異世界戦記   作:日本武尊

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第三十四話 慢心と油断

 

 

 

 

「よーし! 第一次攻撃隊の弾薬、燃料補給に取り掛かれ!!」

「第二次攻撃隊の発艦準備急げ!」

 

 戦艦部隊の後方では、各空母へと帰投した第一次攻撃隊は再出撃のため格納庫で燃料と魚雷、爆弾の補給に入っていた。

 

 同時に飛行甲板には第二次攻撃隊が上げられ、発艦準備に取り掛かっていた。

 

 

「艦長! 第一次攻撃隊の収容完了。現在第二次攻撃隊の発艦準備に取り掛かっています」

 

「そうか」

 

 空母天城の飛行甲板では第二次攻撃隊の機体が上げられ発進準備に入っており、格納庫内では第一次攻撃隊が補給を受けている。

 

「それで、未帰還機の数は?」

 

 天城艦長の『杉田淳一郎』大佐は副官に問い掛ける。

 

「ハッ。我が艦の艦載機を含めますと……おおよそ約23機程となります。我が艦では7機ほど未帰還となっています」

 

「そうか」

 

 だがこれはあくまでおおよその数だ。増えることもあれば、減ることもある。出来れば減ってほしいものだ。

 

「バーラット帝国。やはり侮れんな」

 

「はい」

 

 杉田大佐の言葉に副官も軽く頷く。

 

「……しかし、嫌な天気だ」

 

 杉田大佐は険しい表情で曇った空を見つめる。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「さっすがは聨合艦隊最強の一航戦と二航戦、三航戦だ! まさに敵なしだな!」

 

「全くだ!」

 

 赤城の飛行甲板では甲板要員が笑いながら発艦する烈風を右手に帽子を持って振り回して見送る。

 

「これなら敵艦隊の全滅も時間の問題だな!」

 

「そうだな。それに対してこちらの被害は少ない。まさに無敵だ!」

 

 と、誰もが気が抜けていた。

 

 

 

 いや、こんな完全勝利に等しい状況では、慢心するなと言うほうが無理な話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、戦場というものは、いつ何が起こるか分からないのだ。たとえ勝利に等しい状況だとしても……

 

 

 

 

 

 

「っ?」

 

 ふと、赤城の甲板要員が空に視線を向けると、灰色の雲で空が覆われていた。

 

 

 

 その雲の中一瞬鈍く光が現れたかと思うと、その直後雲から大勢の大きなドラゴンに跨る竜騎士が降下してきた。

 

「っ!? て、敵機直上!! 急降下ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 その姿を見た瞬間に大声を出し、その場に居た者達は一斉に空を見上げ、初めて竜騎士の存在に気付く。

 

「対空戦闘!!」

 

 すぐさま甲板要員は対空機銃と高角砲に着き迎撃を始める。

 

 他の空母と護衛艦も竜騎士の存在に気付き、すぐさま対空機銃と高角砲による弾幕が張られる。

 

 その中で防空駆逐艦である秋月型駆逐艦と防空巡洋艦である最上型航空重巡洋艦『伊吹』『鞍馬』より対空機銃と高角砲、噴進砲が一斉に火を吹き濃い弾幕を張る。

 

 

 その弾幕の中を恐れること無く竜騎士達は突き進み、次々と撃破される中ドラゴンより火球を空母に向けて一斉に吐かせる。

 

 回避行動を取っていた各空母は火球を回避していくも、狙いが正確で周囲に落下して水柱を上げてその衝撃が艦を揺らす。

 

 中には発艦しようとしていた機体が突然の回頭で機体が揺れて甲板から飛び立ち、バランスを崩してそのまま海面へと突っ込んでしまう。

 

「非人共に与する愚か者共が!! 俺が引導を渡してやる!!」

 

 竜騎士の一人がそう叫びながら、ドラゴンから火球を吐かせ、同時に他のドラゴンより火球が複数吐き出され、その直後に高角砲の放った榴弾が破裂した破片で身体を真っ二つに切り裂かれる。

 

 

 放たれた火球は回避中だった加賀の周囲に着弾して爆発、水柱を上げる。

 

 

 

 その中の4つの火球が加賀の飛行甲板へ吸い寄せられるようにして着弾し、飛行甲板に駐機していた天山と彗星が抱えていた爆弾や魚雷が機体諸共爆発して次々と他の機体に誘爆し、その中の2つが飛行甲板を貫通して格納庫内で爆発する。

 

 補給作業中であったために格納庫内で燃料に引火し、換装作業中で出していた魚雷や爆弾が次々と誘爆を起こして遂には航空燃料貯蔵庫に引火し、大爆発を起こす。

 それによって加賀の艦橋基部が爆発で吹き飛び、船体に大穴が開く。

 

 

「加賀が!!」

 

 赤城の甲板要員が大爆発を起こした加賀を目撃する。

 

「そんな……」

 

 しかしその直後に赤城も回避行動中に周囲にドラゴンの放った火球が落下して次々と水柱が上がって、その中の2つが飛行甲板に直撃し、そのまま飛行甲板を貫通して格納庫内部で爆発を起こす。

 

 それによって格納庫内で補給作業中であった艦載機と魚雷や爆弾が次々と爆発を起こし、格納庫の外壁のあちこちから爆発が起こる。

 同時に飛行甲板に駐機していた機体も内部からの爆発で舞い上げられ、そのまま爆発を起こして次々と誘爆を起こし、甲板上で大火災が発生する。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「――――!!!」

 

 赤城の甲板は爆発で四肢のどこかを吹き飛ばされ、木片が突き刺さって大量の血を流している甲板要員によって血の海と化しており、服に火が付いて火達磨となっている要員は転げ回ってもだえ苦しみ、その火を消そうと布を叩き付ける者。目の前の光景に呆然とする者。倒れている仲間を助けようと声を掛けながら身体を抱える者達。

 そんな阿鼻叫喚な光景が広がっていた。

 

 

 

「山口司令!大変です! 赤城と加賀が!」

 

「っ!」

 

 回避行動をしていた飛龍の艦橋で険しい表情を浮かべていた二航戦の司令長官山口中将は大火災を起こしている赤城と大穴が開いて艦内が見えている加賀が傾斜し始めているのを見て目を見開く。

 

「何という事だ。赤城と加賀が」

 

 

『敵機直上! 急降下!!』

 

 伝声管から見張り員の叫びが聞こえ、飛龍へ向かって急降下する数体の竜騎士が確認される。

 

「面舵いっぱいっ!!」

 

 航海士がとっさに伝声管に向かって叫び、飛龍は右へと回頭を始め、飛龍の対空機銃と高角砲が火を吹き弾幕を張る。

 

 竜騎士は飛龍と周囲の駆逐艦や巡洋艦から放たれる濃い弾幕に恐れること無く突っ込み、ドラゴンより火球を吐かせる。

 直後に何体かが機銃より放たれた弾に撃ち抜かれて粉砕される。

 

 火球は飛龍の周囲に落下して爆発した後に水柱を上げ、飛龍の飛行甲板を濡らす。

 

 そして竜騎士の一体が吐いた火球が一直線に飛龍の艦首側の飛行甲板先端に落下して爆発する。

 

『っ!』

 

 その衝撃が艦全体を揺らし、艦橋にいた者は全員倒れそうになるも足腰に力を入れたり、近くにある物にしがみ付いて踏ん張った。

 

「被害報告!」

 

『飛行甲板先端に直撃弾! しかし被害は軽微!!』

 

 艦橋の外を見ると、飛行甲板先端が焦げて捲れ上がっているが、離着艦に支障をきたすほどの損傷ではない。

 

「っ! 山口司令! 蒼龍が!!」

 

「っ!」

 

 すぐに飛龍から離れた距離で航行している蒼龍に目を向けると、艦橋が吹き飛んで黒煙を上げている蒼龍が視界に入る。

 

 先ほど飛龍に襲い掛かっていた竜騎士達が蒼龍に向けて火球を放ち、回避行動中の蒼龍の周囲に着弾して水柱を上げ、その中の1つが艦橋に直撃し、艦長以下艦橋要員総員戦死となった。

 

「あぁ……蒼龍が」

 

 艦橋が吹き飛んだ蒼龍を見た艦橋要員の一人が声をもらす。

 

 

 

「赤城と加賀! 行き足止まった!!」

 

 天城の艦橋は別の意味で戦場と化していた。

 

「飛龍及び蒼龍に直撃弾!」

 

「……なんという事だ」

 

 杉田大佐は目の前で起きている光景に奥歯を噛み締める。

 

 

「敵機! 左舷に来ます!!」

 

 艦橋要員の一人が双眼鏡を覗いて竜騎士が何体も向かってくるのを見つけて叫び、全員が注目する。

 

 すぐさま天城の左舷にある対空機銃と高角砲が火を吹き、向かってくる竜騎士を機銃の弾や高角砲より放たれる榴弾の破裂時の破片によって次々と撃ち落す。

 

 同時に天城の左舷側に居た照月と冬月、宵月の3隻からの弾幕で竜騎士は天城に辿り着く前に全滅する。

 

 

『敵機直上! 急降下!』

 

 だがその直後に竜騎士数体が天城の上空より急降下してきて火球をドラゴンに吐かせ、上昇する。

 

 火球は天城の周囲に着弾して水柱を上げ、一発が天城の艦首に直撃して吹き飛ぶ。

 

『っ!!』

 

 その衝撃は艦全体を揺らし、艦橋に居た者全員は近くにあった物に掴まって踏ん張る。

 

 

 同じ頃、竜騎士の襲撃を受け回避行動を取っていた土佐は左舷中央付近の舷側に火球が直撃して船体に穴が開き、浸水が発生するも迅速なダメコンが功を奏して傾斜が生じる前に浸水を止めることが出来た。

 

 空母が損害を受ける中、他の艦も竜騎士の攻撃を受け損傷を受けるも、殆どが軽微であったが、常陸は艦橋上部の射撃指揮所に直撃を受け、砲術長以下要員が重傷を受けるも死傷者は無し。

 

 第二次攻撃隊として発進していた烈風各機はすぐさま引き返し、他の艦に襲い掛かる竜騎士を迎撃する。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「長官! 大変です! 後方の空母部隊が攻撃を受けています!」

 

「何!?」

 

 通信手の報告を聞き大石は目を見開き声を上げる。

 

「電探! どういう事だ! なぜ今まで捉えられなかったのだ!」

 

『そ、それが、電探には何も……』

 

 副官が伝声管に向かって叫び、電探員に半ば八つ当たりのようにして叫ぶ。

 

「この紀伊の電探にも捉えられなかったというのか」

 

 紀伊型戦艦は見た目によらず対空戦闘を想定して設計されており、対空電探も他の電探を遥かに上回る性能を持つ。捉え損なうことはまずない。

 

 

「……恐らく、総司令が危惧していた転送魔法か」

 

 大石は冷静に状況をまとめ、ある事を思い出す。

 

「例の、帝国がエール王国より得た魔法技術ですか?」

 

「あぁ。だが、まさかこのタイミングで来るとはな」

 

 転送魔法の対策として開発されていた魔力電探は試験として本国に留まっている戦力に優先的に渡していたので、まだ主力部隊に行き渡っていなかった。

 

「被害は?」

 

「ハッ! 赤城は大破炎上。格納庫内で大火災が発生して消火は困難。加賀は大爆発を起こし、傾斜が生じています。飛龍は甲板に直撃弾を受けるも航空機の離着艦に問題は無いと。

 蒼龍は艦橋に直撃弾を受け、艦長以下艦橋要員、総員戦死。天城は艦首に直撃弾を受けるも問題は無し。土佐は左舷舷側中央付近に直撃を受け浸水が発生するも迅速な対応で傾斜は生じていません」

 

「そうか」

 

 被害が大きいのは赤城と加賀か。

 

「護衛艦隊に打電。上空警戒を厳と成せ」

 

「ハッ!」

 

 通信手はすぐさま無線機のもとへ向かい、各艦に指令を打電する。

 

「しかし、帝国も中々やりますね」

 

「あぁ。総司令が慢心と油断をするなと言うのも分かるな」

 

「俺も、まだまだだな」と大石は呟き制帽の鍔を持って深々と被る。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「長官。ハッキリと申し上げると、格納庫内の火災の消火は不可能。復旧の見込みは、ありません」

 

「……そうか」

 

 炎上している赤城の艦橋では通夜のような空気が流れており、赤城の現状報告を聞いた第一航空戦隊司令長官南雲中将は重々しく頷く。

 

「この赤城が……。慢心と油断がこのような事態を招くとは」

 

 南雲中将は窓際に近付くと右手を置き、握り締める。

 

「この南雲、最後の最後で詰めを誤った……」

 

『……』

 

 重々しい空気が流れ、南雲は決断を下す。

 

「艦長。退艦命令を」

 

「……了解」

 

 悔しい気持ちを抑えながら赤城艦長は縦に頷く。

 

「そして、駆逐艦に打電。乗員を救助後、雷撃にて赤城を処分せよ、と」

 

「……」

 

 

 すぐさま赤城からの退艦命令が下され、生き残った乗員達は脱出挺に乗り込み、燃え盛る赤城から脱出する。

 

 その後脱出した赤城乗員は駆逐艦『舞風』『春雲』『萩風』『野分』に救助され、それぞれの魚雷発射管が漂流する赤城と加賀に向けられ、九三式魚雷を放った。

 放たれた魚雷16本は外れること無く海上を漂う赤城と加賀に8本ずつ被雷して水柱が上がる。

 

 それから30分後、加賀は完全に海中に没し、更に2時間半後赤城も横転して水没し、その巨体を冷たい海へと没した。

 

 

 

 開戦以来、扶桑海軍にとって、赤城と加賀が初の戦没艦であった……

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「総司令。報告が入りました」

 

 それから3時間後、ヴァレル基地に待機している俺に海軍からの報告が入る。

 

「敵艦隊迎撃に向かった聨合艦隊は、敵艦隊を壊滅。しかし敵の転送魔法による奇襲攻撃を受け、空母6隻、戦艦1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦5隻が損傷。尚、赤城、加賀は損傷甚大、その後雷撃処分をしたと」

 

 報告を聞き、俺は静かに唸り、両手を握り締める。

 

「転送魔法ですか。主力に回さなかったのが、仇となりましたね」

 

「あぁ……」

 

 大型空母2隻を損失。手痛いな。

 

(……まぁ、ミッドウェー海戦の再来とならなかっただけでも、不幸中の幸いか。もっとも、完全に回避できなかったのがかなり痛いが)

 

 しかし赤城と加賀以外も損傷しており、特に蒼龍、天城、土佐は本国のドックで無ければ修理できない損傷を受け、乗員の補充が必要となってくる。

 

(計画もかなり練り直さなければならないな)

 

 考えるだけでも、かなりやらなければならないことが多い。

 

 

 

 これからのことを考えていると、司令室の扉が乱暴に開けられ兵士が入ってくる。

 

「た、大変であります!!」

 

「どうした?」

 

「ハッ! 先ほど第一防衛線守備隊から連絡がありました! このヴァレル基地を目指し、帝国軍の大軍団が進攻していると!」

 

「なっ!?」

 

「何だと!?」

 

 その報告を聞いた瞬間、司令室に緊張が走る。

 

 

 


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