灯火、使徒より賜りて 作:今津
ただし、──追随することはできる。
サイタマが強くなればなるほど、強さの上限は上がり、
追随して、強く。
それはこの世界線の強さの
なぜなら、その魂はこの世界に『何度も死んでいる』と判定され、その分だけ強くなる余力を秘めているのだから。
……だからと言って、
なぜなら、ウィリアムが今まで死んだ数には限りがあるが、サイタマの成長線には上限がないからだ。
つまり、もし彼らが何らかのきっかけで殺し合った場合。
双方が指数的に強くなり続けた先に、ウィリアムはいずれ強さの
そうなれば、サイタマがガロウと戦った時と同じように、ウィリアムはサイタマに置いていかれて────。
……無論、そうなる以前に、地球や太陽系や銀河系が滅んでいるだろうが……。
「俺はあれからくしゃみするのも怖いよ……」
「俺はたった今聞いた事実が怖いです」
ウィリアムが明かした衝撃的な話に、ジェノスの目は光を無くしていた。
「先生がまともに聞いていなくて良かった……」
「え?全然聞いてる聞いてる」
「ウィルさん、20字以内でお願いします」
「お前が強くなる分俺も強くなるが限界もある」
「ほえー」
「あ、20字って20音じゃないとダメな感じ?」
場所はヒーロー協会本部のマンション練、A級に昇格したサイタマが借りた部屋。狭いぶん距離が近いので声が聞こえていないということは絶対にないが、サイタマはそもそも会話に入る気がないようだ。
ウィルとジェノスがちゃぶ台に着いて膝を突き合せている一方、サイタマはその脇で寝転がって漫画を読んでいた。
「ウィルさんは、あの日の……『起こったかもしれない未来』の記憶を持っている……ということですか」
「うん。正確には『なかったことになった未来』の記憶が断片的にあるのと、『俺が存在しない世界線の情報』による未来予知を組み合わせて考えてるんだけど」
「なるほど……。そう考えれば、貴方のあの時の行動にも合点が行きます」
未来から来たジェノスの
"カミ"に操られたガロウを前にしたあの時、
放射線で倒れ伏すヒーロー達の中で唯一、パンプキンマンは膝を着いていなかった。
にも拘らず、ジェノスはガロウに一度殺された。
『何してんだ、お前』
サイタマ先生が言う。"お前という者がありながら、この惨状はなんだ"。
ジェノスとて、この時のウィリアムの振る舞いは、ヒーローとして唾棄すべきものだと考えた。地球を滅ぼさんとする敵を前にして、何もしないなど。
だが、ウィリアムはただ一言、こう言った。
『過去で会おう』
────ジェノスは、ウィリアムに"未来予知"の力があるのだと知ってしまった。
あの時、倒れた皆を救うためには、過去から変えなければならなかった。
過去を変えるためには、先生の"本気"を引き出さなければならなかった。
先生の"本気"を引き出すためには、ジェノスの死が必要だった。
ウィリアムは初めから、サイタマ先生が時を巻き戻すことを知っていて。
先生をその未来に到達させるためのあの場の最適解が、『何もしない』ことだったのなら。
ジェノスはウィリアムを恨まない。蔑むこともない。
世界のため、自らの矜恃は胸中に封じ込め、巨悪を目の前にしても内なる怒りを堪えるその胆力に────ただ、感服するばかりである。
「(だが──たとえ『予知者』であったとしても、不確定な未来に期待して目の前の仲間を見殺しにするというのは、"ヒーロー"として正しい選択だとは言い難い……)」
ヒーロー像というものは個々人によって違うものだ。
故に、ジェノスはそれを胸に秘めるつもりでいた。
ジェノスの師が、長話を聞き流し、大抵のことに興味が無いという性質で助かった。
ウィリアムという人間は、先生にとって……二度と現れることのないであろう、真に対等な友人なのだ。
「(俺の不覚が原因で、お二人の友情に翳りを生むわけには……)」
「先生の偉業を伝える人手が増えたな……」
「オッ、プラス思考。いいね、俺ジェノスのそういうとこ好きだわ」
「ありがとうございます」
「まっすぐだなー」
ウィリアムは、そんなジェノスの思いなど当然知る由もなく。ハハハと笑い、グラスの飲み物を口にして、ちゃぶ台に頬杖をついた。
「俺の『予知』についてここまで詳しく話したのは初めてだよ。ここだけの秘密にしといてくれ。キングやブラストにも言うなよ」
「もちろん他言はしません。命に替えても」
「……うん、あの、いつから敬語だったっけ? 俺の記憶が正しければ怪人協会のアジトで会った時はタメ口だったよな」
「その節はッ……申し訳ありません! 俺はこの期に及んで貴方の実力を軽んじていました。今後はサイタマ先生と同等の強者として貴方に敬意を払います!」
「…………まあ、ジェノスがいいなら俺も別にいいけどね……」
困り顔をされても、ジェノスに自分の意志を曲げるつもりは無い。ウィリアムはそういう部分にも理解があるようだ。
ちゃぶ台の中央に置かれたジャック・オ・ランタンが、二人の間で笑っている。
ウィルはじっとそれを見下ろしていた。
何か意図があるのかと思い、ジェノスもそれに倣う。
「…………失望したのかな?」
「えっ?」
衝撃的な言葉にハッと顔を上げたが、ウィルが視線を上げることはなかった。
「もしかしたら、自分のライバルになるかも……と思って。でも、他でもない俺が「絶対に敵わない」と断言したから」
「は…………」
ジェノスはちらりと視線を下げた。
サイタマは無言のままだ。漫画本で顔が隠れて、その表情は窺えなかった。
「…………先生……」
「……」
「本気で戦おうとすると宇宙が滅ぶとかも言っちゃったしな……」
そもそも話を聞いていない可能性もあるが。
彼は恐らくそれも承知の上で喋っているような気がした。
サイタマが漫画本をずらして目から上だけを出し、じとりとウィルを睨んだので、ジェノスは少し……安堵した。先生が、彼の話を聞く耳を持っていたということに。
「俺が言ったのはあくまで仮説だから、実際どうなるかはその状況になってみないと分からない。それに……普通の人間には、無限と無量大数の違いなんて一見して判別不可能だろ?」
「……」
「銀河系を滅ぼせる化け物と、太陽系を滅ぼせる化け物がいたところで、それは一括りだ」
ウィルは頬杖をついたまま、サイタマに視線をやって微笑んだ。
「俺たちは……孤独を分け合えるよ」
「……………………」
「…………ウィルさん……」
強者である故の孤独感。
未熟なジェノスには、まだ理解できない領域だ。
二人は同じものを抱えている。互いにだけ通じる何かがあるのだろう。どこか深いところで、互いでないと分かり合えない何かが。
「……はぁ……」
サイタマは漫画を置き、おもむろに立ち上がった。
そしてちゃぶ台の上にあったジャック・オ・ランタンをウィルの頭にズボッと被せて両手で胸倉を鷲掴みにする。
「えっ」、ウィルの体が浮いた。
「口説いてッくんな!!!!!!!!!」
「うわッ、あぁあーーっ!!!?!?」
サイタマに掴まれて持ち上げられたウィルは、ぐるんと一回転して勢いをつけられた後、ミサイルのような勢いで窓ガラスを突き破り、一瞬で
『マジハンマー投げ』。
ジェノスの前髪は風圧で浮いた。
「……………………」
吹っ飛ばすにしてもわざわざ顔を隠してやったところに良心が見える。まあ多分彼はどこまで飛んで行ったとしても死にはしない。
「ハァッ、ハァッ、アイツ……黙って聞いてりゃ……! クソッ……!」
サイタマは頭を抱えながらどかっと腰を下ろし、自分の分として置かれていた飲み物を一気に呷り、
それはもう盛大に噎せた。
「ブッ!!? ゲホッ、なんじゃこりゃ!!? 何味!!?!?」
「ウィルさんのオススメで紫蘇ジンジャーエールだそうです。喫茶店でアマイマスクに飲まされて以来ハマったらしく、これはウィルさんが自作した紫蘇シロップを市販のジンジャーエールで割ったもので」
「おばあちゃんかよ!!!!」
ボーイズラブ(保険)はこういうノリです。
恋愛感情はありません。