灯火、使徒より賜りて 作:今津
3-1
強さが欲しかった。
どんな敵が現れても、脅かされないほどの力が。
ヒーローになりたかった。
どんな悪い奴も、一撃でぶっ飛ばせるヒーローに。
暗闇の中に、
それを追いかけ、死に物狂いで体を鍛えた。
いつの間にか、望んでいただけの力を得ていた。
力を振るえば、名声も富も、それなりに後をついてきた。
俺は、なりたかったヒーローになれたんだろう。
「(────なっていいもんだったのか?)」
足元には上半身が弾け飛んだ怪人の死体が倒れている。強さは……よく分からない。普段通り、ワンパンで終わった。
己の拳を見つめる。
固く握ると、エナメル加工の手袋に皺が寄った。
♢
俺は強くなり過ぎた。
強くなり過ぎて、誰と戦っても何も感じないし、技を見ても何の参考にもならない。他人から吸収できるものが何も残っていない。
敵に苦戦することだってないし、ライバルとなり得る存在だっていない。
負けて流す悔し涙の味も、接戦の末の勝利の感動も忘れた。
ヒトとしての感性がどんどん鈍ってきて、今となっては何かに喜んだり腹を立つこともなくなってしまった。
「……そもそもさ……"ライバルになり得る存在がいない"って言うけど……パンプキン氏はどうなの?」
「え?」
「前にも言ったけど、彼ものすごく強いでしょ」
M市某所。
自転車に跨ったまま歩くキングの言葉に、隣を歩いていたサイタマは眉を顰めた。
キングとサイタマには、『パンプキンマン』という名でヒーローをやっている共通の友人がいる。奴はその名の通り、ジャック・オ・ランタンを頭に被って戦う男だ。
パンプキンマンは元々キングの知り合いだったが、二人はさほど仲がいいというわけでもなかった。後から知り合ったサイタマが、それぞれと関わるようになって、改めて二人を引き合わせたという感じだ。
キングが言うには、パンプキンマンは相当に強いらしかった。
ランクこそA級ではあるが、それより更に上のS級と呼ばれるヒーロー達よりも……己が知る限り、彼より強い人物はいないのだと。
「…………」
確かに弱くはないのだろう。
それは、彼と接する時にその言動から薄らと感じ取れるし、単に「A級2位」というランクからもわかることだ。ランキングは強さだけを測るものではないが、自分は未だB級なわけで。
だが、サイタマは間が悪いのか、パンプキンマンが敵と戦う姿を一度も見たことがなかった。
なので、彼を強いとか弱いとか判断することもできない。
「…………いつも飯奢ってくれる以上の印象がない」
「……そっかぁ……」
パンプキンマンは何かと食事に誘ってくれるので、サイタマは毎回それに甘えて美味い飯を奢ってもらっている。それだけは確かなことだった。
「食の好みは合うけどな」
「ああ、舌が肥えてるよね、パンプキン氏────」
その話はそこで終わった。
なぜなら前方から走ってきた何者かがキングに襲いかかろうとしてきて、
そいつが、斜め上からものすごい勢いで突っ込んできたカボチャ頭の男に"ドッッ!!"と蹴り飛ばされて一瞬のうちに掻き消えるという、さながら交通事故のようなことが起こったからだ。
「……え!?」
「噂をすれば……」
「あ! やっべ! 勢い余って!! 死んでないよな!?」
サイタマ達の前に現れたのは、ちょうど話題にしていたパンプキンマンその人だった。
カボチャ頭でマントをつけて空中を高速で跳んでくる人間など、奴以外にない。綺麗に蹴り飛ばしておいてわざとではなかったのか、何か物騒なことを言っている。
襲いかかってきた"誰か"が蹴り飛ばされた先に目をやると、近くの建物の壁をぶち破ったような痕跡があった。あの感じだと死んではいないだろう、多分。蹴られた瞬間、「ぽえっ」とか言ってたような気もするし。
「なんだあのチンピラ……。キング、多分襲われかけてたぞ。知り合いか?」
「いや、よく見えなかったけど、襲いかかってくるような知り合いはいないと思う……」
知り合いでないなら、急に襲いかかってくるような奴にかける慈悲もないので、誰も安否を確認せずにそいつのことを記憶から消した。
「パンプキン氏はどうしてここに?」
「どうしてもなにも。あれだけ警報が鳴ってたのにキングのGPSが家の外に出たから来たんだよ」
「あ……なんかごめん」
「まあ、サイタマがいるから別に急がなくてもよかったな」
「…………」
今までどこかで戦っていたのか、パンプキンマンの手袋は若干汚れていた。
「そうだ、今からウチで格闘ゲームでもしないかって話してたんだけど、パンプキン氏も来る?」
「え、うん」
「……」
♢
サイタマは、パンプキンマンという存在に、期待などしていなかった。
否、正しくは、期待しないようにしていた。
今まで、様々な怪人を相手にしてきた────
……それらは全て、
どんな敵を前にしようが、「どうせまたワンパンで終わるんだろ」と考えてしまうのも自然なことであり、またそれはサイタマと怪人の双方にとって残酷な事実だった。
一見強そうに見える、ビルよりもでかい敵でさえそうなのだ。
ちょっと筋肉質で、ちょっとサイタマより背が高くて、世間に高く評価されているだけの、髪どころか睫毛までフッサフサで小綺麗な顔をした男に、今更何を期待しろというのか。
もし奴が自分と同様にハゲていたのなら、もう少し真面目に考えたかもしれないが。
それでも「闘っているところが見たい」と言ってみたのは、キングがそこまで高く評価するなら、そして何より友人だから、せっかくだし実力のほどを確かめておきたいと思ったからだった。
経験則による上から目線である。
『見たいんだろ? 俺が戦ってるとこをさ……でも、この程度じゃきっと……。……お前が
全長何kmかという巨大なムカデを前にして、パンプキンマンはどこか力無くそう呟いた。
森の中、迫り来る巨大ムカデの頭に打ち込まれた拳の
ムカデの体は殴られた衝撃に耐えられず、内側から破裂して塵になっていく。
一瞬の決着。
圧倒的な勝利。
パンプキンマンは、災害レベル竜と認定されていた怪人を、宣言通り
拳を下ろして、カボチャ頭が振り返る。
『どうだった』
問いかけには、言外に伝わってくるものがあった。
これがお前の見たかったものか。こんな一方的な暴力を、お前は"闘い"と言えるのか、と。
問われたが、サイタマは呆気にとられて、何も言えずにいた。
彼が巨大な怪人を一撃で倒す姿。────日頃自分が怪人を倒すとき、近くにいる他人にはどういうふうに見えているのか、客観的に目の当たりにしたような気分で────
そんなことは初めてで、そういうとき、どんな感情になっていいのかてんで分からなかったのだ。
『……あー』
『…………』
『……お前、マジで強かったんだな』
『うん? うーん……まあ……』
辛うじて答えを絞り出したが、それに対する彼の返答は、随分歯切れの悪いものだった。
俺は強くなりすぎた。
日々感情が薄れていくのを感じていた。恐怖も、喜びも、緊張も、怒りもない。
いくら怪人を倒しても、心の中では退屈でしょうがない。
『お前は……、つまんなくねーの?』
『なにが?』
『普段…………』
『…………。まあ……そういう段階は随分昔に通り過ぎたかな……』
『通り過ぎるもんか……』
『ああ。徒花も咲いてるだけで価値があるって思い始める』
『……やっぱ人として大切な何かが失われてるじゃねーか!!』
俺は強くなりすぎて、自分だけが別の世界にいるような感覚でいた。
だが、どうせたったひとりきりだと思い込んでいたその世界には、実はもうひとりの住人がいて、しかもそいつは俺以上の孤独を抱えて生きていた。
それを知ったとき、全てから隔絶した俺の世界は、……独りきりから、ふたりきりになったのだ。