灯火、使徒より賜りて 作:今津
以降、2025年2月5日時点で村田版が未到達の部分です。
ONE版を未読の方はご注意ください。
パンプキンマンのヒーローランクは"A級2位"だ。
"A級1位"のヒーローは、アマイマスクという名前らしい。
サイタマから見た彼は、まあ……友達の知り合いだ。
ウィリアムが普段の会話の中でたまに名前を出すので、辛うじて名前だけは覚えている。そんな感じである。
そんな感じの奴に昼飯に誘われた。
♢
「ここは僕の行きつけの喫茶店でね。いつも空いてて良い雰囲気の穴場なんだよ。ウィリアムを連れてきたこともある……」
対面に座ったアマイマスクは、信じられないことにサイタマの分まで勝手にドリンクを注文した。「僕は自家製レモネード。彼には紫蘇ジンジャーエールを」。
サイタマは引っ掛かりを覚えた。……つい最近聞いたような……紫蘇ジンジャーエール……。
「さて時間が勿体ないし、飲み物が来るまでに本題に入ろう……」
思い出した。それはウィリアムが最近ハマっているらしい飲み物と同じ名前だ。
なるほど、と思った。それと同時に、飲んでみたらあまり好きではない味だったので困るな、とも思った。
食の好みは似ているが、同じ舌を持つわけではないので、必ずしも同じものを好きになれるとは限らない。
似たような性格をしているとは言われるものの、まったく同じ考え方をするわけではないので、必ずしも同じものを好きになれるとは限らない。
それは、当然のことだ。サイタマとウィリアムは別の人間なのだから。
考えてみると、差異は多い。
例えば、ハロウィンっぽいキャラ作りのために始めたお菓子作りがそのまま趣味になるようなところだとか、公的な活動年数が十分でそれなりに大衆人気があるところだとか、金銭的な余裕からか割と金に糸目を付けないとか、……髪が生えているとか……。
それから、『予知者』であることか。
テーブルに飲み物が運ばれてきた。目の前に置かれたグラスには、紫色の液体が入っている。
ウィリアムは、今ここでサイタマが紫蘇ジンジャーエールと対面することを予め知っていて、あえて事前に飲ませたのかもしれない。
……いや、なさそうだが、可能性はゼロではない。
まあ、だからこそ、予知者であることを隠すのだろう。
サイタマは"強い"ので、ウィリアムが未来を予知できようがその内容について知りたいとはあまり思わないのだが……(一度、予知はギャンブルに利用できるのかと聞いたらかつてないほど冷ややかな目で見られたのは別として)。
世の中にはそうでない人間の方が圧倒的に多い。ここ数年は怪人の出現率が高まっているし、命の危機を予知できる者がいたのなら縋りたいのは人間として当然の心理だ。
だが、予知者としては、それが広まったせいで何気ない行動まで深読みされるようになるのは面倒だし、しんどい。
ならば予知者であることは秘密にして、自分一人だけで行動した方がずっといい。自分にはそれをこなすだけの力も充分に備わっている。……そういう考えに至るだろう。
未来を知る。それを秘密として抱える。
そうなると必然的に
ウィリアムは、「孤独を分け合える」と言って微笑んだ。
あの時は言い方がアレだったので反発したが、言っていること自体は理解できるのだ。
サイタマは、強くなり過ぎたが故に、内心では常人とは一線を引いているところがあった。────今でもそうだ。
社会で生活していると、ふとした時に、常人と自分との決定的な違いに疎外感を覚えることがある。
そういう時に。……この世界には自分と同じような人間がもうひとりだけいる。同じ境遇で、当事者として、この孤独に理解を示してくれる友人がいて……
『孤独を分け合う』とはつまりそういうことだろうと、サイタマは考える。
……"強者であるが故の孤独"は、分かち合えるだろう。
──だがそのとき、彼が抱えているであろう"予知者であるが故の孤独"は?
予知者になりたいとは思わない。だが、知る者と『知らぬ者』として、一線を引かれるのは────。
「………………」
サイタマは、アマイマスクの長話を1ミリも聞いていなかった。
「……………………」
アマイマスクも、
♢
サイタマはアマイマスクの手配によってどこかの旅館に連行された。
そして、地獄の強化合宿が始まった。
『理想のヒーロー』の在り方、思想、哲学、経験則を説くアマイマスクだったが、サイタマにはそれがとにかく苦行だった。長話の途中で寝落ちしてほぼ気絶していた。
圧倒的フィジカルと概念的防御力を持つサイタマにも、精神攻撃はある程度効果があるのだ。あくまで"ある程度"だが。
そのまま一泊し、それでもろくな効果が見られないからか、アマイマスクは「予定を変更する」と言ってサイタマを旅館近くの遊歩道へと連れ出した。
落葉した木々に囲まれた遊歩道に
アマイマスクはサイタマを先導しながら、自分の思想についてつらつらと語っていた。
「希望は可視化されてこそ人々に前向きな力を与える。太陽のような巨大な正義が世の中を照らす……"理想のヒーローは目に見える現実に存在している"という大きな希望が欲しい」
「お前の理想のヒーロー、お前がなればいいんじゃね? 人気者なんだろもともと」
「……僕じゃダメなんだ」
「ところで話は変わるけど、キミはウィリアムのことをどう思っているのかな」
「どうって……。普通に……友達だけど……」
話はほとんど聞いていなかったが、話が変わりすぎていることくらいはさすがに分かる。
そう問われても、彼とはたまに食事に行ったり、ゲームをしに集まったり、手作りのお菓子を押し付けられるくらいの関係だ。アマイマスクがどういう答えを求めたのかは分からないが、友達以外の何者でもない。
「キミには悪いけど……僕の理想はウィリアムなんだ。常にタフで力強くそして美しく、速やかかつ鮮やかに勝利を収める……。ヒーローとしての責任感と揺るぎない信念があるし、ルックスもイケメンだ」
「……」
まあそれをあえて否定することはしないが。
旅館に連れて行かれた時から薄々感じていた。恐らく、ウィリアムも今のサイタマと同じ状況に持ち込まれたことがあり、そして同じことをしたのだろう。
気の毒ではあるものの、そのしわ寄せがこちらに来ているのだと思うと、めんどくさいことこの上ない。
「……僕は以前、ウィルに"なぜヒーローになったのか"と問いかけてみた。
返ってきた答えは『趣味』」
「…………」
「そして、キミも同じことを言った。さっきは正直ビックリしたよ。キミ達はどこまで似た者同士なのかと思ってね」
「……」
「だけど……ウィルの答えにはまだ続きがあって」
二言目には"目立ちたくない"と言っているような男が、顔を隠してまでヒーローになった理由。
本人に聞いたことはなかったが、気にならないでもなかった。
「僕が問いつめると、彼は心底面倒くさそうに、でも答えてくれたよ。『強いて言えば、尊敬する人がいて、その人がヒーローをやっているからだ』と」
アマイマスクは空を仰ぎ、続けた。
「勿論僕はその"尊敬する人"とやらを突き止めようとした……だけどウィリアムはヒーロー協会の発足当初からヒーロー登録をしていて……それ以前に"ヒーロー"という職業は存在しなかった」
「……」
「長くヒーロー活動を続けているブラストのことかとも考えたが、違った。つい最近、「めちゃくちゃ怪しまれてマジで面倒くさかった」と愚痴を言っていたからね」
「あー……この前のか」
覚えがあった。ヒーロー協会の本部で、ブラストがパンプキンマンを問い詰めていた時、サイタマもその場にいたからだ。
ブラスト曰く、「パンプキンマンは正真正銘"この次元"にしか存在しない人間」らしい。
詳しい内容は覚えていないが、「別次元にも平行世界にも存在しない。お前は一体何者……いや、"何"だ?」──的なことを言っていたような、言っていなかったような……。
ウィリアムが死ぬほど面倒くさそうにはぐらかしているうちに、色々とそんな話をしている場合ではなくなったが、その後もまあ、気が合うようには見えなかった。
「だから、彼の言う"尊敬する人"……それは、
サイタマ君。キミなんじゃないかと思ったんだ」
「は? いや……俺がアイツと知り合ったのここ一、二ヶ月くらいだぞ」
「ウィリアムは『未来を読む』だろう? ……彼の行動に時間軸は関係ないんだよ」
アマイマスクは首を振る。
「彼はキミに憧れてヒーローを志した。そう考えれば辻褄が合わないか?
ヒーロー活動を『趣味』だと語ることもそうだ。目立つのを嫌うことすら、全て将来的にキミの存在を霞ませないための行動だとしたら?」
「それは素だろ」
「僕の"理想のヒーロー"はウィリアムだが、民衆にとっての希望は多ければ多いほどいい……。安心感は足し算ではなく掛け算だからね」
……ああ……。
「この先、彼を支える人間が必要なんだ」
「いや、それこそお前がやれよ……」
「僕では彼と並び立てない」
……うん……。
「……彼、キミについて語るとき、よく笑うんだ……。きっと強者同士、通じるものがあるんだろう」
「…………」
「……キミはウィリアムについてどう思っている? 彼がキミを想うのと同じくらい、キミも彼を想っているのかな?」
「その、聞き方がいちいち引っかかるんだが」
「真剣に答えてくれ。彼はキミという友人を愛しているんだ」
「────、愛ッ……!!?!?」
言われたことを理解した途端、ぶわっ!と鳥肌が立って、咄嗟に自分で自分の肩を抱きしめて守りの姿勢をとる。
「お、お前ら揃いも揃って言葉選びが最悪なのなんなんだ!!?」
「"お前ら"? ……待ってくれ、ウィルに何か言われたのか?」
「……」
墓穴を掘った。
「ど、……どんな言葉をかけられたんだ? 教えてくれ! 彼の根幹にあるものは何か、そこにヒントがあるかもしれないんだ!」
「いや別にいいだろ何でも、聞くなよ、大したことじゃねーからホントに、もう忘れようとしてて」
「言うまで帰さないからな!」
「だから、俺の口からはちょっと……あーもう本人呼んでくれ!!」
「サイタマ君!!」
「うるせーーー!!!」
♢
その後、一周30分もかかるらしい観覧車にそうと気付かず連れ込まれて、サイタマのテンションはもはや地に落ちたが。
アマイマスクは自分の身の上話を繰り広げてから、それを終えると今度は『自分から見た"ウィリアム"という男』について熱く語っていた。
……話を聞く限り、奴は意外にも、ウィリアムに対して今後ああしてほしいこうしてほしいという注文はあっても、現状への不満や内面についてどうのこうの言うことはなかった。
サイタマに対しては「内面から溢れる陽気なオーラが欲しい!」とか無理を言ってきたのに、不思議なもんである。一体何が違うというのか。同じくらいやる気がなさそうにしていても向こうは
時刻は既に夕方、サイタマは予定があったので──観覧車の扉の留め具を破壊して──途中退席した。
目立つことを嫌うはずのウィリアムが、サイタマにすらこんな勧誘をしてくるアマイマスクのことを気にかけているのが、この時点ではまだ全くもって理解不能だったが。
その疑問は、その直後に起こった一連の事件によって、すぐに解けることになる。