〈樫の膂力〉亭の店主のおっちゃんことグラハムさんは、人族と猫人族のハーフである。
年齢は四十歳ということで、このアトルランと呼ばれる異世界では人生の終盤に差し掛かった老人のはずだが、その見た目は筋骨隆々で若々しい。
ただし若々しいのは筋肉だけで、悲しいことにその頭部に人族の毛髪は無かった。
代わりに猫人族の血が流れている証である猫耳が頭頂部に付いている。
想像してみて欲しい。
マッチョのおっちゃんのつるりとした頭に猫耳が付いているのだ。
端的に言って怖い。
そして怖い、というか不可思議なポイントがもう一つある。
耳が四つあるのだ。
頭部の側面には人族のそれが、頭頂部には猫人族のそれがついているため、余計に強面のおっちゃんが猫耳のコスプレをしているようにしか見えないのだった。
得てして地球上の創造物上では、猫耳キャラの頭部の側面は髪で隠れている。
あの隠れている部分がどうなっているのか、気になって眠れない夜を過ごしていたこともあったゆるキャラだが……おっちゃんは隠せる髪が無かったため、衝撃の事実が白日の下に晒されたのであった。
気になったので色々聞いてみると、どちらの耳もちゃんと聞こえるらしい。
能力としても各種族に準じた性能で、猫耳のほうがよく聞こえていた。
耳が四つもあると聞こえ方はどうなのかと聞けば説明は難しいそうだ。
前にシンクに竜の姿で飛ぶときの感覚を聞いたことがあったが、やはり説明に難儀していた。
極端な例えだがコウモリやイルカは超音波を飛ばして、その反響で物体の位置を把握する
この超音波を飛ばして受け取るという感覚がどんなものなのかは、実際に反響定位を使えるコウモリやイルカにしか分かるまい。
なので四つ耳の感覚を勝手にイメージすると、より音が立体的に聞こえる、くらいだろうか。
ちなみに人族と猫人族のハーフは必ず耳が四つあるかといえば違った。
その違いは血の濃さで変化する。
人族寄りなら頭頂部に猫耳が付かないこともあるし、猫人族寄りなら人の耳がつかずに側面には猫の毛で覆われることになる。
前者はだたのちょっと毛深い人族で、後者はケモナーが喜ぶやつだ。
地球上の人間の進化論ではなかなか考えられない、異種族交配の妙を感じる。
さて話を聴覚の件に戻そう。
普通の生物なら生まれ持った五感が変化することはないが、ゆるキャラは違った。
地球で死んだ益子藤治は、この異世界でエゾモモンガとオジロワシをモチーフにしたゆるキャラ〈コラン君〉として転生した。
その際に五感も人間のものから動物のそれに変化している。
つまり人間としての耳も動物としても耳も経験しているので、グラハムさんの四つ耳の感覚も多少は理解できるか?などと考えていた時に気が付いたことがある。
人間の時の感覚を思い出せなかったのだ。
変化した直後は違和感があったはずなのだが、今ではすっかりこの体に馴染んでしまった。
別に五感が人間の頃から大きく外れたわけではないし、むしろ強化されている。
そもそもエゾモモンガやオジロワシの五感が、人間と似ているかと問われれば疑問だが、そこは〈コラン君〉なのであの猫が都合よく設定したのだろう。
それでも人間の頃の感覚とは違うのだと思うと憂鬱になる。
「トウジ、どうしたの?」
「ん?ああなんでもない」
おっといけない、悲哀にまみれている場合ではない。
不思議そうに見上げるシンクの頭を撫でて、鼻をスンスンさせることに集中する。
ゆるキャラたちは今、すすきの通りの裏手に来ている。
〈樫の膂力〉亭でレンと別れた後、冒険者ギルドに趣いて緊急依頼を請負う。
その足で真っすぐここへやってきていた。
依頼内容は「闇の眷属の出没原因の調査」で、本来ならゆるキャラたちの持つ戦闘に特化した銀冠の冒険者証では受けられない依頼だった。
ただし今回は緊急依頼ということで特別に許可が下りている。
昨晩ぶりにやってきた歓楽街は建物の破壊跡は残っているものの、サハギンの死体は片付けられて綺麗になっている。
昨日の今日でもう営業再開するのか。
一般人への被害はほとんど無かったとはいえ逞しいな。
とか考えながらうっかり表通りから入ってしまったため、昨日のゆるキャラの活躍を見た人々に囲まれてしまう。
幸いにもまだ日中で人が少なかったのですぐに逃げ出せたが。
フィンとシンクはしきりに感謝されるゆるキャラを見て誇らしげにしていた。
「そういえばなんでトージは昨日の夜ここにいたの?」
「ああ……寝付けなくて散歩してたんだよ。そしたら騒ぎを聞きつけてな」
「ふーん」
フィンのジト目を背中に感じつつ、エゾモモンガの鼻を使って闇の眷属の痕跡を探す。
人間のものより優れたこの嗅覚にも思う所はあるが、使えるものは使うのだ。
裏手に流れる川は幅が二メートル程で、深さも人型のものが泳げるくらいの深さはありそうだ。
サハギンの軍勢はラムール大河へと流れるこの川を、大河側から鮭のように上って来たと思われる。
大河沿いには城塞都市の軍の警備があったはずなのだが、どういうわけか索敵に引っ掛からなかった。
レンはサハギンどもがどうにかして警備を掻い潜ったと言っていたが……。
「どう?トウジ、臭いする?」
「いや、この川から上がった場所はともかく、ずっと川の中を泳いできたなら足跡も臭いも残らないしな」
「むう」
現時点で上陸地点がここだという以外の情報は無いので、このまま川沿いに下って痕跡を探そう。
「うわ、くっさ……くっさ!」
フィンが地面の足跡に鼻を近づけて、何度も臭いを嗅いでは顔を顰めている。
臭いなら一回でやめればいいのに、あれは病みつきになっているな。