其れは神と紡ぐ物語   作:FF8リメイク待ってます

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始まり<エンドオブプロローグ>

 

 

 

 ずっと泣いている誰かがいた。私が生まれた時から、目から大量の水を流していた。

 

 それが使命の邪魔で、私はその誰かが流した水をどかそうと、誰かの周りを何度も行き来していた。

 

 それが、その泣いている誰かの気を引いたのだろう。誰かは私に話しかけた。私は、使命の邪魔だと言った。

 

 誰かはまた泣き出して、私の使命の邪魔を増やした。私は仕方なく、誰かの周りの水を片づけ続けた。

 

 誰かがまた話しかけてきた。使命が果たせないと。だから泣いているのだと。知ったことではない。私は私の生まれた使命を果たしたいのだ。

 

 でも、このまま泣かれ続けたら、私は使命を果たせない。それは困る。もうすでに、私は他の仲間よりも遅れているから。

 

 だから私は、もう誰かが泣かないようにすることにした。泣くなと言った。けれど誰かは泣いた。水を貯めるための物を差し出した。すぐに一杯になって溢れた。水を零さないように目を閉じろと言った。あまり水の量は変わらなかった。

 

 何度も誰かに抗議した。何度も水が出ないように工夫した。いつしか自分から何度も誰かに話しかけていた。

 

 私は、使命よりも彼女の涙を止める事を優先していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ィア………スフィア……起きて……

 

 声が聞こえる。それが私の名前だと、いつのまにか私は自然とそう思えるようになっていた。

 不思議な夢を見ていたような気がする。夢の内容は何も思い出せなくて、ただ漠然と懐かしいという気持ちと、悲しい気持ちだけが残っている。

 

 何か大切なものを失ったような。

 

「ーーーーユール!!」

 

 そこまで考えて、私は意識を失う直前の光景を思い出した。大切な少女が倒れ、二度と自分と手を握ってくれなくなる瞬間。

 飛び跳ねるように身を起こし、瞼を開く。しばらくぶりに感じた光は一瞬私の視界を塞ぎ、その片隅に見慣れた蒼い色が見えた気がして。

 

「スフィア!!」

「きゃあっ!!」

 

 腹に走った衝撃と共に、晴れた視界を一面の蒼に覆われることになった。

 

「よかった、目を覚ました!! ああ、スフィア!」

「ユー……ル?」

 

 それは、彼女だった。私が助けたいと願い、それでも予期せぬ運命で取りこぼしてしまった大切な親友。

 

 ユールが、私の首筋に顔を埋めて抱きついていた。その体は、最後に見た動かない姿とは違い活力に満ちていて、彼女の生をこれ以上ないほどの証拠として私に示してくれる。

 

「あ……ユ……ユール……ユールだ……っ!!」

 

 抱きしめる。嬉しいという感情を、強く、強く発露する。まだ私はこの方法以外での感情の出し方はわからない。笑顔はたまにしか作れないし、それ以外の表情はまだ勉強中だ。

 だから、この相手を抱きしめるという行為が、私が唯一自発的に行える感情表現の一つで、そして今の私にとってユールを感じられる一番の喜びの表現だ。

 

「目覚めたか」

「ーーーー!」

 

 抱きしめ合う私とユールを遮るように、男の声が響いた。その声の主が私にとって忘れたくても忘れられない存在で、そしてその主が私にした事を思い出し、咄嗟にユールを庇うような体勢を取る。

 

「いい反応だ。だが怪我の手当てをした相手にする態度ではないな」

「怪我は全部、あなたがつけたものです」

 

 私の明確な警戒がこもった声をどこ吹く風と言わんばかりに笑みを見せる男、私を後ろから刺した時詠みの巫女の守護者を名乗った彼が私の前に立っていた。

 その手にあの大剣は見当たらないが、油断はできない。この男はファルシやルシにしか扱えない魔法を使うことができる上に、その身体能力だけで幾多のモンスターを屠れるほどの実力者なのだ。

 

「それを覚えているなら、記憶に支障はなさそうだ。ユールから君は記憶喪失だったと聞いていたからな」

「……! ユールからって……!?」

 

 男の言葉に、私は驚愕した。ユールが私のことを男に話しているという経緯が掴めなかったから。私が最後に見た二人のやり取りは、とてもではないが静かに情報を交換できるような状態ではなかったはずだ。

 すると、私の腕の中にいたユールが私を落ち着かせるように手を重ね合わせてきた。

 

「スフィア、大丈夫。カイアスから事情を聞いたの。その……彼が私を保護しに来た守護者だってこと。彼が処刑人だって言うのは、勘違いだってことも」

 

 ユールの言葉が尻すぼみに小さくなっていく。それは、自分の勘違いで戦いになってしまったことを申し訳なく思ってなのだろう。だが私に言わせれば、勘違いするのも仕方ない。元々そう言う風の噂があった中で、その噂に違わぬ雰囲気と見た目の男が現れたのだ。

 するとユールのその姿を見て補足するかのように、男、カイアスと呼ばれた彼が喋り出した。

 

「ユールが悪いわけではない。時読みの巫女を幼い時に親元から離す私の姿を、誰かが殺しに来た処刑人だと認識して、それが噂として広まっただけのこと。私自身も、わざと誤解をさせたままユールを君から引き離そうとした」

「……どうして?」

「君は私が時詠みの巫女の守護者と聞いて、ユールを私に渡して彼女を忘れることができたか? そしてユールも、君の事を置いて私と共に行くことができるか?」

「…………」

 

 そう言われると、何も言い返せない。確かに私はあの状態のユールを一人で行かせる選択肢は選ばないだろう。ユールも、私の自惚れではなければ、私と一緒にいる事を選んだと思う。

 

 でも、もうちょっとやり方があったと思う。

 ちなみに、彼がわざと憎まれ役を買って出ることで私がユールの死で落ち込まないようにしようとしたという不器用な彼の優しさを知るのはずっと後のことだった。

 

「話を変えよう。ここからが本題だ。ユールの今後についての、な」

「……! そういえば、ユールの体はっ!?」

 

 カイアスの存在で忘れていたが、ユールは確か時詠みの力の反動で死にかけていたはずだ。

 

「時詠みの力による反動は、今は問題ない。だが、代わりに別の問題が浮上した」

 

 カイアスが深刻な面持ちで告げる。ユールの命を蝕んでいた未来視の力。それが問題無くなったと言うのに晴れない彼の顔に私は不安に駆られる。

 

 そんな私へと、件のユールが自身の手の甲をゆっくりと私にかざす。そこには、奇妙な紋章が刻まれていた。タトューのようで、しかし強大な魔力を感じ取る事ができるその印を、私はよく知っていた。

 

「ルシの……烙印……?」

「うん……私、スフィアのルシに選ばれたみたい」

 

 ぐらりと世界が傾くのを感じた。

 

 ルシ。神に選ばれた使徒。神の意志の代弁者。天のお遣い。そして、呪われた神の奴隷。

 

 ルシになった者に、救いはない。彼らに待つのはクリスタル化か、シ骸化という人間にとって絶望的な未来だけ。

 それをファルシである私はよく知っている。ルシがどれだけファルシにとって都合良く作り出せる、使い捨ての駒であるのか。

 

 私が、ユールをルシにした。絶望の未来しかない、使い捨ての道具に。

 

「あ……ああ。ご、ごめ、違う……そんな、そんなつもりは……!」

「いいの、スフィア。スフィアが私をルシにしてくれなかったら、どうせ私はあの時に死んでた。スフィアは私の命を救ってくれたの」

 

 大切な人にした、最低の過ち。必死に謝罪しようとするも、口が上手く回らなくなる私を、ユールが私の頬を優しく包み込む。

 彼女は私の罪を許してくれた。でも、それはルシになる意味を理解していないからだ。ルシになった者の恐怖、絶望、苦しみ。私はそれを知っている。失われていた記憶の断片の中に、彼らの嘆きが強く、強く記載されていた。

 

「違う、ユールは知らない。ルシに……ルシに救いはない。なってしまったら、死ぬよりも辛い結末が待っている。私は何人も、そんな彼らを……!」

「! スフィア、記憶を思い出したの?」

 

 頭の中に思い浮かぶ光景。いや、これは記録と言うべきか。ファルシとしての自分を自覚した時、それらの記録にいくつかアクセスすることが出来た。

 

「まだ、全部じゃない。でも、私がグラン=パルスで何をしていたかは、なんとなく……」

 

 そして私はユールに説明する。ファルシとしての自分と、ルシという存在の絶望を。

 

 

 

 

 私は、ファルシの中でも異端の存在だった。私たちファルシは皆、創造主によって至上命題を与えられて、それを果たすためだけにこの世に生を受けた。

 それにもかかわらず、私はいつからか突然現れた人間という生命に知的好奇心を抱くようになっていた。

 

 その理由は不明だ。生み出されてから、人に興味を持つまでの間の記録が、まるで抉られたように破損している。

 

 ただ私は、人間に強く惹かれ、彼らを観察するようになった。

 同じ世界に産み落とされた彼ら彼女らと、自分達ファルシの違いを解き明かそうと。

 

 仲間のファルシたちは、人間に興味を抱かなかった。所詮、■■■する人間に思い入れを抱く価値はないと。

 

 でも私は、知りたかった。

 彼らが笑う理由を。

 彼らがお互いを守る理由を。

 彼らがお互いを壊し合う理由を。

 彼らが、新しい生命を生み出す理由を。

 

 

 

 そしてそのための、最高の教材があった。それが、ルシ。神の奴隷。ファルシの望みを叶えるために存在する使い捨ての人間。

 

 私は、ファルシの中でも生命への精神干渉に長けた特別な個体だった。多くのファルシの中で、私にだけ備わったその力。なぜ私にだけそんな力があるのかは、今もわからない。

 その理由を考察するたびに、記録領域に存在しない涙を流す誰かが浮かぶだけだ。

 

 そして私のその力は、ルシという存在に対してより強く発揮された。彼ら彼女らの記憶へとアクセスし、その過去を、想いを、読み取ることができる。

 

 私はさっそく、とある一人の人間をルシに変えて、その記憶へとダイブした。

 

 

 

 自分の世界が壊れるような絶望を見た。

 

 

 

 その人間には、妻がいた。生まれながらに病気を患った子供がいた。大切な友人たちがいて、男を心配する良き両親がいた。なんてことない日々を送りながら、仕事をして、家に帰って、妻と子供に迎えられる。子供の病気を治すためにお金を稼いで、いつか家族で旅行に行こうと笑っていた。

 幸福な日々だ。もう少しで、きっと子供の病気は治って夢を叶えただろう。

 

 そんな彼は、私の前でルシにされた絶望でシ骸に堕ちた。

 

 その瞬間の絶望まで、私は余すことなく読み取った。ただ近くにいたから。そんな理由で、私は一人の人間とその周りの人生を終わらせた。

 

 シ骸と化した男は、速やかに駆除された。残された家族は、ルシになった人間の家族として丁重にケアされた。名誉ある市民として、私の前に拝見された男の妻と子供は、感謝の言葉を述べながら泣いていた。

 

 私は、ずっと知りたかった人の中身を、わずかながらに触れた。でもそれは触れてはならなかったのかも知れない。

 

 

 それから私は、何人ものルシにされた人々の記憶に触れた。あれから私は一人もルシを選んでいない。でも、仲間の多くは無作為にルシを増やしている。そんな彼ら彼女らの記憶に入り込み、その短い歴史を知ろうとした。

 

 もしかしたら、私は覚えていたかったのかもしれない。ルシにされ、救いのない絶望を与えられた者たちのかつての幸福と、今の苦しみを。

 

 

 

 

「スフィアは……ずっとそうやって、ルシの記憶を?」

「見た。ルシである者も、クリスタルとなった者も、シ骸となった者も、出会った全てのルシたちの記憶を、私は見た」

 

 特にグラン=パルスはルシと元ルシに事欠かなかった。

 

「そして全てのルシに共通するのは、みんな後悔と共にその生を終えたということ。幸せになったルシなんて一人もいない」

 

 ルシは、存在そのものが絶望なんだ。

 

 私の言葉を聞いて、ユールはどう思うだろう。きっと嘆くだろう。そして、私に怒りをぶつける。それでいい。後からルシの苦しみに気づいても、きっと遅い。

 

「……えっ?」

 

 彼女の責める声を待っていた私は、だけど頭に載せられた柔らかい手の平の感触で目を丸くした。

 

「だとしても、私は後悔しないよ。スフィアと一緒にいられる時間が伸びるなら、どんな結末になっても私は後悔しない」

「ユール……」

 

 にこりと笑う彼女の瞳に、嘘はない。彼女は本心から、ルシとなった自分の現状を嘆いていない。それは数多のルシを見てきたからこそ、わかることだった。

 自分も、ユールと一緒なら後悔しないと、そう返そうと口を開こうとして。

 

「おほんっ! 話を戻していいだろうか?」

 

 見つめ合う私たちを遮るように、大きな咳払いが響いた。音のした方では、相変わらずの仏頂面をしたカイアスがこちらを見つめている。

 

「は、はい……」

 

 なんだろう。とても体がムズムズする。さっきの私とユールの姿を第三者に見られていたと思うと、すごく体温が熱くなる。これも私が知らない感情の一つだろう。

 

「私が知りたいのは、ユールに何を命じたかだ。ファルシは人を、使命と共にルシに変える。ルシがクリスタルとなるか、シ骸となるかはその使命を果たせたかどうかによる。俺の言いたい意味が、わかるな?」

 

 その言葉に、意識を一瞬で引っ張られる。確かに、私がユールをルシにしたなら彼女に何かを命じたはずだ。そしてもしそれを果たさなければ、ユールはシ骸となる。それは、どんな未来よりも恐ろしいことだ。

 

「何を願った?」

「私は…………」

 

 手………とって…………

 

 

 死な……………ないで…………

 

 

「ユールに、ずっと側にいてほしいと……」

「…………そうか」

 

 私の言葉に、カイアスが重く答えた。逆に隣のユールが嬉しそうに笑う。その頬が赤くなっているのは、どうしてだろう。

 

「ユール、手の甲の烙印を見せてほしい」

 

 カイアスが、私に話しかけるのとはわずかに違う口調でユールに言う。どこか、優しげに私には聞こえた。

 ユールはわずかに私に視線やった後に、手の甲の部分をカイアスに向けて見せる。その時、もう片方の手で私の腕を掴んでいたのは、まだカイアスのことが怖いからだろうか。

 

 ユールの烙印を目を細めて観察していたカイアスだが、しばらくすると目を閉じて何かを考えるように眉根を寄せた。困惑したような顔をするユールと共に、私は重苦しい沈黙に包まれる。そしてしばらくして。

 

「結論から言おう。ユールがクリスタル化、もしくはシ骸化する可能性はしばらくないだろう」

「えっ!?」

 

 声を上げたのはユールだった。私は、カイアスの言っている意味が分からず、目を丸めて固まっていた。

 どうして? と口を開く前に、カイアスはその理由を簡潔に、要点をまとめて説明してくれた。

 

「まず一つに、ユールは与えられた使命である「お前の側にいる」という目的をすでに達しているはずだ。にも関わらず、ユールはクリスタルへと変わっていない」

「あっ……」

 

 その通りだ。自分の願いの通りなら、すでにユールは私の側にいるから彼女は使命を果たしたとみなされるはずだ。

 

「お前は、ユールにずっと側にいてほしいと願った。だから彼女がクリスタルとなるのは、お前の考えるずっとが果たされた時だ」

 

 あの願いは、私にとって咄嗟に出た本心だった。ユールとあんな形で別れたくないという思いで彼女に望んだ言葉。

 彼女に使命を与えてしまったという事でいっぱいだったから、その内容から使命の達成条件を考察するなど思いもしなかった。

 

「そして二つ目だが、ユールの烙印には未だシ骸になるまでの時を告げる刻印が増えていない。あれほどお前を失うのではというほどのストレスを受けたにも関わらずだ」

 

 それを受けて、私もユールの烙印に目を通す。確かに彼女の手に刻まれた烙印の時計型をした円の中には、未だ何のマークも増えていない。

 過度なストレスによって印が急速に増えることを考えると、ユールには最低でも印が一つ以上は増えていて当然のはずだ。

 

「それが時詠みの巫女としての力か、はたまた別の理由かはわからないが、お前をあれほど心配していたユールの刻印が増えないのなら、ストレスによる増加は早々起きないだろう」

 

 ユールがじっとカイアスを睨んだ。彼が言う印が増えなくてはおかしいほどの取り乱しようが、彼女の不満を買ったのだろう。まあ、心配させる原因を作った本人が何食わぬ顔で言っているのだから仕方ないだろう。

 

「最後に時間切れによるシ骸化だが、これはまだ確認が必要になる。しかし、お前がユールに与えた使命の内容を考えると、相当長い時間を課したと見るべきだ」

 

「なにせ、人類の始まりから生き続けるファルシとずっと側にいるなど、有限の身を生きる人には想像もつかない難易度だろうからな」

 

 カイアスの言葉は、皮肉のようでいて、しかしどこか嬉しさを感じさせた。まるで、その事実が彼の心のしこりを和らげたように。

 

「それじゃあ、私はクリスタルにもシ骸にもならずに、ずっとスフィアと一緒にいれるってこと?」

「しばらく烙印の様子は見る必要があるから確約はできない。だが、少なくとも時間は増えたと言えるだろう」

「ーーーー!!」

 

 ユールの目が輝き、表情が晴れやかな喜びに変わる。それは私も一緒だ。顔の表情こそ私は変えられなかったが、私の内心はユールを絶望させなくてすむという安堵でいっぱいだった。

 

「だからこそ、私は時詠みの巫女の守護者としてお前に問おう」

 

 その空気を、またしても重苦しい声が書き換えた。隣で笑顔を浮かべていたユールでさえも、その声に怯えを隠しきれていない。

 私の前に立ったカイアスは、最初に会った時と同じ、いやそれ以上の気迫を纏いながら私を見定めるように睨みつける。

 

 全身の器官が身の危険を感じて総毛立つ。体から汗が流れ落ち、極限の緊張に呼吸を行う余裕さえ消える。震えそうになる手を、無理やり握り拳を作ることで覆い隠す。ここで、飲まれたらダメだと、私の中の何かが告げている。

 

「ファルシたるお前が死ねば、使命を果たせないユールはシ骸になるやもしれん。かと言って、お前から引き離すことも使命を違えることになる」

 

 カイアスが告げる。

 

「お前に、時詠みの巫女を守る覚悟はあるか? 答えろ、スフィア」

 

 それは彼にとって重い決断だったはずだ。もしかしたら、私が目覚めてから今まで感じていた重圧感は、その問いを出すことを己の中で迷っていたからかもしれない。

 

 私は、カイアスのことを知らない。名前もさっきユールから間接的に聞いただけで、さらには先程まで殺しっていた仲だ。だけど、彼にとってユールがどれほど大切な存在かは、今までのわずかなやり取りで少しだけ、汲み取ることができた。

 

 もしかしたら、私がユールを大切だと思う以上に、彼はユールを大切にしているのかもしれない。そんな彼が、私にユールを守る覚悟を説いているのだ。それを中途半端な答えで返すのは、とても……許されないことだ。

 

 ではどう答えよう。ファルシとして、ルシを守ると誓う? ユールに助けられた恩返しで守ると誓う? 大切な友人として、誓う?

 

 どれも彼に認められるには足りない気がする。どれか一つでは、彼の覚悟の重さに釣り合わない気がした。

 

「私は、ユールを守りたい。私を救ってくれた、感情を教えてくれた、ユールを」

「その言葉だけでは、お前の覚悟を認めることはできん」

「だからーーーー」

 

 言葉を切る。カイアスの瞳を真正面から受け止めて、彼のうちに宿る感情と向かい合う。それだけで、全身が沸騰するような体力を発揮している気がする。

 

 私は、弱い。ファルシとしての私は、戦闘向きの力をしていない。何よりも、未だに思い出せない私の半身の損壊。それによって私の能力は本来の半分以下に低下している。そしておそらく、しばらくあの姿に戻ることはできない。

 

 この人間体としての戦闘能力は問題外だ。無尽の体力は確かに他の人間にない利点だが、力も反射神経も若者の標準だし、戦闘技術なんてかけらもない。

 

 ユールを守ると宣言しても、それは意志だけで、圧倒的にそれ以外の全てが不足している。

 

 その全てを学ぶ必要がある。

 

「私に、戦い方を教えてください。ユールを、私自身も、守れるように」

 

 頭を下げる。ユールから聞いた、お願いをする時の方法。頭を直角から45度に曲げるのが一番正しいらしい。なるべく、そうなるように頑張った。

 

 沈黙が、場を支配した。頭を下げた状態でら、向こうの表情を窺い知ることができない。でも、こちらを見つめる強い視線だけは絶えることなく注がれている。

 

 1秒がやけに長く感じられる緊張の中で、次に動いたのは私にとって予想外の人物だった。

 

「私も! 私にも、戦い方を教えて! 守られるだけは嫌。私も、スフィアも自分も守れるようになりたい」

 

 隣にいたユールが、私と同じように頭を下げた。驚きと嬉しさが胸を打つ。何か感謝の言葉を言いたくなるが、それをぐっと堪える。今は、カイアスの言葉を待つべきだからだ。

 

「…………………いいだろう」

「っ!!」

 

 長い熟考の末、ついにカイアスが了承の言葉を口にしてくれた。届いた声には、わずかばかりに温かみが宿っていて、だけど見上げた先の彼の顔は相も変わらず仏頂面だ。

 

「二人が一人前になるまで、俺を納得させるまで。お前たちの成長と安全を、俺が預かろう」

「ーーーーありがとう、ございます!」

 

 力強い声を持って返された答え。それは彼の強い覚悟と想いを内包したが故の重みがあった。今の私では決して真似することができないだろう、一人の人間の誓い。ファルシには決して表現できない魂が、そこにあった気がした。

 

「フッ、俺の訓練は甘くない。男なら、耐えて見せろ」

 

 トンッと肩に手を置かれる。分厚くて力強いのに、不思議と優しさを感じる手だった。まるでユールと手を握り合った時のような、熱と温もりを与えてくれる。私は、その言葉に答えようとカイアスの目を見上げて口を開こうとして、隣のユールの声に出先を挫かれた。

 

「カイアス、スフィアは女の子でしょ」

 

 眉を顰めて、明らかに怒ってますという表情を作るユールだが口調は少し呆れ気味だ。恐らく、彼女はカイアスが純粋に間違えたか、冗談を言ったと思って揶揄い混じりのつもりなのだろう。私が寝ている間にユールがカイアスとそこまで打ち解けていたのはびっくりしたが、ユールの言葉に私は何とも言えなくなってしまう。ちらりと隣を見るとカイアスもまた微細な変化だが困惑した顔をこちらに向けていた。

 

「‥‥…‥……」

「え、どうしたの……二人とも?」

「……ユールは知らないのか?」

「ぇ、知るも何も人は相手の性別なんて見ればわかるものなんじゃ…………?」

「……はぁ。まさか、ファルシにこんな個体がいるとは」

「?? え、え? す、スフィア、どういうこと?」

 

 心底呆れたようなため息をするカイアスと、私と彼の顔を行ったり来たりして状況を理解出来ない様子のユール。数秒前の真剣な雰囲気など跡形もなく消え去ってしまった。

 

「ユール、私は……男、だよ?」

「‥‥‥‥‥‥え、えええええぇぇぇぇーーーー!!!」

 

 

 これが、私の本当の始まり。

 人とファルシを巻き込んだ数千年にわたる企みの終着点へと向かう、プロローグ。

 

 

 

 そして、私の体をバルトアンデルスが所有する六年前の出来事だった。

 

 

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