灯火、使徒より賜りて 作:今津
◆
『なあ、公共の電波であんなキツイ言い方する意味ある?』
いつからか。
『捕虜を殺した!? おまっ……考えろよ! 他のヒーローがドン引きしてんじゃねーか』
彼の言葉が。
『生け捕りって言われたんなら生け捕りにしろよ……』
段々と。
『あのな、人殺しだけはマジで絶対ダメだぞ、お前、怪人に洗脳されてるだけの人を殺すとかだけはマッジでやめろよ、フリじゃないからな!!?』
響かなくなってきていて。
「お前の言う正義は過激すぎだ。もっと大衆が求める正義にチューニングしろよ」
自分でも、それは。
「……俺が間違ってるのかな……」
「君は、間違ってないッ……」
「…………そう思ってんなら改めろよ」
分かっている。
分かっているんだ。
精神面で怪人化が進んでいること。
このままでは人の心を無くすこと。
そうでなくとも、こんなことを繰り返していれば、いずれ信頼を無くすことも。
……噛み締めた唇からは、血の味がして。
顔を潰され、股を裂かれた傷の治癒が終わり、目覚めたとき。
自分に深手を負わせた怪人の穴あき死体と、自分の体にかけられていた彼のマントを見て、どうにも、鼻の奥がツンとした。
……耐えたが。
◆
アマイマスクは、焦っていた。
一刻も早く、己の使命を託すに相応しい人物を見つけ出さなければならない。
いずれ"理想のヒーロー"になるパンプキンマンを、支えるに足る人物を。
『サイタマ? ああ、友達だけど』
電話越しに聞こえる声は相変わらずだ。
ヒーロー協会本部で行われていた"鬼サイボーグ"の熱弁を離脱し、送迎車で次の仕事の撮影場所に向かう途中、アマイマスクはパンプキンマン本人に電話をかけていた。
話題は、鬼サイボーグ──ジェノスがその凄さについて長々語っていた、まさにその人物。
「友達? ……キミに?」
『な、なんだその言い方。まるで俺に友達が全くいないみたいな……お前、俺をなんだと思って……』
「実際ほぼいないだろ」
『いるわ! キ、キングも友達だし? ……あとは、そう、ジェノスとか、バングとか、フブキとかも……まあ、ゾンビマンも、友達なんじゃねーかな!?』
「パンプキン。キングと鬼サイボーグはともかく、あとは……ただの同僚だ」
『そッッ……れを言われると、何も言えねぇ……!!』
キングと鬼サイボーグを除外したのは、彼らが互いの自宅に行き来する仲だからである。それは友人と認めていいだろう。
『べ、別に友達とか……狭く深くだし……。ともかく、サイタマの話だろ』
「鬼サイボーグが言う通りの男なのか?」
『ジェノスの話はマジだよ。あいつは俺より強い』
「キミより……? それは……」
にわかには信じがたい話だ。あらゆる怪人を一撃で仕留める実力があり、それが滲み出た結果、無敗の伝説を持っている「パンプキンマン」より強い人物など。
『過去を変えたとか、くしゃみで木星を吹き飛ばしたとか。そういうのも有り得る』
「それはキミもそうだろう」
『まあ、くしゃみに関してはその、そうなんだけど……。お前、俺のどこを見てそんなこと言ってんだ……? なんか虚像でっかくなってない? 不安だわ』
虚像ではない。アマイはその目で実際に見て、パンプキンマンの強さを認識している。
「仮に僕が彼と接触することがあるとして、何かアドバイスは?」
『あ、まず一番大事なのは"ハゲマント"と呼ばないことだな。あいつ地味に気にしてるから』
「なるほど」
『あと、話が長いと聞いてないことが多いから、伝えたいことは20字以内で簡潔にまとめる。なにか交渉なら、肉とか金とかで釣れるかも』
「ふむ……」
『けど、アイドルやるとか組織を指揮するとかがそもそも全く向いてないから、やめとけ』
「自己紹介か?」
『ちっげーーーーーよ、少なくとも俺はハゲてねーわ』
鬼サイボーグや、パンプキンマン本人の話を聞く限り、そのサイタマというA級ヒーローは、ウィリアムに随分似た気質らしい。
『ま、似た者同士ってのは、否定しないがな』
「…………」
『アイツが俺に似てるんじゃなく、俺がアイツに似てるんだ。……そこは間違えんなよ、アマイ』
「……ああ。心しておく」
もう切るぞ、と断って通話を終えた。
アマイの"理想のヒーロー"は、ウィリアムだ。
そのウィリアムをして「自分より強い」と言わしめる男、サイタマ。
鬼サイボーグもS級に相応しい実力があり、その彼をあれほど魅了している。
端末の画面に映し出された"ハゲマント"の写真データは、なんというか、一見粗雑なデザインをしていて、お世辞にもオーラは感じないが。
「(………………)」
この男ならば、ウィリアムの隣に並び立つ資格があるかもしれない。
強者ゆえ、……そして"予知者"ゆえの孤独を抱えて生きる、彼の隣に。
アマイマスクは、相応しくない。
◆
野次馬が、マスコミが、"アマイマスク"の「真の姿」を見ている。
恐怖を抱きながらも、パンプキンマンに希望を託し、応援している。
なんとも、感慨深い気持ちだった。
アマイマスクの『怪人』としての生を終わらせるのが、パンプキンマンその人であるなら、何の不満もなかった。
「なあ、俺が……こうなることを知ってて、お前を試したって言ったらどうする?」
ウィリアムが"予知者"であることは、彼の普段の言動から、アマイも気がついていた。
だが今まで、はっきりと口にして教えられたことはなかった。
「疑ってごめんな」
「…………僕は、キミの言葉を何度も無下にした。信用されていなくてもしょうがない」
「……そんなこと言わせるためにやってたんじゃなかったんだけど」
彼は首の後ろを掻いた。ジャック・オ・ランタンに、表情は読み取れない。
美しい彼は今、████の真の姿を見て、何を思うのだろう。
「もう少し縮める?」
「……やってみるよ」
ゴキゴキと音を鳴らしながら、全身の骨格を変形させて、せめて人ほどの背丈に形作ってみる。
彼と同じ目線になった。異形であることに、変わりはないが。
「俺はお前がどんなやつか知ってるから、顔がどんなでもどうでもいいと思うけど、それは他でもないお前自身が嫌なんだろうな」
その言葉だけで救われる気がした。
予知者である彼は、アマイに初めて出会ったその日から、アマイの全てを知っていたに違いない。
素顔が醜いということも、正体が怪人であることも、全て。
「どんな設定だったか思い出せないなら、とりあえず、今は俺の顔に化けたら? これ貸してやるから」
「え?」
パンプキンマンは自分の頭部に手をやった。
アマイの目には、カボチャが持ち上がるのがスローモーションに見えた。
僅かな重みと共に、視界がオレンジ色に覆われて、彼のジャック・オ・ランタンを被せられたことに気がついた。
前面に空いた穴から、彼の姿が見える。
「お前は知らないかもしれないけど、俺のこれはお前の顔だよ」
黒い髪が、白い肌が、輝く瞳が、白日の元に晒される。
野次馬がコールをやめてざわめき出す。
やがて、黄色い声が上がり始める。
美しさは、ヒトの目を曇らせる。
「"覆面ヒーローの素顔がイケメンだった"なんて、どっかで聞いたような話だ」
素顔を晒したパンプキンマンは、アマイマスクを肩に担ぎ、どこかへと跳躍した。
建物の屋根の上を走り、やがて誰の目にも追えなくなった頃。どこかの山の上の、公園のベンチに、アマイマスクは下ろされた。
つい先程の喧騒が嘘のように、辺りは静まり返っている。
「すまない」
口を衝いたのは謝罪だった。
「何に対して?」
「……」
分からない。
カボチャで視界がふさがっているが、彼がアマイの隣に腰を下ろした気配がした。
「俺は理想のヒーローにはなれないよ」
「……」
「でも、やれるだけやってみてもいい」
そう言って、彼は手袋を外し、ポケットから取り出した折り畳み式のエコバッグに入れた。
コスチュームを脱ぐと、背中側から薄っぺらいサンダルが出てきて、彼は靴とそれを履き替える。それらを乱雑にエコバッグに入れ、上からマントを被せて押し込んだ。
パンプキンマンというヒーローは、Tシャツに短パン姿の、エコバッグを下げた、ただのイケメンに変わった。
彼は立ち上がって、アマイの方を振り返る。
「いつでもいいけど、落ち着いたら、それ返しに来いよ」
ジャック・オ・ランタンは、アマイの顔を隠したまま。
「これタクシー代な。こっちは返さなくていいから」
アマイの膝の上に現金を数枚置くと、ウィリアムは公園の出口の方へ、のんびりと歩き出した。
色々と言うべきことはあっただろうが、アマイの口から出たのは、謝罪だけだった。
「すまない」
ウィリアムは振り返ることなく言った。
「気にすんな。すがってんのはこっちだ」
ひとり残された████は、密かに嗚咽を漏らした。
♢
ウィリアムの自宅で行われたゲーム大会は夕方頃に解散し、客人たちはそれぞれ家路についた。
見送りを終えたウィリアムが、玄関の鍵を閉めてリビングに戻ってくる。
アマイはソファに腰掛けたまま、長い足を組んでいた。
ただ寛いでいるわけではない。"パンプキンマン"の仕事用の携帯端末に届くダイレクトメッセージと、カレンダーを照らし合わせながら、代理人として返信をし続けている。よほど溜め込んでいたようできりがないが、今のアマイには時間だけはあるので、今日明日には終わらせるつもりだ。
「ビュウト、お前、泊まるのはいいけど、飯のカロリーに文句つけ始めたら追い出すぞ」
「……僕はもうアイドルじゃない。焼かれようが溶解液をかけられようが無傷の男に肌荒れを説くなんてバカバカしいことはしない」
「はは。そりゃそうだ」
彼はキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けた。夕飯の支度を始めるようで、顎に手を当てて何か考え込んでいる。
アマイは顔を上げ、その後ろ姿を見ていた。
「………………昔、」
「あん? 何?」
端正な顔が振り返って、冷蔵庫を閉める。
「君に助けられたことがある」
「……え、いつの話?」
「シークレット仮面として活動していた頃に何度か。そして、それより前に、一度だけ」
「ああ……そうなんだ?」
「キミが趣味でヒーロー活動をする不審者として有名だった頃の話だ」
「言い方にトゲあるな……。うん、あー、いや、シークレット仮面は覚えてるぞ? うん……さすがに……でもそれより前……協会ができる前ってーと……」
彼の目がしきりに泳いだ。
「……覚えてないのか? 僕の顔を知ってたんじゃ……いや、僕と認識していなかったとしても、……」
「はっきり見えてたわけじゃないんだよ、いろいろと。てか、助けたやつの顔なんていちいち見ると思うか? カボチャ被ってんのに」
「………………」
「名前は知ってたけど……名乗ったわけでもねぇんだろ?」
それはそうだ。
「…………。いや、いいんだ、記憶にないなら、それで」
覚えられていないなら、それに越したことはない。
どうせ、彼は他人の顔に頓着しない。たとえ今ここで素顔を見せようが、記憶と結びつくこともないんだろう。
自分だけが覚えていればいい話だ。
「ありがとう。三年も経ってしまった」
「おお。いいぞ。全く覚えてないけど」
ウィリアムは軽い調子で片手を上げたあと、屈んで冷蔵庫の野菜室を開けた。
この一瞬で、既に、食事の準備の方が優先されたらしい。彼がアマイの方に振り向くことはなかった。
……アマイは、額を押さえて項垂れた。
どうしようもなく込み上げてくる笑いに、静かに肩を震わせる。
「…………フフ……」
ああ、まったく、敵わない。