾っていた、ゆるキャラの両手剣で突き刺してきた。

 

「バレバレだっての!」

 

 さすがに右手を隠すようにして、両手剣を放り投げた場所辺りでうずくまっていれば、どういう奇襲をしてくるかは予想がつく。

 他のサハギンよりは賢いようだが、人種と比べるほどではないな。

 

 ゆるキャラが刺突を横に飛んで躱すと、サハギンは追撃するべく両手剣を水平に振るう。

 奇襲が失敗して焦ったのか、それともそこまで頭が回らなかったのか……それは致命的なミスだ。

 

 狭い廊下では両手剣を横に振り回せるほどのスペースは無い。

 回り込んで両手剣の間合いの内側に入ったゆるキャラを切先が追いかける。

 だが先に廊下の壁にぶつかり食い込んで動きを止めた。

 

 目の前で飛び上がったゆるキャラを、どこか呆然としたサハギンが見上げている。

 

 左手の短刀を逆手に持ち替えサハギンの目に振り下ろす。

 刀身の半ば程まで抵抗なく白く濁った目に沈み込み、骨のような硬いものに当たったところで止まった。

 

 右手の短刀は左胸を狙って突き刺す。

 短刀は鱗の合間を縫って体内に入り込むと、心臓を貫くと背中から切先が飛び出した。

 

 断末魔は無い。

 脳と心臓を破壊され即死した闇の眷属は、その場に静かに崩れ落ちた。

 

「闇の眷属は倒した。もう出てきても大丈夫だ」

 

 ゆるキャラの宣言で、各部屋からぞろぞろと人が出てくる。

 そのほとんどが従業員と客のペアで、一様に安堵の表情を浮かべていた。

 色々と目に毒なので、武器を回収してとっとと撤退しよう。

 

 さて魚人たちを膾に切った両手剣と短刀だが、血糊と油がべっとりと付着している。

 とてもじゃないが汚すぎて口に含む……四次元頬袋にしまうことはできない。

 過去に樹海で氷熊を倒すのに使った茨の剣も、汚くてしまうことができずウルスス族のヴァー君にあげてしまった。

 

 だがしかし現在は非常に便利なグッズがあるので、衛生問題は解決しているのだった。

 

 というわけで四次元頬袋から新たに取り出したのは、くすんだ真鍮色のみすぼらしい杯である。

 ワイングラスを寸胴にしたような形状をしていて、側面に取っ手などは付いておらずつるりとしていた。

 

 その杯を手に持ってゆるキャラが魔力を込めると、空だった杯の中に透明な液体がじわりと発生する。

 液体がどこからともなく並々と注がれるのを待って、それを両手剣や短刀に振りかけた。

 

 するとなんということでしょう。

 大量に付着していたサハギンの血糊や油が、消えて無くなったではありませんか。

 液体が触れた部分がまるで新品に戻ったかのように輝く。

 

 この杯も剣などと同様に樹海の守護竜の棲み処の宝物庫から頂いた品で、《浄化》された水を生み出す魔術具である。

 

 《浄化》とは《洗浄》の上位に当たる魔術だ。

 《洗浄》は魔術で生み出した「普通の水」で洗うだけだったが、《浄化》はそれに加えて不浄なものを取り除く効果があった。

 

 本来の用途は不浄なる存在、いわゆる不死族(アンデッド)を退けるための清めの水、つまり聖水である。

 なのだが以外にもこの不浄とみなされる対象は広く、一般的な汚れを除去する働きもあった。

 

 現代における除菌と同等かは不明だが、《浄化》の効果は《洗浄》の比ではないとグラボからは太鼓判を頂いている。

 実際に適当な雑巾にこの杯で生み出した水をかけてみたところ、傷んだ布地はそのままだったが、色はドブ色から白に戻ったのを確認した。

 驚きの洗浄力で、現代の洗剤よりも強力ではなかろうか。

 

 グラボの紹介でこの杯を鑑定してくれた鑑定士によると、なんでもこの大陸を守護する〈地母神〉の祝福が付与されているそうだ。

 なので出すところに出せば、聖杯として祀られるくらい貴重な一品であった。

 

 現代人的には剣や槍などよりも、こういった便利グッズを優先して鑑定したくなる心情をお分かり頂けるだろうか。

 ゆるキャラは決して潔癖症ではないが、文明レベルの低い世界で生活していると色々思う所があった。

 

 まあ潔癖症の人が必ず的確な除菌を実施しているかと言えば否である。

 あくまで本人が納得する清潔さが求められているだけだが……納得は全てに優先するのだ。

 

 ちなみにこの聖水を生み出すにはかなりの量の魔力が必要だった。

 一般人の魔力量では小さじ一杯分が精々だとか。

 

 ゆるキャラはこの味噌汁のお椀くらいの杯に、十杯程度なら余裕で生み出せた。

 加護の力で元々魔力量が多かったのと、フィンのおやつのお裾分けの〈ハスカップ羊羹〉や〈コラン君饅頭〉を食べて魔力が常時回復していたからだと思われる。

 

 最初は杯に魔力を込めるコツが分からなくて苦労した。

 隣でしつこく小馬鹿にしてくるフィンを追い払いながら訓練して、三日ほどかけてようやく出来るようになったのだ。

 

 このまま魔術の構成を編めるようになるか?

 ……と期待したがそうはならなかった。

 魔術習得の道は遠かった。

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