自宅を後にして飛行場に向かった俺は最新の技術で近代化改装された零戦に乗り込んで飛び立ち、とある場所に向っている。
「……」
俺は眼下に広がる光景を見下ろす。
そこは魔物の巣窟を排除して新しく開拓された土地で、ここではより多くの工場を設置した重工業地帯として機能しており、眼下には多くの各種工場が立ち並んでいる。
『こちら管制塔。どうぞ』
と、陸海軍共有の飛行場管制塔より無線が入る。
「西条弘樹だ。どこの滑走路が空いている?」
『5番滑走路が空いていますので、そちらをご使用してください』
「了解した」
操縦桿を傾けて飛行場に向かい、管制塔からの指示に従って5番滑走路に零戦を着地させる。
エンジンを止めてから風防を開けて操縦席から降りると、整備員達が零戦に近付きすぐさま作業に取り掛かり、そこへ白衣を纏う男性達がやってくる。
「お待ちしていました、西条総司令」
「うむ。それで、あれは完成しているのか?」
「もちろんでございます。では、こちらへ」
俺は男性達の案内で飛行場からとある場所へと向かった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
飛行場から車で移動して、大きな建物の地下にある駐車場で止まって降りると、次にエレベーターに乗り込んで更に地下深くへと降りる。
地上にある建物は一見すれば普通の建物だが、その正体は地下に隠されている。
しばらくして地下深くにある極秘区画に到着し、エレベーターの扉が開くとそこから奥に進んで厳重に閉ざされた扉を白衣の男性達が鍵や固定具を順に開けて中に入る。
「これが例の物か」
そこには二つの物体が厳重に固定されて置かれていた。
どちらとも80番陸用爆弾の形状をしていたが、それとは倍以上の大きさを持っていた。恐らく連山改や富嶽の爆弾倉を全て使ってようやく1基が収納できる大きさだろう。
「はい。これが特爆こと『特殊殲滅爆弾』です」
「特爆、か……」
俺は目の前にある二つの物体の略称を呟きつつ見つめる。
「エール王国より提供された魔法技術と扶桑がこれまで蓄積した技術力の賜物です」
「……」
結局、要素が揃っていればどんな物でも作り出すことは可能、か……
本来ならこの世界で生み出されることは無いと思っていた。いや、たとえ生み出せても決して作ってはならない、人類が発明した最も残酷な史上最凶の兵器……
そう、この特殊殲滅爆弾は名前こそ違うが、その正体は日本にとってトラウマとも言える存在―――――――
――――――『原爆』こと『原子爆弾』なのだ。
だが、なぜ原子爆弾がここにあり、何よりなぜ異世界でこれが開発できたのか……
ことの始まりは新しく開拓した土地から出土した銀白色をしたあの鉱石であった。
結果的に鉱石の正体は分からないままだったが、新しい鉱石として研究は進められ、その鉱石からとある物質が検出された。
その物質は既存のとある物質に酷似しているというのが判明したが、その酷似した物質名を見て俺は目眩を起こした。
なぜなら、その該当する酷似物質は……『ウラン』であるからだ。核兵器の原料にもある、あのウランだ。
この衝撃的事実に俺はしばらく食欲が激減して体調を崩して寝込んでしまった。
正確には違うが、それでもよりにもよってこんな危険な代物がこの世界にもあったとは……
だが、考えてみれば必ずしもこの物質を兵器に利用する必要は無い。原子炉による発電所を建設するなど、平和的に利用すればいい話だ。
しかし俺はこの物質の存在が外に漏れないように、俺と研究班のみしか知らせず極秘裏に原子炉の開発を進ませた。
だが、運命というのは非情だとこのとき思い知らされた……
その開発過程で偶然にも原子爆弾と同じ機構が出来上がり、そして爆弾として試作一号と試作二号が完成した。
正直現実として受け止め難いものだった。
一応ゲームでも核兵器の開発はあった。現時点の兵器技術では開発するのは本来無理なのだが、魔法技術から応用できる技術がその代わりを果たしているので開発ができるようになっていたのだ。
だが、実際に使ってみないと爆弾として完成しているのか分からない、むしろ完成していないことを祈って、俺は極秘裏に特爆こと特殊殲滅爆弾の試験を実施させた。
試験場所は研究所から少し離れた場所の地下深くに建設した巨大試験場で行われ、試作一号の特爆は起爆に成功する。
続けて試作二号を使って広大な海洋で行い、その爆発範囲の計測を行った。
そして実験結果は…………最高と言っても過言ではない状態で、特爆は完成していたのであった。
しかも思わぬ副産物があったことを実験で明らかにされた。
それは核兵器でありながらも、放射能を一切出さないのだ。この事実に俺は頭を悩ませた。
汚染物質を出さない核兵器。こんなにも都合のいい兵器はない。
そして試作品の試験結果から発展させて、目の前にある特爆2発が現時点での完成形となっている。
で、その特爆の威力は広島に落とされた原爆の倍はある、と思われる。
「どちらとも調整は完了しております。総司令の命令があれば、すぐにでも」
「そうか」
研究員からの説明と報告を聞き、俺は特爆に再度視線を向ける。
(これで、この戦いに終止符を打つ)
たとえ大虐殺者の汚名を被る事になっても、終わらせなければならない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌日の午前9時……
「それで、こんな朝早くからいったい何を話されるのですか?」
執務室で俺に呼び出された品川と辻は怪訝な表情を浮かべつつ俺に問う。
「今後の動きについての話だ。まずはこの資料を読んでくれ」
俺は二人に二つの作戦資料書を差し出す。
『Z計画?』
作戦資料書の題名にそう記されており、二人は声を揃えて漏らす。
――――『Z計画』――――
西条弘樹によって考案された、バ号作戦の最終段階の呼称である。Zは英語の最後にあるとあって最終の意味を持つ。
当初はバーラット帝国の帝都へ重爆撃隊による絨毯爆撃を行った後に戦艦部隊による艦砲射撃を軍施設へ敢行し、最後に機動部隊より飛び立った航空隊による爆撃で城を破壊して帝国の現政権の崩壊。
その後上陸部隊によって残存勢力の殲滅を行って制圧する。
あくまでもこれは帝国が最後まで降伏せずに徹底抗戦を構えた場合によるもので、もし降伏すればZ計画の発動は無い。
が、今となってはこのZ計画は当初より大幅に変更されている。
「この計画の遂行の暁には、この戦争を終結させられる」
『……』
俺の言葉に二人は息を呑み、資料書を手にして開き、内容を確認する。
『……』
内容を確認していく内に二人の顔色が青くなっていく。
「そ、総司令。これは……」
「特殊殲滅爆弾……こんな、こんな物を……極秘裏に。私達にも知らせずにこんな物を総司令は開発させていたのですか!?」
品川は声を震わせ、辻は声を荒げて俺に問い返す。
当然だ。こんなとんでもない代物を側近である自分達にも秘密にして開発させていたのだから。
「しかも、これを帝国の帝都へ落とすとおっしゃるのですか?」
「最終的にはそうなるな。だが、その前に見せしめとして最終防衛ラインである要塞へ一発落とす。そして二発目を補給後、帝都へ落とす」
「事前通告は、無いのですか?」
「あぁ。むしろあんな連中に言う必要などなかったんだ」
「……」
「総司令。この特爆の威力を知っていながら、行うと言うのですか?」
「あぁ」
「……」
「帝国を滅ぼしてまで、戦争を終わらせるおつもりなのですか」
「……」
品川は何も言わなかったが、彼女も辻と同じ考えだった。
「言いたいことは分かる。俺だって、こんな代物を使わずに戦争を終わらせるつもりだった」
「なら……!」
「だが、やつらが強力な自爆を行える飛行船を何時どこから転送魔法でここに送り込んでくるか分からないんだ」
「……」
「無数の飛行船が扶桑の上空に現れて、次々と自爆する光景を想像できるか」
「……」
「……」
とてもじゃないが、想像できる光景ではない。
「それだけは、なんとしても避けなければならない」
「……」
「総司令……」
「今夜にも特爆を載せた富嶽を飛ばす」
「……」
「……最短で今夜、今夜で決まる」
『……』
「狂気の行いと思うか?」
二人の様子を見て、俺は問い掛けた。
「それは……」
「……」
二人はどう答えるべきか悩み、すぐに返事を返せなかった。
「……いや、そもそも戦争をしている時点で、それが狂気そのものだがな」
『……』
「……」
俺は立ち上がると、二人の傍を通って執務室を出る。
「……」
「……」
二人は執務机の上に置かれたZ計画書を一瞥すると、内心で静かに呟く。
(……総司令。たとえあなたがどんな凶行を行おうとしようとも――――)
(……あなたのお傍に、ずっと居続けます。たとえそれがどんな結果を齎そうとも)
しばらくして二人は静かに執務室を出て、弘樹の後を追う。
Z計画発動まで、あと12時間……