異世界戦記   作:日本武尊

23 / 78
第二十二話 偶の休日

 

 

 

 冬を迎えて寒さが大地を凍りつかせているこの時……

 

 

 

 そろそろ同盟について国のトップ同士である程度話しておきたいとステラが持ちかけてきたので、俺はスケジュールを合わせて王都グラムへ向かった。

 移動手段は王都グラムの横の空き土地を使って飛行場を作っているので、一式陸攻で飛んだ。

 

 到着後、ステラの私室にて食事を取りながら同盟について話し合いをした。

 

 同盟を組んだ後グラミアムは扶桑に対して全面協力の下土地や資源を提供し、戦闘はグラミアム軍と協力して扶桑が帝国軍と戦闘を行うという形にした。

 そして時間が経てば、厳重な管理の下扶桑の旧式化した武器兵器をグラミアムへ無償で譲渡する武器貸与(レンドリース)を実施する予定だ。

 

 

 扶桑にとっては土地と資源の提供でこれまでより動きやすくなり、グラミアムにとっては扶桑という名の盾を得ることとなった。

 

 

 

 

 が、そんな中で、ステラは爆弾発言的なことを言い出した。

 

 

 

 

 その爆弾発言的なことというのは……俺とリアスの結婚話だ。盛大に噴き出しそうになったが、何とか耐えた。

 

 何でも国同士の繋がりをより強くしたいというのがこの結婚の目的だが、グラミアム側は頼み込んでいる側とも言えるので、いわばリアスは貢物。

 見方によっては政略結婚のようなものだ。

 

 と言うか彼女が花嫁役を請け負ったのが結構驚きだったな。俺は意外に思っていたんだが、むしろステラから見れば俺の反応が意外だったそうな。

 

 何でかって? 今まで好意的な視線や態度があったのに気づかなかった、某ラノベ主人公並の俺の鈍感さにだよ。

 

 

 突然のことで整理が付かなかったが、気持ちを切り替えてステラとの話し合いの後彼女と会って、色々と話をしたところその中でリアスがどれだけ俺に対して本気なのかを知って、俺も腹を括って彼女の想いを受け入れた。

 

 

 

 同盟は扶桑の陸海軍大臣、海軍軍令部総長、陸軍参謀総長含め、全員賛成一致となり、グラミアム側も同じく全員賛成一致となって、その後場を設けて正式な同盟が締結された。

 俺とリアスの結婚は出来れば早くしたいところだが、準備や時期もあるので、年明けになるそうだ。

 

 

 余談だが、この結婚について納得がいなかった人物が約二名ほど居たのだが、私情を挟めるような状況ではなく、更に立場もあるので、彼女達は気持ちを抑え込んだらしい。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 同盟締結から五日後……

 

 

「や、やっと終わったぁぁぁぁぁ・・・・・・」

 

 俺は最後の書類を書き終えて執務机に倒れ伏せて声を漏らす。

 

「おつかれさまです、総司令。ちょうど昼食の時間ですので、持ってきました」 

 

 品川は扶桑海軍伝統のカレーライスと水の入ったコップを執務机に置き、一歩下がる。

 

「おっ、カレーか。ということは、今日は金曜日だったな」

 

 カレーの食欲をそそるスパイシーな香りを嗅ぎながら今日が金曜日であることを思い出す。

 

 昔から現在でも海自では曜日感覚が狂わないように金曜日はカレーと決まっており、扶桑でも海軍の方では金曜日をカレーにしている。しかも毎週カレーでも飽きないように調理員は毎週異なる具材で作っている。

 先週は野菜カレーだったが、今週は陸海軍でも人気が高いカツカレーのようだ。

 

 

 

「それと、先日の帝国が開発し、扶桑陸軍が鹵獲した戦車もどきの調査報告書です」

 

 大体カレーを食べ終えた頃に、品川が脇に抱えている報告書を執務机に置く。

 

「あぁ。先の戦闘で西中佐の率いる陸軍第三中隊が鹵獲したやつか」

 

 水を一口飲んでコップを机に置いて報告書を手にし、ページを捲ってその内容に思わず眉をひそめる。

 

「……これって、優秀な砲が撃てる以外で役に立つのか? 厚紙程度の厚さの鉄板を繋ぎ合わせた装甲しかなく、しかも馬力もお世辞にもあるとは言えない上にツルッツルの木のタイヤ四輪だから走破性が高くない」

 

 厚紙程度しかない装甲じゃ普通に小銃で装甲を撃ち抜けそうだな……。

 

 

「扶桑側から見てはそうなるでしょう。しかし、骨董品の先込め式のマスケット銃程度や、弓矢しかないグラミアム軍では、移動でき、装甲を持って自走する大砲。これだけでも十分でしょう」

 

「そうか。しかし、動力は魔力を燃料にした仮称『魔力炉』か」

 

 さすがファンタジーな世界だ。こんなものまであるんだ。

 

「グラミアムより呼び寄せた魔導技師と陸海軍技術省の調査によれば、この魔力炉は注いだ魔力の量によってパワーが異なるようで、最初の魔力供給を行えば理論上無補給で半永久的に活動が可能とのことです」

 

「つまり、こいつは原子炉のような半永久機関というのか?」

 

「事実上は」

 

「……」

 

 しかし、報告書の魔力炉に関する欄には、あまり安定性が良くないと記述されている。

 

「攻撃魔法に対して反発作用があるようで、それで爆発を引き起こす可能性があるようです」

 

「つまり、魔力に対する引火点が低いのか」

 

「それ以外で破壊した場合は特に何も起きないとのことです」

 

「そうか。まぁ、こちらには関係の無い話だな」

 

 扶桑には魔法で攻撃するような方法が無いので、まず問題は無い。

 

「それと、この戦車もどきや魔力炉は急造品と思われ、耐久性がほぼ皆無に等しいそうです」

 

「耐久性が?」

 

「はい。鹵獲した分だけでも、魔力炉の器は使用に耐えられるような状態では無かったそうです」

「恐らく可能な限りこちらの戦車を真似して、すぐに前線に出せるように急いで作ったせいでしょうね」

 

「……どうしようもない欠陥品じゃないか。これじゃ魔力炉の性能を発揮できないな」

 

 せっかく理論上活動限界が無いと言われている魔力炉だ。なのに耐久性が無いのでは意味が無い。

 と言うより、馬力がないんじゃ扶桑ではあんまり利用価値があると言えないが。

 

 

「ですが、一つ疑問が浮かんでいるようです」

 

「ん?」

 

「この魔力炉の技術はかなり複雑で、帝国でもそう簡単に開発できるような代物ではないと、グラミアムの魔導技師が仰っていました」

 

「……長期に渡って開発していた、じゃないのか?」

 

「一から作るとなると十年を以ってしても作るのは不可能と言っています」

 

「……」

 

「魔導技師の推測では、とある国に伝わる魔法技術を用いた可能性があると」

 

「魔法技術?」

 

「詳しくは分かりませんが、どこかの国で古くから伝えられているものだと噂されています」

 

「そうか」

 

 まぁ、今は置いておいて……

 

 

「それで、品川。この後予定はあるか?」

 

「いえ、今のところ3日以上は無いですね」

 

「そうか。そうなるとまた地獄か」

 

 考えるだけで頭が痛くなりそうだ……

 

 

「ちょうど良い頃ですし、休暇を取ってはいかがでしょうか?」

 

 思いついたかのように品川は俺に提案を具申する。

 

「いや、前線で兵が戦っているというのに、それも今は忙しいときだ。そんな中でトップの俺が休んでは示しがつかないだろ」

 

「いえ、ここぞと言う時に総司令が倒れてしまえば、兵たちの士気の低下に繋がりかねません。たまにはゆったりとした休息も必要ですし、何より誰も文句は言いませんよ」

 

「いや、しかし……」

 

 しかし結局彼女に押し切られて、俺は二日ほど休暇を取る事にした。

 

 と言っても特にやりたい事もないし、軍港で軍艦を眺めるのも良かったが、主力の殆どはトラック泊地に居るし、建造を一旦止めていた新鋭軍艦の建造は再開しているが、さすがにまだ完成した船は無い。

 そしてこの軍港には必要最小限防衛ができるぐらいの軍艦しかいないので、物足りなさがある。

 

 なら工廠で建造中である例の戦艦を見るのも悪くないが……ようやく船体が完成して進水したばかりとあって、艤装はまだ目立つほど施されていない。それはさすがに見ても「うーん」としか言えない。

 

 陸軍の戦車を乗り回したり、射撃場で射撃をするのも良かったが、何か日常と変わってないような・・・・

 と言うか戦車を乗り回している時点で日常的じゃないんだが。

 

 

 しばらく考えて、旅行気分でグラミアムの領土の村や町の間を繋ぐように敷いた鉄道に乗って全線を渡ってみる事にした。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 次の日、前哨要塞基地発の貨物車輌と客車の混合車輌に乗り込み、城塞都市ハーベントへ向かった。

 

 そこで降りた俺はハーベントの駅へと向かう。

 

 季節は冬とあってかなり寒く、手袋をしてスーツの上からコートを着込み、ソフトハット型の帽子を被って可能な限り顔を見せないようにする。

 景色を撮るために、首からはカメラを提げている。

 

「今日は冷え込んでいるな……」

 

 吐く息が白くなるほどの寒さを感じながら俺は駅の切符売り場で片道で全ての駅を行ける切符を銅貨7枚と鋼貨6枚(約760円ほど)で購入してホームに入り、列車を待つ。

 

 今更なんだが、この世界の言葉や文字はどういうわけか俺のみならず扶桑の人間全員読み書きできるんだよな。まぁお陰で苦労することは無いんだが……不思議だ。

 

 ホームには扶桑の人間も居れば、グラミアムの住人達の他商人と思われる人たちもちらほらと居る。

 

 

 しばらくして除煙板(デフレクター)を外している『C56型蒸気機関車』に牽引された客車3輌と貨物3輌の混合列車がホームに入ってきて、ゆっくりと停車する。

 貨物車輌は殆ど商人たちが自身の荷物を運ばせるために、決して安くはないがレンタル料金を払って利用している。

 

 俺は3番目の客車に乗り込んで適当な席に座り、窓から外を眺めるように視線をやる。

 

 

「向かい側の席、よろしいでしょうか?」

 

 と、声を掛けられてその方に視線をやると、無精髭を生やしている肥えた男性が立っていた。

 

「えぇ。よろしいですよ」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 俺の許可を得て男性は一礼してから向かいの席に座る。

 

 

 

 少しして駅の出発ベルが鳴り、C56型の汽笛が鳴り響いて混合列車はゆっくりと駅から出発する。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「いやぁ……この辺りはだいぶ平和になりましたな」

 

 4駅ほど通過した頃に向かい側の席に座った男性が俺に話し掛けて、それから世間話に移っていた。

 この男性はどうやら商人らしく、今日も商売品を運んでいるとのこと。

 

「ところで、あなたはフソウの人間でしょうか?」

 

「えぇ。軍の関係者で、今日は休暇を取って列車の旅というやつです」

 

「なるほど。人間時には休むことが大事ですからね」

 

 男性は人懐っこい表情を浮かべる。しかし扶桑の軍関係者と言った途端、男性に違和感を覚える。

 

「しかし、フソウには感謝ですよ。この列車でしたか? これのお陰で大助かりです」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。荷物を収納する貨車ですが、それを借りるお金がとにかく安いんですよ」

 

「ほう。いつもは違うのですか?」

 

「馬車ですとかなりの額を取られる上に、遅いのですよ。それに比べればこの列車は行動範囲は限られますが、速いし、利用額もそれほど高くはない」

「我々商人にとっては、大助かりです」

 

「なるほど」

 

 確かに馬車と比べるなら列車は何十倍も速いだろうな。

 

 貨車のレンタル料金も最大で4輌まで借りられ、金額も車輌数に変わらず金貨3枚で借りる事ができる。

 決して安い出費ではないが、商人にとって安く早く利用できる列車はかなり大助かりになるのだろう。

 

 

 

 

 列車は森林内に敷いたレールを走っていると、突然汽笛が連続して鳴り響き、ゆっくりと速度を落としていく。

 

「な、何でしょうか?」

 

「……」

 

 男性や乗客たちがそわそわし始めて、俺は窓を開けて頭を外に出して前を見ると、線路の人影がおり、腕を振ってC56型の機関士に停車するように指示している。

 

「憲兵隊の抜き打ち検査ですね。手荷物と身体検査。それと貨物の積荷の検査ですね」

 

「憲兵隊、ですか……?」

 

「えぇ。今は戦時下ですからね。スパイ探しに躍起になっているのでしょう」 

 

「……」

 

(そういえば、憲兵隊の仕事を見るのは初めてだったな)

 

 この際だ。その仕事っぷりをお忍びで視察といきますか。 

 

 

 

 しばらくして客車に憲兵隊の腕章をつけた軍服姿の男女が入ってくる。

 

「これより手荷物及び身体検査を行う! 協力しない者はそれなりの対応をさせてもらう!」

 

 この憲兵隊の隊長と思われる男性が乗客に対して言うと、男女の部下に乗客の手荷物と身体検査を始める。

 

 

 手荷物及び身体検査は順調に進み、俺の番が来るとポケットに入れていた財布を取り出して身分証明証(さすがに今の身分のままでは色々と困るので別の戸籍で作った物)を差し出して、カメラも異常が無いかを確認してもらい、身体検査をして異常が無いのを確認された。

 

 向かい側の男性も検査され、異常がないのを確認されてやけに大げさに安堵の息を吐く。

 

「隊長! 全ての客車の乗客を調べましたが、異常はありませんでした!」

 

「うむ。ごくろう」

 

 女性憲兵の報告を聞き、隊長は軽く頷く。

 

「ご迷惑を掛けましたが、協力に感謝します」

 

 隊長が頭を深々と下げたときだった。

 

 

 

「隊長!」

 

 と、貨物列車側から憲兵二人が少女を捕まえて連れてきた。

 

「貨物車輌を調べたら、この女が隠れていました」

 

「なに?」

 

「……」

 

 俺は憲兵二人に捕まった少女を見る。

 

 外見の特徴から猫族の獣人の少女で、まだ年は二十歳にいっていないところだろうが、痩せ細って着ている服もボロボロな上にかなり汚れている。

 

 

「この女の身体検査をしたところ、銀貨五枚を所持している以外、乗車切符を持っていません」

 

「何? 貴様。無賃乗車の上に、なぜそのような場所にいた。まさか帝国のスパイか!」

 

「ち、違います! 私はただ薬草を買いに……」

 

「ならなぜ金を持っていながら賃金を払わず無断で乗り込んだ!」

 

 少女は怯えながら言おうとするも、隊長は少女の言葉を遮る。

 

「や、薬草を買うには、どうしてもこのお金が無いと……。でも時間が無いから、どうしても……」

 

「見え透いた嘘を」

 

「ほ、本当なんです! 母が病気で、どうしてもバール村の薬草が必要――――」

 

「黙れ!」

 

 と、隊長は右拳を勢いよく突き出し、少女を殴り倒す。

 

「っ!」

 

 少女は床に倒れ、細かく震える。

 

 周りの乗客は見て見ぬフリに徹していた。この状態の憲兵に介入しようものなら、恐らく共犯として捕らえられるからだ。

 

「後でじっくりと吐かせてやる。おい! こいつを連行しろ!」

 

 隊長の指示で憲兵が少女を捕らえようとした――――

 

 

 

「その必要は無い」

 

 俺は憲兵隊隊長の右肩を持つと後ろを振り向かせ、思いっきり殴り飛ばす。

 

「っ!?」

 

 憲兵隊隊長は空いた席へと飛ばされ、背もたれに背中を強く叩きつけられる。

 

 右腕を突き出した反動で俺が被っていた帽子が落ちて顔が露になる。

 

「ぐっ! 貴様!! 誰に向かって――――」

 

 怒りの篭った目で睨むも、目の前に立つ人物を見た途端顔面蒼白になり、脂汗を大量に掻く。

 

 まぁ、目の前に無表情で怒りのオーラを纏った、扶桑の総司令が立っていれば、そうなるだろうな

 

 

「さ、西条総司令!?」

 

 俺の正体を知った途端憲兵隊隊長は立ち上がって姿勢を正すと同時に敬礼すると、他の憲兵はすぐさま姿勢を正して敬礼する。

 

「・・・・貴様。所属を述べよ」

 

「は、ハッ!! 自分は第5憲兵隊隊長! 『倉吉正二』大尉であります!!」

 

「倉吉? 貴様。倉吉太郎を知っているか」

 

「は、ハッ!! 太郎は自分の弟であります!!」

 

 あの歩兵の兄か……全く……

 

「……時に聞くが大尉。憲兵第八条を述べよ」

 

 冷たく、鋭い声で倉吉大尉に問い掛ける。

 

「そ、それは……」

 

「言うんだ」

 

 俺が怒りの篭った声で言うと倉吉大尉はビクッと体を震わせ、口を開く。

 

「……け、憲兵は……いかなる場合があろうと、緊急時以外で一般市民に暴力を振るう事を厳禁とする……です」

 

「そうだな。では、これはどういう事だ」

 

 俺は未だ倒れ、怯えている少女を見る。

 

「……」

 

「貴様。我が扶桑に泥を塗るつもりか」

 

「い、いえ!祖国に対して決してそのようなことは!」

 

 慌てた様子で違う事を俺に対して伝える

 

「……仕事熱心なのは感心するが、それには限度というものがある」

 

「……」

 

「倉吉大尉。君には本国に戻って、辻教官に一から憲兵の心を学び直させてもらえ」

 

「っ!」

 

 倉吉大尉は絶望とも言える色が表情に浮かぶ。

 

 どんだけ恐れられているんだよ、辻ェ……

 

 

 

「憲兵。この男を連行しろ」

 

 俺の指示で他の憲兵が倉吉大尉を両側から抱えるようにして捕らえる。

 

「あぁそうだ。同じ部隊に居る者達も、連帯責任として本国に戻り、辻教官に憲兵としての心を学び直せ」

 

 俺の言葉に憲兵たちは表情を青くする。

 

「隊長の過ちを報告せず黙認していたのだ。当然の判断だ」

「連れていけ!」

 

 倉吉大尉を含め、憲兵隊は表情を青くして客車を後にする。

 

「あぁそうだ、君」

 

 俺は憲兵隊の最後尾を歩く憲兵に声を掛け、あることを伝える。

 

 

 後ろで怪しい動きを見せる男性を見ながら……

 

 

 

「君、大丈夫か?」

 

 俺は憲兵に用事を言ってから片膝を突いて、座り込んでビクビクと怯えている少女に声を掛ける。

 

「すまないな。うちの憲兵が失礼な事をして」

 

「い、いえ……お金も払わず、勝手に乗り込んだ、私が悪いんですから……」

 

 まぁ、そう言ってしまえば終わりなんだろうが、こちらとしては先の無礼もあるので、このままで終わらせるわけにはいかない。

 

「ここまでした理由を教えてくれないか? さっきの憲兵のようなことはしないから」

 

「は、はい……」

 

 少女は怯えながらも事のあらすじを語った。

 

 

 少女の母親が長らく病気で、かなり重いものらしい。

 

 少女は必死に働いて薬草を買うためのお金を集めたが、母親の容態は悪くなりつつあり、すぐにも薬草が必要になった。

 

 しかし薬草が売っているバール村へは少なくとも歩いてでは二日以上掛かる。帰りや途中でのペースダウンを含むと五日以上掛かる。

 母親の容態は日々悪くなっていく一方で、それだけの余裕は無い。

 

 そこに少女が住む村の近くの町に扶桑が敷いた鉄道が通っており、次のハーベントの駅を中継してバール村へも繋がって、更に到着も一日と掛からないことを知った。

 一つの希望が得られたかと思ったが、薬草を買うだけのお金のみで、家には鉄道を乗るためのお金が無く、かと言って知り合いから借りられる金額でもなかった。

 

 そして少女は母親を助けるために已むを得ずこっそりと貨物車輌に忍び込んだのだが、途中で憲兵に見つかった、というわけだ。

 

 母親思いな娘だなぁ……

 

 

 俺は少し悩んで、さっきの無礼の謝罪として、何より危険を冒してまで母親のために薬草を買いに行く母親想いの彼女に免じて、無断乗車を見逃し、代金も肩代わりすることにした。

 これでさっきの事は忘れてほしい、的な感じになるので複雑な気持ちだけど。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 バール村に着いた少女は目的の薬草を買うことができて、帰りの賃金も俺が支払い、少女は俺に大いに感謝の言葉を口にして、無事村に帰ることが出来た。

 

 

 

 

 俺は辺りが暗くなって扶桑に着き、飛行場で品川と辻の迎えを受けて司令部の執務室に入る。

 

「どうでしたか? 休息を取ってみて?」

 

「そうだな。品川の言う通り、たまには休息が必要だな」

 

 俺はコートを辻に渡してクローゼットに掛けさせると、背伸びをする。

 

「それに、ここでは見れない事情も見れたことだし」

 

「……」

 

 コートをクローゼットに掛けて戸を閉めた辻は俺に向き直って深々と頭を下げる。

 

「申し訳ございません。自分の教育が行き届いておらず、このような失態を招いてしまって」

「今回の事件を起こした者達へは、厳しく教育していくつもりです。そして、同じ事が起きないように教育を見直して徹底します」

 

「今回は辻の責任じゃない。気にするな」

 

「……」

 

 しゅんとする辻に品川はどこか嘲笑うかのように鼻を鳴らす。

 

「それと、例の件については、頼んだぞ」

 

「ハッ! 我が陸軍の優秀な諜報員を駆使して、必ずや」

 

 それは列車で俺の向かいの席に座った男性の調査だ。

 

 妙に怪しい言動や行動があったので、俺は憲兵の一人に尾行を依頼。その後諜報員と交代した後、正体を暴くつもりだ。

 

「さてと、明日からビシバシと仕事をするか」

 

 俺は明日に待つ仕事(地獄)に向けて気合を入れ、風呂へと向かった。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。