「ハヴァ島が襲撃を受けているだと!?」
「しかも国籍不明の大艦隊だと!?」
さっきのハヴァ島からの報告で会議室は騒ぎが起きている。
「しかし、いったいどこの国が」
「まさか、リベリアンではあるまいな! 我々の隙を狙って別働隊を送ったに違いない!」
状況が状況とあって、疑いの目はリベリアンに向けられている。
「それはないだろう」
俺はすぐに将官らの言葉を否定する。
「なぜそう言えるのですか?」
「もしその気なら、こんな遅いタイミングで襲撃をするはずが無い」
「あえて遅くした可能性もあります。それにこちらの監視の目を向けさせるということも」
「……それはあくまでも可能性としてだ」
俺は報告しに来た仕官に目を向ける。
「報告の中には、その国籍不明艦隊の国旗の特徴は無いか?」
「は、はい! あります! 赤地に左上に黄色い星と同じ色の交差した二本の剣と盾が描かれていると!」
「っ!」
国旗の特徴から俺はすぐにどこの国の国旗かが分かった。
「リベリアンのものとは違うな」
「いや偽装の可能性がある。そう簡単に決めるものではない」
将官たちが話しているあいだに、俺は軍服のポケットより携帯電話を取り出し、トーマスに手渡した携帯電話の番号を入力して耳に当てる。
「……トーマス」
『弘樹か。随分待たせたな』
「それについてはすまない。と言ってもまだ話し合いは終わってないが、一つ聞いていいか?」
『何だ?』
「お前を疑っているわけじゃないが、お前の連れている艦隊以外で動いている艦隊はいるか?」
『いや、俺が連れてきた艦隊以外はいないが、なんでだ?』
「先ほど知ったが、扶桑陸軍と同盟を組んでいる国の軍が防衛しているテロル諸島が国籍不明の艦隊からの攻撃を受けていると緊急の報告が入った」
『な、何!?』
電話越しにトーマスの驚いた声が耳に届く。
「国旗の特徴から見て、あいつの所だ」
『……まさか、こんなに早く展開するとは』
電話の向こうでトーマスは忌々しげに言う。
『どうする?』
「決まっている。攻めてきたのなら、ご退場を願うだけだ」
『だろうな。こっちもすぐに艦隊を出させる準備をさせる』
「いいのか?」
『当たり前だろ? それに相手があいつなら、尚更だ」
「そうか、なら、頼む」
そう言って俺は電話を切り、携帯電話をポケットに仕舞う。
「何か分かったのですか?」
少し不安げな様子で木下が問う。
「テロル諸島に攻め入った艦隊がどこの国の者かが分かった」
それを聞き誰もが俺に注目する。
「相手はリベリアン合衆国が同盟軍と共に戦っている連合軍、そのトップに居るロヴィエア連邦国だ」
「ロヴィエア連邦国」
「しかし、その国は同盟軍と戦争状態では?」
「あぁ。だが、その海軍が活動範囲を広げているとアルフレッド大統領から聞いていたんだが、くそっ」
俺は悪態を吐く。
「やはり、周辺海域の監視網を厳重にしておくべきだった」
「総司令」
「……」
「品川長官!」
「ハッ!」
「第一、第二航空戦隊に通達! 出港準備に取り掛かり、柱島の第二艦隊、リベリアン艦隊、トラック泊地の第一艦隊と合流し、敵艦隊を殲滅せよ!」
「了解!!」
品川は敬礼をしてから携帯電話を手にしつつ海軍関係者と共に会議室を急いで出る。
「木下長官!」
「は、はい!」
「空軍の爆撃隊! 及び地上攻撃隊に緊急発進警報発令! テロル諸島防衛隊の援護に向かえ!」
「わ、分かりました!」
木下はすぐさま空軍関係者と共に急いで会議室を出る。
「辻長官!」
「ハッ!」
「直ちに増援部隊の編成を! 海兵隊をテロル諸島に送れ!」
「了解!」
辻は陸軍関係者と共に会議室を出る。
「……」
俺は誰も居なくなった会議室で深くため息を吐いて椅子に座る。
(クソッタレが。こんなタイミングで来るか)
ふと脳裏にロヴィエア連邦国を率いるあいつの顔が過る。
「やっぱりあいつは油断ならねぇな」
背もたれにもたれかかって右手を顔に置き、深くため息を吐く。
「……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
かつて旧帝国軍との戦闘で激戦地となったテロル諸島。
現在は扶桑陸軍とグラミアム王国陸軍の共同によって全ての島々を防衛しており、特に大きなハヴァ島がテロル諸島防衛の総司令部となっている。
そしてそこは再び激戦の地へと変化していた。
テロル諸島の海は艦艇群によって埋め尽くされ、ハヴァ島には戦艦群からの艦砲射撃と爆撃機と攻撃機からの爆撃が行われ、砲弾と爆弾が雨霰の如く降り注いで島の表面は薙ぎ払われていく。
その艦艇群のマストには、赤地で左上に黄色の星と二本の交差した剣と盾が配置された……ロヴィエア連邦国の国旗が靡いていた。
「ふむ。相変わらず壮大な光景だな」
艦砲射撃を行っている戦艦群の中で、一際目立つ大きさを持つ戦艦……『ソビエツキー・ソユーズ級戦艦』の4番艦『ソビエツカヤ・ロシア』の艦橋で司令長官の男性が呟く。
戦艦はソビエツキー・ソユーズ級戦艦がソビエツカヤ・ロシアを含む5隻に『ガングート級戦艦』が17隻で構成されており、その遠くにとある空母を解体調査し、その得られた設計を基に建造した『ウクライナ級航空母艦』が10隻、その他巡洋艦、駆逐艦合わせて28隻、更に輸送艦が無数に海上に浮かんでいる。
ちなみにこのガングート級は史実の同名戦艦と違い、大量建造を視野に入れて設計された砲艦に近い構造を持った超弩級戦艦であり、搭載兵装は16インチ砲を連装5基と申し訳程度の対空兵装のみとかなり大胆な構造をしている。
各戦艦から放たれる砲弾と爆撃機や攻撃機より投下される爆弾が雨霰の如く島に降り注ぎ、島の表面を抉って全体を揺らしていく。
「しかし、これだけの砲撃と爆撃、必要あるのでしょうか?」
その光景を目の当たりにしている艦長は声を漏らす。
「君は偉大なる同志の決定に異議があるのかね?」
ギロリと司令長官は艦長を睨む。
「い、いえ。そういうわけでは」
「なら、余計な発言は慎みたまえ。それが自らの身を滅ぼす事になるのだぞ?」
「……
冷や汗を掻きながら艦長は返事を返す。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……」
砲撃と爆撃に晒されているハヴァ島の地下司令室では、テロル諸島の防衛を任された『
その近くでは砲撃と爆撃に耐える士官達と栗林中将と同じくテロル諸島の防衛を任されているグラミアム王国のフクロウの妖魔族の将軍が度々揺れるたびに不安な様子で挙動不審となっていた。
「くそ。派手にやってくれるな」
「いったいどこの連中だよ、全く」
周りでは士官達が衝撃で天井から落ちる砂を被りながら愚痴を零してそれぞれの作業に当たっている。
「中将。いったいどこの国が攻めてきたのでしょうか?」
将軍は不安な表情を浮かべながら栗林中将に問い掛ける。
「分かりません。艦隊を確認した者は軍艦に揚げられていた国旗を確認しましたが、見覚えの無い国旗だったそうです」
「そ、そうですか」
「中将!本国より入電です!」
と、通信機に着いていた通信手が栗林中将に電文を渡す。
「……」
「ふ、扶桑はなんと?」
電文に目を通している栗林中将に恐る恐る将軍が問いかける。
「海軍はトラック泊地と柱島、内地の艦隊を出撃。空軍も部隊を出撃させましたが、到着には時間が掛かると」
「ど、どのくらい掛かると?」
「海軍は最低でも3日、空軍は準備などで2日は掛かると」
「そ、そんなに!?」
予想よりも長い日数に将軍は驚く。
「内地からここまで遠いですからね。その代わりグラミアム王国の海軍の到着は今から20時間後となるそうです」
「そ、そうですか」
将軍は安堵の表情を浮かべる。
グラミアムの海軍は扶桑海軍の助力によってここ4年でかなりの進化を遂げており、規模と錬度なら初期の扶桑海軍並はある。
が、まだ発展途上が故に規模が大きいとは言えない。
「ところで将軍。防衛の方はどうですか?」
「あっはい。私の命令があればすぐにでも攻撃ができるように配置しております」
「そうですか」
「扶桑軍の方では?」
「既に各陣地では戦闘準備を終えて待機中です」
このハヴァ島はもちろん、各島々は岩山を刳り貫いてその内側を補強して強固な要塞と化しており、自走砲や榴弾砲の一部は一旦要塞内部に戻して艦砲射撃と爆撃を凌いでいる。
配備されている戦力もハヴァ島だけでも扶桑陸軍側は10個師団が、グラミアム王国陸軍側は9個師団と計19師団が駐留している。
しばらく続いた艦砲射撃と爆撃がようやく終わり、ロヴィエア連邦国軍は次の行動へ移していた。
「すげぇ数だな」
地下に掘った防衛線内に居る兵士は覗き窓から海面を覆い尽くす艦艇と上陸用舟艇の数に思わず声を漏らす。
「……」
近くでは62式軽機関銃を強化改良した『72式軽機関銃』を構える歩兵は真っ直ぐ前を見ているが、グリップを持つ手は震えている。
「どうした? 怖いのか?」
「い、いえ。怖くはないであります!」
そうは言うが、声は震えている。
「無理すんな」
「む、無理はしてないであります!」
「はぁ……別に怒ったりしねぇよ。本当のところ、どうなんだ?」
「……」
「は、はい。本当のところは、怖いであります」
震えた声で歩兵は答える。
「そういやお前ここに配属されたばかりだったな」
「そ、そうであります」
「じゃぁ実戦も初めてってわけか」
「は、はい」
「そうか」
歩兵は新兵を安心させるために肩を軽く数回軽く叩く。
「それじゃぁ、どっしりと構えてろ」
そう言って自身の『89式小銃』を手にしてマガジンを差し込み、コッキングハンドルを引いて薬室に弾を送り、二脚を開いて覗き口に立てて銃口を向ける。
「何という、数だ」
「……」
地下司令部より出た栗林中将と参謀、将軍は海上を覆い尽くす艦船と、浜辺に上陸した上陸用舟艇と降りる歩兵の数に呆然となる。
「戦車まであるとはな」
参謀の一人が揚陸挺から降りる戦車を見て声を漏らす。
「攻撃は、開始されますか?」
「いや、まだだ」
双眼鏡を覗く栗林中将はそう言うと将軍の方を見る。
「グラミアム軍もまだ攻撃しないでください」
「な、なぜですか? 敵が上陸しているというのに」
「今攻撃しても効果はないでしょう。浜を埋め尽くしたときが好機です」
「……」
将軍はどんどん増えていく敵兵を見て息を呑む。
やがて浜辺は歩兵と戦車で埋め尽くされ、大砲などの兵器が次々と揚陸される。
「ちゅ、中将、まだですか?」
「……」
将軍は問い掛けるも、栗林中将は何も言わない。
「……総員待機」
参謀の一人が無線を手にして各防衛陣地に指令を下す。
『総員待機』
無線機から聞こえた指示にグラミアム軍の狼族の獣人は舌打ちをする。
「あれだけの数が上陸してんだぞ!? なんでまだ待機なんだよ!」
「落ち着けって」
「あれだけの数を見て落ち着いてなんか居られるか!」
声を掛けた同じ部隊の猫族の獣人に狼族の獣人は怒鳴る。
「大体! なんであんたらの将軍は待機命令なんか出してんだよ! 敵が上陸しているのなら攻撃するもんだろうが!」
半ば八つ当たりのように三式重機関銃改に着く扶桑陸軍の兵士に怒鳴る。
「栗林中将は我が陸軍の中でも名将中の名将だ。考えはある」
「考えって……」
「それに、敵がまだ少ないのに攻撃しても効果は薄いだろうし、かえってこっちが痛手を負うことになるぞ」
「……」
扶桑軍兵士の指摘に狼族の獣人は何も言い返せなかった。
その後爆撃と砲撃を洞窟で凌いでいた自走砲や榴弾砲が外に出されて各所に配置し、海側の岩壁の砲弾陣地からは各種大砲が出て艦艇群に狙いを定める。
浜辺では丘の下に掘られた防衛線に潜む扶桑軍兵士が偽装した蓋を開けて72式軽機関銃や三式重機関銃改、64式小銃、89式小銃を僅かに出して警戒しながら進む敵兵に狙いを定める。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……」
そしてロヴィエア連邦国軍の歩兵や戦車が浜辺の大部分を埋め尽くし、地響きを錯覚させるような雄叫びとともに進撃を開始し、栗林中将は双眼鏡を降ろす。
「行きましょう。攻撃開始!」
「っ!」
将軍は頷き、参謀が無線機を手にする。
「全軍、攻撃開始!」
『攻撃開始!』
攻撃開始命令が下り、扶桑陸軍の三式重機関銃改や72式軽機関銃、グラミアム軍に売却された九九式軽機関銃と一式重機関銃改が一斉に火を吹き、銃弾の雨が無警戒に歩いていた歩兵を襲う。
同時に各陣地の扶桑陸軍の『83式155mm榴弾砲』と『75式自走155mm榴弾砲』と『84式203mm自走榴弾砲』『75式130mm自走多連装ロケット弾発射機』、グラミアム軍に売却された九二式十糎加農砲と九六式十五糎榴弾砲、五式十五糎砲戦車、五式噴進砲車が一斉に火を吹き、歩兵と戦車に襲い掛かる。
ロヴィエア連邦国軍は突然の攻撃に混乱し進撃が停止し、その間にも銃弾や榴弾、ロケット弾の雨霰に晒されて次々と歩兵が死に、戦車が破壊されていく。
更に海に面している岩壁の砲台陣地から一斉に砲撃が開始され、戦艦や巡洋艦、輸送船に砲弾が襲い掛かる。
戦いの火蓋が、切られた。
72式軽機関銃
『62式軽機関銃』を強化改良した軽機関銃。主に軽量化と機構の簡略化が行われており、使用弾薬は7.62mmから5.56mmに変更されて連射性能も高い。
83式155mm榴弾砲
扶桑陸軍が運用する最新鋭榴弾砲。陸上自衛隊の『155mm榴弾砲FH70』がモデルとなっている。
75式自走155mm榴弾砲
扶桑陸軍が運用する自走砲の一つ。陸上自衛隊の同名称の自走砲がモデルとなっている。
84式203mm自走榴弾砲
扶桑陸軍が運用する榴弾砲の中で最大口径を持つ自走砲。陸上自衛隊の『203mm自走榴弾砲』がモデルとなっている。
75式130mm自走多連装ロケット弾発射機
扶桑陸軍が運用する自走噴進砲車。陸上自衛隊の同名称の自走ロケット弾発射機がモデルとなっている。
ガングート級戦艦
ロヴィエア連邦国海軍が建造した超弩級戦艦。16インチ連装砲を5基10門と申し訳程度の対空迎撃兵装のみを搭載。大量建造を視野に入れており極めて大胆に簡略された構造をしているため、装甲が戦艦としては紙レベル。
ロヴィエア海軍内では姉妹艦全て統一された名称となっており、ガングート○○番艦と識別されている。
ソビエツキー・ソユーズ級戦艦
現時点ではロヴィエア連邦国海軍で最大の規模を持つ超弩級戦艦。設計は史実に準じているが、より堅固で尚且つ独自の水中防御機構を持っており、16インチ砲以上の大口径砲も耐えられ、雷撃にも強い。
史実と違って、姉妹艦が少なくとも10隻以上が建造されている。