其れは神と紡ぐ物語 作:FF8リメイク待ってます
遅れてやってきたお腹から感じる激痛に、私は自分が刺されたことを知った。それも背中からお腹まで突き抜ける、串刺しというものを。
「スフィアぁ!!いやぁ、いやぁ!!」
絶叫と悲鳴を上げながらユールが私の体に駆け寄ってくる。その瞳からは先ほど止んだばかりの涙がまた溢れていて、同じ涙なのに、全然違くて、私はそうさせってしまったことがとても悲しくなった。
「まさか、この俺を倒してみせるとは。油断したつもりはない。見事だ」
私を刺した男が、上から語りかけてくる。それは間違いなく、死体も残さず消し飛ばしたはずのあの男で、なのにその体は何の手傷もなかったかのように健常体であった。
「どう……して……?」
「俺は死ねない体だ。死んでも、こうして完全な状態で再生する」
私の疑問に、男は簡潔に答えた。それがどれだけ私たちにとって残酷な真実か気づいてさえいないように。
「致命傷は外した。ファルシの分身体であるお前なら、死にはしないまでもしばらく立つことはできないだろう」
男の言葉は事実だった。大剣が胴体を貫通するという、人間なら絶命不可避の致命傷。だけどファルシの分身体である自分は体の構成要素さえ人間と同じでも、その頑丈さは人間の非ではない。
人間は頭を石にぶつけただけで死んでしまうことがある。ファルシのアバターとして、人間との交流用とはいえそんな軟弱な体まで再現する必要はないと、きっと記憶を失う前の自分は判断したのだろう。
この傷も、最低限の生命活動に回す分以外の全てのエネルギーを使えば、という枕詞さえ付くが治せないことはない。
問題は、その回復に回さなければならないエネルギーを使えば、自分は指先たりとも動かせなくなることだ。
「ユール……を、ころ、さ……ないで……」
自己保全のために回復機能へと回ろうとするエネルギーを無理やり止める。もはや自分に彼を止める力がないことは重々承知で、それでもユールを助けるために口を動かす。
「殺しはしない……ただ、連れて行くだけだ。約束しよう、彼女を害する全てのものから彼女を守ると」
「ーーーーッ! ふざけないで! スフィアを、スフィアにこんなことしたあなたに、守られたくなんてないっ!」
男の言葉に、私の倒れる体に縋りついていたユールが怒鳴った。初めて聞いた、ユールの怒りと憎しみの感情がこもった声だった。
そんなユールの声は聞きたくないな、と思うのに、その原因の一つが自分にあって。さっきから、ユールを苦しませてばかりだ。
「…………。全ての怒りと憎しみを甘んじて受けよう。こうなったのは、俺の過ちだからな」
「私はどこにも行かない! スフィアの側にいるの! あなたと共になんて……きゃっ!」
反抗するユールの手を男が掴んだ。それは、私の目から見てもとても優しくて、労わるような相手への不器用な愛情を感じさせるそれで。
だけどユールは私から離されることの恐怖に、それに気づける精神状態じゃなかった。
「ユール……ユール……」
そして私も、離れていく彼女の温もりにだんだん意識がぐちゃぐちゃになっていく。ユールはよく私のことを子供みたいだと言った。前は、それがよくわからなかった。
でも今なら、それが理解できる。こんなに大切な人と会えなくなるかもしれないと思うだけで、感情が不安定になるなら、私はとても子供なのだろう。
「スフィア! どこにも行かない! 一緒だよ!」
叫ぶユールが私に手を伸ばす。私はそれに手を伸ばし返そうとして、ピクリとも動かない体に絶望する。そうしている間にも、回復を阻害している影響で体の機能が急速に危険値へと低下していっていく。
「もう十分だろう。このままでは、ファルシといえど死ぬぞ。早く回復に力を使え」
「死っ!? スフィア、スフィア!!」
男のこちらの状況を察した言葉に、私の死の可能性に現実味を覚えたのだろう、ユールの顔が鬼気迫るほどの悲痛なものに変わる。
異変は、その時に起こった。
「あっーーーー」
ずっと私の名前を叫んでいたユールが、急に電源が切れたかのように固まる。その瞳が閉じられ、まるで何か巨大な奔流に耐えるかのようにその体を強ばらせる。
「……! なんてタイミングの悪い。これでは……っ!」
その原因を知っているのか、男が苦虫を噛み潰したような表情でユールの体が倒れないように両手で支える。
そして私も、ユールのその現象に思い当たることがあった。今日彼女から打ち明けられた秘密。
「み……らい……し?」
「そうだ……時詠みの巫女に植え付けられた忌まわしき呪いの力。宿主の命を消費して、勝手に見たくもない未来を見せるだけの、最低の力だ」
男が苛立ちのこもった声で、私の独り言に近い疑問に答えてくれる。やはりあれは未来視で、いいやそんなことより今彼は聞き捨てならない事を言わなかったか?
命を消費して? 誰の? 宿主? ユールの?
それじゃ、それじゃあユールは未来視を使うたびに命を蝕まれていた?
「あ……あ……!」
「もう手遅れだ。すでにユールは何度も未来を視ている。この神託を受けたが最後、彼女は死ぬ」
心が痛い。心が苦しい。驚愕の真実に絶望に暮れる私を、さらなるドン底に叩き落とすような事実を男が告げる。
死ぬ。ユールが。助けられなかった。私が。私が。私が?
「お前のせいではない。これは、決められた運命だった。もしお前が私を退けようと、その運命を覆すことは出来なかった」
私もな。
そう自嘲するように呟いた男の言葉は、もう私には届いていなかった。それどころか、彼の私を労わる声さえも、もう今の私には届いていなくて。
体を動かす。ユールの元に行く。それ以外に必要のない全ての機能をオフにする。
耳が音を拾わなくなった。
目が光を拾わなくなった。
あらゆる臭いを感じなくなり、舌が味覚を無くす。
彼女の元へと這うための左手以外の触覚が途絶した。
這う。這う。ユールがいる場所。いたはずの場所に向かって這っていく。
左手が何かを掴んだ。いや、これは掴まれたのだろうか? 何も見えない今それを確かめることができない。
気づいたら、私の左手が何かに運ばれて、そして柔らかいものの上に乗せられた。温かい、とても安心する何か。
ユールだ。彼女だと、わかった。
彼女の名前を呼ぶ。ちゃんと呼べているだろうか?
自分が発する音も聞こえなくて、そこのところがよくわからない。
ユールの顔を思い出す。彼女との日々を思い出す。そんなに長いものではなかったはずなのに、全部思い出そうとすると途方もない情報量だと思う。
なのに、思い返してる途中なのに意識がだんだんと不鮮明になってくる。
待って、駄目だ。私はまだユールにありがとうと言ってない。出会ってくれてありがとうと伝えられていない。
暗くなる。
先程まで見えていたユールの顔が見えなくなる。
怖い。悲しい。苦しい。
手を取って。私の手を握って。
そうすれば、とっても安心するから。
手………とって…………
死な……………ないで…………
カイアスはスフィアと呼ばれていたファルシの少女とユールの手を重ねて上げながら、ゆっくりと二人の最後を見守っていた。
人とファルシの絆。おそらくその最初で最後だったかも知れない二人の終わりは、とてもやり切れない、悲劇で幕を閉じた。
ユールは結局未来視から戻ってくることはなかった。それでよかったのだと、カイアスは自分を納得させた。彼女がこれほどまでに愛した相手の終わりを、死に際に見せるのはあまりに酷すぎる。
目を瞑り、二人に黙祷を捧げる。ユールには再び出会うまでの一度の別れを。そしてスフィアには、ユールをここまで愛してくれたことへの最大級の感謝を。
カイアスは最後まで重ね合わされた二人の手を解くことなく、役目を終えたユールの体が再び次の転生を始めるために消えいくまで見守ることにした。
時詠みの巫女は代替わりするものではない。時詠みの巫女は生まれ変わる者なのだ。始まりの時詠みの巫女ユールから始まり、彼女が死ぬたびに生まれ変わり新しいユールとなって生まれる。
全てのユールの魂と容姿は同じであり、しかし一人として同じ性格を持つユールはいない。同じ心を持ちながら、その生き方は千差万別。
わんぱくなユールがいた。泣き虫なユールがいた。花を愛したユールがいた。歌うことが好きなユールがいた。最後まで私に心を開かなかったユールさえいた。
その中に、愛を知ったユールが加わった。
幾多のユールを見送り、そしてこれからも見送り続けることにるカイアスにとってはそれだけのことで、そしてこれ以上ないほどに辛い事実であった。
だが、その転生の時はどれだけ待っても訪れることはなかった。
「どういうことだ……」
カイアスにとっても初めての経験であった。今まで見送ったユールは皆、死んだらすぐに光の粒子となり消えてしまっていた。それがまるで、世界がユールの存在を排他したかのようで、見るたびにカイアスは激しい怒りを感じたほどだ。
しかし、いざそれが起こらないとなると今度はわずかな困惑を覚える。しかし同時に淡い期待を抱くのを抑えられなかった。
つまり、ユールはもう二度と生まれ変わる必要がないのではと。もう二度と、生まれては時詠みの力なんていう呪いに苦しんで早死にすることもなくなるのではと。
何度もユールの死を見送ったカイアスにとって、もはや彼女を死の輪廻から救うよりも、二度と生まれ変わらないように死なせてあげるのが願いとなっていた。
何度も、何度も、何度も、女神の戯れによって永遠の死のループを課せられた少女の悲痛に塗れたその最後を看取って。
もう、生まれ変わりたくないとまで言ったユールさえも看取り、その転生した彼女を保護して育てることがどれほどの生き地獄であったか。
だからこそ、まるで普通の人間のように消えることなく残り続けるユールの体を見て、カイアスはわずかに安堵の念を感じていたのだ。
たとえこれが女神の悪戯だとしても、ユールに終わりが訪れるなら素晴らしいと。
だがそれが女神ではなく、神の願いだと気づいたのは重なり合う二人の少女の手から迸る淡い光を見つけたからだ。
「馬鹿なっ……! これは、ルシの烙印!」
ユールの手にまるで彫り込まれたように刻まれているのは、カイアスもよく知るファルシに選ばれたルシが体の一部に宿す紋章であった。
丸い輪が三つに重なり合う形で描かれたその烙印は、その線に沿って光を放っている。
時詠みの巫女のルシ化。未だかつて遭遇したことのないような事態だが、そこでようやくカイアスはなぜユールが粒子となって消えなかったかに合点がいった。
単純だ、ユールはまだ死んでいない。ルシとなった者の運命は二つ。シ骸と呼ばれるモンスターと成り果てるか、ファルシから与えられた使命を果たしクリスタルとなるか。それ以外の終わりは存在しない。
つまり、普通に死ぬことはありえないのだ。
「まさか、お前はユールをルシにする事で生きながらえさそうと!」
そしてルシを作り出せるのがファルシしかいないことから、誰がユールをルシにしたかは明白だ。彼女のルシの烙印が現れた手を握るようにして倒れる銀雪の髪を持つ少女の姿をしたファルシ、スフィアに他ならない。
これはカイアスは知らない事だが。ファルシは身の危険を感じた時、自己防衛のために近くにいた人間を適当にルシに変えてしまうことがある。
本来の歴史では近くに敵対するファルシのルシがいたというだけで、たまたま側いた子供をルシにしたほどだ。
今回スフィアがユールをルシに出来たのは偶然に近い。その体が生命活動を停止しかけているという緊急性の高い状態で、なおかつスフィア本人がその治療を遅らせているために、ファルシとしての生存本能がスフィアでさえ忘れていた人間のルシ化を行ったのだ。
カイアスは慌てて、ユールの烙印を確認する。これはルシとなった者しか知らない事だが、ルシにされた時に出来るこの烙印は、自分がルシであるという証明以上に時間制限としての役目も持っているのだ。
ユールの手に宿った烙印も、少し形は異なるが確かにその時間制限となる目玉のようなマークが現れている。
この目玉が一種の砂時計の役割であり、この目玉内に矢印が増えていき、13目を迎えた時、そのルシは使命を完了出来なかったとしてシ骸へと罰として変えられるのだ。
勝手にルシにしておきながら出来なかったら罰を与えると、ふざけた話だがそれがファルシという存在だ。神らしい傲慢な連中、カイアスが女神の次に嫌悪する対象だ。
重要なのはその矢印が増える条件。
まず時間経過。これは全てのルシが一定ではなく、その使命の難易度に見合った(と言っても神様目線だが)時間制限でこの矢印は増えていく。
二つ目、これが一番ルシがシ骸になる理由なのだ。それが心理的ショック、もしくは心理状態が不安定になることで矢印が増えるという条件だ。これが相当厄介で、ルシによっては自分がルシになってしまったという絶望で、瞬時にシ骸化してしまう者までいるほどだ。
今のユールの烙印には矢印が一つも付いていないが、それも時間の問題だ。カイアスにとってユールのシ骸化だけは何としても阻止しなければならない。
そのためには、あのファルシが何の使命を与えたか聞き出さなくてはならなかった。
「まったく、どうしたものか……」
唯一喜ばしいのは今日この場で死ぬ者が誰も出なかった、ということだ。
まるで役目を果たしたというように倒れるスフィアの寝顔を見て、カイアスは久方ぶりに大きくため息をついた。
時詠みの巫女がルシ化するのかどうかは原作でも(多分)語られていないので二次設定と言うことで。もしアルティマニアとかに載ってたら目を瞑ってください。