灯火、使徒より賜りて   作:今津

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灯火、使徒より賜りて
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甘い香りが漂うキッチンで、オレンジ色に灯ったオーブンの中を覗き込んでいると────ふと、携帯端末の通知音が聞こえ始めた。

 

テーブルの上で震えている端末を手に取り、大量の通知のうち一つを開いて、表示されたメッセージに目を通す。

 

「…………」

 

……その内容に眉を顰め、オーブンの中で膨らみ出したパウンドケーキに視線を戻し、しばし逡巡した。

 

「……行くか」

 

 

 

 

 

少し薄力粉がかかったエプロンを脱いで、クローゼットにかけていた上着に袖を通す。

マントを羽織り、肘手前までの手袋を身につける。

部屋に鎮座していたジャック・オ・ランタンを小脇に抱える。

玄関で、普段使い用のスニーカーの隣に並ぶ、手袋と揃いの色のブーツを履いた。

 

靴箱の上の小さな鏡を見る。

艶やかな黒髪、凛々しい眉、長い睫毛を蓄えた輝く瞳、通った鼻筋、薄くも色付いた唇、瑕疵のない白い肌。

それら全てを覆い尽くすため、ジャック・オ・ランタン──中身をくり抜いたカボチャを()()

 

 

 

 

季節を問わずハロウィンめいた様相で、どんな怪人も殴り抜く。

ヒーロー協会、A級2位の『パンプキンマン』。

 

素顔の知れぬ謎多き男、その正体は────。

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

カタン、と玄関の鍵が開く。

扉が動き、薄暗い部屋に光が差し込む。

 

「失礼するよ。来週月曜の撮影にキミも参加させることにしたから準備を────……」

 

返事はない。

家主は不在なのだから当然だ。

 

静まり返る部屋に、招かれざる客は目を瞬かせた。

……が、無言で靴を脱ぎ、あろうことか室内へと歩みを進める。

 

住居侵入罪を犯した男は、部屋の中央に立って辺りを見回した。そこに人の気配はなく、甘い匂いが残されるのみで、オーブンだけが煌々と輝いている。

 

「…………」

 

男はおもむろにキッチンへと近付き、オーブンの前に腰を下ろす。

温かな光が照らし出した顔は、比類なき美しさを作り上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は空を飛ぶことはできないが、脚力さえあればそれに近い挙動を再現することは出来る。

 

 

 

M市の中央に出没した、機神G4と名乗るロボット。

そこそこに強力な怪人ではあったものの、ジェノスは、「これしきの相手、独力で倒せるようにならなければ」と、師であるサイタマに啖呵をきった。

 

そのはず、だったのだが。

 

サイタマがその場を立ち去ってから程なくして。

突如、どこからかオレンジ色の影が飛来したかと思うと、機神の姿が掻き消え────次の瞬間、その機体は轟音と共に粉々に打ち砕かれていた。

パーツが飛散し、地面が砕けて土煙が上がる。S級の戦闘を眺めていた野次馬達が、飛び散った石や金属片に悲鳴を上げて逃げ出していく。

 

ジェノスは新手を警戒した。

だが、やがて土煙が晴れて現れたのは、オレンジ色の頭だった。

 

「……!?」

「あー勢いつけすぎた。やらかした」

 

頭にジャック・オ・ランタンを被った、少々ふざけたコスチュームの男が、覆面の下から緊張感のない声を出している。

 

「(あいつは……)」

 

ジェノスは記憶を辿る。

 

────カボチャ頭の男。

奴は先のA市宇宙船襲来事件の際、墜落した宇宙船の中から、サイタマ先生と同じように、しかしてサイタマ先生とは別の場所の外装をブチ破って出てきたヒーローだった。タツマキに絡まれるのもそっちのけで、金属バットと揉めていたイケメン仮面を窘めに行っていた記憶がある。

 

「(確かA級。名前は見たまま……)」

 

「あれ……? 外装はともかく、中身ってどれくらい()()()()()んだっけ……。まあいっか」

 

ゴォン!!と重々しい金属音が響く。

機神の残骸の中から何か小さな影が起き上がったが、カボチャ頭の男が間髪入れず殴りつけて地面に沈めた音だった。

 

「!?」

 

一瞬の出来事にジェノスは目を見張る。よくよく見ると、機神G4には操縦者……いや、"本体"と呼べる部分が隠れていたようだ。強さも分からず一撃でノックアウトされてしまったが。

カボチャ頭の男は、ひしゃげて完全に沈黙した機神"本体"を持ち上げ、様子を見るようにくるくると回して「オーケー、粉微塵にはなってない……」と呟いている。

どこか敬愛する師にも似たその緊張感のなさに、ジェノスは声をかけた。

 

「おい、『パンプキンマン』だな?」

「そう言う君は『鬼サイボーグ』」

「"鬼"?」

「あっまだか。忘れてくれ。S級のジェノス君」

 

パンプキンマンは機神本体を小脇に抱え、瓦礫を乗り越えてジェノスに歩み寄ってきた。

 

「これ、やるよ」

 

ずい、と機神本体(ガラクタ)を差し出される。

 

「使えるパーツがあるだろ? 壊れてても……多分。まあ、なんとか使ってくれ」

「……」

 

カボチャ頭の表情は読み取れないが、何となくゆるい雰囲気に呑まれて、ジェノスは素直にそれを受け取った。

確かに粉微塵にはなっていないが、大きくひしゃげている。

 

「見せ場を奪って悪いな」

「……いや……倒せたならばそれでいい」

「そう言ってくれるとありがた」

ピロン。

「……いよ」

 

不意に通知音が鳴り、言葉が遮られた。

パンプキンマンがポケットから携帯を取り出す。どうやらカボチャにくり抜かれた穴から視界を確保しているらしい。

 

「……また呼び出し……あー、それじゃあな、ジェノスく」

「待て」

「えっ」

 

ジェノスは確信した。

こいつは師に似ている……いや、『同類』だ。

 

「連絡先を教えろ」

「え? うん……え?」

 

戸惑いつつも「いいけどさ……」と呟いたパンプキンマンは、ジェノスと連絡先を交換した後、のんびりとどこかへ歩き去っていった。

 

 

 

 

 

 

「おーい、来たぞ。今度はなんだよ。バカでかいカラスとか出たのか?」

「そっ……そうだ!こいつのせいなんだ!俺がヒーロー続ける羽目になってるのは……!」

「はあっ?」

 

呼び出された先に着くなり突然槍玉に上げられたことで、パンプキンマンは素っ頓狂な声を上げた。

 

こちらに向けてビシィと指を差してきたのはキング。最強と名高いS級ヒーローで、パンプキンマンを呼び出した張本人である。

呼び出されたマンションの一室はキングの自宅であるはずだが、部屋が半壊して外が丸見えになっていた。怪人に襲われた後のようだ。まあ、マンションの外にバカでかい怪鳥の死体が横たわっていたので、分かってて言っているのだが。

 

そこには、キングと、キングではない第三者がいた。

知り合いではないハ……スキンヘッドの男が、パンプキンマンを見て首を傾げる。

 

「誰?」

「え、知らないの? パンプキンマンっていえば……イケメン仮面ほどじゃないけどたまにテレビに出てるし、ほら、CMとか……最近だと秋の味覚ってことでヤキイモモンガとのコラボとか……」

「全然知らん。何?」

「えぇっ」

「キング……これどういう話の流れ?」

「クッ、同じタイプの人間……!!」

 

そこそこの有名人を知らない男と、失礼すぎる第一声を浴びせられても気にもしない男。マイペースにハテナを飛ばす二人に、キングは頭を抱える。

 

かと思えばパンプキンマンの肩をガシッと掴み、ハ……スキンヘッドの目の前に突き出した。

 

「おい」

「A級ヒーロー2位の"パンプキンマン"……!! 俺がS級になってから急に現れて、『お前ほんとは弱いだろ?ちょうど良かった、俺あんま目立ちたくないから代わりに矢面に立ってくれ。大丈夫大丈夫、どうせ死なないピッピロピー』とか言い出して……!!」

「ピッピロピーは言ってないだろ。言ったのは無問題(モーマンタイ)…」

「本当はS級並、いやそれ以上のバケモノみたいな強さなのに、A級に留まるために俺に戦果を押し付けて……俺を隠れ蓑にしてて……!! そのせいで俺は……!! こいつは……俺を殺そうとしてるんだ!!」

「お前の収入を保証してるんだが? 別に感謝しろとは言わねーけど」

「くっ……!!」

「言い負けてんじゃねーか」

 

初対面のハゲも呆れ顔だ。

パンプキンマンという"ゴーストパンチャー"が、『最強のヒーロー』であるキングの一端を担っているのは事実である。

それに、パンプキンマンもなにも無根拠に「どうせ死なない」などと言っているわけではない。まあそれを理解させようとも思わないので、どう恨んでくれても受け入れるが。

 

「なるほどな」

 

ハゲは得心したかのように頷き、パンプキンマンに向けて、妙に圧のある視線を向けた。

カボチャの奥をじっと見つめられ────当のパンプキンマンは全く動じていなかったが、前触れもなく訪れたただならぬ雰囲気に、キングが背後で戸惑っている気配がした。

 

「なあ、目立ちたくないってどういうことだ?」

「どういうも何も。祀り上げられても迷惑だし」

「お前……自分が嫌なこと人にやらせてんのか……」

「いやキングは()()()そうだから……俺は便乗してるだけで、俺がやらせてるわけじゃない」

「ど、どどどの口が……!」

「…………」

 

無言で目を細めるハゲと、無駄にビクビクと怯えるキングに、

 

「……なぁ、怪人倒されてるみたいだしもう帰っていいか? 家でパウンドケーキ焼いてんだよな……」

 

パンプキンマンは全てが面倒になり、逃げの手を打った。

 

「……いいけど」

「えっ!? は、話が違う……!」

「聞く限りwin-winなんだろ? だったら別に俺がとやかく言うことじゃねぇし……」

 

その会話を聞いて、かぼちゃ頭はようやくピーンとひらめく。

 

「あ、そういう話だったのか。キング、お前ヒーローやめたいのか? せっかく不労所得の生活なのに」

「うっ……」

「呼び出されたらちゃんと駆けつけてるだろ。現にお前死んでないし。何が不満なんだ」

「ううっ……」

「つーか死にたくないなら強くなればいいじゃん。筋トレしろ」

「はい……」

 

味方を失い縮こまるキングを見て、残りの二人は顔を見合わせ(片方は覆面だが)、肩を竦める。

 

「じゃ、俺もう行くわ」

「あ、俺ももう帰るわ」

「たまにゲームやりに来るから」

「パウンドケーキ成功してたらやるよ」

「あ……うん……」

 

ハゲは全壊した窓から飛び去り、カボチャ頭は玄関から出ていく。

キングは一人取り残され、自宅の惨状を見た。

 

「…………言いくるめられた……」

 

 

 

 

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