ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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90話:ゆるキャラと人質もどき

 《長距離転移》が終わり視界が元に戻ると、そこは埃っぽい廃屋だった。

 木造平屋で十五メートル四方くらいの広さだろうか。

 

 部屋を仕切る壁は雑に壊されているため、基礎の柱を残して屋内全体が見渡せるようになっていた。

 窓には乱雑に板が打ち付けられ、照明も無いので薄暗い。

 光源は壁の隙間や穴の開いた天井から差し込む太陽の光だけだ。

 

 ゆるキャラたちが出現したのは丁度廃屋の中心部で、転移による軽い眩暈のような症状を覚えた。

 これは一瞬で地磁気や気圧などが変化したことにより、体内の感覚が狂うために起こる転移酔いという現象だそうだ。

 某ゲームで言うところの、召喚されたターンは動けないみたいなやつかな。

 

「随分と遅かったな」

 

 次のターンになって酔いから回復したゆるキャラに向かって、近くの朽ちかけたベッドに腰掛けていた男が立ち上がり話しかけてきた。

 特徴の無い平服の上から煤けた白衣のようなものをだらしなく羽織っていて、その裾をずるずると引き摺りながら近づいてくる。

 

「〈影の狩人〉と呼ばれているあんたにしては、随分手こずったんじゃないか?女どもが先に戻ってきちまうかと思ったぜ」

 

 軽薄な笑みを浮かべた目の細い男は《幻影》に気付いていないようで、AR(拡張現実)もどきの忍者男相手に一方的に喋る。

 〈影の狩人〉ねえ……忍者男は中二っぽい二つ名の持ち主だったようだ。

 

「今晩の計画が終われば一旦帰還する計画だったよな?そしたらあの女は貸してくれ。どうせ他に使い道は無いんだし、俺が有効利用してやるからよ。別に邪人だろうがあっちの具合は変わらないだろうからな。ガキがいるとは思えないあの体をたっぷり味わってーーーぐべらっ」

 

 無言で立っている忍者男の《幻影》をかき消しながら、ゆるキャラは前に飛び出した。

 そしてべらべら喋り続ける男の顔面に拳を振り下ろす。

 無防備な状態で鼻っ柱を殴打された男は、地面に激しく衝突するとゆるキャラの腰の位置くらいまでバウンドした。

 

 子どもの前でなんてことを言い出すんだこいつは。

 聞くに堪えないので咄嗟に殴りつけてしまった。

 

 慌ててエゾモモンガの耳と鼻で周囲の状況を確認するが、屋内に他の人影は無し。

 外にも軍隊といった大人数がいるような気配はしない。

 周囲にはこの折れ曲がった鼻から血を流しながら、白目を剥いて痙攣している男以外にはいないようだ。

 

 幸いにもアナたちには男の言葉の意味は分からなかったようで、きょとんとしている。

 もし事後であれば手でなく足が出て……鳥足の爪で切り裂いていたところだ。

 

「ここが拠点?ぼろっちいね」

「むう、あっさり終わった。手ごたえがない」

 

 フィンは何か面白いものはないかと屋内を飛び回っている。

 シンクは肩透かしを食らって不満そうだ。

 アナは無事に襲撃が成功して緊張が解けたのか、ほっとした表情をしている。

 

 確かにあっさりと拠点襲撃は成功した。

 でもそれはたまたま拠点にいたのがこの男だけだったからという結果論であり、ゆるキャラの慎重さが無駄だったとは思わない。

 

 地球より遥かにハードモードな異世界なのだから、臆病なくらいで丁度良い。

 某超一流のスナイパーも実力の三割は臆病さと言っていたからな。

 道産子風に例えるなら〈常に初陣〉といったところか。

 

「この男が言っていた女どもの中に、アナのお母さんが含まれているみたいだな」

「今までここで母さんはここに来なかったけど、今晩は僕と二人がかりで闇の眷属を出させるって、こいつが言ってた」

 

「こいつが結界を張った魔術師か?」

「うん」

 

 アナとアナのお母さんは別行動で、今日始めて合流の予定だった。

 別行動でなければ早々にこの魔術師に襲われていたかもしれないので、不幸中の幸いだったか。

 

「合流は俺らと同じこの場所か?」

「多分そうだと思う。転移先が空いてないから今は転移できないけど」

 

 つまりゆるキャラたちがこの場から動かない限り、突然誰かが転移でやってくることはないということか。

 ならば今度は逆の立場となって、転移してくるであろうお母さんと敵の女を待ち構えるとしよう。

 

「というわけでシンク、転移してくる相手を迎え撃つぞ」

「ん、わかった」

 

 そうシンクが返事をした瞬間だった。

 突然彼女の背後の空間に歪が生じ、黒い影が二つ現れる。

 

 影の一つはぼろぼろのローブ姿の闇森人で、アナをそのまま大人にしたような大きい瞳が特徴の美女だ。

 ローブ越しでもその肉体が豊満であると分かるくらい、体のラインが強調されている。

 

 もう一人は忍者男とよく似た黒ずくめな服装の人物だ。

 隣の闇森人と比較するとすごく平坦な体つきだが、首に巻いたマフラーより上には目つきの鋭い女の顔がある。

 

 転移できる地点は封鎖していたはずなのに、何故転移できたのだろうか。

 その疑問は後回しにして、取り押さえようとしたが位置が悪い。

 

 瞬時に状況を理解した忍者女は転移酔いの素振りも見せずに、目の前で背中を向けているシンクに近づく。

 そして首元に取り出した短剣の刃を当てるとハスキーな声で叫んだ。

 

「全員動くな!動くとこいつの首を掻き切るよ」

 

 横にいたアナのお母さんは状況についていけず硬直している。

 アナも似たような反応で、突然の母親の登場とシンクが人質に取られた状況に呆然としていた。

 

「あれ、なんで転移できたんだろうね?」

 

 フィンは普段と変わらない態度で、思った疑問を口にして首を傾げている。

 人質当人であるシンクも怯えるでもなく、ぼーっと自分の背後にいる女を見上げていた。

 

「まさか〈影の狩人〉がやられるなんてね。おい、〈結界師〉をこっちに引っ張ってきな」

 

 忍者女が顎で指図したが、アナのお母さんは逡巡していた。

 ちらりとアナに心配そうな視線を送っている。

 

「はやくしな!」

「わ、わかったわ」

 

 急かされて仕方なく、お母さんは地面で伸びている男を引きずると、忍者女の足元まで持っていく。

 

「よし、根城に帰るから転移を……」

「ねーねー、なんで転移できたの?なんで?」

「近づくなって言ってるだろうが羽虫が!」

 

 忍者女は我慢できずに近寄って質問するフィンに罵声を浴びせると、手にした短剣に力を入れた。

 冷酷で無慈悲な忍者女の短剣が、シンクの白くやわらかい首筋を薙ぎ……バキンという音と共に短剣の刃が欠けた。

 

「なに!?」

「さっきから耳もとでうるさい」

 

 しかめっ面のシンクが万歳すると、右の掌底が忍者女の顎に刺さった。

 すると衝撃で忍者女の体が垂直に打ち上げられ、天井を突き破る。

 更に数メートル上がったところでようやく上昇が終わり自由落下が始まり、穴の開いた天井から忍者女が落ちてくる。

 

 最初のシンクの掌底で既に意識は刈り取られていたようだ。

 落下の衝撃を受けても、白目を剥いたままピクリとも動かなかった。

 

 ありえない出来事にアナもアナのお母さんも再び硬直している。

 ゆるキャラ的にはしみじみ、呟くしかなかった。

 

「……まあこうなるわな」

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