異世界戦記   作:日本武尊

8 / 78
第七話 世界事情

 

 その後哨戒中だった歩兵達によって女子二人は回収されて野営陣地に連れてこられた。

 

 が、その女子の姿に誰もが度肝抜かれる。

 

 二人共女子の姿をしているが、普通は無いはずの物が彼女達にはあった。

 

 一人は二十歳になる前ぐらいの少女で、白っぽい銀色のショートヘアーの髪に、その頭に狼か犬の耳と、尻にふさふさの尻尾が生えている。所謂獣人といった姿をしている。

 

 もう一人は先ほどの女子より年上の女性で、黒いショートヘアーをしており、顔つきはどこか日本人のように見える。その背中には対であったはずの黒い翼が生えている、いわゆる翼人といった姿だが、左の翼は焼け焦げて異臭を放っている。

 

 軍医によれば獣人の方は外傷はなく、強い衝撃で気を失っているだけで済んでいるが、翼人の方は先にも言ったが左側の翼から焦げた臭いを発しており、身体中に打撲の痕があって左肩の腫れ具合から最悪骨折している可能性があると言っていた。

 が、どちらとも命に別状は無いと言う。

 

 

「まぁ無事であるなら、何よりだ」

 

 軍医からの報告を聞き、安堵の息を吐いて椅子に座る。

 

「それで、捕虜からどこまで聞けた?」

 

「ハッ。予想より多く重要ともいえる情報と、捕虜が持っていた周辺地域の地図を入手しました」

 

 と、テーブルに捕虜が持っていた地図を広げて森のある場所を指差す。

 

 え? 尋問を受けていた捕虜はどうなったかって? ハハハ……ドウカナ~

 

「現在我々はこの森に居ます。捕虜の話ではここから北西約28キロ先に彼らが所属している別働隊が待機しているということです」

 

「別働隊?」

 

「えぇ。現在の世界情勢を含めて、順に説明します。どうやら我々は、かなり深刻な状況に介入してしまったと思われます」

 

 辻は今までに無い深刻な表情を浮かべ、俺に今の世界状況を説明した。

 

 

 分かり易く砕いて言うと、捕虜3名は『バーラット帝国』と呼ばれる大国家の軍に所属し、現在『グラミアム王国』と戦争状態にあるという。

 そのバーラット帝国軍が現在攻略中である城塞都市の側面を突くための別働隊として本隊と別行動して、その移動途中で非人二人に別働隊を見られ、排除しようと追撃していたそうだ。

 

 んで、俺達がその別働隊から派遣された追撃部隊と接触、攻撃を受けて身を守るために排除してしまった。

 

 

「……」

 

 かなり大きな話に、静かに唸る。

 

 つまり俺たちはそのバーラット帝国とグラミアム王国の戦争に介入したこととなる。

 まぁ、いくら御託を並べたところでやってしまったものはやってしまったのだ。

 

「それで、捕虜の話では別働隊の存在を知らせないためにも目撃した二人の非人、つまりはあの二人を排除しようとしていた、とのことです」

 

「なるほど」

 

 納得しながらも、地図を見る。 

 

「先行部隊の報告どおり、33キロ先に村があります。ですが、捕虜の話からでは別働隊の針路上にはこの村があります」

 

「……」

 

「帝国は獣人族や妖魔族と呼ばれる半分人間、半分獣か魔物の姿をした人種、向こうの言い名では非人呼ばれる者達の存在を認めておらず、全て滅ぼすと捕虜が言っています」

 

「もしこの村の住人がその者達だったら……」

 

「グラミアムは獣人族と妖魔族を中心とした王国と捕虜は言っていたので、恐らくは。そうであるのなら、帝国軍は捕虜を取らず、駆逐するという名の虐殺を行うでしょう」

 

「……」

 

「……」

 

 帝国軍のやり方に驚愕して二人は黙り込む。

 

 

 

「うわぁっ!?」

「なんだっ!?」

「くそっ!こいつを止めろ!」

 

 

 

 その静寂を破るかのように天幕の外で歩兵の声がしてくる。

 

「?なんだ?」

 

 俺と辻はとっさに天幕を出て、人だかりを見つける。

 

「中佐!」

 

「そ、総司令官!」

 

 その人だかりの外側に居た岩瀬中佐を見つけて声を掛けると中佐はすぐに俺の方を向く。

 

「何があった!?」

 

「それが」

 

 

「っ!」

 

 と、人だかりに隙間が出来て、そこから一人の女性が視界に入る。

 

 それは先ほど保護した翼が生えた方の女性であり、歩兵の誰かから奪ったのか右手に軍刀を手にして周囲を必死の形相で睨みつけている。

 しかし身体中に包帯が巻かれて、左腕は力なくぶらんと下がっている。それに身体中からの痛みからか、脂汗を掻き、息が上がっている。

 

「保護した女性が目を覚ました途端暴れ出して……」

 

「今に至ると言うわけか」

 

「……」

 

 辻はホルスターより十四年式拳銃を抜くとマガジンを挿入して遊底を引っ張って弾丸を装填させる。

 

「待て、辻」

 

 女性に撃とうとしている辻を止める。

 

「抵抗しているのであれば、事が大きくなる前に始末するべきです」

 

「お前なぁ。まだ判断を下すには早いぞ」

 

「何かが起こってからでは遅いのです。ならば、今の内に」

 

「だから待てって」

 

「……」

 

「中佐。彼女は何か言っていたか?」

 

「は、はい!『帝国軍の情けを受けるつもりは無い!』と言っていました」

 

「……」

 

「……どうも帝国軍と勘違いされているな」

 

「なら、どうすると?」

 

「決まってんだろ、誤解を解くんだよ」

 

 そう呟き、俺は人だかりの間を抜けて女性のもとへ向かう。

 

「そ、総司令!」

 

「危険です! 下がってください!」

 

 二人の制止を無視して俺は女性の前に来る。

 

「っ!」

 

 女性は必死の形相で弘樹に睨みつけて軍刀を構えるも傷が疼いてか表情が歪む。

 もはや立っているだけでもきついのだろう。俺の実力を以ってすれば制圧は容易いだろうが、目的はそれじゃない。

 

「……落ち着け。俺達は君らの思う帝国軍ではない」

 

「……」

 

 そう言うも、女性はまだ疑いの目で見ている。

 

「俺がここの最高責任者の西条弘樹だ。再度言うが、我々は君達の敵ではない」

 

「……」

 

 しかしそう言って見ず知らずの集団をすぐに信用するはずもない。

 

「……全員銃を下ろせ」

 

 俺は女性に対して小銃や短機関銃を向けている歩兵に銃を下ろさせるように指示を出す。

 

「銃を下ろせ!」

 

 戸惑いを見せる歩兵に強めに言い放つと、歩兵は銃口を女性から下ろす。

 

「……」

 

 ホルスターより十四年式拳銃を抜き、女性は一瞬警戒の色を見せるも構わず拳銃の安全装置を掛けてゆっくりと地面に置くと、両手を上げる。

 

「そ、総司令!」

 

「お前達も置くんだ」

 

「ですが……!」

 

「……」

 

 俺に睨まれて辻はたじろぎ、迷った末に手にしている拳銃のマガジンを抜いてから遊底を引いて銃弾を排出し、安全装置を掛けて地面に置いて両手を上げる。

 

 それに続いて他の歩兵もそれぞれ小銃や短機関銃の安全装置を掛けて地面に置き、両手を上げる。

 

「……」

 

 女性は一瞬驚いた様子を見せて周囲を見渡すと、しばらく考えて手にしている軍刀を地面に突き刺す。

 

「これで信じてもらえたかな?」

 

「……今のところはな……っ!」

 

 すると無理に動いたツケが回ってか、女性はくぐもった声を漏らして左胸を押さえながら片膝を地面に着けるが、そのまま気を失う。

 

「っ! 大丈夫か!? 衛生兵!」

 

 とっさに女性のもとに駆け寄って支えるとすぐに衛生兵を呼び、衛生兵がぐったりとしている女性のもとへ向かい眠っていた天幕へと連れていく。

 

 

 俺は立ち上がると周囲の歩兵達に指示を出して任務に戻させる。

 

「……ふぅ。何とか、事が大きくなる前に収束できたな」

 

「……」

 

 辻は俺に対して少し不満げに睨みつけながらも排出した弾丸をマガジンに入れて元あった場所に戻すと、十四年式拳銃を拾い上げてホルスターへ戻す。

 

「無茶はしないでください。下手すれば総司令に危害が及んでいたかもしれないんですよ」

 

「あぁでもしないと信じてもらえないだろう。ただでさえさっきまで帝国軍に追われていたんだからな」

 

「だからと言って」

 

「それに、仮に襲われたとしても取り押さえる用意はあったよ」

 

「……」

 

 辻は何か言おうとするも、呆れ半分にため息を吐く。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 それからしばらくして女性が目を覚まし、容態も安定してきたので面談が可能となった。

 ちなみに少女の方はまだ目を覚ましていない。

 

「……その、先ほどはすまなかった」

 

 女性は俺に対して頭を深々と下げて謝罪する。

 

「気にしなくても構わないよ。あんな状況では、誰だって混乱するさ」

 

「しかし、私やお嬢様の命の恩人に対して刃を向けたのだ。グラミアム王国の者として、恥ずかしい限りだ」

 

 女性は俯き、シーツを握り締める。

 

「冷静に考えれば、帝国軍が私やお嬢様に怪我の治療などするはずも無い。それさえ気付いていればこんな事には」

 

「まぁ、過ぎた事だ。気にしたって、事実が変わるわけじゃないんだ」

 

「……」

 

「可能であれば、名前を教えてくれないか?」

 

「あ、あぁ。私の名は『小尾丸』と申す。グラミアム王国、国王親衛隊隊長だ」

 

「小尾丸か。先ほど軽く言ったがあらためて。西条弘樹だ。こっちは副官の辻晃だ」

 

「サイジョウ殿にツジ殿か。あらためてだが、私やお嬢様の命を救っていただき、感謝する」

 

 小尾丸は再び深々と頭を下げる。

 

「構わないよ。俺達は当然のことをしたまでだ」

 

「……」

 

 助けるために戦闘を行うことが当然なのか?と辻は一瞬脳裏に疑問が過ぎる。

 この世界に来てから常識がずれ始めている気がするが、気のせいと思っておこう。

 

「それにしても、二人はなぜあんなことに? どうも帝国軍に追われていたと思われるが?」

 

「それは……」

 

 小尾丸の表情に迷いが生じて、弘樹は「いや」と声を掛ける。

 

「いや、言えない理由があれば無理に言わなくていい」

 

「そう言ってもらえると、助かる」

 

 

 

「しかし、サイジョウ殿とツジ殿はどこから来たのだ? 見たことの無い服に武器と、帝国軍ともまるで違う」

 

「あぁ、それはだな~」

 

 俺は一瞬迷うも、そこへ辻がサポートを入れる。

 

「申し訳ないが、我々の所属は明かせないのだ。少なくとも、小尾丸殿やグラミアム王国の敵では無いのは確証しよう」

 

「そうか。いや、人に言えない秘密は一つや二つはある。別にどうしてもと言うわけではないから、気にしないでくれ」

 

「そう言ってもらえると、助かる」

 

 

(すまない、辻。助かった)

 

(今我々の正体を知られるのは問題になりかねません。時間を置いてからで正体を明かしても遅くはありません)

 

(そうだな)

 

 小声で俺と辻は会話を交わし、再度小尾丸に向き直る。

 

 

「それにしても、名前からすると二人は『大和ノ国』の者か?」

 

「大和ノ国?」

 

 名前からすると昔の日本の事なのか? なら、彼女の容姿が日本人っぽいのも頷ける。

 しかし彼女の姿からすると、妖怪の類だろうか?

 

「私の生まれ故郷だ。自然に囲まれて、私のような妖怪が多く人間と共存して住む世界だ」

 

 予想通り妖怪なんだ。

 

「私のようなって言うと、君も?」

 

「あぁ。私はその中の鴉天狗と人間との間に生まれた半妖だ」

 

 つまりはハーフという訳か。ってか、妖怪と人間の間にって、世の中不思議な組み合わせもあるんだな。

 

「まぁ、今はこの異世界に翼人族として、生きている」

 

「と、言うと?」

 

「時より居るらしいのだ。私のように別の世界からこの世界にやってくる、『異邦者』というのが」

 

「……」

 

 どこか似たような境遇に俺は黙り込む。

 

「サイジョウ殿たちは、異邦者ではないのか?」

 

「さぁ、俺もよく分からないな」

 

「そうか」

 

 何か事情があると察してか、小尾丸はこれ以上追及はしなかった。

 

 

「……そういえば、サイジョウ殿達はどうやって私達を救出したのだ?」

 

「野営陣地周辺を哨戒中だった歩兵が君達二人を見つけたんだ。その間に小尾丸が言う帝国軍の襲撃を受けて、それに応戦していた」

 

「やはり、私達を探していたのか」

 

「帝国軍の捕虜の話では、現在攻略中の城塞都市ハーベントと呼ばれる場所の側面を突くための別働隊が行動中だそうだ」

 

「っ! もうそこまで帝国軍が侵攻していたのか!」

 

「まずいのか?」

 

 小尾丸の表情にただならない焦りの色が浮かび、ただごとでないのを察する。

 

「まずいもなにも、城塞都市ハーベントは王都グラムの最大防衛拠点だ。そこが陥落すれば、それ以降の防衛拠点は皆無に等しい」

 

「事実上王都へと侵攻は止められない、ということか」

 

「そうだ」

 

「……」

 

 

「それとこの先にある村が、その別働隊の針路上にあると捕虜から聞いている」

 

「な、何だと!?」

 

 小尾丸は思わず声を上げるが、その際に身体の傷が疼いてか一瞬表情が歪む。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 突然声を上げた小尾丸に戸惑ってたじろぐ。

 

「……さ、サイジョウ殿。まずい事になった」

 

「……?」

 

「帝国軍は私達翼人族や獣人族、妖魔族を生かしはしない! やつらが来れば、村の者は例外なく全員殺される!」

 

「っ!」

 

「やはり、捕虜の言う通りか」

 

 捕虜から話を聴いていたとは言えど、確定した事実に二人は息を呑む。

 

「サイジョウ殿!!」

 

 小尾丸は焦りの色を表情に浮かべながらも、俺を見る。

 

「助けてもらった身でありながら図々しい願いなのは承知の上だが……頼みがある!!」

 

 身体の痛みに耐え、脂汗を掻きながら深々と頭を下げ、こう言い放つ。

 

「どうか、帝国軍から、村の者達を助けてくれないか!!」

 

「……」

 

「本当に図々しいな。会って間もない我々にそのような危険な事を頼むとは……」

 

 不機嫌そうに辻は小尾丸を見下す。

 

「それは、重々承知している。出来るなら、私がやりたい。だが、この様で、一人ではどうしようもない。それに他に、頼れる者が、っ! いないのだ!」

 

 身体の痛みに耐えながらも彼女は必死になって俺達に頼み込んでいる。

 

「……」

 

「……」

 

 少し考えると、辻を小声で少し話すと小尾丸に向き直る。

 

「少し辻と話し合うから、少し外すぞ」

 

「あ、あぁ……」

 

 小尾丸の返事を聞いてから二人は天幕の外に出る。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「それで、どうすると言うのですか?」

 

 天幕を出てから辻が弘樹に問うも、「いや」と言葉を漏らす。

 

「聞くまでも無かったですね」

 

「まぁ、そういう事だ」

 

 俺の考えはもう決まっている。

 

「確かにここで協力的立場を取れば、彼女の言うグラミアム王国とのコンタクトが取りやすくなって、交流も難なく可能となりましょう。まぁ、その国がまともであればの話ですが。

 しかしそれは同時に帝国に対して完全に敵対することの表れとなります」

 

 事実上バーラット帝国への宣戦布告みたいなものだ。

 

「分かっているさ。俺達はこの二年の間、外界との接触を避け、大きな戦闘も無く平和に暮らしてきた。それなのに自ら争いの中に足を踏み入れる普通に考えれば愚考だろう」

「だが、このまま帝国軍の蛮行をみすみす見逃す事は出来ないし、何より目の前で助かる命を放っておく訳にはいかない」

 

「……」

 

「その為にも、明朝出発して帝国軍より先に村へと向かい、素早く村の住人を避難させる。そしてそこで帝国軍別働部隊を迎え撃つ」

 

「了解しました」

 

「今から全員を集めて、明日の行動を伝えてくれ。明日は今までより忙しくなるからな」

 

「分かりました。直ちに」

 

 辻はすぐさま岩瀬中佐を呼ぶと同時に歩兵を集める。

 

 弘樹は天幕へと戻り、小尾丸に決定事項を伝えると、彼女は泣きながら感謝の言葉を並べていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。