異世界戦記   作:日本武尊

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第二話 不自然な空気

 

 

 それは今から5ヶ月前のことであった。

 

 

 俺は陸軍の偵察部隊が司令部から32km先に建造物を発見したという辻の報告を耳にする。

 

 その距離だとこの二年間で見つけられそうな気がするが、範囲が広い上に基地や市街地があるエリア以外は殆ど森林が広がっている。その森林には魔物達がうようよと居るので調査を妨害されることが度々あり、今に至るまで調査はそれほど進んでいるとは言えなかった(基地の迎撃兵器が過剰なまでにあるのは魔物の襲撃が頻繁にあったから)。

 ちなみになぜ上空からの調査で発見できなかったかというと、建造物自体の色が森林の色に溶け込んでいたらしく、近くでないと見えなかった、らしい。

 

 まぁ、ちょうど建造途中だった前哨要塞基地と司令部の中間に当たる場所にあったので、中間補給拠点に使えないかという調査をするために陸軍から調査部隊が編成された。

 俺はその調査部隊に加わって一緒に行くことにした。目的としては部隊視察みたいなものだ。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 明朝7時。俺は特別仕様の戦闘服を動きやすいようにして身に纏い、軍刀を腰のベルトに提げて『十四年式拳銃』を腰のベルトに下げているホルスターに入れて略帽を被り、司令部の前に来る。

 

 

 司令部の前では既に辻が参謀本部へ上告して編成された陸軍の調査部隊が準備を完了して待機しており、俺の姿を見るなり歩兵と上官はすぐに姿勢を正して俺の方を向き、「け、敬礼!!」と大声で言って陸軍式敬礼をする。

 

 ちなみに今回の派遣部隊の構成としては、歩兵二個分隊28名、工兵一個小隊30名、砲兵一個分隊10名計68名。戦車2輌、兵員輸送車として『一式半装軌装甲兵車』2輌と『九四式六輪自動貨車』3輌の構成である。

 戦車は『九七式中戦車 チハ』2輌である。

 

 調査のために戦車は必要ないように思えるが、今から向かう建造物がある森林は魔物の出没が多発するエリアであるので、万が一を考えて同行させている。

 

 

「朝早くからの準備、ご苦労だったな」

 

 俺も答礼をしながら車輌から歩兵隊を見渡す。

 

「とんでもない!! 総司令官自らがご同行されるとあると、準備を怠るわけにはいかないであります!!」

 

 と、先ほど大声で言っていた上官が言う。

 

 よく見たら女性であったが、辻や品川の件もあり、別に珍しい事ではない。

 

 

 扶桑の陸軍と海軍には女性兵士や士官が多く居り、調査部隊の歩兵部隊の中にも三分の一ぐらい女性兵士が居る。男女差別も無く、全員を平等に扱っているので、男女間での争いというものは無い。……もちろん仕切る所は仕切って分けているが。

 

 

「君が調査部隊の隊長か?」

 

 先ほど声を上げて部下に敬礼をさせた女性士官に問う。

 

「そうであります! 自分は扶桑陸軍第二師団、第五歩兵中隊隊長『岩瀬(いわせ)恵子(けいこ)』大尉であります! 今回は派遣部隊を指揮させていただきます!!」

 

 と、黒髪のショートヘアーをした岩瀬は姿勢を正して陸軍式の敬礼をしつつ少し大きな声で自己紹介をする。 

 

「今回はよろしく頼むよ、岩瀬大尉」

 

「は、はい!! 総司令官とご同行できることを光栄に思うであります!!」

 

 やっぱりと言うか当然と言うか、大尉は俺を前にしてガチガチに緊張している。正しい反応なんだが、うーん……

 

「俺はあくまでも視察のために部隊に同行する形だ。俺の事は気にせずにいつも通りにしていればいい」

 

「は、はい!」

 

 ……大丈夫かな?

 

 いや、辻が選んだのだから、信用しよう。

 

 

 

 その後すぐに歩兵と砲兵、工兵は一式半装軌装甲兵車と九四式六輪自動貨車に乗り込み、俺は岩瀬大尉が乗る一式半装軌装甲兵車の後ろの九四式六輪自動貨車の助手席に乗り込む。

 直後に各車輌のエンジンが唸りを上げて始動する。

 

『今回総司令官が直々にご同行される! 各員気を抜くでないぞ! 各車! 周囲警戒しつつ前進!』

 

 と、さっきまでの緊張しているときとは違い、凛とした声で各車輌に命令を出し、調査部隊は司令部より出発する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「なぁ、少しいいか?」

 

「は、はい?」

 

 森の道を通って建造物があるポイントまでの道中、俺は隣で運転している兵士に声を掛けると、兵士は緊張した様子で返事を返す。 

 

「君は岩瀬大尉と同じ部隊の者か?」

 

「え? は、はい! そうであります! 自分は第五歩兵中隊所属の『倉吉(くらよし)太郎(たろう)』軍曹であります!」

 

 と、倉吉軍曹は敬礼をしようとするも、俺は制止させた。

 

「敬礼はいい。運転しながらでもいいから質問に答えてくれ」

 

「は、はい!」

 

「岩瀬大尉は、いつもあんな感じなのか?」

 

 ここからでは見えないが、前方の車輌に乗る岩瀬大尉のことを問う。

 

「中隊長が、ですか? いえ、いつもはあそこまで緊張はしていません。中隊長はいつも厳しく、きつい面はありますが、仲間想いで優しい中隊長であります。他の部隊長達からの評価が高いと聞いております」

 

「そうか……」

 

「やはり、総司令官がご同行されるとなると、心配の種が尽きないのだと思います」

 

「心配の種ねぇ」

 

 右肘を右太股に付けて顎を右手に置く。

 

「もし万が一総司令官の御身に何かあった場合、上層部から大目玉を喰らいかねない上に、陸軍としての面子も立たないでありましょうからね」

 

「……これは俺が自分で決めた事だ。仮に俺の身に何かあってもそれは俺の自己責任だ。彼女に責任は負わせはしない」

 

「そうはおっしゃいましても、総司令官が一緒に居るとなると心配の種は尽きないのでありましょう」

 

「……」

 

 苦虫を噛んだような表情を浮かべて、左の方に視線を向ける。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それから5時間半近く掛けて森林を進んでいき、調査部隊は昼過ぎに目的の建造物へ到着する。

 

「大きいな」

 

 トラックから降りて、俺は建造物を見上げる。

 

 後で分かることなんだが、城壁が四方に配置された建造物で、その敷地内にはかつて建物があったであろう跡はいくつかあったが、今は何も無い平らとなっている。

 何十年も放置されてか、ツタや草が外壁を伝って伸び放題だった。それによって外壁は緑一色に染まっているので空から見ても分からないのも納得が行く。

 

 

 それから岩瀬大尉の的確な指示の下で部隊が動き、城門が開かれて敷地内に入ってすぐに砲兵が九四式六輪自動貨車よりバラバラに積み込んでいた『一式重機関銃』、『九七式自動砲』、『九七式曲射歩兵砲』を下ろして組み立て、防御陣地を構築させる。

 その後歩兵を周囲警戒させ、工兵が城の状態を確認するために、もしものことを考えて歩兵10人を護衛として引き連れて城内に入った。

 

 

(迅速かつ的確な指示だな。他の部隊長達が口を揃えて優秀と言い、辻が選んだ事はあるな)

 

 この若さで目を見張るものが多い。俺を前にして緊張する以外は、優秀な指揮官であろう。

 

 将来的には師団を率いるぐらいまで成長しそうだ。無論あくまで予想でしかないが。

 

 

「あ、あの、総司令官」

 

 そう彼女の将来のことを考えていると、俺のもとに岩瀬大尉がやってくる。

 

「ん? どうした、大尉?」

 

「総司令官のご意見を聞かせてもらえないでしょうか?」

 

「意見?」

 

「は、はい。先ほどまでの、自分の指示は……どこか変だったでしょうか?」

 

 恐る恐るな感じで大尉は問う。

 

「別に変という所はないと思うが?」

 

「そ、そうでありますか?」

 

「あぁ。君の活躍と評価は君の率いている部隊員から聞いている。他の部隊長達からも評価を受けている優秀な指揮官だそうじゃないか」

 

「そ、そうでありますか?」

 

「あぁ。悩む所は無いと思うが。まぁ強いて言うなら、あまり緊張を持ち過ぎない事だな。いざってとき、困るぞ」

 

「あっ……」

 

 そう指摘されてか、岩瀬大尉の顔が真っ赤になる。

 

 

 

「ただいま戻りました!!」

 

 と、2時間後に工兵が護衛の歩兵と共に調査より戻ってきた。

 

「この建造物の状態はどうだった」

 

 さっきまでの緊張した姿はどこへやら、キリッとして岩瀬大尉は工兵に問う。

 

「ハッ! 建造物は四方に構築され、面積は420メートル弱はあります。調べたところ地下にいくつかの区画に分けられた巨大な地下室が存在し、そこを弾薬、食糧の貯蔵庫として使用できるかと。

 しかし何十年も放置されていたとあって、劣化した箇所が多く修繕する必要がありますが、基礎はしっかりしています!」

 

「そうか。ここは補給拠点として使われるが、仮にも砦としても使えるのか?」

 

 中間補給拠点として運用されるが、万が一に備えて砦としての機能を追加する予定である。まぁ大半は魔物に対してのだがな。

 

「一部改装の必要がありますが、劣化箇所を補修すれば、強固な砦として使用できます!」

 

「ちなみに聞くが、この城壁はどのくらい持つ?」

 

「どのくらいとおっしゃられましても……」

 

「憶測でも構わない。言ってみろ」

 

「ハッ! 憶測ながら申し上げますと、大口径の野戦重砲の砲撃ならば、しばらく耐えられるかと」

 

「補修と改装を施した場合を含めても、か?」

 

「はい!」

 

「とのことですが、どうでしょうか?」

 

 岩瀬大尉は俺の方を向いて意見を伺う。

 

 まぁ魔物が相手であれば、城壁を壊される心配は少ないだろうし、問題はなさそうだ。

 

「補給拠点としても、砦として使うには申し分ないな。後日更に工兵と鉄道連隊を送り込み、線路を引かせつつ城に補修と改装を行わせる。ごくろうだったな」

 

『ハッ!』

 

 工兵分隊は姿勢を正して陸軍式敬礼をして、弘樹は工兵に対して答礼する。

 

 

「しかし、時間は……」

 

 空の明るさを見てから左腕の袖を引いて腕時計を確認すると、時間は午後4時半を回ろうとしていた。

 

「司令部からここまでに、5時間半もの時間を費やしているし、陣地撤収の時間を考えても今から戻るとなると夜の森を通らなければならない、か」

 

 夜は魔物達の活動が活発となる時間帯となるので、視界が遮られた状態で森の中を進むのは危険極まりない。

 何よりこの辺りは魔物の出没が多いので、夜はかなり多くの魔物が活動しているはず。

 

「ここで一夜を明かすか。それで良いな?」

 

「総司令官のご判断とあらば、我々はそれに従うだけです」

 

「そうか。一応野営の設備は持ってきているな?」

 

「ハッ! 野営をする装備は持ち込んでいますので、総司令官はそこにてお休みを。夜間警戒は自分達にお任せください」

 

「そうさせてもらうよ。だが、夜間警戒は必ず二人以上で行動させるように。何かあった場合はすぐに報告するように」

 

「了解であります!」

 

 さっきまでの緊張した面持ちと同一人物とは思えないほどだな。

 俺が居ないと恐らくこれが彼女の素なのだろうと思うと、少し残念な気がする。

 

 そんな事を内心で呟きながら、咳払いをする。

 

「司令部に連絡。調査部隊は古城にて一晩を越す。明日調査部隊が帰還後、部隊に工兵一個小隊と鉄道連隊を加え、再度古城に送り込むと伝えろ」

 

「了解であります! 通信兵!!」

 

 凛とした声ですぐに通信兵を呼び寄せる。

 

 

 と言うか視察が目的で付いてきたはずなのに、結局俺が仕切ってしまっているじゃないか。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そうして一夜が開け、俺は日の出直後に目を覚ます。

 

 まだ眠気があったが、それに構わず服装と装備を整え、天幕を出ると既に岩瀬大尉の指示で部隊が陣地の撤収を行っていた。

 

「おはようございます! 総司令官!」

 

 と、起きたのに気付いて、岩瀬大尉は弘樹のもとにやって来て大声を発しながら陸軍式敬礼をする。

 

「あぁ、おはよう。ところで、俺が寝ているあいだ何も無かったか?」

 

「ハッ。特に何も無かったであります! 強いて申し上げるなら、魔物が不気味なほど確認されなかったことぐらいであります」

 

「そうか。それは珍しいな」

 

 この辺りに来れば魔物の襲撃が必ずあるはずなのだが、珍しい事もあるのだな。

 まぁ面倒事が省けて良いんだがな。

 

「それで、出発はどのくらいになる」

 

「陣地撤収があと五分で終了しますので、すぐにでも出発できます!」

 

「うむ」

 

 岩瀬大尉の報告を聞き、出発までの少しのあいだ暇を潰した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そうして岩瀬大尉の言う通り五分後には陣地撤収と出発準備が整い、そのまま古城を後にして司令部へと出発する。

 

 

「……」

 

 古城から出発して三時間、左右に分かれる部分が広がっている林道に差しかかろうとしていたとき、俺は顎に手を当てて考えていた。

 

(昨日からずっと魔物の姿が無い……妙だな)

 

 これまで森に入った偵察部隊はよく魔物と遭遇しては撃退もしくは撃滅を繰り返してきているが、今日に限って不気味なほど魔物の姿が無い。

 ましても魔物の活動が活発となる夜の間ともなれば確実に襲撃があったはず。

 

「……」

 

 普段なら面倒事が省けて良いのだが、胸中には言いようの無い予感が渦を巻いていた。

 

(まるで、災いが起こる前に動物達が逃げ出すような―――)

 

 ふとそんな事を内心で呟くが、その瞬間ピンと来る。

 

(何か居るのか? 魔物達が恐れ退くほどの何かが)

 

 魔物とは言えど生き物である以上、自分の身に危機が迫っている、もしくは本能的に危険と知らせるほどの生き物が近くに居るとなると、逃げ出すはず。ならば魔物の姿が見当たらないとなれば……魔物達が恐れる何かがこの森に居ると推測ができる。

 

 俺はすぐに無線を手にして岩瀬大尉の乗る車輌の無線に繋げる。

 

「大尉!」

 

『ど、どうなされましたか?』

 

「すぐに全車を停車させろ!」

 

『い、一体なぜ?』

 

「いいから! 早く!」

 

『りょ、了解! 全車停止!』

 

 大尉の号令で行進していた車輌は全て停車し、俺は降車後すぐに岩瀬大尉が乗る前方の一式半装軌装甲兵車へ向かう。

 

「総司令官! いったいどうなされましたか!?」

 

 大尉は少し戸惑って一式半装軌装甲兵車から降りる。

 

「妙に静か過ぎる。大尉の経験上、ここまで魔物達が襲ってこなかったことがあったか?」

 

「? い、いえ! 自分の経験上では、ここまで静かなことはなかったであります!」

 

 一瞬戸惑うも心当たりがあってか、すぐに返事を返す。

 

「臨戦態勢を取り、周囲警戒を厳にして前進させてくれ」

 

「りょ、了解であります!」

 

 陸軍式敬礼をしてから、岩瀬大尉はすぐに車輌の無線を手にする。

 

「各員臨戦態勢を取れ! 歩兵部隊降車! 周囲警戒を厳にしつつ前進する!」

 

 大尉の指示で歩兵部隊は車輌の荷台から降車すると、『三八式歩兵銃』や『九六式軽機関銃』『100式機関短銃』の点検をしつつ弾丸やマガジンを装填する。

 砲兵は九四式六輪自動貨車の荷台の天幕を迅速に外し、バラバラにしていた九七年式曲射歩兵砲、一式重機関銃を素早く組み立てていき、一部は『試製四式七糎噴進砲』を持ち出してロケット弾を装填する。

 

 岩瀬大尉は自分が乗っていた一式半装軌装甲兵車より自身の愛銃である『九九式小銃』を取り出し、ボルトハンドルを上げて引っ張り弾倉を開け、挿弾子(クリップ)に付けられた五発の弾丸を弾倉に入れてから弾丸のみを中へと押し込み、ボルトハンドルを押し込んでクリップを弾き飛ばし、固定位置に倒す。

 

「俺も持ってきておいて良かったな」

 

 そう呟きながらも、ヘルメットを被って乗っていた九四式六輪自動貨車より10発の弾丸が備えられたクリップの入った箱をベルトに提げて、完成して十分な性能を発揮させた試作品の『四式自動小銃』を取り出し、ボルトを引いて腰に提げた箱から十発の弾丸が備えられたクリップを装填してボルトを閉じる。

 

 ちなみにこの四式自動小銃は史実のものとかなり異なり、試験的に『M1ガーランド』の機構を大半に用いているので、装填方法がM1ガーランドと同じ『エンブロック・クリップ装弾方式』を採用し、史実とは違って作動不良を起こすことがなかった。が、今はまだ試作段階でしかないので、改良の余地はまだ多い。

 

「些細なことでも見つければすぐに報告しろ! いいな!」

 

『了解!!』

 

 男女混合する部隊全員からの返事が返り、歩兵10人が前へと出て警戒しつつ前進すると、車輌もゆっくりと前進し、歩兵も車輌の横に並んでゆっくりと歩き出す。

 俺も九四式六輪自動貨車の横に並んで、四式自動小銃を構えてゆっくりと歩く。

 

 

「総司令官! 警戒と戦闘は我々に任せてトラックの中へ!」

 

 と、後ろを歩いていた倉吉軍曹が三八式歩兵銃に安全装置を掛けて、俺のもとに寄る。

 

「部下が戦おうとしているのに、俺だけ安全な場所に居る訳にはいかんだろう」

 

「ですが! 総司令官の身に何かあったら――――」

 

「心配するな。総司令の名はただの飾りじゃない」

 

「……」

 

 何か言おうとした軍曹の言葉を遮る。

 

「軍曹。持ち場に戻って周囲を警戒しろ」

 

「りょ、了解であります!!」

 

 倉吉軍曹は陸軍式敬礼をして、すぐに持ち場へと戻る。

 

 

(とは言うもの)

 

 倉吉軍曹を持ち場に戻して周囲に目を配らせ警戒する中、言いようの無い不安が胸中に渦巻いていて額より汗が浮かび上がっていた。

 

(できれば俺の杞憂に終わってほしいが)

 

 そんな希望を少しながら抱いていたが、そうはいかなかった。

 

 

 

「……?」

 

 すると、突然静かに地面が揺れる。

 

「なんだ……?」

 

 九九式小銃を構えて周囲警戒をしていた岩瀬大尉は揺れに気づき、周囲を見渡す。

 

「……」

 

 揺れは次第に強くなり、更には木々が倒れる音がし始める。

 

(何か、巨大なものが近付いている)

 

 生物としての本能がそう訴えかけ、息を呑む。

 

 

 

「っ!? た、大尉!!」

 

「どうした!」

 

 前方を歩いていた歩兵が叫び、岩瀬大尉がすぐに前を向く。

 

「あ、あ、あれを!?」

 

 歩兵は左右に分かれる林道の、司令部がある反対側の道に指差し、すぐに大尉が歩兵のもとに向かって指差す方を見る。

 

「な、なんだあれは!?」

 

 それを見た大尉は目を見開いて驚き、俺もすぐに大尉のもとに向かって視線の先にある物を見る。

 

「ま、マジかよ」

 

 視線の先には……350mぐらい先に翼を持たない赤みのある黒い皮膚を持つ巨大なドラゴンが四足歩行で地響きを立てて森から森へと渡り歩こうとしていた。

 

 と言うか今までこんな大物見たことがないぞ!? いったいどこに隠れていたんだ!?

 

 内心で焦っていると、ドラゴンは俺たちの存在に気付いて頭を向け、金色の目を睨みつけるように細めると、直後に耳を劈くような咆哮を上げる。

 

「っ!総員一時後退!! 迎撃態勢を整える!」

 

 岩瀬大尉は一瞬顔を顰めるも、すぐに声を上げて命令を下すと、歩兵と車輌部隊はすぐさま司令部方面の道へと移動を開始する。

 

 ここでドラゴンを迎撃しても態勢を整えていないので、混乱の内にドラゴンに接近される恐れがある。

 一旦後退して態勢を整えて、増援を呼ぶことにした。

 

「工兵部隊は直ちに司令部へ向かい、その間に無線で増援要請を請え!」

 

「了解しました! ご武運を!」

 

 工兵部隊の一人が敬礼をすると、工兵一個分隊の乗る一式半装軌装甲兵車が司令部へと向かって走り出す。

 

 まぁ俺達も工兵部隊に続いて司令部へ撤退するという選択肢もあったが、このまま撤退するとあのドラゴンが司令部まで付いてくる可能性があった。

 

 司令部にある迎撃兵装を使って倒すのも一つの手だが、設置している場所が場所であるために使えない。陸海軍の部隊や艦隊もすぐには動けず、航空部隊もすぐには飛び立てない。

 なので態勢を立て直し、増援が来るまでドラゴンを食い止めるしかない。

 

 ドラゴンはゆっくりと身体を弘樹たちへと向けると、地響きを立てながらゆっくりと歩いてくる。

 

 

 

 

 


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