先生が嫌いな捻くれ孤独生徒 作:ぱぶし
何故妹を見て、私は捕食者と被食者の関係性を考えたのか、今よく分かった。
私は恐れているのだ。
妹がこれ以上弱い被食者になることを私は恐れているのだ。
自分より弱い立場の人間が現実を知ってそれを止めようとし、また地位を落とされるのが私はこの上なく怖いのだ。
実際、彼女はそうだった。
あれは小学校の時だっただろうか。病弱ながらもリナは高学年の生徒から私を庇った事があった。
勿論結果は、悲惨。
傷こそ少なかったが、リナはトラウマという形で大きな傷を負った。あれ以来自分より歳上の人間を見ると、どうしても恐怖を抱いてしまうようになってしまった。
それが良くなかった。
いつしかそれは悪化し始め、軽度ではあるが対人恐怖症になり、今は他人とコミュニケーションを取ることも一苦労なのだ。
無論、こうなってしまった原因は私にある。
だから私は、要らぬ心配でこれ以上リナを苦しめたくないのだ。
...なのに、どうして。
「いじめなんて受けてないよ、先生も変な事言うんだね。」
私は悟られないように必死に仮面を被る。
だが、リナは私の仮面の奥の瞳を、じっと見詰めていた。
「...そうだよね、私に言っても何も生まれないしね。」
リナは呆れた笑いで力無くそう言った。
その言葉に慌てて私は訂正を入れるが、「...分かってるから。」と言ってリナは諦めたような表情をする。
家族だから、たった1人の妹だから。他人やあの先生でさえ欺いた私の嘘であっても、リナには通用しない。
「心配しなくても、もう無理にお姉ちゃんを助けに行ったりしないよ。...でもね。」
ふと、リナは窓の方へゆっくりと体を傾ける。
「...辛い時は、一緒に泣かせてね。」
見舞いの花の甘い匂いが微かに香る部屋、窓からの光を浴びるリナの横顔は妙に神秘的で――
――その顔を見て、私はかける言葉を無くした。
――――――
昼過ぎの騒がしい教室の中。
私はいつものように文庫本を1人静かに読んでいた。
全くもって騒がしいこの教室は読書に向いていないのは確かではあるが、わざわざ古書館に訪れようとする気力も無ければ、他に宛もない為、耳栓代わりの音楽の流れていないイヤホンを付けて本を読むことにしている。
音楽の流れていない、とは別に壊れている訳ではなく意図的に音楽を流していないのだ。
とは言っても、決して音楽が嫌いという訳では無い。ただただイヤホンのような悪音質の音楽を聴くと耳が腐ってしまうことを避けているからだ。
最近では高音質がどうだかドライバーがなんだの意味の分からない事をよく耳にするが、多少技術が上がった所で生演奏には到底及ばない。
そんな虚像のような謳い文句に私は騙されないのだ。
そう、あの大人にも。
先生。
まさか身内の人間にまで迫ってくるとは、とんだ迷惑者だ。
もう私のいじめについての疑いは晴れたかと思えたが、無駄に感がいいのだろう。
...シャーレに直談判するのが効果的か。
幸い今は特に用事は無い、こんな実りにならない事で時間を無駄にするのは些か気分が悪いが、ここで上手く止めないと結果的に時間を浪費してしまうのは目に見えて分かる。
シャーレのオフィスはシラオリ区の郊外にある、妹の見舞いの前に行けば丁度良いだろう。
何が生徒思いだ。
リナはそれで余計な心配をしてしまったでは無いか。
全く、傍迷惑な大人だ。
「ねえ、放課後空いてるよね?」
「...何?」
不意に掛けられた声。
いじめの主犯格の生徒だ。今予定を立てたりで忙しいから勘弁して欲しいのだが...
不機嫌な私の返答に苛立ちを覚えたのか、私の机にあった文庫本を私に投げつける。
「あんまり調子乗ってんじゃないわよ?態度には気をつけなさい。」
こいつは貴族なのか?
何故私より一般的には地位が同じの生徒に態度を正さないといけないのだろうか?全くもって理解できない言葉である。
「私今日忙しいから、また今度にしてくれない?」
「は?」
私の言葉を聞いた主犯格は、困惑と怒りが混じったような顔で私を見る。
「悪いけど、貴女のように時間に余裕がある訳では無いから。」
「ッこの...覚悟してなさいよ...!」
今にも手が出そうな主犯格だが、猿にも理性があったのだろう、昼休みで人が多い教室での暴力は躊躇ったらしい。鼻を鳴らして彼女はこちらを睨みながら席へ戻った。
...一体何がしたかったのだろうか。
やはり猿のする事は分からない、もう少し生態系を研究する必要があるだろう。
ふと、昨日のリナの言葉を思い出す。
"辛い時は、一緒に泣かせてね"、か。
大丈夫、リナ。
私はきっと強い。
それは身体的な強さでも無く精神的な強さ。
私は諦めないし、苦しまない。
そして、どんな状況下であったとしても、私は逃げない。
だって逃げたって先がないから。
逃げた後の居場所なんて無いから。
何より、リナを置いて逃げることなんて到底出来ないから。
私は、リナの青春を止めてしまった責任がある。
その責任を果たすまでは...いや、きっと果たすことは出来ないのかもしれないが、私は背負い続けなければなら無いのだ。
それが私が私で、リナの妹である為なのだから。
だから、例えどんな仕打ちを受けたとしても、天変地異が降り掛かってきたとしても、私は何も辛くないし、これからも辛くならない。
だからリナが泣く必要なんて無いんだからね。
お姉ちゃんの私が貴女を泣かせるなんて事、もう絶対しないから。
きっと。
視界が歪む。
ぁれ....。
なんだ...何がどうなってる?
耳鳴りが酷い、左手が焼けるように痛い。
「ねえ、流石にヤバくない??」
「大丈夫っしょ、こいつ今日調子乗ってたし〜」
「分かる!カオリによくあんなことを...!!」
「先生にも変な態度だったしね~」
ああ、そうか。
手榴弾に直撃したのか。
あの後、私は放課後に無理矢理教室から普段人の通らない路地に連れて行かれたのだ。
そしていつものいじめメンバーに囲まれて...
「...なんの...つもり?」
「ただの鬱憤晴らしだけど?」
馬鹿げている...鬱憤晴らしに人を傷つけようとするなど...一体どういう思考回路をしているのだ。
理解ができない。
理解不能だ。
いや、これは理解しようとするのが間違いなのかもしれない。常人には理解できないような、そんな自己中心的で傲慢な結論から生まれた怠惰な行動。
考えるという人間としての最大の取り柄を無視した愚かな答えだ。
私は寧ろ彼女たちには感謝してもらう立場では無いのだろうか?
先生の疑いを退けたのは誰だ?彼女達か?他クラスメイトか?
否である。
私があの時、ああ答えていなかったら、彼女たちは先生からの信頼を無くし、学園全体から"先生から告発された生徒"として新たないじめのターゲットになっていたまで考えられる。
確定はしていないにしても、その可能性を阻止したという事でなら、私は彼女達を助けたということになるであろう。
そう考えると、当然こんな事をされる義理は無いのだが。
「ほんっと、有り得ない。」
...何が有り得ないのだ?
具体的に何が有り得ないのかしっかりと説明してもらいたいものだ。
あの時の先生への返答が不味かったのだろうか。
私はともかく、殆どの生徒は先生を慕って叶わない恋を密かに考える愚か者だ。
そんな先生にあの言葉をかけた私は、彼女達の濁った目には敵に見えるのだろう。
こんなことになるのなら、先生に助けを求めるべきだったのか?
私はどうするべきだったんだろうか?
――――私は、道を間違えたのか?