灯火、使徒より賜りて 作:今津
アマイマスクの正体と、パンプキンマンの素顔が同時に露見したことで、世論は揺れていた。
事件後、二人がどこかへと姿を消したのもそれに拍車をかけていた。
サイタマは、事件の一部始終を街頭ビジョンのニュースで見た。現場に向かうことはしなかった。
渦中の二人が姿を消したことを知った。────ゲームの対戦の約束をしていたキングには申し訳ないが断りを入れて、一人でM市に向かった。
マンションの前に座り込み、ぼんやり待っていると、日が落ちかけた頃にウィリアムが徒歩で帰ってきた。
夕方の中継ではヒーロースーツだったはずだが、どこかで着替えたらしく、パーカーのフードを被った普段着に変わっていた。
入り待ちの人間に気付いて目を丸くするウィリアムに、サイタマは「よお」と声をかけた。
♢
サイタマを部屋に招き入れてからも、ウィリアムは無言だった。テレビをつけようとリモコンに目を伸ばして、やめるような場面もあった。どうせ点けても、ニュース番組でこの男の顔を見ることになるのは想像に難くない。
……入り待ちをしておいてなんだが、用があったわけではないし、喋ることも特に考えていなかったので、サイタマも無言でいた。
サイタマの目の前で、グラスの中の黒い液体がシュワシュワと音を立てている。
コーラだ。
手は付けずに目線を上げると、対面に座っているウィリアムも何か黒い飲み物に口を付けていた。炭酸が見て取れないので、向こうはブラックコーヒーかもしれない。
「よかったのか?」
聞くまでもないことだが、一応確認として、そんな話題を振ってみた。
……ウィリアムはグラスをテーブルに置き、サイタマの顔をじっと見つめる。目力の強さは普段通りだった。
「まあ……潮時だな。いつまでも隠してはいられない」
「……」
「火消しに使うのは前から考えてたことだし……あーでも明日から繰り上げ1位か……うっ……めんどくさ……」
「だよな」
「……いっそのことお前の強さも公表しねーか?」
「巻き込もうとすんなよ」
サイタマにも人並みの承認欲求はあるが、パンプキンマンほどの人気が欲しいとは思っていない。
というか、素顔を隠すレベルでプライベートの確保に苦労する友人を傍目から見ていて、同じようになりたいと思えるわけがない。想像するだけで眉間に皺が寄る。
ニュース番組で専門家っぽいオッサンが話していた内容によれば、人が怪人認定されると、法律の人権を失うらしかった。その場合、当然ながらヒーロー登録も破棄、ランキングから除名される。
これまでA級2位に留まっていたパンプキンマンは、繰り上げでA級1位となる。
「……やっぱ、S級に上がる気はないんだな」
「まあな……。蓋するのは俺じゃなくてもいいけど……はぁあ……別にS級に上がりたいって気持ちもないからさ」
「…………」
深いため息を吐いて項垂れている頭を見つつ、……僅かに思考を逸らすと、ウィリアムは突然ハッと顔を上げた。
「いやっ、お前がA級2位まで昇ってくるようならS級になろうとは思ってるぞ」
「………………」
「……あ、予知じゃなくてな?」
「そこじゃねーよ」
「……そうだな、事によっては、1位昇格権をすっ飛ばしていきなりS級に抜擢ってこともあるか……」
「……………………」
何か言う気にもなれず、諦めてコーラを口に運んだ。強炭酸が弾ける甘さだ。
ウィリアムは一瞬呆けて、ぱちぱちと瞬きをする。
「そういや、いつからマンションの前にいたんだ? 連絡してくれれば急いだのに、のんびり徒歩で帰ってきちゃったよ」
「あー、いや、暇だったから別に……」
「……そうか。……俺、人目につかないようにコソコソしながら帰ってきてたんだけど、途中路地裏でソニックが出てきてさ……、絡んできたから地面に埋めたよ」
「アイツほんとめんどくせぇな」
「な。当事者になってわかるわ」
「……」
「……」
一呼吸置いて、ため息が二つ重なった。
弟子になれとか、しろとか、はたまたアイドルになれだとか、もう勘弁してほしい。
「……お前が飯食ってくなら、晩飯はミルフィーユ鍋にしようかな。どうする?」
「いいな! 食う!」
「よし!! 準備するぞ。今後のことは考えない……!」
「ああ、そうだな……!」
前向きなのか後ろ向きなのかいまいち分からないことを言いながら、無駄にキメ顔でキッチンに向かう男たちに、ツッコミを入れられる者はここにはいない────。
♢
夜中まで続いた鍋パーティの後、「泊まってくか?」と聞かれたが、それはさすがに恐ろしかったので断り、深夜になる前に帰宅することに決めた。
M市のウィリアム宅からA市の協会本部までは、サイタマの脚で走ればすぐだ。が、ウィリアムがなぜか帰路に着いてくる様子だったので、急ぐのもなんだと思い、歩くことにした。
多少時間がかかろうが、別に暇だからいいのだ。そう、暇だから。
A市。ほんの数ヶ月前までは都市だったはずのそこは、今は更地になっている。
ヒーロー協会の本部はその荒野の中央部にそびえ立っており、各市へ繋がる高速道路が本部から放射状に伸びている。本部以外に一切の建物は無く、常識で考えれば歩ける距離ではないので、歩道など作られてすらいない。そんなところに電力を引く余裕は無いのか街灯もない。夜中になって通る車もない今は、暗闇がずっと広がっている。
しかしそんな距離も暗闇もものともしない二人は、わざわざ徒歩で路側帯をてくてくと歩く。
街も遠く、何も無い荒野は静まり返って、足音だけが鳴り、たまに風が吹き抜けた。
「未来ってどういう感じに見えてんだ?」
「──え?」
道すがら、サイタマが何気なく問いかけた疑問に、ウィリアムは悩むように腕を組んだ。
「……
「うっかり忘れたりしないのか」
「ないことはないけど、思い出そうとすればいつでも思い出せるよ。受信ボックスを見返す感じで……」
「へー……、っ!?」
聞いておいて気の抜けた返事を返すと、隣から唐突に"威圧"を放たれた。
心なしかビリビリと震える空気にぎょっとして見上げれば、暗闇の中でも一際目立つ瞳がサイタマを冷たく見下ろしている。
「ギャンブルには使えないからな……」
「いや違ッ、そうじゃねーって!」
あれはほんの出来心で聞いてみただけだ。今思い出しても……この男をあれほど怒らせることは後にも先にもないと信じたい。『予知者としてのモラル』を説明されてからは納得しているし、いつまでも根に持たれていては困る。
肝を冷やしたが、ウィリアムはすぐに"威圧"を霧散させ、笑いながらひらひらと手を振った。「俺がそういうこと教えたって土壇場で良心が咎めるよなお前は。悪い悪い」などと宣っている。自分で言い出しておいてこの言い草、こいつも大概だと思う。
「どういう感じ、か。……お前に聞かれるとは思わなかったな。興味あんのか?」
「……いや……」
返答に詰まった。……予知に関しては別に興味はないのだ。
どう答えていいか考えているうちに変な間が生まれてしまい、答えは"沈黙"になった。
黙ったまま、アスファルトに擦れる足音を聞いていると、ウィリアムが口を開く。
「……サイタマ」
「ん?」
「気付いてると思うが、俺は初対面の時点で既にお前のことを知ってたんだ」
「あぁ……そうなのか」
「外見、本名、年齢、性格、声、好きな食べ物、住所、間取り、インテリア、生活圏、ファッションセンス、育ててる観葉植物、読んでる漫画、最初に倒した怪人、ヒーローを志した経緯、トレーニング内容、それによって得た強さ、弟子の存在、ランキングの順位、ヒーロー観、中学の同級生……」
「お、おおぉお………………」
ウィリアムを相手に喋っていると、説明しなくても通じるということがしばしばあるので、それくらい知っていてもおかしくはないのかもしれないが、改めて個人情報の漏れ具合に圧倒される。
興味あるなしに拘らず、そういう情報が頭の中に直接送りこまれてくるのだろうか。それは……もしそうなら、少なくともサイタマの感性では、相当な苦痛だと思えた。
「…………俺が『予知』についてあまり喋らないのは……面倒事を避けるって理由ももちろんあるが、それとは別に、"教えてもないことを知られている"のはそいつにとって気味が悪いからって理由もある」
「……」
「黙ってさえいればいいんだ。俺は、知ってることも知らないふりをするし、気付かないふりをする。もちろん、知ってることより知らないことの方が断然多いけど……"知らない"って証明も難しいからな。全部黙ってた方が堅実だ……」
自分と他者、両方を守るために築いた壁。静かな声色には彼が抱える"孤独"が滲んでいるように聞こえた。
ウィリアムは一度目を伏せたが、ぱっと顔を上げた。
「とはいえだ。さすがに誰のこともこんなに事細かに『予知』できてるってわけじゃない。なんていうか……実はな、俺の『予知』ではお前が一番よく
「えっ」
「お前と俺とが出会ったのは偶然ではなく、はたまた運命でもなく、俺がわざわざ会いに行ったという必然だったわけだな。ハッハッ」
「ええっ……」
乾いた笑いを零すウィリアムに、サイタマの表情は引き攣る──なんかサラッととんでもないこと聞かされたし、それタチ悪いストーカーじゃねーか?と思ったが口には出さなかった。
「まあストーカーだ」
「おい」
「サイタマについてはこの世界だと
「う゛ッ!!? ……なんのことだ? 分からないな……ウィル……」
「道を間違えた挙句トイレ行きたさにシェルターの壁に風穴開けた話も」
「すまん、勘弁してください」
真面目な顔を作ってしらばっくれようとしたものの、いきなり知り合う前の事、それも年単位で遡られては降参するしかない。最後に挙げられた話は、サイタマの記憶が正しければ一年以上前の出来事だ。
「……そんな昔から視られてたのか。全然知らなかった……」
「……俺が視てるのは「俺が存在しない世界」の予知だから厳密に言うとお前個人じゃないぞ」
「……………………。そういやそうだっけ? …………」
「………………」
「…………」
新情報で負荷が重なり、サイタマの脳は考えるのを止めた。
ウィリアムはため息をつき、半目で見下ろしてくる。
「……やっぱ全然動じねーな。もうちょっと恥ずかしがったり、むしろ怒ったりしてもいいと思うんだけど」
「なんでだよ。『予知』ってコントロールできるもんじゃねーんだろ? それを怒るってのも変だし……別にお前に知られてまずいこともないし」
気味が悪いとも思えない。
ウィリアムが目を剥いたので、サイタマは胡乱な目で視線を返した。
「……あんのか?」
「いや……知って気まずくなるようなことは、何も……」
「じゃあいいじゃん」
「…………」
ウィリアムも言っていた通り、「図太さ」はサイタマの取り柄だ。生来の気質ではあるが、最近は強さにも裏打ちされて異常とも言えるほど図太い。悪く言えば無関心、無神経である。
ましてその相手が対等な友人ならば、自分が分かっていて覚えている範囲でなら、パーソナルなことも過去のことも、聞かれれば普通に答えるし。先に知られてるか後から教えるかの違いだと言えた。
少しだけ歩いて、またウィリアムが口を開いた。
「……ブラストが、俺に対して『お前は何だ』って言ってきただろ」
「あぁ。んなことあったな」
昼に一度思い出したので、すぐに思い返せた。
ブラストはずっと険しい顔をしてパンプキンマンを見ていたような気がする。かろうじて睨みつけていないくらいのレベルで眉間に皺が寄っていた。何をそんなに怪しむ必要があるのかと思ったので覚えている。
「俺、外宇宙人なんだ」
……………………。
…………。
「……は?」
「この体は地球由来、正真正銘の人間だ。だけど中身……俺の"魂"は、この宇宙じゃないところ……
「は?」
「俺は"神"によって造られた存在じゃないから、"神"が視せてくれる『予知』に当然俺の存在はない。"カミ"の宇宙のものではない俺の魂はこの世界で唯一"カミ"の支配下になく、仮に俺が「神に仇なす拳」であろうと
「畳み掛けないでくれる?」
さも当然のように業界用語(?)を使われてもついていけない。
遠い目をしながら喋り続けていたウィリアムは、そこでようやくサイタマに視線を向けた。
「分かりやすく言うと」
「おう」
「俺の魂は宇宙規模の外来種ってことだ」
「……………………」
どこが「分かりやすく」だよ、と思っているのが顔に出ていたのか、ウィリアムは苦笑いで肩を揺らす。
「俺の
「……」
「……信じるも信じないもお前次第だ……知ってくれるだけでいい。忘れてもいいぜ」
「忘れたくても忘れられんだろ。宇宙人とか……」
「『外』な」
「……宇宙人ですらないとか……」
「あっ、それ分かりやすいな」
どんなだよ。突っ込む気力もない。
こいつの性格的に、冗談を言っているわけではないことは分かるが、ついさっきまで一緒に鍋食べてた人間が「俺宇宙人ですらないんだよね」とか言ってきたって感情が追いつかないのだ。
「……俺が今ここにいるのは、お前の姿を視たからだ」
ウィリアムは前を向き、目を細めた。
「お前のおかげだよ」
……その横顔を見ていられなくて、目線を落とす。
「……俺なんもしてねえよ」
何も知らず、生きていただけ。
どうしたって"同じ"にはなってやれない。
俯きかけて、……ウィリアムが歩みを止めたことに気がついた。
「……? ウィル?」
振り返ると、彼はサイタマの顔をじっと見下ろしていた。
眉を顰め、目を凝らすように細めて、それからサイタマの
「おま────」
「ッッおわっあああああっああーーッ!!??!!?!?」
「えっう゛ぐっう!!?」
叫び声と同時にほぼ反射で出た手が
攻撃を視認しながらも横っ面を思いっきり引っ叩かれたウィリアムの背後で、平手打ちの衝撃波が空気を弾けさせて荒野の砂を飛ばす。
サイタマの動体視力は、ウィリアムが左頬を押さえて半歩後退るのをスローに捉えた。
「い゛っっ……てえっっ!!! 何すんだ!?!?」
「こっちのセリフだ!!!!!!!! お、お、おまっ、いっ、……い、いきなり!!!!!」
動悸が止まらず冷や汗をダラダラ流すサイタマに対して、ウィリアムは左頬にくっきり浮かんだデカい紅葉の痕をさすりながらキレた。焦って結構強めに叩いたのにこの程度のダメージで済むのはさすがとしか言いようがない。
「いきなりだあ!? ……お前がそんな
「はあああ!!!?!? ふ、ふざけんなお前! ふざけんな! マジでビビったじゃねーか!!」
「なんで!?」
「『なんで』!!!?!!?」
腕力が拮抗している相手に肩を掴まれ"ぐっ"と顔を近付けられたら恐ろしいに決まっているだろう。ただでさえ狭いはずのパーソナルスペースに割り込んでくる方がおかしいのだ。
ウィリアムは本気で分かっていなそうな怪訝な顔をしていたが、やがてピーンという効果音(?)と共にサイタマを指さした。
「ああー、そういう事か? 確かにそう考えてみれば俺も悪かった感じだけどお前は気にしすぎ!」
「は?」
「
「ああああああ……!!!?!? こんのッ……お前もう帰れ!! ッ……!! この……マツゲ!!」
「マツゲ!? 悪口か微妙だしマツゲはもういるだろ」
……。
「お前の家ってあっちの方だっけ?」
「え? うん……え?」
「よォーっし家まで送ってやるぜ、『必殺マジシリーズ』」
「え!? おい、道路が壊れる!!」
「『マジ殴────」
「またな!! おやすみ!!!」
ドンッ!とアスファルトが割れないギリギリの力で踏み込んで脱兎の如く遠ざかっていく背中を、じとりと睨みながら見送る。常人離れした速度で一息の間に米粒よりも小さく遠くなっていく。
「…………」
無言で拳を下ろし、構えを解いた。
……奴の言い分を鑑みると、まあ確かにあたりは真っ暗だし、目を凝らすような表情をした後のあの行動は、"顔を覗き込もうとした"……それだけのことだったのだろう。
気にしすぎか。そうかもしれない。やたらと警戒するのも人として失礼だ。いや本人の性的指向はともかく、「
…………肩に置かれた手と、至近距離でばちりと合った視線。
思い返すと、一度は収まった冷や汗が出てくる。
何が恐ろしいかって、それに気づいた瞬間──焦りはしたし「まずい」と思って咄嗟に拒絶できたものの、そこで抱いて然るべきはずの
「(…………イケメンこえええええ……)」
なんだかこのへん深く考えるとよくない気がする。
「(忘れよう………………)」
忘却の彼方へ葬り去ることを決意し、サイタマは一人で家路に着いた。
※『外宇宙』と表現したので紛らわしいですが、オリ主は自身が転生者であることをできる限り濁して伝えようとしただけであり、いわゆる『宇宙的恐怖』の概念とは一切無関係です。
[8/20]一応「ジェノスと手合わせする約束」→「キングと対戦する約束」に変更しました。
現時点では村田版の展開がONE版とほぼ同じなので、このまま忠実に進むなら差し替えの必要はないと考えてます。