灯火、使徒より賜りて 作:今津
前日譚です。
しめて200円。
偶然立ち寄った公園の自販機に200円を投入し、缶のカル〇スウォーターを買おうとボタンを押すと、下の受け取り口から出てきたのはまさかの『あずきゼリーサイダー』だった。
「マジか」
全く食欲のそそられないデザインを手に、思わず立ち尽くして独りごちる。
ゼリーはカル〇スの左隣の商品だ。補充の人が入れ間違えたのだろうか。どちらも値段は同じ120円だから、自販機側が困ることはないだろうが、俺は困る。
まずいと確定しているものを飲む気にはなれない。
でもせっかく買った飲み物を飲まずに捨てるというのも気が引ける。飲んでみれば、案外自分の口には合うかもしれない。実際、十字キーは普通に飲んでいたのだし。
……いや、十字キーの味覚がおかしい可能性の方が高いか。俺はいま覆面オフなので本人に話しかけて渡すわけにもいかない。
その場でしばらく逡巡していたが、ふいに右の方から「あ」と人の声がした。
俺が視線を向けると、そこにはハゲ……スキンヘッドの男がいて、自販機の前に立つ俺を見ていた。
「あ」
俺も同じような声を上げる。
「……なあ、それってうまいのか?」
話しかけられた。
「……さあ……俺はその隣のジュースを買おうとしたんだけど……出てきたのがコレだったんだ。補充ミスかな」
しかし、自分が買おうとしていたカル〇スっぽいものも、よく見ればカル
「飲む勇気が湧かない」
「そうか……」
「…………」
「…………」
会話は打ち切られたが、手元にめちゃくちゃ視線を感じた。
…………その時、俺の脳裏に『90円』がよぎる。
つまり、『20円あって』『10円足りない』。
「ほしいならやるよ」
「お……マジか。いいの?」
「むしろもらってくれ。俺は飲みたくない」
「金払うよ」
「いや別に、捨てるよりはいい」
スキンヘッドの男に缶と責任を押し付けると、「ありがとな」と確かに受け取ってくれた。
"もったいない"からの解放だ。むしろこっちが感謝したいくらいだ。
「(つか金持ってないだろ?コイツ)」
缶を振ってプルタブを開ける彼を横目に、自販機に手を突っ込んでお釣りを取り出す。
手のひらに、確かに80円。
「(………………)」
「……うん……。おお…………。……まっじい……」
「だろうな。頑張れ」
「頑張れって」
「いろんな意味で」
帰宅してからの絶望が増すんじゃないか、とまでは言わない。
「手、出してくれ」
「? ああ」
素直に従ってくれたハゲの左手に、お釣りの80円を乗せる。
「え?」
「やっと返せる」
「は?」
「じゃーな」
それだけ言って、背を向ける。
「あ、オイ……」という言葉を無視してポケットから携帯を取り出し、公園で怪人を仕留めた旨をヒーロー協会に連絡しながら、俺はその場を歩き去った。
俺の……というか、ウィリア厶という名の男の両親は、彼が小学校高学年のころに離婚した。
シングルマザーになった母親は家計を支えるため働きに出て、夜まで帰ってこなかった。いわゆる鍵っ子というやつだ。
そんなウィリアムが体を鍛え始めたのは、中学校に入学してから──入学式の最中に"前世の記憶"を取り戻してからのこと。
それまで『顔が美しい』以外は普通の少年だったウィリアムが、突然
────初めて怪人に遭遇したのは、それからわずか三日後。
走り込みの途中で隣の中学校の校区に差し掛かったとき、見通しの悪い交差点の曲がり角で、巨大な豚の貯金箱に人の手足が生えたような怪人といきなり遭遇した。報道もされていた怪人だった。
……『逃がせない』と思った。
怪人の突進をかろうじて避け、雄叫びを上げながら死に物狂いで食らいついて、思うように動かない子供の体で格闘して……どれくらいかかったかわからないが、最終的には、落ちていた金属の棒を握って叩きつけたらそこからヒビが入って貯金箱の体が割れた。
その中からそれはそれは大量の小銭が出てきて……そこでパトカーのサイレンが聞こえたため、慌てて百円玉を二枚だけ拾って身を隠した。
死ぬほど疲れていたし、怪我もしていたし、何より、軍まで出動するような事件を一人で解決したことが知れたらたまったもんじゃないと思ったのだ。
報道では警察と軍が倒したことになっていて、別にそれでよかった。
思えばあれが俺のヒーロー生活の始まりだったのだろう。
正体を隠しながら怪人を倒すことについても。
周囲を見渡し、人の気配がないことを確認してから、ベルトに挟んでいた布製のかぼちゃの被り物を取り出して被った。これはオフの日に人前で戦わざるを得なくなったときのための予備なので、つくりが安っぽい。
だが、かぼちゃさえ被っていれば一応の体裁は保てる。
ヒーロー協会A級2位、『パンプキンマン』。
「銀行いくか」
今日中にA級賞金首の銀行強盗が現れると、俺の
(余談:ボロス戦後の一幕)
「あ、出れた……ん?」
「? おぬし……」
「……パンプキンマン? 君も中にいたのか!?」
「はぁ? なんでアンタまで中に……なんなの? なんで次から次に勝手な事する奴が出てくるのかしら!?」
「偶然A市に? その血は……」
「これは返り血……いや、キングに頼まれてS級集会の近くの休憩室にいてな。この宇宙船、中がでっかい迷路みたいになってて、出てくるのが遅れちまった。結局壁ぶち抜いてきたけど」
「そうか……。……君ほどのヒーローでも……」
「……『間に合わなかった』、か……。……まあなんだ、お前……他のヒーローに謝れよ」
「ぐっ……」
「(ま、また無視……!?)」
「あー、すまん金属バット。大人げないんだコイツ。ほら謝れ」
「………………すまない。被害の大きさを見て少々気が立っていたようだ」
「お、おう……。どっかから見てたのか?」
「視てたよ。それで……」
「この……カボチャ頭! 仮装! ウリ科!」
「アマイ、お詫びにサイン書いてやれよ。金属バットってたしか妹いるよな。ほら色紙」
「えっ」
「本当か!? うちの妹、アンタのファンなんだ! 今もピアノの演奏会で頑張ってて……絶対喜ぶよ! 頼む!」
「………………。…………妹さんの名前は?」
「ゼンコだ!」
「ゼンコさん……ね」
「変出者! 妖怪! 野菜! ちょっと……待ちなさいよ!!」
「(はーあ……帰ろ……)」
「(マイペース極めとる…………)」