其れは神と紡ぐ物語   作:FF8リメイク待ってます

12 / 13
いずれヒーローとなる男<スノウ>

 

 

 臨海都市ボータムで、最近急激に人気を伸ばしてトレンド入りしたレストランの存在と、そこでショーをする二人の美少女マジシャンたちの噂は俺たち『ノラ』の仲間内でも、今一番熱い話題だった。

 

 ノラ。俺が組織した、聖府の管理に縛られたくない連中による集まり。名前の由来は、「野良」と「No Obligations, Rules, or Authority」の略を合わせたダブルミーニングってやつだ。と言っても、後者のは仲間のレブロが「もっとちゃんとした意味を持たせなさいよ」と後付けしてくれた物だったりするんだがな。

 

 そんな俺たちの活動は主に人助けだ。迷子のペットの捜索をしたり、観光客相手に格安で観光案内を引き受けたり、ちょいとタチの悪い不良を懲らしめたり。

 警備軍が手の回らないちょっとした街の困り事を対処する。所謂、自警団みたいなものだが、時には郊外に出没した魔物を警備軍が来るよりも先に退治したりもする。それで色々と警備軍と揉めたりもするんだが……まあ、今重要なのはそこじゃない。

 

 そんな俺たちノラの間で、突如として現れた天才美少女マジシャン、スフィアとユーリの話題が持ちきりって事だ。

 

 現役の聖府公認アイドルさえも凌ぐほどの容姿と、一体どんな仕掛けがあるのか皆目見当つかない幻想的なマジックショー。それをレストランの食事代を払うだけで誰でも見ることができるという太っ腹精神。

 

 それに対して、ノラの仲間が個人的に経営している海辺沿いのカフェの強力なライバル出現だと、敵情視察の名目で見に行ったガドーたちは一発で魅了されちまったらしい。

 帰って来た時にはそのマジシャンの女の子であるスフィアが誰に笑いかけてくれたのかで軽い喧嘩までしてたぐらいだ。最終的には俺らのまとめ役でもあり、ノラ唯一の紅一点であるレブロに全員張り倒されてたが……それでもあいつらの中で件の少女の話題が尽きることはなかった。

 

 そしてあいつらは俺やレブロも誘ってそのレストランに二度目の敵情視察に行こうとしたのだが……美少女マジシャンの人気はノラだけに留まらず、今ではボーダム中の人気トレンドNo. 1であったらしい。レストランに予約の電話を入れた時には一ヶ月先まで席は埋まっているとのことだ。

 

 そのこと自体は多少残念ではあったがしょうがないと割り切れるものだったんだが……早くも二回目のショー(というより件のスフィアに)を見に行きたいと騒いでいたガドーたちには大変ショックだったらしい。

 まるでアイドルのコンサートを待ち焦がれるファンのように次の予約日までを興奮して待つようになっちまった。

 

 そんな連中の事を笑いはしないし、そこまで人を魅了する容姿とマジシャンの技術を持つ少女の事を、俺もなんだかんだで興味を持つようになった。

 と言っても、今のコクーンの社会では検索一つで大体のことはわかる。そのスフィアという少女の容姿や、もう一人のマジシャンであるユーリの事も大体はレストランのホームページに記載されている。

 

 だが、そこは実際見てのお楽しみってな。いつか観に行くんなら、写真で知っちまうよりも実際に生で確かめたいってもんだ。

 

 とにかく、そんな美少女マジシャンの話題で持ちきりなボーダムの繁華街を、俺は今日も見回りに出ていた。

 ノラの活動の一環で、休日の昼間に人通りの多い場所を歩きながら、困ってる奴やトラブルの芽を見つける。日々の積み重ねってのは大事で、今では俺たちの名前もボーダムの便利屋的な感じで結構有名になってきた。

 

 ……まあ、レブロには「それをデートのネタに使うんじゃないでしょうね」なんて釘を刺されてるが、俺はそういうつもりじゃない。

 ただ、人が笑ってる街を見てると、守りたくなるんだ。

 

 海沿いの風が気持ちよかった。ボーダムのメインストリートには観光客や学生、家族連れで溢れていて、みんな手にアイスや買い物袋を抱えている。俺が大好きな景色。守りてぇって、そう真っ直ぐに思える平和な光景。

 

 コクーンの中でも、このボーダムが一番笑顔が似合う街だと、俺は故郷贔屓だとわかっているがそう思う。

 

 ――そんな中で、ふと目に止まった。

 

 雑踏の中、ショーウィンドウの前で立ち止まる少女。人混みの中でも不思議と目を引いた。白銀の髪に、静かな光を宿したような瞳。

 まるで、周囲のざわめきから切り離された“静寂”を一人だけ纏っているような、不思議な子だった。ガキの頃読んだ絵本に出てきた、妖精って言葉がつい浮かんじまう。

 

 右へ行って、左へ戻って、また立ち止まって。まるで何かを探しているようで、けれど迷っているようにも見える。

 俺は、そういう“放っておけないオーラ”に弱い。たぶん、そうやって無意識に首を突っ込むから、レブロに毎回怒られるんだろうな。

 

「おーい、大丈夫か? 迷子にでもなったのか?」

 

 気づけば、もう声をかけていた。俺が誰かに声をかける時ってのは、大抵理由なんて後から付いてくる。

 ……体が先に動いちまうんだよな。

 

 カフェに来る子供に声をかけるように、笑顔いっぱいに優しい声色を心がける。昔レブロに、「あんたは大柄なんだから、子供からしたら怪獣が話しかけてきたようなものなのよ。もうちょっと気をつけなさい」と言われたからだ。

 

 俺の声に、少女は小さく振り向いた。

 その瞬間、視界が一瞬だけ明るくなったような気がした。光の角度とか、そんな理屈じゃない。なんかこう……空気が変わる感じだ。

 いつもの見慣れたボーダムの繁華街が、急に物語の挿絵の世界に変わったような錯覚を覚えた。近くを通る人の声が遠くに霞む。目の前の少女だけが、世界から切り離されたみたいに鮮明に見えた。

 

「……迷ってはいません。ただ、探し物をしているだけです」

 

 澄んだ声。妖精みたいな見た目に違わない、いやむしろ相応しすぎるぐらいイメージ通りで、マジで妖精に話しかけちまったんじゃないかと思っちまった。

 

「探し物? 落とし物とかじゃなくて?」

 

「……誕生日の、プレゼントです」

 

「ああ、なるほどな。誰か大事な人に渡すのか」

 

 少女は少しだけ、目線を伏せて頷いた。笑ったわけでも、照れたわけでもない。ただその仕草がやけに丁寧で、綺麗で。俺の拙い語彙力じゃ、言葉にするのがもったいないぐらいだ。

 

 でも、こっちから声をかけておいて見惚れてるなんて俺らしくない。何よりも、この少女は困っている。なら、ヒーローとして力になってやるのが、俺ってもんだろ。

 

「そっか。じゃあ俺も手伝うぜ。困ってる人を放っとくのは、俺の流儀に反するからな」

 

 少女の目線に合わせるように、地面に膝を付いて話しかける。その一言に、少女の瞳が少しだけ揺れた気がした。

 きっと警戒してる。けど、その奥には、誰かの優しさに触れて戸惑ってるような光も見える。

 

「……いいんですか? あなたは……?」

 

「スノウ。ノラっていう連中のリーダーだ。ま、街の便利屋みたいなもんさ」

 

「……スノウ」

 

 スノウ、と呟いたその声が、やけに綺麗に響いた。聞き慣れてるはずの自分の名前なのに、妙に胸の奥がくすぐったい。

 まるで誰かに“名前を初めて与えられた”みたいな気分になるなんて……何考えてんだ俺は。

 

「しかし、あんたみたいな可愛い子が一人でプレゼント探して歩いてるの、ちょっと意外だな。てっきり芸能人か何かかと思ったぜ。ほら、最近人気のマジシャンがいるだろ? スフィアだっけ? あんた、きっとその子に負けないくらい可愛いと思うぜ」

 

「………………っ」

 

 場を和ませるための軽口。さっきまでそのマジシャンのことを考えていたから、つい口を出てしまった言葉に、なぜか少女は一瞬だけ口を噤み、そして何かを言いかけて――結局、小さく息を飲んだ。

 

 その反応に気づかず、俺は軽く笑って肩をすくめる。冗談のつもりだったのに、なんでだろう。ちょっと空気が温かくなったような気がする。

 

「まあ、本人が聞いたら怒られるかもしれないけどな。さて、プレゼント探しといこうか!」

 

「あっ……お願いします……」

 

 少女は小さく頷いて歩き出す。その後ろ姿を見ながら、なんとなく思った。

 ああ、この子は“ただの誰か”じゃない。言葉にはできないけど、何か大きなものを背負ってる。それでも歩いてる。前を向いている。……そういう奴、俺は嫌いじゃない。

 

 少女と並んで歩くボーダムの繁華街は、昼下がりの柔らかな喧騒に包まれていた。

 屋台の甘い匂いと、潮風の混じる空気。笑い声と電子広告の光が交じり合って、街全体が生きているようだ。

 

 それは、俺もよく知るボーダムの日常。

 なのに、隣に妖精のような彼女が連れ立っていると言うだけで、見慣れた街並みが途端にファンタジーな世界観に思えてくるから不思議だ。

 

「誕生日のプレゼント、って言ってたけど……どんなのを探してるんだ?」

 

「……その人は、強くて、優しい人です。けれど、あまりそういうものを欲しがらない人でもあります」

 

「なるほどな。そういうタイプ、いるよな。何をあげても“気にするな”って言うくせに、実は喜んでたりする」

 

 頭の中で、彼女が言うプレゼント相手を思い描き、その心中を想像して言葉を返す。そうすると、少女が驚いたように小さく瞬きをした。

 まるで、「どうして今の特徴だけでわかったんですか?」と言わんばかりの顔。

 

 それを見て、俺は少しだけおかしくなって笑っちまった。感情の機微とか、あんまり見せない子だと思ってたが、実際はびっくりするぐらい考えている事が瞳に出ちまってて。

 

 俺の中で、妖精だと思ってた少女への距離感が少し近づいた感じがした。もしかすると、思ってたよりもすごく身近な存在なのかもしれない。

 

「……アクセサリーとか、服とか……そういうのは、あまり身につける人じゃなくて」

 

「ふむ、実用派ってやつか。なら、カバンとか、仕事で使えそうな小物もいいかもな」

 

「な、なるほど……勉強に、なる」

 

 そして少女は俺が笑った意味がわからなかったのか、不思議そうな瞳をしながらも再度その送り主について話し出す。

 

 その彼女の話す特徴に、頭の中で組み立てた人物像から導き出したプレゼントの案を言えば、少女はその感情が見えない表情に、それでも驚きと尊敬が載っているとわかる眼差しで俺を見つめて来る。

 

 こんなのすごくもなんともないと思うが、どうやら彼女の中で俺はとんでもない名探偵とでも思われてそうだ。

 

「仕事……そうですね。戦う人、です」

 

「戦う人?」

 

 だがその意外な答えに、思わず足を止めてしまった。このコクーンで戦う人、なんて仕事、そうそうあるもんじゃないからだ。

 そして俺の怪訝な様子を感じ、スフィアは自分でも口が滑ったと思ったのか、すぐに目を逸らした。

 

「あ……えっと、その……剣を振るう人、です。強い女性なんです」

 

 ああ、そういうことか。警備軍関係の知り合いか。この街じゃ珍しくない話だが、それでも少女の雰囲気とは釣り合わない組み合わせに思えた。でも、その女性について語る少女の声色には、どこか嬉しそうな、誇らしそうな感情が込められていて……なんだか、俺の方まで心が温かくなっちまう。

 

「なるほどな。じゃあ、戦う人に贈るプレゼント……か。難しいな」

 

 俺は頭を掻きながら、店のショーウィンドウを覗き込む。並ぶのは小物雑貨、アクセサリー、香水、衣類。どれも女性向けだが、“強い女性”って聞くと、何が喜ばれるか分からなくなる。

 

 俺の知り合いで一番強い女性って言うと……同じノラのメンバーであるレブロだ。あいつも可愛い物が好きだが、身につけるのは機能性重視。似たようなタイプなら、見た目より使い勝手を優先するはずだ。

 

「――――あ」

 

 と、その時、スフィアの視線がふと一点に止まった。

 

 それは、他のものに紛れるように並んだ銀細工のネックレス。中央に青いガラスが埋め込まれ、コクーンを模した半球のデザイン。光の角度によって、まるで小さな空を閉じ込めたように輝いた、今では流行遅れの売れ残り。

 

「……綺麗」

 

 スフィアの声は、風に溶けるほど小さかった。ほんの一瞬の言葉。だけど、その眼差しの深さに俺は息を飲む。

 でもそれきり彼女は視線を外し、隣のショーケースへと歩いていった。きっと、彼女がプレゼントしたい相手が好むタイプの物ではなかったからだろう。

 

 代わりに、そのまま視線を滑らせた彼女の瞳が、小物類を売るショップと通りを挟んだ向かい側にある店舗で止まった。

 彼女の目線を追ってガラス越しに見えたのは、街の洒落たブティックとは明らかに違う雰囲気の店。

 黒を基調にした無骨な外観、金属の看板には「FIELD ARMORY」と英字で彫られている。

 ウィンドウの中には、光沢を抑えたメタルのバックル、耐熱繊維の手袋、カラビナ、そして……革製の装備品が規則正しく吊るされていた。

 

 どこかで見たことのあるタイプだ。警備軍や治安維持班が使うような、本物志向の道具。だが観光都市ボーダムでは、サバイバル趣味や軍用品を集める若者も多く、こういう“ミリタリーブティック”は密かに人気だった。

 

「……あれは?」

 

「市位に流れてきた軍用品とかを売ってる店だ。俺たちもたまに使うけど、無骨な軍製品をオシャレにカスタマイズしてたりして、結構良い店なんだぜ。寄ってくか?」

 

 俺の言葉に、少女は短く頷いた。その瞳は、すでに向こうのショーケースに並べられたボーダムナイズされた軍用品に映っている。

 

 そしてそのまま彼女を連れ立って、件の店中へと入る。店主は顔馴染みで、俺を見ると「またか」なんて顔をしたが、次いで入ってきた少女を目にした瞬間、目ん玉飛び出んじゃないかってぐらい驚いていた。

 

 気持ちはわかる。こんな現実離れした幻想的な少女が、まさかボーダムの泥臭い現実の象徴みたいなこの店に来るとは思わなかったのだろう。

 

 店内に置かれた品々をじっくりと見ていく彼女の裏で、店主が恨みがましく睨んで来るのを笑って受け流す。これは後で根掘り葉掘り聞かれそうだ。

 

「これ、どう思いますか?」

 

 そしてしばらくして、少女が一つの商品を手に取って尋ねて来た。

 それは、ナイフや短剣を仕舞うための腰に巻くホルスターだった。華美な装飾とかはないが、革の縫い目に薔薇の花が刺繍されているのが印象的だ。

 

 俺は差し出されたホルスターを受け取り、手に馴染む重さかを確かめてみる。軽いが、丈夫。縫製も丁寧だ。警備軍が実際に使っても問題なさそうな品質。

 戦う人間に贈るなら、確かにぴったりだろう。

 

「悪くないな。見た目より丈夫そうだし、これなら実戦で使っても邪魔にならないと思うぜ」

 

「……よかった」

 

 スフィアがほんの少しだけ、表情を緩めた。笑顔ってほどじゃない。でも、さっきまでよりも確かに温かい。

 きっと彼女の頭の中には、“その人”の姿が浮かんでるんだろう。

 

「それになによりも、プレゼントってのは“その人の顔が浮かぶもの”で選ぶのが一番だ」

 

「顔が、浮かぶもの……」

 

 少し気障すぎたか、と言ってから思ったが、俺の言葉を少女は小さく復唱した。その声はどこか遠くを見ているようで。きっと、贈る相手の姿を思い出しているのだろう。

 その一瞬、彼女の頬がほんのり赤く染まったように見えて、こっちまで胸が熱くなったような気がした。

 

「よし、それにしよう。包装も頼んでくる」

 

「……はい。ありがとうございます、スノウ」

 

 その“ありがとう”が、風鈴の音みたいに澄んで響いた。

 俺は何かを誤魔化すように笑って、レジに向かった。

 

 

 

 会計を終え、店を出た彼女の手には、丁寧に包装された小箱があった。外の光を受けて、包み紙の銀がやわらかく反射する。

 それを胸の前で抱きながら、彼女は小さく息を吐いた。ほっとしたように、満ち足りたように。

 

「……これなら、きっと喜んでもらえると思います」

 

「間違いねぇよ。あんたが心込めて選んだんだ。絶対気に入ってくれるさ」

 

 力強く、彼女を勇気付けるように言い切る。それはお世辞でもなんでもない、本気の言葉だ。たった小一時間とはいえ、一緒にプレゼントを考えて、探して、彼女がどれだけ真剣に贈り相手を想っているのかを知った。

 

 だから、断言できる。ここまでこの子に想われているその女性とやらが、彼女が真剣に悩んで選んだプレゼントを喜ばない訳がないってな。

 

「――――。ありがとう、スノウ」

 

 少女が、こちらを見る。身長差で俺のことを見上げる形となった彼女の瞳の奥で、光が揺れた。まるで、ボーダムの海に映る夜の星みたいに静かに、確かに。

 

「――――おう! どういたしまして!」

 

 その感謝に、俺もまた自身の胸を拳でドンッと叩いて返す。聞き慣れたお礼の言葉は、やはり何度聞いても嬉しい。

 だが、彼女からもらった言葉は、なんか特別心に来た。言い表せない熱が体に巡って来る。

 

 人ごみの流れが俺たちを避けるように過ぎていく。潮風が吹き抜け、彼女の銀髪をかすかに揺らした。言葉にできない何かが、この一瞬だけ街の喧騒を遠ざける。

 

「……それじゃ、私はこれで」

 

 少女が軽く頭を下げた。

 それが別れの挨拶なのだとわかった時――俺は思わず声をかけていた。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 彼女が足を止め、首を傾げる。その視線を受けながら、俺はポケットの中に忍ばせていた小さな紙袋を取り出した。

 

「……これ、あんたに」

 

「私に、ですか?」

 

「ああ。えっと……特別な意味とか、そういうのじゃないんだ」

 

 どう言葉を繋げばいいのかわからない。こういう時は、頭より感覚で動いちまう自分の不器用さを恨みがましく思う。

 それを渡す理由を、俺自身きちんと説明できないんだから。

 だから、せめて素直に言った。

 

「さっき、あんたが少しだけ見つめてたから。気になってたんじゃないかと思って……つい、な」

 

 少女の瞳がわずかに揺れた。驚きのあとに、戸惑い、そして――どこかに小さな光が灯るような。

 彼女が、そっと両手で紙袋を受け取る。その指先が、ほんのわずかに震えているのが見えた。

 

「……開けても、いいですか?」

 

「もちろん」

 

 少女はゆっくりと袋の口を開けた。中から現れたのは、小さな銀細工のネックレス。中央に嵌め込まれた青いガラスが、陽の光を受けて淡くきらめく。

 それはまるで――ボーダムの空を閉じ込めたような、小さな世界。

 

 妖精のような少女の唇がかすかに開き、息をのむ音がした。そして、風の音に紛れるような声で、ぽつりと。

 

「……綺麗……」

 

 さっきと同じ言葉。でも、それだけ彼女にとって、その輝きはそれ以外の言葉が浮かばないほど唯一無二だったのだろう。

 

 その言葉の余韻が、街の喧騒の中でゆっくりと溶けていく。俺はなぜか目を逸らしたくなって、気恥ずかし気に空を見上げた。雲の切れ間から射す光が、どこか祝福のように少女に降り注いでいる感じがした。

 

「……ありがとうございます。でも、買い物に手伝ってもらった上に、こんな素敵な物もらうなんて……」

 

「いいって。別に深い意味はねぇよ。ただ……そうだな、あんたみたいな不思議な子に会ったのは初めてだったから、なんか記念みたいなもんだ。それに――――」

 

「贈り物ぐらい、送らせてくれよ。俺たち、もうダチだろ?」

 

 友達になるのに、時間は関係ない。俺とこいつは、一緒に一つの目標に向かって頭悩まして、達成した。なら、俺たちは仲間だ。

 単純だと言われようが、俺はそうやって生きて来て、これからもそう生きていく。

 

 少女が小さく目を見開く。驚いたような、それでいて少しだけ口元が緩んだ気がした。その微妙な反応が、なんか妙に嬉しくて――思わず笑みがこぼれる。

 

「とっても、嬉しいです。……大切にしますね」

 

 その笑みは、ほんのひと雫の光のようだった。俺は不器用に笑い返し、頭をかく。なんか、こうまで真っ直ぐと純粋な感謝を伝えられるのは以外と初めてで、胸の中に言葉にならないものが詰まる。そんで、どうしようもなく息が詰まりそうだった。

 

「……あ、それなら」

 

 そんな俺の前で、少女がポーチを探るようにして、小さな袋を取り出した。見覚えがあった――先ほどホルスターを買った店の紙袋だ。でも、贈り物用に綺麗に包装してもらったやつとは違う、小さなアクセサリー用の袋。

 

「これを……スノウに」

 

「俺に?」

 

 思わず聞き返すと、少女は小さく頷いた。

 彼女が差し出す袋を受け取って開けると、中から現れたのは、雪の結晶を模した小さな花のアクセサリーだった。ガラス細工の花弁が光を受けて、まるで冬の朝日に濡れる霜みたいにきらめいている。

 

「それ……ホルスターを買ったときに、おまけで頂いたんです。お店の人が“幸運を呼ぶ花”だって言ってました」

 

「……へぇ。こんな綺麗なのがオマケかよ、太っ腹だな」

 

 苦笑混じりにそう言いながらも、指先でそっと触れる。冷たいはずのガラスが、妙にあたたかく感じた。

 胸の奥がくすぐったくなるような、不思議な感覚だ。

 

「あなたに、もらってほしいんです。今日……助けてくれたお礼に」

 

「礼なんていいって。俺はただ、放っとけなかっただけだ」

 

「……ダチ、ですから」

 

 その言葉に、思わず息を止めた。さっき自分が言った言葉を、彼女が少しだけ胸を張るように返してくる。

 表情はほとんど変わらないのに、声の奥にある想いがまっすぐで、嘘がなかった。

 

「ダチなら……贈り物ぐらい、受け取ってくれますよね?」

 

 穏やかで、けれどどこか誇らしげな口調。

 その一言に、思わず笑い出したくなるような愉快さが込み上げて来る。どうやら、俺が思っていた妖精は、想像以上に人間らしかったようだ。

 

「……ったく、やられたな。言い返せねぇよ、それ」

 

 照れくささを隠すように笑って、手のひらの上で雪の結晶の花を光にかざす。青い輝きが、彼女の銀髪と同じ色に見えた。

 

「ありがとな。大事にする。ダチからの贈り物だしな」

 

 その言葉に、少女はほんの少しだけ、唇の端を上げた。

 風に月の光のように綺麗な銀の髪が揺れ、淡い光がその横顔を包む。

 ――ボーダムの喧騒の中、その一瞬だけ、世界が静かに息を呑んだようだった。

 

 潮の香りを運ぶ風が吹き抜ける。ほんの一瞬、彼女の髪が俺の腕に触れた。冷たいようで、でも不思議と温かかい。何かを言おうとしたその時、街のざわめきの中に鋭い足音が混じる。

 

 ――嫌な予感、ってやつだ。

 

 振り返るより早く、威嚇するような鋭い声が響いた。

 

「スフィアから離れろ!」

 

 声と同時に、空気が張り詰めた。まるで気温が一気に下がったみたいに。

 振り向けば、通りの向こうからピンク色の髪をした女が走って来ていた。制服の袖口から覗く引き締まった腕、そして腰から取り出された暴漢対処用のスタン警棒。

 

 それを見た瞬間、俺は慌ててその場を飛び退いた。直後に、俺がさっきまでいた場所へと、まるで少女を守るように電光石火の速さで女性が割り込む。

 

 ――マジかよ、速ぇ。護衛のプロか?

 

 女の動きは、まるで訓練された兵士そのものだった。構え、姿勢、警戒の置き方――全部が実戦慣れしてる。

 スフィアの前に立ちはだかるようにして、スタン警棒を握る腕には一切の迷いがない。

 

「……っ、ちょ、ちょっと待てって!」

 

 反射的に両手を上げる。こっちはただの通行人だ。けど、その女の視線は完全に俺を“脅威”と判断してる。下手に動いたら、本気でぶっ叩かれそうだ。

 

「その子に何をしてた」

 

 ゾッとするほどの鋭い声。ノラのリーダーとして色んな荒事をこなして来た俺でさえ、思わず冷や汗を流しちまう。

 その冷えた眼の奥に、“職務”とはまた違った燃えるような感情の熱があるのが俺にはわかった。なぜなら、その怒りと呼ぶべき熱は、間違いなく俺に向けられているからだ。

 

「落ち着けって! 俺は何もしてねぇ!」

 

「言い訳はいい。スフィアの純粋さに付け込んで拐かそうとでもしたんだろ?」

 

 ――やべぇ、全然話聞いてくれる雰囲気じゃねえな。

 

 冷や汗が伝っていた肌は、いよいよ差し迫った身の危険を感じて警報を鳴らしている。どうやらあちらさんは、完全に俺のことを彼女をナンパしようとした不良と判断しているらしい。

 

 誤解を解きたいが、向こうのスタン警棒を握る手がギリギリと音を鳴らしているのがわかる。相当怒っている。ブチ切れてやがる。少女とこの女性がどういう関係かは知らないが、これはマジで戦闘になる可能性も視野に入れないといけねぇか?

 

 そう俺が思い、最低限身を守れるよう拳を握ろうとするのと、少女――スフィアと呼ばれていた彼女が小さく声を上げるのは同時だった。

 

「ライトニングさん、待ってください!」

 

 スフィアが一歩前に出る。その細い肩越しに、ピンク髪の女――ライトニングが一瞬だけ目を見開いた。

 ほんのわずかの動揺。その後、彼女の瞳に柔らかな色が戻るのが見えた。だが、その警戒の眼差しが、俺から一切離れていないのも、ビリビリと来るプレッシャーからわかってしまう。

 

「スフィア……無事か?」

 

「はい。スノウさんは、私を助けてくれただけなんです」

 

「スノウ?」

 

 必死に女性から警棒を離させようとするスフィアの言葉に、彼女が小さく俺の名前を繰り返す。

 直後、その目が俺を射抜くように見つめた。まるで“妹についた悪い虫”を見透かそうとしているかのように。

 

「ノラのスノウ・ヴィリアースだ。怪しいモンじゃねぇよ」

 

 努めて落ち着いた声で名乗る。下手なこと言ったら、その時点で手に持った警棒が電気を放って振り上げられそうだ。

 だが俺の言葉を聞いた瞬間、ライトニングの眉が僅かに動いた。“ノラ”という単語に、どうやらいい印象は持ってないらしい。

 

「ノラ、だと? 勝手な正義感で警備局の邪魔をしてる奴らか?」

 

「おいおい、勝手な正義感とは聞き捨てならねぇな。俺たちゃただ、困ってる人を放っとけねぇだけだ」

 

 なかなかキツイ事を言ってくれる。俺らが街のいざこざや、近隣に出没する魔物たちを、警備局が来るよりも先に解決しちまう事を心良く思っていない奴がいる事は知っていた。

 

 大人たちは縄張り争いやメンツとかが大好きで、それがガキの集まりに取られるちまうのが気に食わねぇってみみっちい連中が声を張り上げてるだけ。

 そう思ってたんだが、まさかこんな職業軍人みたいな人からも良く思われてなかったとはな……。

 

 内心ショックを受けてるのを隠すように、肩をすくめて笑ってみせると、ライトニングの視線が一段と鋭くなった。

 こりゃ完全に気に入られてねぇな……けど、スフィアが間にいるおかげで、ギリギリ衝突は避けられてる。

 

「……そう。スフィアを助けてくれたのなら、感謝する」

 

 そう言う彼女の声の奥には、まだ警戒が残っていた。

 それでも“ありがとう”の言葉が出たのは、きっとスフィアへの信頼があったからだろう。

 

「スフィア、次からは見知らぬ男に簡単に話しかけられても、ついて行かないこと」

 

「……はい。気をつけます」

 

 スフィアの素直な返事に、ライトニングが短く息を吐く。ようやく持っていた警棒を収納し、少しだけ表情を和らげた。

 その横顔は鋼のように冷たいけど、守ろうとする人間の顔でもあった。

 

 ――なるほど。あんたがスフィアの“戦う人”ってわけか。

 

 それを見て、俺も肩の力を抜いた。

 

「誤解、解けたみてぇだな」

 

 冗談めかすでもなく、穏やかに言うと、スフィアが小さく笑った。一方、ライトニングの方は俺への警戒は解いてくれる気配はないが、短く頷いてくれた。

 

「ま、助けが必要ならいつでも呼んでくれ。ノラは困ってる人を放っとかねぇのがモットーだからな」

 

 それを聞いたライトニングが、少しだけ目を細める。それが笑みだったのか、警戒だったのかは、俺には分からない。

 

「……覚えておこう」

 

 そして、それが好意的な意味だったのか、はたまたその反対だったのかも、俺には分かりそうにない。

 

 ライトニングがスフィアの肩に手を置いて、「危ないからもう帰るんだ。いいな?」と言って踵を返す。

 その背に何か言いたいことがあるのか追いかけようとする前に、少女はもう一度だけ俺の方へと振り返って言った。

 

「スノウさん……ありがとうございました。また……」

 

「おう。またな」

 

 それは、再会を誓う言葉。短く返したその瞬間、潮風が二人の後ろ姿を包んでいく。

 夕陽に染まるボーダムの通りの中で、銀と桃色の髪が並んで揺れていた。

 

 ――まるで、お姫様と騎士みてぇだな。

 

 思わずそんなことを考える。彼女がいなくなった瞬間、急に現実感を取り戻し始めた繁華街に、まるで夢を見ていたんじゃないかと言う気分になってしまったからだろう。

 

 だから俺は、スフィアから最後に貰った雪の結晶の花を握りしめる。そこにある、確かな彼女との絆の証を確かめるように。

 

 そして潮騒と街のざわめきが戻る中、ふと、さっきの呼びかけが頭をよぎった。

 

 ――スフィア。

 

 確か、ライトニングって呼ばれた女がそう言ってたな。

 スフィア……どこかで聞いたような。

 

 足を止めて、俺は頭を掻いた。ボーダムで今一番話題の、美少女マジシャンの片割れの名前――そうだ、あれも確か「スフィア」って言ってた。

 

 ……まさか、な。

 

 昼間の陽光を受けて銀の髪が揺れていた姿が、脳裏に焼きついて離れない。

 ステージの光じゃなくても、あれだけ人の目を引く存在感――確かに、納得だ。

 

 思わず笑ってしまった。

 世の中、狭いもんだな。

 

「……ははっ。まいったな、俺、あのスフィアに声かけてたのかよ」

 

 額をかいて、苦笑いが漏れる。けれど、不思議と後悔はなかった。むしろ、なんだか誇らしい。

 

「こりゃ、ガドーたちにバレたらドヤされんなぁ」

 

 そう思いながら、俺は夕暮れに沈む海を背に歩き出した。

 潮風がまた吹く。

 ボーダムはやっぱり最高の街だ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。