ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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76話:ゆるキャラと男装の麗人

 せっせと剣に聖水をかけて洗っていると、気が付けば周囲を助けた一部の従業員と客たちに囲まれていた。

 

 血と脂でドロドロになっていた剣がみるみる綺麗になっていく様を見て、感嘆の声を上げている。

 通販番組のギャラリーみたいな反応だ。

 

 すぐそこに闇の眷属の死体が転がっているというのに、なかなかこちらの世界の現地人は肝が据わっている。

 

「亜人の兄ちゃん強いな。一人でサハギンを倒しちまうなんて。それにそれは《洗浄》の魔術具かい?汚れの落ち具合から見て性能も良さそうだ」

「ん、まあね」

 

 物珍しそうに杯を見ている、商人風の男性客の質問には適当に答える。

 今のは《洗浄》ではない、《浄化》だ……と言いたいところだが、余計に欲しがられても困るので黙っておく。

 

 こんな便利な物はもう手放せない。

 でもお高いんでしょ?といえば絶対お高いはずだし、というか一点ものと思われる。

 手放したら最後、二度と手に入らないだろう。

 

 武器の掃除は終わったので、短刀二本を四次元頬袋に仕舞う。

 刃物を手品のように飲み込む珍獣を見て、ギャラリーがどよめいたが気にしない。

 

 外ではまだ戦闘中なので、両手剣は仕舞わずに外へ出ようとしたところで、エゾモモンガの耳に大勢の足音が聞こえてきた。

 自ら突き破った個室の窓から外の様子を伺う。

 

 どうやらようやく応援が駆けつけたようで、重装備の王国兵士の一団が大通りから歓楽街のある中通りへと入って来た。

 一団を率いるのは唯一馬に騎乗した美形の人物で、兵士たちよりも上等な鎧を着ている。

 

 やはり上等そうな剣を掲げると、号令と共に兵士たちが中通りへと流れ込んでいく。

 もうゆるキャラの出る幕はなさそうだ。

 

 ふとその場に残った美形の指揮官と少数の護衛の側に、見知った顔がいるのを見つける。

 色々とフォローしてくれた門番さんだ。

 手には幅広の剣を持ったままなので、返してもらいに行こうかと思っていると話し声が聞こえてきた。

 

「ではその亜人が闇の眷属どもの大半を屠ったというのか」

「はい。強力な加護を持っているようで、サハギンを一撃で切り伏せる程の手練れでした」

 

 馬上の美形の声音は声変りをしていないかのように甲高い。

 遠目からはイケメンに見えたが、男装の麗人というやつか。

 

「装備も充実しているようで、いくつもの業物を持っていました。この剣もその亜人から借りたものです」

「どれ貸してみろ」

 

 護衛が門番さんから幅広の剣を受け取ると、布で血糊を拭ってから馬上の主へと手渡した。

 金髪ショートカットのイケメン美女は、幅広の剣を顔の前に持ってきて、舐めるように観察を始めた。

 その間不思議なことに碧眼が妖しく輝いていたのだが、観察をやめると同時に輝きも失われる。

 

「これは魔銀製(ミスリル)の剣で《硬化》と《切れ味》が付与されているな。意匠からして相当古い年代の骨董品だが、魔銀を使っているだけあって劣化はひとつもしていない」

 

 おっと出ました異世界の定番鉱石ミスリル。

 碧眼が光っていたのは、鑑定的な行為をしていたからだったのか。

 

 グラボの伝手(つて)の鑑定師は羅針盤のような鑑定具を使っていたが、彼女は自力で鑑定できるようだ。

 鑑定が使えるとか、異世界転生した物語の主人公かな。

 

 ただ鑑定が終わった後もうっとり恍惚とした表情を浮かべて、頬擦りしそうな距離で剣を眺めているのが怖い。

 

「しかもこの手の他にも持っていただと?さすがは〈神獣〉だな。それでそいつは今どこにいる」

「はっ、そこの娼館に侵入したサハギンを追いかけていきました」

 

 剣の観察をやめてきりりと真顔に戻った指揮官の質問に門番さんが答える。

 危ない表情をしていたのはスルーだ。

 見慣れているのか、それとも触れるのはタブーなのか……。

 

 門番さんの言葉を聞いて皆がゆるキャラのいる割れた窓を見上げたので、思わず身を引いて隠れてしまった。

 

「よし、ではさっさとサハギンを始末して亜人を私の元に連れて来い」

 

 指示を受けて護衛の数名がこちらの建物に向かってくる。

 なんだろう、あのイケメン美女とはなんとなく関わらない方が良い気がするな。

 よし逃げるか……。

 

「亜人の旦那、無事だったんだね」

 

 そこに丁度やってきたのは、最初に助けたドレス姿の女性だ。

 さっき逃がした翼人族の少女を連れ立っている。

 外跳ねした茶髪が可愛らしく、改めて見るとすごく若かった。

 

「あんたのおかげで客も女たちも無傷だったよ。ありがとう」

「ああ」

「このお礼はたっぷりと……この子かい?悪いけどこの子は駄目だよ。まだ下働きなんだ」

 

 ゆるキャラの視線に気が付いて女性が釘をさす。

 そうか、それはよかった。

 中の人のおっさん的には、このくらいの年頃の子は全員姪っ子に見えてくるので、どうしても保護者目線になってしまう。

 

 よく見れば服装もドレスというよりはワンピースに近く、女性と比べて質素な造りだ。

 羽がある都合、背中が大きく開いているためドレスと見間違えたようだ。

 

 種族的にエゾモモンガとオジロワシのキメラである〈コラン君〉に近い?翼人族の女の子だが、心情は「まだ間に合うから身売りしなくて済む他の仕事はないの?」という親心的なものしか生まれなかった。

 

 身寄りのない子どもがこの世界で生きていくのは大変だ。

 身売りで安全と生活が保障されるなら、もしかしたらましな方かもしれないくらいに。

 

 親心的には助けてあげたいが、それは今後の生活の全ての面倒を見るということになる。

 残念ながら連れて行くわけにはいかないので、目的があって旅をしているゆるキャラには不可能だ。

 

 金銭だけ渡すという手もあるが、一生暮らせる分を渡すのか?誰が管理するのか?といった問題がある。

 大金に目がくらんだ誰かに襲われたりして、結果的に彼女を不幸にする可能性もある。

 人をひとり救うには、大きな覚悟と責任が必要になるのだ。

 

 まあ全部ゆるキャラの想像で、この少女が身寄りがなく仕方なくここで働いているかも定かではないけどね。

 

「あ、あの。ありがとうございました」

 

 などと勝手なことを考えているとも知らずに、少女がおずおずと礼を述べた。

 実際に詳しく話を聞いてみたくもあるが、今は時間が無い。

 一階の扉が開き、金属靴が木製の床を軋ませる音が聞こえてきた。

 

 ゆるキャラは少女に鷹揚に頷くと隣の女性に迫る。

 

「おっ、あたいでいいのかい?早速でいいなら、空いてる部屋に案内するよ」

「仲通りに面してない窓がある部屋はあるか?」

 

 闇の眷属に襲われたというのに相手をしてくれるという女性には悪いが、ゆるキャラはその窓から逃亡するつもりである。

 いや、こういう状況でなくてもお相手してもらうつもりはないのだが。

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