「フィン!」
黄色い鳥足で地面を蹴り、対岸目掛けて飛び上がる。
滑空しながら数メートルの川幅を一足飛びで越えて着地。
正面の林に駆け寄ろうとして……。
「くっさ!」
消失したはずの妖精族の少女が、しかめっ面で目の前に再度出現したので、思わずずっこける。
「あれ、どうしたのトージ」
「……あんまり勝手に動き回るなよ。心配するから」
「えっ、そう?そうだよね、心配しちゃうよねー」
心配してもらえたのが嬉しいのか、フィンが照れてにへらと顔をほころばせる。
いや、こっちは怒ってるんだけどな……。
川岸のぬかるんだ地面に転んだので、腹の部分の白い毛皮に泥がべったりと付いてしまった。
「その泥取ってあげるからこっちきて」
そう言ってフィンはゆるキャラを林から離れた建物寄りへと誘導した。
『水嶺を
相変わらず途中から適当な詠唱だったが、《洗浄》の魔術が問題無く発動する。
魔素で作られた水流、というか鉄砲水がゆるキャラの腹を直撃すると、すぐに霧散して消えた。
すると毛皮に付着していた泥はきれいさっぱりなくなっていた。
「〈神獣〉様、急にどうされたのですか」
レンたちの部隊が少し離れた位置にある橋を渡ってこちらまでやってきた。
ゆるキャラが慌てていたためか周囲を警戒している。
「闇の眷属の痕跡を見つけたのですか?」
「いや、そうじゃなくてフィンが急に消えたから驚いてさ」
「〈精霊仕い〉様がですか……?ずっとこちらの岸を飛んでおられたかと思いますが」
フィンのことを二つ名で呼んだレンが首を傾げる。
なんだか話がかみ合わないな。
「誰か〈精霊仕い〉様を見失った者はいるか?」
部下に問いかけるが、誰からも肯定の返事は返ってこなかった。
つまりゆるキャラだけフィンが突然消えるのを目撃したことになる。
「トウジ、ここに認識阻害の結界がはってある」
「それってあれか、妖精の里を守ってるやつか?」
「ん」
ゆるキャラ同様に川を飛んで渡ってきていたシンクが、林を指さしてそう言った。
フィンの故郷であるリージスの樹海の妖精の里には、防衛手段として認識阻害が付与された結界が張ってある。
認識阻害は視覚的に妖精の里を隠すだけではない。
招かれざる者が近づいた時は、その本人も気付かないうちに迂回させ遠ざけて、近寄らせない効果もあった。
なるほど、確かに最初にフィンに妖精の里に案内された時は、今のように忽然と姿が消えていた。
その後すぐにフレイヤにより認識阻害の対象外にされ、普通に妖精の里に出入りしていたので似た現象だと思い付かなかった。
「でもレンたちには消えて見えてないんだよな?」
「それは私たちが認識阻害に抵抗(レジスト)してるから」
どうやら認識阻害に抵抗できないと、結界の存在を察知されないように幻影を見せ続けるらしい。
本物のフィンは結界の内側に入って姿を消していたが、レンたちには結界の外側で飛び続けるフィンの幻影が見えていたというのだ。
「いつのまにこんなものが」
「ここがサハギンの出現経路で間違いなさそうだな……くっさ」
ゆるキャラが結界に頭を突っ込むと、林の合間にぬかるんだ獣道のようなものができていた。
獣道は途中で曲がっていてその先は見えず、周囲には生臭さが充満していた。
結界は臭いすら遮断するのか。
「フィンはよく気が付いたな」
「このあたりだけ風の子も水の子もいなかったから気になったの。あ、ご褒美は追加の饅頭でいいよ」
風の子や水の子というのは精霊のことだ。
精霊は精霊魔術を発現させるのに必要不可欠で、自然のあるところに存在している。
フィンは「子」と表現しているが、その辺にいる精霊の自我は薄く、見た目も丸いエネルギーの塊のようだった。
ゆるキャラは精霊と
例えるなら二酸化炭素の気体は透明で見えないけど、圧縮してドライアイスになれば見えるようになるみたいな?
精霊は認識阻害効果のあるこの結界を何故か嫌っているようで、周囲に寄り付かなかったためフィンが違和感を覚えたのだった。
サハギンの出現経路を発見したことにより、ゆるキャラたちの受けた緊急依頼は達成。
この結界への対処はレンたち城塞都市の軍隊の仕事なので、休憩がてらゆるキャラたちは見学と洒落込ませてもらう。
フィンがご褒美の饅頭をもちゃもちゃしていると、王国の紋章が刺繍されたローブ姿の老人が馬に乗って現れた。
「ラズウェル老、ここだ」
「ほほう、これが結界ですか。これはこれは」
この恰幅のよいご老人が城塞都市の魔術部隊を率いる筆頭魔術師だそうだ。
到着と共に同じローブ姿の部下を使って調査を始めた。
謎の箱状の魔術具や魔術を唱えてかれこれ小一時間色々やっているが……あ、終わったようだ。
立派に伸びた白い顎鬚を悠々としごいている。
「それでどうなのだ?」
「ふむ、そうですなあ。この認識阻害が付与された結界はごく最近ですな」
「こんなものが昔から放置されていては困る。それでどうにかなるのか?」
「無理ですな。わし程度の実力では結界の破壊どころか侵入すらできませぬ」
そう言ってラズウェル老はあっさりと匙を投げてしまった。