其れは神と紡ぐ物語   作:FF8リメイク待ってます

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混沌の心臓<カオス>

 

 夢を見ていた。それは、私とスフィアが秘密の勉強会を初めたばかりの頃。私がスフィアに笑顔や悲しみ、楽しいっていう感情を教えていた時のことだ。

 

「ユール、今日私と同じぐらいの子から好きだと言われたんだけど、この好きにはなんて答えればいい?」

「えっ!? スフィア、告白されたの! 誰に、いつ!?」

「お、落ち着いてユール。告白してきたのはディンフだよ。今度初めての狩りに行くらしくて、成功させたら付き合ってほしいって」

「だ、ダメ! ディンフは前に私にも同じことを言ってきたのよ!」

 

 正直、この時の私はスフィアを誰かに取られるんじゃないかという恐怖で、相当焦ってたと思う。スフィアが誰かを好きになるかなんてスフィアの自由だし、何より私とスフィアは同性だ。彼女の恋愛を邪魔する権利なんて私にはないはずだ。

 

 でも私は、それでもスフィアが私の側からいなくなるのが嫌だったんだ。

 

「ユールがそう言うなら、気持ちだけ受け取ると答えておく。ただ今日聞きたいのは、その好きと言う感情をどう表現すればいいかなんだ」

 

 スフィアがその綺麗な瞳を悩ましげに細めながら、真剣に好きの表現について考えている。それがとっても可愛らしくて、その姿を見ただけで私のヤキモチを妬いていた心が洗われていく。

 このスフィアを見れるのが私だけだと言う独占欲が、私の心を満たしていたんだ。

 

「ユール? 私の顔に何かついてる?」

「ううん、なにも。ただスフィアは可愛いなって」

「ん、それも疑問なんだ。可愛いと思う気持ちと好きと思う気持ちは違うのだろうか?」

 

 子供が何気ないことにも疑問を抱くように、スフィアはそんな私も気にしたことがないような事を質問してくる。

 

 それに私は少し悩むように指先を顎あたりに添えて考えるような素振りをした。それは別にスフィアの質問の答えがわからなかったからじゃない。ただ、答えていいかを悩んでいた。

 

 そもそも、スフィアが思う好きの定義はきっと親愛とかそっちの方で恋愛とは違う。そしてスフィアはきっとそのことに気づいてない。

 

 そして私としては、スフィアが今の認識でいてくれるほうが精神的に安心だったりする。だって好きが親愛だけなら、恋人……とかをスフィアが作ったりすることないわけで……。

 

 なのでこの質問もスフィアがその事を気づかないようにしたい。私が思う可愛いと好きの違いは、可愛いは好きの始まりの一つだと思うからだ。ただそれを説明すると、絶対知りたがりのスフィアはそれを深掘りしようとする。

 

 だから私は、ぎゅっとスフィアを抱きしめた。

 

「こうしたくなるのが、好きってこと。そして見てると笑顔になっちゃうのが可愛いってことだよ。だからスフィアは私にとって可愛くて好きな人なの」

 

 スフィアの首に顔を埋めていると、甘い香りが鼻口を擽ぐる。彼女のさらさらとした撫で心地が良さそうな銀髪が私の頬を擦る。それが気持ちよくて、私の顔はきっと今スフィアに見せられないくらい幸せ一杯の顔をしている。

 

「そうか。それなら、私にとってのユールも、可愛くて好きな人だね」

「ーーーー!!」

 

 スフィアにとっては何気ない一言だったんだろうが、その言葉を言われた瞬間、私の心は自分でも驚くくらい高鳴った。今まで、誰かに好きと言われて、ここまで嬉しくなったことはない。

 

 そしてこの時、私は知ってしまったんだ。スフィアと一緒にいる幸せよりも、スフィアに好きと言ってもらえる関係の方が私は好きなんだと。

 

 私は、スフィアのことが、女として好きなんだと。

 

 

 

 

 鼓膜を震わせる轟音に、私は塞いでいた瞼を開いた。たっぷりと眠った後のように目覚めはとても快適で、なのに周りから聞こえる騒音がそれを妨げているようで、私は少し迷惑そうにその音の方へと目を向ける。

 

 そして、私は眠る前の全てを思い出した。

 

 目前に広がっていたのは、まるで大災害の中心に放置されていたかのような凄惨たる光景。木々が根元から引きちぎられ、大地が抉られたように掘り返され、私とスフィアの秘密の勉強会だった場所など最早原形を留めていない。

 

 そして私は、自分が何か水のような液体に包まれて浮かんでいることに気づいた。水と思ったけど、その中にいる私は息もできるし目を開いても痛くもない。外側に広がる景色が見るからにすごい突風に吹き荒れているのを見ると、私がいるこの液体は外の衝撃を中に伝達しない不思議な力でもあるのだろう。

 

 そして私の体は水の中を泳ぐよりも楽に、この液体の中を行き来できるようだった。

 

「ここは……スフィア? スフィアはどこ!?」

 

 だけどそんな自分を取り囲む異変よりも、私にとって眠る前に一緒にいたはずのスフィアが近くにいないことが問題だった。

 

 最後の記憶が確かなら、私はあの処刑人に連れ去られてしまったのだろうか? そして、この液体の中に入れられた? わからないことだらけだけど、スフィアが無事かどうかが知りたかった。もし私を守って、スフィアがあの処刑人の男に殺されでもしていたら、私はきっと、耐えられない。

 

「えっ!?」

 

 だが不安になる私の視界に、その件の処刑人の男が通り過ぎた。私が恐怖を抱いた巨大な大剣をその手に持ち、縦横無尽に空中をかけて私がいる空間に向かって剣を振るっている。その動きはまるで、巨大な敵と戦っているかのようだ。

 

「どういうこと……スフィアは……どこにいるの?」

 

 わからないことが多すぎる。私が眠っている間に状況が変わりすぎていた。あの処刑人の男が何と戦っているのか。私がどこにいるのか。スフィアは無事なのか。

 

 だけど、そんな私の疑問は次の瞬間響いた声で全て氷解した。

 

『ユール……大丈夫?』

「スフィア? スフィアなの!? 私は大丈夫、あなたはどこにいるの!?」

 

 私のいる液体の空間に反響するように、大切な人の声が全方位から響いて聞こえた。少しノイズがかかっているが、私がスフィアの声を聞き間違えるはずがない。この声は間違いなくスフィアのもので、同時にその声に苦悶の色が混じっているのがわかってしまった。

 

『ユール……私ハもう……彼ヲ、これ……以上、押さエ……られナい……だから……ニゲて……!』

「何言ってるの! いやだよ、私はずっとスフィアと一緒にいる! 私を、一人にしないで!!」

 

 スフィアの声は、私が聞いたこともないほど辛そうで、聞いてる私の方が心を締め付けられそうだ。だけど、スフィアが私のために傷ついているのだと思うと、こんなことで痛みを感じていること事態が申し訳なくなる。スフィアはもっと痛いんだと。

 

「もういい、もういいよスフィア! 私を守らなくていい。私を彼に差し出せば、スフィアはもう大丈夫だから!お願い、私を守ってスフィアが死ぬなんて耐えられない!」

 

 それが私の本心。きっともしこの場から奇跡的に生き残って、あの処刑人から逃げ果たせたとしても、そこにスフィアがいないなら私はきっと死を選ぶ。それがどれだけひどいスフィアへの裏切りだとしても、私はスフィアがそれだけ好きなんだ

 

 依存かもしれない、執着かもしれない。それでもあの白昼夢でスフィアを見てから、私は彼女に惹かれていた。そして実際に会って、共に集落で暮らして私は自分の想いが束縛に近い、強い愛情へと変わっていった。

 

 この想いを打ち明ける勇気は、私にはない。醜くて、汚いものだと、私自身が理解しているからだ。

 だから、もしここで死ぬのならスフィアには最後まで綺麗なままのユールを見ていてほしかった。命懸けで守った命を身勝手に捨ててしまうような、そんな汚い私を、たとえあの世からでも見てほしくないから。

 

『ごめんね、ユール』

 

 懇願する私の前に、眩くも温かい光が収束していく。同時にノイズの混じっていないスフィアの綺麗な声がその光の方から聞こえた。

 数瞬でその光は人形を形作り、私の見慣れた浮世離れした美しさを持つ銀髪の少女のものへと変わった。

 

「スフィア!」

「大丈夫、私は大丈夫。ユールのためなら、私は大丈夫」

 

 水中を駆けて、スフィアに抱きつく。飛び込んだ彼女の体は、さっきと同じように温かくて私を安心させてくれる。だけど、その口から出る言葉はとても私の願いを聞いてくれたようなものではなくて。

 

「大丈夫じゃない!私はスフィアに生きてほしい!スフィアが生きてくれれば、それだけで私は幸せなの!」

「幸せ……私も一緒だ。きっと秘密の思い出を共有したおかげ。私もユールと同じ。ユールが生きてくれれば、嬉しい」

 

 スフィアの言う言葉は、少し前に私自身がスフィアに教えたことだ。秘密の思い出を共有すると、感情も共有しやすいって。私はそう教えた一日前の自分を激しく後悔した。

 こんなことをしてもらうために教えたわけではないのに。

 

「それに、もう向こうは私を逃すつもりはない。彼は私を明確な障害と捉えた」

「えっ、何を言ってるの、スフィア……?」

 

 困惑する私に示すように、スフィアがその細い手を振るう。するとその動きに連動して、私たちがいる水中がまるで意志を持ったように脈打つ。先程まで無流で穏やかだった私たちの周りが渦を巻き、海流のような流れを作り出した。

 

 そしてその流れに運ばれて、私とスフィアはこの水のような空間の頂上へと連れてこられた。それは球体の頂上部のようで、そこからは全てが見通せた。

 私のいる水中の部分が半円の形であったこと、その隣の半円の部分がまるで強い力で砕かれたようにボロボロになっていること。そして私たちがいるこの球体が宙に浮いて、動いていることを。

 

 私は、こういった巨大で意志を持ったように動く存在に心当たりがあった。グラン=パルスに生きる者なら誰もが必ず目にしたことがある、崇拝すべき方たち。

 

「私は、ファルシだったみたい」

「スフィア、が…………?」

 

 その衝撃的な事実に、私はしばらく呼吸さえも忘れてしまった。唇が震えて、うまく言葉を紡げない。抱きしめるスフィアの体から感じる熱はこれ以上ないほど人間のそれだ。語りかけてくるスフィアの声色は、無機質なようで、確かな悲しみと苦しみが宿っているのが私にはわかる。

 

 そんなスフィアが、ファルシ?

 

「どうやらこの人の体は、本体であるこの球体が人と交流するためのアバターとして作り出したものみたい。感情表現が苦手なのは、もともとファルシには感情が備わっていないから。考えれば、当然のことだったんだね」

「そんな……何言ってるの……スフィアぁ!」

 

 スフィアは淡々と、まるで本に書いていることを朗読するように私にとって驚愕の真実を次々と伝えてくる。

 

「だから、ファルシである私の安否をユールが心配する必要はない。私は人とは違う存在。ユールたち人間の関係に割り込んではいけないはずの者だから」

 

 スフィアの声が、遠い世界のことのように聞こえる。

 今まで生きてきた一生と比べてもこの数分間の方が濃密だと思うような激動の連続と、私の常識を覆すような事が起こりすぎて、もう私の頭は限界だった。

 

 だから私は、絶対に確かなことだけを握りしめて叫んだ。

 

「関係ない!私はスフィアが何だろうと、スフィアと一緒にいたい!」

「ーーーー!」

 

 無機質に喋っていたスフィアの目が驚愕に開かれ、息を呑む音が聞こえた。そして見開かれた瞳が震えて、そこに確かに喜びの感情があるのが丸わかりだった、

 

 ああ、やっぱり。スフィアはとってもわかりやすくて、子供みたいだ。

 

「私はスフィアと一緒にいる。スフィアが逃げられないなら、私は逃げない。スフィアが戦うなら、私も一緒。だって、親友なんでしょ」

 

そして、もしスフィアが死ぬなら、私も死ぬ。その言葉は心の中だけで呟いて飲み込む。流石に重すぎるし、これは私の醜い部分だから。

 

「ーーーーユール。私は、私はファルシとしてーー」

「スフィアでしょ。私があげた名前。忘れたの?」

「っ!!」

 

 本当にわかりやすいな。無表情なのに、ここまで感情がわかりやすのって、実はスフィアはとっても感情豊かなんじゃないだろうか。

 今も私の言葉を受けて、スフィアは困ったように目を彷徨わせている。迷っているんだ。それが尚更ファルシっぽくない、人間そのものの動きだったから私は笑ってしまう。

 

「スフィア、お願い。私の手を握って」

 

 まだ迷っている彼女の手を取って、私の心の中の想い全てを伝えるように握りしめる。

 

 私たちの外の空間ではきっと今もあの処刑人がスフィアの本体に攻撃を仕掛けている。だけど、今は、今だけは私はスフィアのことしか感じない。

 

 握りしめた手が、戸惑うように握り返そうとしては止めるのを繰り返す。

 まだ、足りない。スフィアの決断を覆すには、もう一つきっかけとなる何かが必要だ。

 

 だから、私はーーーー

 

「んっーー」

「ーーっ!」

 

 私の生まれてはじめてのキス。

 こんなふうにすることになるとは、夢にも思わなかった。だけど、相手がスフィアであることは、なんとなく予想していた。

 

 繋がった唇と唇の間から感じられる熱は、やっぱり私が好きなスフィアの温もり。抱きしめ合った状態で口付けたから、私たち二人の体はより強く結び合う。重なり合う胸から、私のドキドキが伝わってしまうんじゃないかと恥ずかしかった。

 

「ん……あっ」

 

 短い、触れ合うだけのキスだったのに想像以上に心が一杯になってしまった。顔を離してスフィアを見ると、彼女は何が起こったのかわからないと言うように固まっている。

 

「これが、私の覚悟。私の好き」

「…………わかった。ユールの願いを、私は尊重する。私、スフィアはユールの親友だから」

 

 手が、握り返される。スフィアの顔には今まで見たどんな彼女の表情よりも眩しい、優しい笑顔が浮かんでいた。

 

「勝ち目は、ないよ」

「それでもいいよ。私を置いて行かないでね」

 

 二人で笑い合って、外へと向き合う。そこには、今まさにこちらに向けて巨大な一撃を放とうとしている男の姿。

 

 天高く掲げた右手を中心に、私からも見えるほどの黒い魔法が収束している。大気中にある全ての魔力を吸い取っていると言われても信じてしまうぐらい、それは途方もない力を内包し、そして今もその限界値を拡大させ続けている。

 「グラビトンだ」と、スフィアが説明してくれる。そして同時に、見たこともないほど強大だけど、と付け足した。

 

「耐えられる?」

「一発や二発なら。でも、もう私の体も限界みたいでね。予測計算もできないから、もしかしたらあの一撃で壊れちゃうかも」

「そっか……」

 

 本当に、どうしようもないみたい。

 一緒に戦うと言ったけど、やることはただの心中だ。私は時詠みの巫女という肩書き以外身体能力も頭の良さも普通の子と同じくらい。この状況をなんとか出来るかもしれない未来視は、私でも制御できない力で、そもそも何を視るかもいつ視てしまうかもランダムなのだ。

 

 そもそもスフィアが出てきたヴィジョンを視る以前は、全然関係ない光景ばかりで悪夢だと思ってたほどで。

 

「…………悪夢?」

 

 そういえば、いくつか見たヴィジョンの中に今の状況に似たような映像はなかったっけ?

 

 ある時に見た、見知らぬ男が巨大な球体と戦う映像とか。

 

「……! スフィア、私この光景知ってる! 見たことあるの!」

「! それは、ユールの未来視で?」

「そう! スフィアと出会う前、ずっと前に男の人が巨大な球体と戦っているのを白昼夢で見たの! 視点は違うけど、間違いない!」

 

 頭の中で、かつて見たヴィジョンを思い出そうと必死にか細い糸を手繰り寄せる。

 何年も昔のことで今の今まで忘れていたことだけど、自分と大切な人の命がかかってると思うと、脳はびっくりするほど鮮明にその光景を再構築してくれた。

 

「あの映像では、男の人が今みたいに手から何かを放って、それが球体にぶつかってた。でも、球体は壊れなくて、それで男の人が剣を構えて球体の中心に突っ込んで……」

 

 そこから先は、思い出せない。いや違う、そこから先は視ていないのだ。せっかく生き残る糸口を見つけたのに、これじゃどうすれば……!

 

「ユール、彼は私の中心に突っ込んでくるんだね?」

「う、うん。そこからどうなるかは、わからないけど」

 

 スフィアが黙り込む。一瞬、ぬか喜びをさせてしまったことで失望させてしまったのかと思ったが、その顔が何かを考え込む様子だったのを見て私は淡い期待を抱いた。

 

「それなら……でも賭けに近い……いや、もう方法はこれだけ……演算できないのが痛い……」

 

 口からぶつぶつと独り言を呟いていたスフィアが、覚悟を決めたように目を瞑ると私へと向き直った。その姿はいつもの彼女からは考えられないほど威風堂々としていて、かっこよく見えた。

 

「ユール、可能性は極小だけど彼を倒せるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイアスはすでに、彼のファルシを倒す方法を見出していた。最初の数撃を外表に加えた段階で、あれが衝撃に強い類の装甲だと言うことを突き止めた。

 おそらく視界からでも見える透き通る内面、ユールが漂う液体の空間が外側から加えられた力を受け流す役目を担っているのだろう。

 

 およそグラン=パルスの人々が持つ武器はもちろん、あの空に浮かぶコクーンの中の兵器だろうとあのファルシの装甲を破れはしないだろう。見た目からは想像もつかないほど防御という性能に特化している。

 

 だがそれも、あれほどの損傷を受けていることから本来の半分もその機能を果たせてはいない。球体の半分が砕かれたことで衝撃を逃す流体としての役割もまた半減しているのは間違いない。

 

 尚更、あのファルシにそれほどのダメージを与えた存在に興味が湧くが、それはそれだ。今は目前のファルシを討つことだけを考える。

 

 そしてカイアスの経験上、衝撃を逃すタイプの敵を相手に有効な攻撃方はシンプルだ。

 一点突破。コアとなる部分を最大火力で貫く。

 

「悪いな、もう終わりだ」

 

 右手に収束させた魔法は囮だ。明らかに必殺の技と思わせる見せ札を晒し、相手に全力で防御体勢を取らせることでその身動きを封じる。

 相手がこちらの攻撃を耐え抜いたその瞬間、本命の一撃をその中心核へと叩き込む。

 

 視界の先で、目覚めたユールと人間体となっているファルシがキスをしているのが見えた。

 

 一瞬、カイアスの力が抜けた。それは怒りだったのだろうか。それとも喜びだったのだろうか。正と負の入り混じった名状し難い感情が、胸の内を駆け巡った。思わず、剣を握る方の手をぎりぎりと強く握り込んでいた。

 

 この時のカイアスの感情を、彼は決して認めないだろうがそれに合致する相応しい例えがあった。

 

 

 娘の恋を見守る父親の気持ち

 

 

「ギガグラビトンっ!!」

 

 右手に収束し溜め込んだ魔法を解き放つ。手から放たれた魔力は、その身に内包した莫大なエネルギーと反比例するように音もなくファルシへと加速して向かっていく。

 カイアスの手から離れてわずか1秒に満たない刹那で、それは着弾した。

 

 最初に訪れたのは全てを覆い尽くすほどの暗闇だった。そして数瞬遅れて落雷と聞き違うほどの轟音が響き渡り、大地全てを震わせる衝撃が周辺を吹き飛ばす。

 

 直撃すればグラン=パルス最大の生命力を誇るアイアンタイタスさえも一撃で屠る破壊力を有したカイアス最大の魔法攻撃。恐ろしいのは、これほどの威力を誇っていながらカイアスは、敵のファルシが守ろうとしていた集落の者たちに被害が及ばないように手加減しているという事実だ。

 

 そしてその破壊力によって齎される相手へのダメージを見ることなく、カイアスはすでに第二撃の発射地点にたどり着いていた。

 球体の右側面の中心点からちょうど平行線上となる空中に、まるで固定されたようにカイアスは浮かんでいる。彼は自身の大剣を両手に握りしめ、まっすぐ球体の中心へとその切っ先を定めた。

 

「眠れ……人の心を持ったファルシよ」

 

 その一撃は弾丸の如し。

 

 もはや突撃ではなく射出という言葉が正しいほどの勢いで、始発点からマッハ2の速度で空を切り裂いたカイアスは、そのまま速度をさらに倍化させる。

 

 音速の域に迫りつつある高加速は、本来なら人間など一瞬で重圧によって絶命するが、ルシであると同時に女神によって死なずの体を与えられたカイアスはそんな常識さえもねじ伏せた。

 

 そしてその一撃は、一切の減衰もなく球体のボロボロになっている右半身を易々と貫いた。表層を突き破り、コンマの時さえもかからずにカイアスは中心核へと速度を落とさず直進する。

 

 そこで、見た。

 

「ーーーー!」

 

 球体の中心となる場所でこちらに向かって両腕を向ける銀髪の少女と、その体を後ろから包む自分が守るべき少女の姿を。

 直後、衝撃がカイアスの体を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 成功する確率は、きっと1%もなかった。

 

 音速で飛んでくる相手にカウンターを喰らわせるなど、相手が攻撃してくる場所がわかっていても不可能だと誰もがわかる作戦だった。

 

 ファルシとしての自分の攻撃手段がこの内装で流れる液体しかなく、それも重傷を負った身では碌に攻撃として使えないが故に、男との戦闘で反撃するのは不可能に近かった。

 だからもし使うなら、相手が絶対に避けられはない状態で使う他なく、そのために導き出された方法が相手が自分の内装に侵入した瞬間に全ての液体を使って、逃げ場のない必殺の一撃を叩き込むことだった。

 

 言うは易し、行うは難し。相手が自分の外装を打ち破る一撃を仕掛けてくるタイミングはユールのおかげで知ることができた。だが、刹那にも満たない時間で自分の体の核へと辿り着き破壊するだろう相手に、その前に攻撃を当てられる確信が存在しなかった。

 

 外装が破られてから攻撃を加えようとするのは遅い。気づいた時には自分は破壊されているだろう。

 

 だから賭けなのだ。攻撃地点をあらかじめ定め、相手がその地点に到達するタイミングを予測して、音速で迫る相手が運良く攻撃を行った時にそこにいることを願う。

 

 不可能だし、馬鹿げている。

 だが現実は、そんな奇跡を許容した。

 

 自分のファルシとしての体が、確かに攻撃を命中させ対象を絶命させた手応えを感じ取っていた。

 人間体という仮初の身であるはずの体が、緊張が解けたことで力が抜けてしまう。それに呼応するように、最後にあの男によって特大の一撃をもらってしまったファルシの体が限界を迎えて形を保てなくなる。

 

 それを見て、初めて自分のこのスフィアとしての体が、ファルシの自分のスリープ用の機体であることを知った。この体は、大破した本体が回復するまでの隠れ蓑的役割も持っているのだと。

 

「勝った……の?」

 

 消えていく周りの液体の感覚に、ユールも状況の変化を悟ったのだろう。未だ現実感を感じれないのか、不安に聞いてくる彼女を抱きしめる。温かい体。自分をファルシではなく、スフィアと定義づけてくれる大切な人。

 

「あ、スフィ、ア……よかった、スフィア!!」

 

 答えるように、涙を流しながらユールが抱きしめ返してくれる。それを見て、私は苦しくなった。ユールを悲しませていると思ったから。

 だから安心させようと、強く抱きしめる。それが悲しみを和らげるとユールが前に教えてくれたから。なのにユールは涙を流すのを止めない。

 

「ユール、大丈夫。私もユールも生きてる。悲しまないで」

「ちが、う! これは、嬉しくて、泣いてるの!」

「? そう、なのか。涙は悲しみの感情表現ではないんだ」

 

 新しい事実を知った。人は嬉しい時にも涙を流す。それを知れた喜びと、ユールが喜んでいるという事実に私の存在しないはずの心が高鳴る。

 

 いつのまにか、私のファルシ体は消えていて、私たちは抱き合ったまま戦いで荒れ果ててしまった大地へと座り込んでいた。

 

 しばらく涙を流していたユールも、ようやく落ち着いてくる。それを見て抱き合った体勢を解くとユールが少しむすっとした顔をしたが、ここに座ったままでいるのはまずいと説明すると納得してくれた。

 

「これから、どうしようか?」

「そうだね。集落のみんなの無事を確かめないと」

 

 ユールの提案には賛成だ。出来るだけ集落から離れるように移動はしていたが、それでも被害が出なかった保証はない。一刻も早く無事を確かめたかった。

 

「こんなになっちゃって、みんなどう思うかな……?」

 

 心配そうなユールの声。確かに、これだけの被害を出したからには、事情を説明しなければならないだろう。そしてそれを説明するにはユールが時詠みの巫女であること、そして自分がファルシであることも、説明しなくてはならない。

 

「大丈夫。たとえどうなっても、私はユールの隣にいる」

「……ありがとう、スフィア」

 

 だから少しでも安心させるために、彼女の手を握る。思えば、今日だけで何回手を繋いだり抱きしめ合ったりしただろう。人間が一日に何度もこう言うことをするとは聞かない。でもこんなに便利な感情の伝え方ならみんなももっと多用すればいいのに、と私は思ってしまう。

 

「ねぇ、ユール。どうしてみんなはーーグサッーーえっ?」

 

 

 

 なんだか、変な音が聞こえた。

 急に、ユールの手を握っていたはずの手が力を入れられずに、離してしまう。

 

 

 一体、なにが、起こったん、だろう。

 

 

 どうして、ユールは、そんな絶望したような、顔で、私を、見て……。

 

 

 あれ、どうして私の、お腹、黒い物が出て……。

 

「悪いな……」

 

 聞いたことのある男の声が聞こえて。

 何かが引き抜かれる音と共に、私は、硬い地面に倒れ伏した。

 

 

 大切な、側にいると誓った少女の悲鳴が遠くに聞こえた。

 

 





 FF13-2はエンディングがバッドエンドなのに目を瞑れば、FFシリーズでも結構お気に入りのストーリー。特にノエルはFF主人公でトップ3に入るぐらい好きです。

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