其れは神と紡ぐ物語   作:FF8リメイク待ってます

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閃光の名を持つ女性<ライトニング>

 

 

「ライトニングさん、ようやく家に帰れますね」

「ええ、お先に失礼します」

 

 そう言って足早に職場であるボーダムの警備局を後にする。更衣室で支給された制服から着替え、飾り気のない白シャツとジーパンへと袖を通す。

 

 ここで働くようになって、もう四年。母を亡くし、身寄りのなくなった私とセラが生きていくためには少しでもお金が必要だった。両親が残してくれるはずだったお金のほとんどは、全て母の入院費に使ってしまい、しかしその母が助からなかった今、私たちに残ったのは学費も払うことができないほどの僅かな貯金だけ。

 

 だから私は、残されたファロン家の長女として母の代わりに妹のセラを育てると、あの日、冷たくなった母とその側で泣くセラを見て決めたのだ。

 

 高校を中退し、学歴も年齢も問わず働くことができる聖府軍へと入隊した。朝から晩まで、普通の学生生活を送っていた頃とは比較にならないほどの勉強と訓練の日々。それでも耐えれたのは、全てひとえに自分とセラを愛してくれた母の代わりとなるため。

 

 母が死んだ日、誰も私たち姉妹を助けてくれなかった。誰もが可哀想な者を見る目で遠巻きに見つめるだけで、手を差し伸べようとする人は一人もいなかった。

 

 だから私は、私の手で自分もセラも守り抜くと決めた。そのためなら、時間も感情も、セラとの関係さえも犠牲にして。私は、強くなる。力も、地位も、強くなって、守るのだ。

 

 その守る相手の想いを犠牲にしているのに?

 

「ーーーーっ!」

 

 ふと頭によぎった考えを振り払う。想いも何も、身を守れるようになってからでないと意味がないのだ。たとえ今が犠牲になっても、長期的に見れば私が強くなり社会的地位も上がることはセラにとっても良いことなんだと、彼女もいつか気づいてくれる。

 

 警備局の建物から出た時にはすでに時計は夜の11時を回っていた。もっとも、家に帰るのが二週間と五日ぶりということを考えると外の暗さなど誤差に等しいだろう。

 

 軍関係者専用の駐車場へと向かい、最近出世したことで与えられた専用のバイクに跨る。警備軍の活動は、治安の維持から郊外に出現する魔物の駆除と多岐にわたる。そうすると場所や時間を問わず出動命令が出るのである程度の地位に着く人間には移動も軍専用の物を支給される。つまり、いつ何時も呼ばれれば即現場に直行できるようにと言う実にブラックな上の計らいだ。

 

 エンジンを点けて走り出す。顔馴染みの門番へと挨拶をすると、向こうも同僚が言ったように私が帰宅できることを喜んでいた。

 同僚たちの間で私が度を越したワーカーホリック人間だと噂されていることは知っている。それについて否定する気はなく、その噂のおかげで最初の頃は休むべきだとか、若い者はもっと青春を大事にとか、ありがた迷惑な優しさを言ってくる相手が減って助かっている。

 

 そう言った輩は、私の仕事ぶりを見て皆口を揃えて醜い嫉妬の言葉を投げかけてくるのだから。

 

 公共道路に乗り出すと、ようやく私は思考を仕事のことからプライベートのことへと移す。正直今の私にとって、そのプライベートの話の方が大きな問題なのだ。

 

 今、私たちの家には新しく二人の住居人が加わっている。高校に入学した大切な妹のセラが家に友人を誘い、そして彼女たちをそのまま自分たちの家に住まわせたいと言ったのだ。

 

 一日二日のお泊まり会ならいざ知らず、長期的な同居なんて馬鹿げていると、私はセラとその友人二人を前で説教をした。

 

 最初は完全にセラが悪い友達に騙されている、もしくは家出少女を匿っている可能性が高いと私は考えていた。もしそうなら、どちらにしろそれは私の管轄内の話で、仕事としても家族としてもすぐに解決すべき問題であった。

 

 だがそんな私の言葉に対して銀髪の美しい少女、スフィアが出して来たのは自分たちが高校を卒業している有無の書類と、滞在費に関する支払いの契約書だった。

 つまり、私たちはもう社会人なのでこの家の一室を滞在場所として借りたいということを私に伝えて来たのだ。

 

 その時の、ふざけるなと怒鳴ろうとした私を遮ったのはセラの嬉しそうな声だ。彼女は純粋に友人二人と一緒に生活を喜んでいた。それを見たもう一人の少女、ユールが私がいない間セラの面倒を見ると言われれば、私は長い熟考の末に彼女たちの滞在を認めるしかなかった。

 

 自分が家に帰れないことでセラが寂しがっていることを私はよく知っているのだから。

 

 

 そして考えているうちに、久しぶりの我が家へとたどり着いた。家の電気はまだ点いており、今夜帰ると言った私を中で待っているのだろう。

 

 ガチャリと鍵を開けて玄関へと入る。ようやく帰ってきたはずの家は、なんだか見知らぬ家のように感じられた。仕事漬けの日々に、すっかり感性が変わってしまったようだ。

 

「おかえりなさい、ライトニングさん」

 

 透き通るような綺麗な声が疲れた私の耳に優しく響いて来た。

 帰って来た私を真っ先に出迎えに来たのは、新しい同居人である銀髪少女、スフィアだ。妖精のような御伽噺の存在が実在したらこんな美しさと気配をしているんだろうと私が子供の頃考えていた空想を数倍増したような存在感の彼女の存在は、未だに私の中で慣れない。どうしても別世界の住人が迷い込んでしまったような感慨を抱かせるからだ。

 

「鞄、持ちます。今日もお疲れ様です」

 

 そう言って私から鞄を受け取り、さらには私が脱いだ上着まで自然に手にして畳んでいく美しい少女。お前は旦那の帰りを出迎える奥さんか、と口まで出かかった言葉を引っ込める。

 さすがに、同居しているとは言え仕事が忙しい関係上あまり会わない相手に、しかもこんなに綺麗な少女相手に言うセリフではない。

 

「…………? どうか、した?」

「いや、なんでもない。その…………セラはまだ起きているか?」

 

 本当はありがとうと紡ごうとした口は、気恥ずかしさから勝手に別の言葉へと変わっていた。上着や荷物を持ってもらいながら最初に吐く言葉が感謝ではなく妹の事だなんて、これこそまさしく亭主関白な夫婦のやり取りではないかと、言ってから後悔に包まれる。

 

 昔はこんな風ではなかった。

 確かに悪戯っ子で、お世辞にも素行が良い子供だったとは言えなかったが、それでも善意を受け取って謝意の一つも示せない人間ではなかったはずだ。だが男社会である軍での長い仕事生活ですっかり私の心は荒れ果てて、余裕というものをなくしてしまった。それこそ、好意へのお返しなんて人として当たり前の事を失念してしまうくらいに。

 

「二時間前までは、起きてた。久しぶりのライトニングさんの帰宅だから。でもーー」

 

 ちらりと、スフィアが視線を壁に飾られた時計を見やる。時を刻む短針は、もう十二の文字を過ぎていた。私が帰宅すると告げていた本来の時刻から、優に五時間も進んでいる。

 

「明日は、セラの学校でテストがあるらしくて。これ以上起きているのは明日のパフォーマンスに支障をきたすから、私とユールで眠るよう説得したの」

「……っ、そうか。…………私は、また……」

 

 それに、私は何も言えなくなってしまう。久しぶりに私が家に帰って来るのを楽しみにしていたセラの信頼を、私はまた裏切ってしまったのだ。

 

 本当は、ちゃんと約束の時間に帰って来ようと思っていた。嬉しそうにスフィアやユールと共にケーキを用意して待っていると言ったセラに報いるために、久しぶりの家での食卓を楽しもうと思っていた。

 

 いや、思っていただけ……だった。仕事を終えて帰る前に起きた、モンスターの出現報告。私は聖府軍の治安維持部隊の人間として、その場に急行してモンスターの対処に当たった。軍人としての義務を果たした。

 

 そう言えれば、まだ私はこんな気分にはならなかっただろう。でも実際は、私はただ上へのポイント稼ぎのためにその場に急行したのだ。勤務外中の事件だろうと真っ先に駆けつける有能な軍人。そう、上官からの物覚えを良くしてもらうために、私は自分が向かわなくても他の人員で解決出来た現場にわざわざ誰よりも早く向かったのだ。

 

 姉としての役目よりも、軍人としての役目よりも、そんな私欲を優先して。

 

「ライトニングさん……セラはあなたを迎える気だったし、帰るのが遅くなった事を恨んでもいないと言ってました。だから、安心してーー」

「安心してだと? 居候のお前に、私たち姉妹の事をとやかく言われる筋合いはない」

 

 そんな私に対して、きっと励まそうとしてくれたスフィアを私はただ苛立ちのままに暴言を吐いてしまった。最低な八つ当たりを、何の非もないセラの友人である彼女に向けてしまった。

 

 言ってから、しまったと思った。でも口から出てしまった言葉は今更取り消しが効かなくて、私は気まずい雰囲気から逃れるように彼女から視線を逸らす。

 

 他人からの好意を受け取らず、感謝もせず、苛立ちをぶつけてしまう。最低だと、私でもそう思う行い。

 

 少なくとも、死んだ母は今の自分の姿を決して許しはしないだろう。胸を締め付ける罪悪感が彼女の視線を浴びているだけで強くなって来て、私はその場から逃げ出すように自分の部屋へと向かおうとした。

 

「あ、あの……!」

 

 そんな私の手を、通り過ぎ様にスフィアの細指が掴み取った。

 数度しか話しただけだが、見た目通り大人しい少女だと思っていた彼女の突然の行動に驚き目を見開く私に対して、彼女は同性でさえ顔を赤くしてしまうような上目遣いを向けて来た。

 

「料理を、用意してるんです。もし何も食べていないなら、一緒に食べませんか?」

「それは……」

 

 彼女の申し出に、私は初めて自身が夕食を取っていない事を思い出した。それどころか、昼食も軍が配備してくれる栄養価が高いだけのローションで済ませてしまっている事も。

 

 それでも、先ほどの事があって咄嗟に断りの言葉を口にしようとした私はーー

 

 ぐぅぅぅ

 

「ーーーーっ!!?」

 

 意図せず漏れてしまったお腹の音で、顔を逸らしながらも受け入れざるを得なくなった。

 

 

 

 

 

 十数分後、久しぶりに座る事となったダイニングテーブルの席で待つ私の元には、まるで観光客向けレストランに出てくるような色彩豊かな料理が敷き詰められていた。

 

 合成食材や冷凍食品では決して出せない食欲を唆る香ばしい匂いと赤みを覗かせるボーダム名産の焼き魚。漬物として添えられたきゅうりとたくあんが家庭的な料理そのままで、当然のように大根おろしを別の小皿に載せて出されて思わず二の句を告げなくなってしまった。

 

 大皿に入れられた野菜たちはどれも瑞々しい光沢を放っていて、その上からかけられたドレッシングと合わせて見るだけで健康になりそうだ。

 

 テーブルを汚さないよう耐火マットの上に置かれた鍋からはこってりとしたシチューが覗き、しっかりと火を通した証拠として熱い湯気が漂っており、夜遅くまで働いた私の体には丁度いいだろう。

 

「シチューだけは夕食の時に用意したのを温めただけなんですが、魚はついさっき焼いた出来立てです。きっとライトニングさんなら、セラの事を思って帰って来るって信じてましたから。いつでも作れるように準備してたんです。あっ、ご飯はこのぐらいでいいですか?」

「お前は…………良い奥さんになりそうだな」

「????」

 

 白ご飯をお茶碗に掬いながら無表情ながら温かみの感じられる視線を向けてくるスフィアに、ついに私はずっと言わんと我慢していた言葉を口から溢してしまった。

 

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 それに対して首をこてんと傾ける彼女に、私は何を口走ってるんだと目を逸らして茶碗を受け取り、そのまま感謝を告げて料理に手をつける。

 

「美味いな」

「よかった。おかわりはたくさんあるので、言ってください」

 

 最初の一口を食べただけで思わず漏れた感想は本心だった。聖府軍の食堂で出される食事は決して不味くはない。むしろ国家公務員である軍人たちに与えられる食事なのだから、しっかりとした味付けと質が保障されている。

 

 だがそれと比べても、この今食べてる料理の方が美味しいと私は感じていた。それがなぜなのかはわからないが、食べていると心が落ち着く。自然と仕事でなめられないために強張らせていた表情が和らぎ、頬が綻んで行くのがわかる。

 

「……………………」

「………………おい、いつまで私を見ている気だ?」

 

 だがそれを止めさせるのは、私が料理を食べる姿をテーブルの反対側に座って見つめているスフィアの存在だ。決して不躾な視線ではないのだが、あまり他人に弱みを見られたくない私としてはかなり気になるものだった。

 

 そんな私の問いに、彼女はあいも変わらず無表情に近い顔でまたしても天然な答えを返して来た。

 

「ご飯は、みんなで食べるのが美味しいと聞いたから。ライトニングさんの料理を美味しくするために、ここに座ってようかと……」

「ふっ、なんだそれは……」

 

 それは、仲の良い人たちと一緒に談話しながら食事を取るから楽しくて、料理も美味しく感じられるからだろうと……内心で少女の勘違いに突っ込む。でも、それを言葉に出すことはしなかった。なぜなら、久しぶりに自分でも思ってもみなかったような笑みが口元に浮かんでしまったから。

 

 彼女と一緒にいると私がずっと自身に課してきた強い自分を崩されそうになる。

 それは彼女が今まで私が相対して来たどんなタイプの人間とも違うというのが大きい。

 

 天然……と言うのだったか?

 あの人間離れした容姿と存在感で、当たり前のようにどこかズレた行動や価値観を見せる彼女。いや、むしろ人間離れしているからこそか。

 

 同じ同居人であるユールと言う少女もなかなかに天然なところはあるが、スフィアの場合はもっとこう……距離が近くて予想が出来ない。でもそれがなぜか、心地良く感じてしまう。

 

「そうだな……だが見られているだけでは変な気分になる。何か……セラの普段の様子とか、聞かせてくれないか?」

「ーーーーはい、わかりました!」

 

 私の言葉に、明らかに声のトーンをひとつ上げてどこか嬉しそうにセラの話を聞かせてくれるスフィア。表情はあまり変わらないのに、その節々から彼女がセラをよく見て、そして一緒にいる時間を大切に思ってくれている事を感じさせる。

 

 やれ、セラは勉強を教えるのがとても上手で、私に今日あった授業の説明をする時は笑顔を浮かべていたとか。

 やれ、セラは最近ファッション雑誌で見た服をニコニコしながら自分に着させようとして困っているとか。

 やれ、セラは学校で男子からすごい人気らしく、この間一日に男子生徒三人からも告白と言うのをされて、なぜか頬を赤らめてたとか。

 

 最後の一つに関しては聞き捨てならなくて、スフィアにセラが告白を受け入れていない有無を念入りに確認してしまったが、それでも母を亡くし、私まで普段近くにいてやれないセラが以前のように楽しそうに日々を過ごしているのを聞いて心が軽くなった。

 

「ーーーーそうか。セラは、前みたいに笑えるようになっているんだな」

 

 小さくした魚の切り身を飲み込み、心からの安堵が溢れた。ずっと心配していた、大切な妹の充実した学生生活の日々の話は、それだけ私にとって幸福だった。この話を聞くために、私は今日まで頑張って来たのだから。

 

「でも、やっぱりセラが本当に笑うためには、ライトニングさんが必要……だと、思います。だって、あなたの事を自慢する時のセラ……笑顔なのに少し、声が震える、から」

 

 だがそんな私に対して、目の前に座るスフィアが困ったような顔でそう語る。おそらく、彼女にとってもなぜそう思うのか具体的な確信がないのだろう。

 彼女からセラの話を聞いていてわかったが、スフィアは人の表情の機微はとても敏感に捉えているが、その反応を感情に区分するのが苦手なように感じられる。

 

 彼女はセラが何かしていた事を話す時、表情については事細かに教えてくれるが、それがどんな感情から来るものであったかまでは決して言わない。嬉しそうだったとか、恥ずかしそうだったとも言わないのだ。

 

 それが彼女の癖なんだと思っていたが、こう見る限り彼女は他人の感情を読み取るのが得意ではないのだろう。

 でも今回は、彼女から伝えられたセラの様子には心当たりがあった。それは本人の憶測を交えない、スフィアからの言葉であったのも大きい。

 

 セラは自分の中の寂しさを紛らわす時に笑顔を浮かべ、そしてその寂しさを生む対象の事を褒めるのだ。彼、彼女が自分の近くにいないのは、向こうが自分なんかと比べ物にならないくらい素晴らしい人だからだ……なんて。

 

「ああ……わかってる。セラには……本当に寂しい思いをさせている」

「なら……もう少し、帰って来る日を増やすことはできませんか?」

 

 絞り出すような私の声に、スフィアが願うように聞いて来る。この感じからすると、今回のこの場もこのお願い事をするために用意したのだろう。

 それだけ彼女が妹の事を想ってくれているのだと感じて、姉として感謝の念が絶えない。

 

 しかしーー

 

「すまない。それは、無理なんだ。家族も親戚もいない私たちが二人で生きていくためには、姉である私が頑張るしかないんだ」

 

 そのお願いを受け入れる事は出来ない。セラを、そしてこの家族の家を守るためには一時間でも多く働き、一日でも早くより上の役職に就かなくてはいけないのだから。

 

「それなら……私とユールが、いくらかお支払いできます。最近入ったお仕事が軌道に乗って、本来契約になかったお給料までくれるようになったので……!」

 

 そう語るスフィアの声には、明らかに弾んだような声音が含まれていた。きっと、お金さえあれば私とセラの問題を解決できるとそう思っているのだろう。その純粋さと好意をとても嬉しく思うが、残念ながらそれではどうにもならない問題なのだ。

 

「ありがたい話だが……事はそう単純な話じゃないんだ。私もセラも、本来はまだ未成年の身。親も保証人もいない今、いつ孤児院に送られてもおかしくないんだ。それを、私が聖府軍の軍人と言う役職と一定の給金を継続して得ているから見逃してもらっているんだ」

 

 私の説明に、難しそうな顔をするスフィア。幻想的な雰囲気をした彼女らしく、世間の複雑な仕組みを理解し難かったかななんて、この僅かな会話で親しみを覚えた私は「悪いな」と気に病まない声色を心がけて言った。

 

 それでも何かを言おうとした彼女は、しかし口を何度か開いては閉じてを繰り返した後、膝に手を置いて悲しげに俯いてしまった。

 

 「今度コクーンのルールが載ってる本をセラに学校から持って来てもらわないと」なんて独り言が聞こえて来る。本は基本電子媒体の物しかなくて、端末があれば即座にダウンロードして読める事を知らないのだろうか?

 そんなどこか一般の感覚とズレているところも、普通ならおかしいと思わなければいけないのに、私はそれが彼女の個性だと可愛らしく感じてしまった。

 

「だが、気遣いには感謝する。お前が……ここにはいないがユールも、二人がセラの友達になってくれてよかった。これからも、妹の事を頼んでも良いか?」

 

 それは、以前の私なら絶対に言ったりしない言葉だったろう。セラを守るのは私だと、母が死んだ日に誓い、ライトニングとなった私はたとえセラが認めても、私以外の誰かがセラを守る事をそう易々と受け入れはしなかった。

 

 でも、今は。少しだけ、この美しくも天然な彼女とその友人に、私がいない間のセラを任せても良いと思っていた。

 

 まぁ、これは彼女たちが女性であるのも大きな理由だったかもしれない。仮に男なら、絶対にセラの近くには置かせなかっただろうしな。

 

「任せてください。セラは、私にとって大切な友達だから」

 

 そして私の頼みに初めて頬を優しく綻ばせて頷くスフィアに、不覚にも目を奪われてしまいそうになる。それを誤魔化すように垂れた髪を耳にかける仕草をして、赤くなった頬を隠した。

 妹の友人の、それも同性の笑顔に見惚れたなんて……絶対に知られるわけにはいかない。

 

「おほんっ! それと、妹のことばかり聞いて、あまりお前の事は聞いていなかったな。…………その、好きな物はなんだ?」

 

 私はそのまま話題を変えるように、今度は彼女自身について質問し、それに意外そうな目をしながらも答えたスフィアの話を聞きながら、残りのご馳走に手を走らせた。

 

 内心、この質問では同僚のナンパな男性職員がやっていたお見合いと同じではないかと頭を抱えながら。

 

 

 

 

 そして食後。彼女が用意してくれたホットココアを飲み干して、私は久方ぶりの心からの充足に胸を打った。忙しなさも心配もない、気の置けない間柄の人間との他愛のない世間話。母が死んでから一度として感じた事がなかったそれを、まさか妹の友達相手に感じるとはと……少し、自分の情けなさを感じてしまう。

 

 だが、ああ……悪くない。

 

「また、話さないか? と言っても、私が家に帰って来れる時だけだが」

 

 自然と、私の口から次のお誘いの言葉が溢れてしまう。帰って来るのは不定期のそれも夜遅くがほとんどだと言うのに、何を言っているんだと言葉にしてから気づくが、それを受け取ったスフィアは心良く頷いてくれた。

 

「ううん、待ってます。私は結構夜まで起きていられるタイプなので、いつでも。お腹が空いていなければ、温かい飲み物……ホットココアを用意しておきます」

「ふっ、ありがたいが、ちゃんと睡眠は取る事だ。若いうちはな」

 

 私が飲み干したマグカップを見ながら微かな微笑みを見せる彼女に、私も釣られて笑みを浮かべてちょっとした軽口を返す。返してから、ああこんなやり取りをしたのはもう何年ぶりだろうかと考える。

 

 どうやら私は、驚くほど彼女に心許しているらしい。

 

「それは、ライトニングさんもですよ。休める時は、しっかりと休むのが人間です」

「わかってるさ……とは、無茶を知られてるお前には言えないな」

 

 私たち以外の人間が寝静まった家の中、テーブルを挟んでする妹の友人との夜の会話。それが、この夜から私にとってはかけがえのない時間の一つになって、私にとって家に帰る楽しみになるなんて、この時の私は想像もしていなかった。

 

 時にスフィアが作った料理を食べながら、時に彼女が入れたホットココアを二人で飲みながら、私はセラの話を……そして、彼女と話をする事を楽しんだ。

 

 それがいつしか、彼女を妹の同居人ではなく、新しい家族の一人として受け入れてしまうぐらいに。

 

 後に、その様子を見たユールから私とスフィアの姿が、まるで娘の様子を話す母親とそれを聞く父親のようだと称されていた事を知るのは、ずっと後になってからだった。

 

 

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