其れは神と紡ぐ物語 作:FF8リメイク待ってます
劇場の幕が上がる。
食事の邪魔にならない程度に光度を落とされた天井の明かりは、観る者の集中を否応なく高めていく。
多くの視線が集まる舞台は小さくて、人が二人ほど横に寝転べる程度の大きさしかないのに、まるで聖府中央の巨大劇場のような錯覚を起こさせる。
上がった舞台の中央に誰かが立っている。舞台周りだけ照明を完全に落としているせいで、その人相はわからない。なのに、ただそこに立つ雰囲気だけで、世界が塗り替えられたような気分になる。
普段と変わらない日常であったはずの空間が、突然神話の世界に取り込まれてしまったような感覚。
人影が動く。腕を左右に下から広げる。まるで鳥が羽ばたく前兆のように。夢のようなショーはそこから始まった。
泡。人影の広げた手の動きに合わせて、輝く青い泡がまるで流星を描くように暗闇を照らした。
はっ、と誰かが息を飲んだ。恐らく、今日初めて来た客なのだろうその人は、泡の輝きに照らされて見えた人影の容姿に目を見開いていた。
初めて来たということでは、私も一緒だ。ただ違うのは、その人影の姿を知っているということ。
人影が大きく手を天井へと伸ばした。泡がまるで噴水のように空へと向かって立ち昇っていく。そしてある程度のところまで上がった泡は、そのままアーチ状の軌跡を描いて私たち観客が座る食事席へと浮遊してくる。
パンッと泡が弾ける。明かりが、それを合図に灯る。
一瞬の眩しさ。だが、その直後に視界に飛び込んで来るのは、幻想の世界から飛び出して来たかのような色と輝きの旋律。弾けた泡の飛沫が光に反射し、七色の色彩を小さなレストランの空間に投影している!
そしてその中央に立つのは、この幻想的な空間よりもなお非現実離れした白銀の妖精。
ーーーースフィア。
思わず口をついて出そうになった言葉は、音になることはなかった。それは言葉にしなかったんじゃない。出来なかったから。ただただその光景に、彼女が創り出した光景に圧倒されたから。
「あなたの記憶に、忘れられない一瞬を刻みましょう」
綺麗なソプラノボイスが、空間に響く。彼女の外見を見た人が想像する美声そのままの、可憐で透き通る声質。
口にしたセリフは、普通の人が言えば鼻につくような言葉なのに、彼女が言うだけでまるで壮大な物語の始まりのような昂りを胸に運んでくれる。
「ーーーー!」
目が、合った。観客の顔を確認していた無表情の彼女の瞳が、こちらを向いた瞬間に確かに止まった。内緒で観に来てしまったから、私がここにいることは彼女も今の今まで知らなかったはずだ。
ほんの僅かに、彼女の瞳が揺れる。それが驚きだとわかるのは、きっとこの場所では私と、彼女の大切な家族であるユールだけだろう。
でも、それは一瞬。彼女の動揺はすぐに消えて、私のサプライズの結果はこれだけかと、ちょっと残念に思ってしまう。それが油断だった。
ニコッ
「ーーーーッッ!!?」
花咲くような笑顔とは違う、ほんの少し唇の端を上げるだけの儚い笑み。泡雪のように繊細で、なのにどんな大輪よりも美しく。
でもそれは、私にだけ向けられたもので。ドキンッと胸が高鳴る。顔に熱が伝播していくのが、自分でもよくわかった。驚かせるつもりが、逆にさっきからずっと驚かされている。
隣を見ると、スフィアから笑顔を向けられたと勘違いした若い男のグループが、顔を真っ赤にしながら誰に笑いかけてくれたのか小声で言い合っていた。
それが、ひどい感情だと分かっていても私の優越感を刺激する。取り合うほどに価値のある彼女の笑顔の行方を、本当は私が独占しているという事実に。
舞台に立つスフィアが、腕を翻す。幻想的な一幕を目に焼き付けながら、私は……私は、自分の中に宿っている感情に偽りの名前をつける。
この胸を切なく締め付けて震わせる想いに、感動という言葉を貼り付ける。
「すごい劇だったよ、感動したよスフィア、ユール!!」
「来るなら教えてくれてもよかったのに。座席にセラがいたからびっくりした」
ショーの後、後片付けを終えて店長から今日の感謝の印として一週間分ぐらいの食料品をもらったスフィアたちと一緒に帰路につきながら、私は素直な感想を二人に伝えた。
横を歩くスフィアは相変わらず無表情そうに見えるが、もう長いこと一緒に暮らしている私にはその表情の中にさまざまな感情を宿していることがわかる。今はどうやらサプライズをしてきた私へと呆れているようだ。
「フフ、私も裏方しててびっくりしちゃった」
スフィアの横に並んで歩くユールが柔らかい声色で言う。彼女の場合はスフィアと違い私が内緒で二人のショーを観に来た事を面白がっているようだ。
「ごめんごめん、お詫びにこうして食材を運んであげてるでしょ」
「むぅ、セラはいたずらっ子」
ジト目でこちらを見てくるユール。だけど彼女には不服だろうが残念ながら可愛い以外の感想が浮かばない。
まあお詫びに食材を運んであげていると言っても、食材のほとんどは全て私たちの家に車で届けられるようになってるので、私が運んでいるのはちょっとしたお菓子だけだ。後で機嫌を直してもらうために、彼女が好きなシーソルトアイスでも買ってあげるべきかな。
「それにしても、やっぱり視線がすごいね」
「ショーの評判が良いって店長さんが言ってたから、その影響だと思う」
ふと周りの様子を見る。歩いていると誰もがスフィアとユールの方を見ている気がする。二人は今ではボーダムではちょっとした有名人だ。彼女たち二人がレストランでやるようになったショーは、始めてから町角の小さな店でやるにはあまりにもすごい演出とそのパフォーマーの容姿に、口コミだけにも関わらずかなり知名度が上がっているのだ。
ショーの内容も今日私が見たのと常に同じではないようで、今日はたまたまスフィアがメインでショーをしたが、別の日はユールがメインでスフィアが裏方ということもあるらしい。週に三回、二週間おきに内容を変えていると前に食事中に教えてもらった。
あんなすごい演出なのに、二週間おきに新しい演出を用意できるなんてとてつもないと思う。手から光る泡を出すなんてどういうトリックを使ってるのかまったくわからなかったのだから。
ただ周りの視線を集めてしまうのはショーの知名度だけではないことを、この反応だとスフィアは未だに気づいていないようだ。ちらりとユールに目をやると彼女が困ったように笑うので、彼女の方は気づいているみたい。
まあ単純に人目を引く容姿を二人ともしている。特にスフィアはその周りの空気を塗り替えてしまうような雰囲気と容姿のせいで、目を向けるなという方が無理がある。
以前これをユールに言ったら、あなたもねっと呆れたように言われたのだが、あまりピンとこなかった。私はオシャレは好きだけど、自分がそんなに優れた容姿をしているとは思っていない。悪くはないと思うが、二人と……特にスフィアと並べる程かと言われるとあまり実感がない。
ちくりと、胸に針が刺さった感じがした。スフィアの横を並ぶには足りない、そう思った瞬間、なんとも言えない気持ちになった。
「どうかしたの、セラ?」
ふと、ユールがこちらを見て聞いてきた。顔に出てしまったのだろうか。スフィアはボーダムの沈む夕日を見ていて、こちらに気づいていない。
「ちょっと……ね」
「…………スフィアのこと?」
ユールは鋭い。私の頭によぎった悩みを一発で当ててくる。それか、私がわかりやすすぎるのか。スッと、ユールが自然に私の近くに移動して小声で会話できるぐらいの距離になる。スフィアに聞かれないようの配慮なのだろう。
「スフィアがどうかしたの?」
「ううん、スフィアに何かあったわけじゃないの。ただ私が……」
私が、なんだろう。ユールには悪いけど、上手く言葉にできる気がしない。最近の私は、よくスフィアのことを考えて変な気分になることが多い。
彼女と話していると幸せな気分になる。彼女がどこかに行ってしまうと寂しくなる。彼女が私に笑いかけてくれると胸がドキドキする。そして今みたいに、スフィアの隣にいない自分を想像すると胸がギュッと苦しくなる。
私は、この感情を知らない。いや、知ってる。学校での同年代の子たちの会話や好きな少女漫画で、私の状況に似たような話を何度も見た。
でも、話に聞くのと実際にそれを体験するのでは天と地ほどの違いがあった。少なくとも私は、まだ自分の感情が『そう』だと認めることができていない。
「やっぱり、大丈夫。ちょっとスフィアのすごいショーを見て、まだ夢心地だったみたい」
「…………そう」
結局、私は誤魔化す事にした。この気持ちに名前をつけるのだとしても、それは今じゃない気がしたから。
なんて、かっこよく言ったけど、ただ恐いだけだ。今の、心地よい関係が壊れるのが。
「二人とも、何か内緒話?」
海を眺めていたスフィアが足取りの遅い私たちへと振り向く。銀色の美しさ髪が風に吹かれてたなびく。オレンジの夕日の光に照らされながら、右側に海を、左側に植木された人工木の群れに挟まれた彼女の姿は、まさしく絵画の一枚で。
ーーなんでこんなに絵になるのかなぁ
「今日の夕飯の話」
見惚れる私に代わって、ユールが答える。彼女は優しく笑いながら先を行くスフィアに合流しようと足を早め。
「認めるなら、早い方がいいよ」
「えっ?」
私の側を離れる際に、そんな一言を残して行った。何を、とか尋ねる前に彼女の背は遠ざかってしまう。
私には、その後ろ姿がまるで先駆者のように見えて、ぎゅっとお菓子の入った袋を握りしめていた。
胸を締め付ける、この心の痛み。認められないこの気持ちの名前を感じるようになったのは、三ヶ月前。
私の誕生日の日だった。
「お姉ちゃんの馬鹿……」
ボーダムの宙に投影された綺麗な星空と海のコントラストが映える砂浜で、あの日の私は膝を抱えて蹲っていた。それは私が18歳になる誕生日を祝う席の途中で、唯一の肉親である姉が仕事の呼び出しでいなくなってしまったからだ。
お姉ちゃんが仕事で大切な日にいないなんて、今までも何度もあった。その度に普段の私だったら悲しさを飲み込み、なんでもないように笑って受け入れる事が出来た。お姉ちゃんは私のために頑張ってるんだから、お姉ちゃんは私よりも強くて頼りにされてるんだから、って。
でも、何事にも限界はあって。それが、私が成人を迎える記念日とも言える今日。誕生日ケーキの火を消そうとする私の目の前で、かかって来た電話に対して迷いもなく「すぐ迎えます」の一言で返した姉の姿に爆発してしまった。
「大嫌い……お姉ちゃんなんて……」
わかってる。きっと最近軍曹と言う偉い階級にまで昇進したお姉ちゃんじゃなきゃ解決出来ないような事件が起きたんだって。
わかってる。お姉ちゃんが行かなきゃ、もしかしたら大勢の人が傷付いたり、悲しんだりする事になるかもしれないって。
わかってる、わかってる、わかってるッ!
でも、少しは私と仕事を天秤にかけて欲しかった。
迷って、欲しかったのに。
「セラ、大丈夫?」
「――――っ!? す、スフィア!?」
急にすぐ近くから聞こえた少女の声。耳にするだけで落ち着くような澄んだ美声に、沈んでいた私の心がびっくりして顔を上げれば、すぐ隣に息を飲むほど美しい天使のような顔があった。
それが私の大切な同居人の一人であるスフィアで、彼女のそんな同性でも見惚れてしまう顔がお互いの息遣いさえ感じられるほど近くにあったから、私は思わず悲しみも忘れて仰け反ってしまう。
「どうして、ここに?」
「心配だったから。今のセラを一人になんて出来ない」
私の問いに対して、スフィアは無表情に近い顔にこちらを気遣うような視線で答えてくれる。神秘的なようでいて、実は誰よりも感情がわかりやすい彼女のその言葉に、私の中で申し訳ない気持ちが湧いて来る。
きっと、誕生日の場でお姉ちゃんと喧嘩して外に飛び出した私を探してくれていたのだろう。
「よくここだってわかったね」
「セラはここが好きだって、前に言ってたから。綺麗で、落ち着く場所。色々考えるのに、便利だって」
そう言って、スフィアはゆっくりと私の隣の砂浜に同じように腰を下ろす。でも、それ以降何も言わなくなって。ただ、空に映し出された星の瞬きのヴィジョンを見つめているだけで。
それが、連れ戻しに来たんじゃないの?なんて疑問も口に出来ないほど絵になる姿だったから、私は何も言えずにスフィアと一緒に星を眺めていた。
「――――――――」
しばらく、何もない時間が私たちを包む。お互いの呼吸音と、波の音。
それだけの世界が一分経って、十分と続く内に、私の心の荒れていた波は、なんでかびっくりするぐらい落ち着いて来て。
「何も、言わないの?」
いつのまにかすごく穏やかな物に包まれている感じになっていた私は、ようやく最初の疑問を口に出す事が出来た。それに対して、ずっと暗闇に輝く儚い輝きを捉えていたスフィアの瞳が私を映す。
私だけを、その綺麗な黒曜石のような瞳で見つめている。
「私は、今のセラに何か言えるほど言葉がうまくない。それに、セラとライトニングさんの関係に踏み込めるほど、二人の過去を知らないから」
ゆっくりと紡がれた言葉は、彼女なりに心から私たち姉妹を思っての物。踏み込まず、でもそっと寄り添うような、月の輝きのような優しい光。
それを口にするスフィアは、少しだけ悲しそうな色を瞳に映した。自分が力になれない事を悔やむような、そんな色。
「――――でも、こうして一緒にいてあげる事は、出来るから」
「――――――――あっ」
それでもと、優しく重ねられたスフィアの手が、私の手を包み込む。それはどんな労りや慰めの言葉よりも深く、愛しく、私の心の傷に染み込んで。
心が、温かい。さっきまで寒かった体が、急にポカポカと暖まって来る。
「苦しい時、悩んでいる時。誰かが隣にいるだけで、少しだけ楽になるって教えてもらった。だから、私はセラに寄り添おうと思う。その悲しみを、何も知らない私は何も出来ないけど。和らげる事は、きっとできるから」
その言葉に、心の奥底でずっと暗く澱んでいた何かが、少しだけ救われたような気分になる。熱い何かが瞳から込み上げて来るのを止められなくて、驚いたように目を見開くスフィアに「大丈夫だから!」と心配をかけないように口を紡ぐのが精一杯になる。
だから、私は彼女の言葉に甘える事にしたんだ。スフィアの肩に頭を預けて、この胸に宿った喜びの情動が収まるまで、寄り添わせてもらおうと。
「……………………」
「……………………」
沈黙が心地良い。何も言わず、語らず、ただ体を寄せ合っているだけの事が、こんなに落ち着く物だったなんて。昔は確かに知っていたはずの事を、私はようやく思い出した。
ああ……昔はお姉ちゃんとよく一緒に、こんなふうにお母さんと寄り添ってたなぁ。
「……………昔のお姉ちゃんはね、とっても悪戯っ子だったんだ」
そんな日々を思い出したからか、私の口は自然とお姉ちゃんの事を語っていた。誰にも言った事がなかった、私から見たお姉ちゃんの姿。それを、スフィアには知ってもらいたくなって。
「活発で、笑顔が絶えなくて。いつも私の手を引っ張って色んな遊びを教えてくれた。お母さんによく悪戯して怒られて、でも本当に悪い事は絶対にしないし許さない。そんな、お姉ちゃんだったんだ」
かっこよかった。憧れだった。いつも、輝いていた。本当に本当に、私の理想の、大好きなお姉ちゃんだった。
「でも、私とお姉ちゃんが小さい時に……お母さんが亡くなったんだ」
それが変わったのは、やっぱりあの時。私たち姉妹の運命を決定付けてしまった、窓の外から雷が鳴り響く病院の一室。
「病気でね。ずっと入院生活で……酷い嵐の日に、眠るように死んじゃったの」
あの日の悲しみは今でも覚えている。暖かった大好きなお母さんが、だんだんと冷たくなっていって。私とお姉ちゃんに笑いかけたのを最後に、そのまま目を開けなくなっちゃった時の事を。
安定していた感情の波が、また昂り出す。声に、少しだけ嗚咽が混じり始めてるのが自分でもわかる。それでも、私の話す声は止まらず、スフィアもそんな私を止める事はなかった。
「それから、お姉ちゃんは変わっちゃった。お母さんの代わりになるために、今まで自分が大切にして来た物、全部捨てちゃったの。伸ばしてた髪をバッサリと切って、言葉遣いも性格も何から何まで変えて……」
お母さんの葬式の後、部屋から出て来た別人みたいに変わったお姉ちゃん。これからは私がお前を守るなんて言って、お母さんが亡くなったショックで泣くしか出来ない私を抱きしてくれた手に、私は甘えてしまった。
そんなお姉ちゃんが涙を流した姿を、お母さんが亡くなってから一度も見てない事に気づいたのは、ずっと後で。気づいたら、もうお姉ちゃんは取り返しがつかないぐらい変わってしまっていて。
「ずっと……ずっと元のお姉ちゃんに戻って欲しいって思ってた! 私なんかのために夢を諦めて無理をするお姉ちゃんなんて見たくない! もっと自分の好きに生きて欲しいって!」
それは、私が初めて他人に吐露した、誰にも打ち明けた事のない本音だった。ずっと見ないようにして来た、お姉ちゃんの頑張りを否定する考えだと思う事さえ忌避していた、心の奥の奥の奥底に封じ込めていた罪悪感と苦しみの叫び。
あの時、私を抱きしめるお姉ちゃんに「無理をしないで」って言えてれば!
「一緒に頑張ろう」って抱きしめ返してあげてれば!
そんな後悔が、私の中にはずっとあった。ふとした時、気を抜いた時、それは何度も私の心に牙を剥いた。
「お姉ちゃんが疲れた顔で家に帰って来るたび、心が痛いの! ライトニングって呼ばれるお姉ちゃんを見るたび、心が苦しいの! 何より、そんなに頑張ってくれてるお姉ちゃんを恨んじゃう私が、死にたくなるほど嫌なの!!」
その後悔と自分への怒りの全てを、私はスフィアに吐き出した。もう顔も声も、取り繕えないほどぐちゃぐちゃで。いつの間にか顔を押し付けていたスフィアの胸元の服は、私の涙と鼻水で汚れていた。
そしてそんな私を。ぎゅっと、優しくも力強く、スフィアは抱きしめて。
「教えてくれて、ありがとう。セラの気持ち、少しだけ理解できた。セラの事を、やっと知れた気がする。セラは……思った通り、本当に優しい人なんだね」
「――――」
スフィアの声が、胸の痛みを癒す。こんな優しさ、私にはかけてもらう価値なんてないと思ってるのに。彼女の言葉を聞いた私の心は、どうしようもなく安心して、嬉しくなって……スフィアに私の全部を知ってもらった上で受け入れてもらえたと言う事に喜んでしまう。
そんな私を、スフィアはそっと自分の胸から離すと、まるで子供を導く母親のように優しく私へと諭して来た。
「でもそれなら、その気持ちはきちんとライト……お姉さんに伝えないとダメだよ」
私がお姉ちゃんをその名前で呼ばれるのが嫌だと言った気持ちに配慮してくれたのだろう、優しく言葉を紡ぐスフィアに嬉しくなる。でも、その言葉の内容にはどうしても頷く事は出来ない。
「そんなの、できないよ……ッ! ずっと私のせいで苦しんでいるお姉ちゃんに、こんなっ、こんな私のわがまま……!」
きっと、嫌われる。ううん、嫌われるだけなら別に良い。私が悪いんだから。でも、私がこんな本心を打ち明けたら、きっとお姉ちゃんの今までを無意味にしてしまう。
あんなに私のために頑張って来たお姉ちゃんの五年間を、余計なお世話だったなんて最低な言葉で片付けてしまいそうで。
溢れそうになるお姉ちゃんへの申し訳なさや罪の意識。それが形になりかける前に、グッと力強くスフィアが私の肩に手を置いた。
それに、私は少し驚いてしまう。椅子も持てなさそうなぐらい線の細いスフィアにこんな力があったなんてと、変に冷静な感想が浮かんでまで来る。
そんな私を、スフィアは今まで見た事がないぐらい強い眼差しで見つめて。
「伝えないと、わからないから。伝えないと、寄り添えないから。全部が遅くなってからじゃ、ダメだから。心の叫びは、言葉にできる内に伝えた方がいいんだよ?」
それは、まるで過去の自分の経験から来る後悔を教えてくれているように、私は感じた。遅くなってしまった事が、本当に取り返しがつかなくなってしまった事があるような、スフィアの心からの悔恨と償いの言葉。
それが、本当に私を想っての言葉だったから。
それが、私とお姉ちゃんはまだやり直せるんだと、強く強く肯定する物だったから。
月光に照らされたスフィアが、私に微笑む。その姿は、まるで罪を背負いながらも誰かに救いを差し伸べようとする聖女のように、私には映って。
「それに、二人は家族なんでしょ? なら、いつも勝手に約束を破るお姉さんに、少しぐらいわがままを打ち明けても、いいんじゃないかな?」
「――――」
それは、その言葉は、確かに私の救いになった。
私とスフィアは、それからしばらくホログラムが作り出した波打ち際で肩を擦り合って黄昏る。
規則的に鳴り響く波の音だけが、私たちだけを包む帳となって、この世界には私たち二人だけしかいないんじゃないかと、夢を見させてくれる。
それが、心地良い。
「ねぇ、スフィア」
「……?」
「…………ありがとう」
「…………うん」
それは、私とスフィアだけのかけがえのない二人だけの時間。
私の胸に宿った、とある熱が鼓動を始めた時間。
きっとこれから先、一生忘れる事のない私の運命の時間。
どうかこの時間を、星だけが切り取って覚えていてくれますように。