先生が嫌いな捻くれ孤独生徒 作:ぱぶし
――――数時間前。
「なんでナギちゃんはそこまでしてコマチちゃんをティーパーティーに入れたいわけー?」
「それは...」
それは前にも説明したでしょう。と喉まで出てきていたが、何とか言葉を引っ込めた。
日差しが入り込むティーパーティー専用の部屋にて、今日も今日とて"茶会"が開かれていた。
茶会と言っても名ばかりで、その内容は業務報告や提案と言った、ミカと言う変数を除けばただの業務連絡、会議のようなものだ。
「まあ...1年生を入れることは少なからず反感を買うだろうからね。そう易々と決められるものでもあるまい。」
「それは分かっていますが...」
「それに...ティーパーティーが何故3人なのか、忘れたわけでは無いだろう?」
肩に乗っているシマエナガを優しく撫でながらそう言うセイア。
その言葉に返す言葉は無い。
確かに、入学したての1年生をティーパーティーに入れようものなら、ミカの1件で信用が危うい今の状況が更に悪くなってしまう可能性がある。
更にティーパーティーは元来3つの派閥の代表で構成されている組織。そこで4人となると話がおかしくなってしまう。
だが、そのリスクを考慮したとしても入れる価値が、彼女にはある。
彼女に会ったのは、1年と少し前。
当時受験生の中学3年生は授業の一環として、トリニティ総合学園の学園説明会が開かれていた。
マンモス校への入学意欲を高める事で、比例して学習意欲を上げようとする狙いだったそうだ。
結果、その効果は大きかったと思う。
基本体育館でするこういった行事は退屈極まりない。
ありがたい話を1時間ずっと聴いてられるほど、中学の子供達は訓練されてはいないのだ。
だが、学園説明会となると話が違う。
自分の遠くない未来の話、憧れの話。
そんな理由からか、学園説明会で寝ていた生徒は一人もおらず、誰もが当時、説明を担当していた私の話を聞いていた。
でも説明をする中で、何か違和感を感じたのだ。
憧れの目線の中に、商品の品質を確かめるような、そんな品定めをする目線を感じるのだ。
一体どこから?
説明しながら生徒一人一人の目線を確かめることにするが、目線の主は見つからない。
気のせいだった...?
いや、でも確かにあの目線は...。
「質問、良いですか?」
不意に発せられた声に振り返ると、そこにはまるで生気が無い目をしている少女が手を挙げていた。
その目に一瞬怯んでしまいそうになったが、何とか耐え「どうぞ」と私は答える。
すると彼女は挙げていた手を下げ、無表情のままに口を開く。
「トリニティって、何を目的としている学校なんですか?」
トリニティの、目的...?
考えた事がなかった。目的なんて、トリニティにあるのだろうか?
「...目的、ですか。」
沈黙が続く。
説明会にとって沈黙とは死を意味する。この状況はまずい、何か、何か答えなければ。
「はぁ...もういいです。...ここもですか。」
何処か呆れ混じりなため息を吐きながら、こちらに失望の目線を送る生徒。そのまま彼女は席を立とうとしていた。
「...いえ、待ってください。貴女の名前は?」
「...はい?何で名乗らないといけないんですか?」
ここで逃す訳にはいかない、彼女に席を立たれてしまったらこの状況が更に悪化する。
「...分かりました、後で時間を設けます。その際に質問の答えをお伝えします。」
「いや、何で私が...」
「良いですね?」
私は一度逃がさないと決めたら逃がさない。
"これは命令だ。"と目線で彼女に語りかけた。
「...はぁ」
また彼女がため息をすると、そのまま席へ座る。
全く、イレギュラーな生徒もいたものだ。
「...それでは改めて、説明を続けさせて頂きます。」
それが、彼女との初めての出会いだった。
「...で、何ですか?」
「質問の答えをしておこうと思いまして。」
説明会が終わり、客人用の部屋にて私は例の少女と向かい合って座っていた。
「あー、あの質問ですか?別に答えなんてどうでもいいんですけど。」
「...はい?」
説明会中、話しながらも考えに考えた質問の答え。
即興のもので不格好ではあるが、説明できる所まで構想したのに...どうでもいい?
「えーと、つまりあの質問は...?」
「適当です、意味なんてありません。」
抑揚が無い声でそう告げられ、私は完全に硬直状態に陥った。
何だ?何で?この前にいる生徒は一体今何を考えている?
彼女の死んだような目を見ても、こちらを同じ調子で覗いているだけで答えは出てこない。
分からない。
「貴方...私に何がしたいんですか?」
私は徐々に苛立ちを感じていた。
中学生相手に苛立ちを感じてしまう事は恥ずべきことであること、それはもちろん承知の上だ。
だが彼女の人を手のひらの上で踊らせるような手口に、感情の昂りが抑えられないのだ。
「ナギサさんは、質問というものをどう捉えていますか?」
「...何を言ってるんですか?」
”質問を質問で返すな。”そんな言葉が出てきたがなんとか押し留め、傍にあった紅茶を鎮静剤代わりに少し口へ含んだ。
「質問は必要なものとは思います。人間質問していかなければ生きていけない。話し方も、計算式も、質問して覚えていくものです。質問の答えも、もちろん明白で分かりやすい。」
無表情に語るその彼女の姿は、まるで中学生の少女には思えないような風格に感じた。
というより、上級生を相手にしているような、そんな気分だ。
「ですがああいった場面で、質問をするとどうなるか。...答えが欺瞞に変わるんですよ。」
「私は少なくとも、誠実には答えるつもりでしたが...?」
私だってトリニティの事を全て把握しているわけでは無い。
只でさえトリニティは複雑なのだ。私はミレニアムのスーパーコンピューターではない、分からない事だって必然的にできてしまう。
だが分からないなりに情報を受け止め、考えを纏めて伝える努力はしてきたつもりだ。
決して、欺瞞だなんて。
「あの時、ナギサさんは目的が何なのか”分からなかった”、違いますか?」
「...ええ、でも私はその質問を受けて.....!?」
そうか、何が言いたいのか分かった気がする。
欺瞞。そうか、私は確かに騙そうとしたのだ。
”分からない。”その真実を私は無意識の内に隠してしまったのだ。
「私は、欺瞞っていうのが嫌いなんです。....だから、そういう物が無い学校を選びたい。」
「...」
「トリニティは、私の望む場所では無かったみたいですね。」
ああ。そうだ、あの説明会という牢に私は知らぬ間に囚われていたのだ。
説明する立場にある人間は絶対的代弁者でいなければならない、答えを持っていなければならない。
如何なる場合において、言葉を失ってはならない。...そんなあって無いような法に。
分からない物は、分からないと言いなさい。小さい頃から言われてきた言葉だ。
そんなことも、忘れてしまう程に私は...。
「話は以上ですか?...もう帰りたいんですけど?」
すっかりと冷めてしまった紅茶を、私は静かに見つめる。
「チャンスを下さい。」
「は?」
この人は、トリニティに必要だ。
嘘に塗れたトリニティには、この少女のような生徒が必要だ。
「これから貴女に嘘を付かないと、約束いたしましょう。」
「いや、そんな事どうでもいいんですけど...。」
「貴女は最後に”ここもですか”と言いましたよね?つまり、まだめぼしい学園は見つかっていない。」
彼女が無表情から少しムッとしたような表情に変わるのを見て、私はさらに続ける。
「そして学園説明会はトリニティ総合高校の次で終わり、その次はハイランダー鉄道学園。」
「少なくとも、貴女は鉄道に興味がある様には見えない。」
「...」
私の言葉の後、しばらく沈黙がその場を支配した。