先生が嫌いな捻くれ孤独生徒 作:ぱぶし
...
――――いや。
結局どうなっても結末は収束されるだろう。
おそらくだが、私がもしあの時先生に助けを求めても結局はこうなっていただろう。
先生は忙しい。だから私をずっと見守り続けることは不可能なのだ。
先生の目を盗み、私を先程の要領で拉致し結局は同じ目に...いや、もっと酷い目に遭うことになっていたかもしれない。
運命は奇跡でも起きない限り、変わらないのだ。
例外として先生には奇跡があるから運命を変えられるが、私のような普通の人間にはそういったものは残念ながら持ち合わせていない。
人間努力すれば運命を変えられる?
答えは否だ。
その証拠に――――
...やはりダメだ。
頭は動くのに体が動かない。
必死に逃げ出そうと足を動かそうとするが、全く動かない。
私は昔から体が弱かった。
リナほどでも無いが、所謂インドア派の人間だ。
勉強は出来るが運動が全くもって出来ない、そんな人種に当たる人間だった。
だが、この銃社会弱肉強食のキヴォトスでは運動は必須の能力。
ミレニアムの天才を除き、普通は多少なりとも運動は出来た方がキヴォトスでは生きていきやすい。
いや必須能力とも言えるだろう。
勿論幼い頃に勉強するにつれ、そんな常識はすでに分かっていた。
だから、私は自分の体が嫌いだった。
私は常に周りより完璧で、優れていなければ済まない性格だ。
だからこそ、運動ができない自分が嫌だった。
だから私は自分を鍛え始める事にしたのだ。
朝起きては走り、日々トレーニングを重ねた。
だが、
あれはいつだっただろうか。
あれから相当なトレーニングを重ね続けていた私は、自分の実力を確かめるべくスポーツ大会という物に参加してみた時の事だ。
スポーツ大会と言っても、私が参加したのはバスケットボールやサッカーと言った物は知識が全く無かった事から、ごく単純な競技である短距離走に参加した。
結果は、惨敗だった。
大差での敗北だ。
最初のスタート数秒では差はそこまで出なかったが、問題はその後。
全身全霊で走っているのに自分の事を易々と抜けていく姿が視界に移る。
必死に食らいつこうとするが、その距離は離れていくばかり。
一体、何が起こったのだろう。
周りには自分より年下か同年か、どちらにせよ年齢というハードルは無かった。
特別自分の走っている場所の状態が悪かった訳でもない。
では、何故?
答えは分かっていた。
でもその答えを認めると自分のこれまでの努力が踏み躙られるような気がして、必死に別の理由を探した。
偽りの答えを。
自分が理解出来る言い訳を。
ふとその時、私は頭の中でこのスポーツ大会のチラシの内容を思い出した。
このイベントの目的は競い合うことでは無かった。
スポーツというものを通して友情を深めようとする目的であった筈だ。
まあ、友情というのは胡散臭い物ではあるが...、そこはこの際重要では無い。
そう、この大会に優劣を付ける意味は無いのだ。
だから最下位だからと言って自分の価値尊厳が傷つくことは無い。
だから...!
「ねえ、あの子ダントツ最下位だってw」
「運動してないけど、とりあえずやってみたって子かな?」
「運動してなくてもあんな遅くないでしょw」
嘲笑。
観客...いやそうだ、あれは観客だ。
目的は一緒に走ったあの選手達。観客なんてどうでもいい。
そう思って、私は先程までそこにいた選手たちの方へと振り返る。
だが、そこには誰もいなかった。
幼い未熟な感性でも分かった。
そう。言い訳を考えても私の価値を決めるのは私では無い。
第三者である彼女達なのだ。
私は彼女達と違う。
決定的に人間としての何かが違うのだ。
だからこそ私は彼女達と交わることが出来ない、友情を深め合うことが出来ない。
元からこのスポーツ大会は私にとって最悪そのものだったのだ。
あの時希望を持たなければ、まだ私には力があると過信していなければこんな事にはならなかった。
希望を持つことは、罪なのだ。
彼女達と違う私がどんなに苦労をしようとも、分かり合えないし、繋がりを保てない。
ああ、そうか。
あの時、スっと口から零れた落胆のような諦めのような呟き。
ようやくそこで生まれ持ってきたこの身体が、他人とは似ても似つかない事を私は認めたのだ。
私には無い、彼女達が持っている物の存在を。
胸が苦しい。
周りの人間よりトレーニングを日々やり続け、自分の身体を変えようとあれほど努力したと言うのに、才という物で周りから置いていかれる。突き放されていく。
だからその時、私は悟ったのだ。
――――「努力は、報われない。」と。
「何?手榴弾1つでもう限界?」
「なにそれザッコw」
ああ、そんなことわかっているさ。
自分がどれだけ貧弱で弱いのか、ありふれた人間の中でも秀でて劣っているという事ぐらい。
自分が1番痛いくらいにわかっている。
彼女らにとっての普通は、私にとっては非常なのだ。
だからこそ私はもう抵抗をする事を辞める。
きっとこの状況に抗おうとしても私は何も出来ないのだ。
子供が遊び続けた玩具に飽きるように、彼女らもきっといつかこの愚行を止めるだろう。
だから私はその終わりが来るまで耐え続ければいい。抵抗なんて苦しい事をする必要は無いのだ。
とは言っても、これは諦めたという訳では無い。
別に自暴自棄になったわけでも無ければ負けを認めた訳でも無い。
世の中には「戦略的撤退」という素晴らしい言葉があるのだ。
だからいつかはこの状況を打破してみせる。
"努力"とは違う正解を、私は見つけ出してみせる。
だから今、今だけ苦しいだけだ。
だから私は大丈夫。
なぜなら私は、完璧なのだから。
こんな非道な猿共に、簡単に引き下がるような軟弱者では無いのだ。
「君達、一体何をしているの?」
...?
その声に彼女達の嘲笑うような声がピタリと止んだ。
「...ぇ...せ、先生...!?」
ゆっくりと此方へと近付いてくる足音。
私は瞑っていた目を開けると、そこには1人の大人が静かに立っていた。
「ち、違うんだよ先生」
「何が違うんだい?」
口調はいつもの先生...だが、どこか冷え切ったような張り詰めた声色。
その状況に彼女らの顔は見る見ると青白くなっていく。
そんな彼女らを横目に、先生は私の方へとゆっくりと歩いてきた。
「...怪我は、って、出血してるし当然あるよね。」
「...っ」
そう言って先生は私の頭を触ろうとするが、私は反射的に抵抗をする。
迂闊にその手で私を触ろうとするな、汚わらしい。
「傷口だけ見たいんだ...駄目かな?」
...一体なんなんだこの大人は?
私は先生から目を逸らして、抵抗を止める。
信用のない大人に触られるのは些か不本意ではあるが、傷口の確認ぐらいならこちらに損はあまり無い。
「...傷も浅くない、セリナ達に診てもらうのがいいかもしれないね。」
「別に...放っておけば治りますよ。」
ふざけた事を言う大人を無視して、私は立ち上がろうとする。だが、やはり立てる力が無い。
「ほら。」
...目の前に伸びてくる手。
これを掴めば確かに立つことができるのかもしれないが、私の警戒心がそれを許さない。
きっとこの行動には何か思惑がある、そうに違いない。
「...っ」
「ちょ...ちょっと?」
無理矢理に足へ力を入れて不格好ながらに立つことに成功した。
まあ、歩けるかどうかは別問題ではあるが...
ゆっくりと足を前へ伸ばす。
が、大きくバランスを崩しそのまま視界が傾いていった。
...情けない。
これが私という人間なのか。
実に無力で、実に貧弱だ。
しかも、よりによってこんな大人の前で...っ
全くもって、情けない。