あの戦いを経験してから、一週間以上が経過して、ただいま五月第三週の土曜日。
ふと、壁にかかった時計を見ると、時刻はとっくに正午をまわっている。
現在、私犬鳴美羽は貴重な休みの時間を自室のベッドに仰向けで寝そべって過ごしている。
あれから、私は一応、前と同じような暮らしに戻ることができた。
しかし、変わったところもある。
それは龍馬と悠成君のことだ。
あの日以降、彼らは学校に来なくなってしまった。
悠成君、そして、特に龍馬のいない教室はとても静かで、かなり物寂しい雰囲気だった。
担任の先生は何故二人が学校に来れないのかは分からないと言っていたが、私には分かる。
風見に感情を奪われたからだ。
「……はぁ。」
思わず、ため息をつく。
私はまだあの日起きた出来事を信じられずにいた。
グルーマーや風見のこと、そして風見のような喋る人形で、私達人間の感情を奪おうとしてくる奴らがまだ他に十一人もいること。
そして、あの除霊師『淡嶋雄海』のことが特に私の中で気になっていた。
彼は一体何者だったのだろう、グルーマーを倒したあの力から普通の人間でないことは確かだが…。
それに、私と話しただけであんなにあたふたしてて何か変な感じがしたけれど…もしかして、あまり人と話したことがないのだろうか?
うーん…どうしよう…
そろそろ中間考査で、より勉強に集中しなければならない時期なのに気になって勉強する気が起きない!
そうだ、気晴らしに散歩にでも行こうか。
きっと少し外の風を感じている内に私の考え事など吹っ飛んでしまうだろう。
そう思った私は自室のポールハンガーに掛けてあった鞄を肩にかけると、そのまま階段を降りて玄関に向かった。
「美羽?どこか出かけるの?」
玄関へ向かうとお母さんが声をかけてきた。
「ちょっと散歩に行ってくる!」
「そう気をつけてねー。」
母に見送られて、私は家から出かけた。
とりあえず、周りを少しぶらぶらと歩くとしよう、そう思い、私は家の周辺を散策した。
そして二十分ほど歩いて、近くの公園に到着した。
ベンチに腰掛け、道中の自動販売機で購入したスポーツドリンクを飲み干す。
まだ五月だというのに夏と同等かそれ以上の厳暑にぐったりとしてしまう。
その暑さにやられている最中、私は向かいのベンチに座っている人物を見て驚いた。
「あれは…雄海さん…!?」
思わず声が出てしまったが、彼には聞こえていなかったようだ。
前とは違い、今回は動きやすい半袖シャツと短パンを履いていたので一瞬では分からなかった。
だが間違いない、彼は、あの時、グルーマーから私を助けてくれた淡嶋雄海さんその人だ、私はそう思った。
彼は私と同じようにスポーツドリンクを飲み干すと、そのまま公園を出てどこかへと向かっていった。
私は彼の行く先が気になり、柄にもなく尾行を始めた。
そうして、彼を尾行していくと、ある場所にたどり着いた。
そこは豪洲土神社(ごうすとじんじゃ)だった。
この神社は地元では有名なところで、毎年初詣の時期や受験期が近づいて来ると、多くの参拝客で賑わっている。
そういえば、私も小学校六年生の頃に、「霊能学園に合格できますように。」と合格祈願をしにここに来たのを思い出した。
一瞬彼がこちらに視線を向けようとしてきたので反射的に近くの電柱の脇に隠れた。
ややあって、彼は神社の前の階段で立ち止まると、何か手を組んだ。
すると、驚くべきことに、階段が左右に割れて、その下から地下へと続く階段が出現した。
「え…どういうこと…?!」
驚愕しつつも、彼に聞こえないように声を押し殺して言った。
そして私が驚いている内に、彼はその階段を駆け降りていってしまった。
階段は開いたままの状態だ。
「……どうしよう…気になるけど…多分入っちゃダメだよね…?」
私は自問を口に出した。
そして、少し逡巡していると、突然左右に収納された階段が再び元の位置に戻ろうとしていた。
「うわわ!どうしよう!……えーい、もう入っちゃえ!」
私はそう声を上げると同時に、バッグを腕で抱きしめて駆け出し、地下へと続く階段に飛び込んだ。
「はぁ…はぁ…」
なんとか階段の下へと入ることができた私は肩で息をしていた。
「セーフ…。はぁ…はぁ…それにしても…ここはなんなんだろう…」
そして、周囲が暗い中、光を見つけた。
「あっあそこに光が!もしかして、淡嶋さんはあそこに?」
私はおぼつかない足取りで、階段を降り、その光を目指した。
そして、光を抜けた私の目の前にはとんでもない景色が広がっていた。
そこには、近未来的な設備と和室が組み合わさったような和洋折衷の空間だった。
室内やレイアウトされた机や椅子は和風な雰囲気だが、その机に置かれている機械や目の前に見える巨大なモニターはいかにも最新鋭の物だった。
「え!!何ここ!?」
まさか、神社の下にこのような巨大な施設が築造されていたとは…
私は驚きのあまり声を上げた。
「ん?誰だ?」
その結果近くにいた茶髪の黒い勾玉のネックレスをした巫覡風の格好の男性がこちらに視線を向けた。
見るからに、こちらを警戒している様子だった。
「あっあの別に怪しい物じゃなくて…私、淡嶋雄海さんを追ってここに来たんです…。」
「雄海を?…そうか。アイツを呼んでくるからよ、ちょっと待ってな」
「はい」
そういうと、その男性は、彼の左隣の襖を開けて、向かって行った。
しばらくして、男性が淡嶋さんを連れてここに戻って来た。
彼はこの前に出会ったときと同じ服装で現れた。
「なっ!お前は!?」
「あっ…どうもお久しぶりです…あのときはありがとうございました…。」
苦笑いをしながら、そう言って一礼した。
「なんだ?雄海。この子と知り合いか?」
「あっあぁ。ちょっとな…」
「もしやお前…彼女か?!」
「はぁ!?」
「えぇ!?」
彼が突然想像もしていなかった言葉が出て来て、私と淡嶋さんは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「急に何を言い出すんだよ!一輝!!」
「いやー、まさかこんな若い子と付き合ってたなんて、お前も結構やるじゃねえか!」
「だから違うって言ってるだろ!!!」
一輝と呼ばれる男は淡嶋さんと仲が良さそうだった。
この前に出会った彼はおどおどしていて、声も小さかったので、こんなに大きな声で話している彼を見て、私は少し驚いていた。
「淡嶋さんの言う通りですよ。私は彼女じゃありません。この間危ないところを助けてもらっただけです。」
「なーんだ、つまんねぇの。しっかし、雄海がこんな部外者を入れてしまうなんて珍しいな。」
「くっ俺としたことが油断した…」
「まぁまぁ気にすんなよ。そうだ、自己紹介しないとな。俺の名前は神倉一輝(かんのくらいっき)。雄海と同じ除霊師をしてる。」
「あっ犬鳴美羽です。そういえば淡嶋さんは初めて聞きましたよね、私の名前。」
「あぁ、そういえば。」
と、淡嶋さんは俯きながら言った。
「おい雄海!何俯いてんだよ!人と話すときはちゃんと目を合わせなきゃだめだろ!」
神倉さんはそんな淡嶋さんの背中をばんと叩いて言った。
「悪いな…雄海ってさ人と話すのが苦手でよ。この前も多分ごにょごにょ言い淀んでたりとかしてただろ?」
すると、今度は私の方を向き直って来て謝った。
「あーそういえばそうでしたね…」
私が苦笑いしながらそう答えている傍ら、淡嶋さんは片手で頭を抑えていた。
「除霊師って言ってましたけど…除霊師ってそんなにたくさんいるんですか?そもそも、ここは一体なんなんですか?」
私は頭の中に浮かんできた疑問を次々と神倉さんに尋ねた。
「ここは日本全土に支部を構える巨大秘密組織、日本除霊師機構。通称、NJKの本部さ!NJKは日本中の除霊師という除霊師達を集めて作り上げた組織で、俺と雄海もここの構成員ってわけさ。」
神倉さんはそう高らかにこの組織について語ってみせた。
「そうだったんですね!というか、なんとなく某日本の公共放送局みたいな略称ですけど、もしかしてパクってます?」
「いや、パクってないぞ。この組織は一九一四年に設立、あっちは一九二五年に始まったからな。それにこの組織の前身は一七一〇年に誕生しているからこっちの方が歴史も長い!」
「すごい由緒正しい組織だったぁ…。」
私は思わず声を漏らした。
「さて、説明はこれくらいにしてと。そろそろ帰った方がいいぞ。」
急に神倉さんが表情が真面目な顔つきに変わったので、私は驚いて目を丸くした。
「どういうことですか?」
「さっきも言ったけど、ここはあくまでも秘密の組織なんだ。だから、一般人がここに来たってことはあまり知られてほしくないんだよ。」
「そういうことですか…」
確かにこのような巨大な組織の存在を一般人に知られてしまえばきっと大変なことになるのは火を見るよりも明らかだ。
マスコミなどに情報をリークされて、火に油を注がれるかもしれない。
「特に本部長に知られたらまずいからさ…頼むよ。」
神倉さんは両手を合わせて私に懇願してきた。
「私に知られたら…なんだって?」
声のした方を振り返ると、そこには厳つい表情の人物が十数人の人を連れて立っていた。
その人物は、肉食鳥のように鋭い瞳をして、不自然なほど真っ直ぐに分けられた黒い短髪に、定規をあてて刈り込んだような髭で、まさに厳格な指導者というにふさわしい容貌だった。
「はっ!?本部長!!」
神倉さんは驚いて一歩後ろに下がり、姿勢を正した。
私がふと視線を淡嶋さんの方へと向けると、何やら不機嫌そうな様子に見えた。
「神倉、そこにいる少女は一体なんだ?」
本部長は神倉さんに向けて詰めよって、問うた。
「あぁ…ええと……」
「部外者か?」
神倉さんは本部長に凄まれて、たじろいだ。
「……はい。」
そして、しばらくの沈黙の末、肯定した。
すると、本部長は即座にこちらに顔を向けた。
「……君は…口が硬いか?」
突然そう言われて咄嗟に答えられなかった。
そんな私の様子を見て、本部長は軽く咳払いをして「君はこの組織のことについて黙ってくれるか?」と聞き直して来た。
「…はい、分かりました。この組織のことについては内緒にします。」
緊張して息が詰まりそうになりながらも、私はそう答えた。
「……そうか。ではいい。私は他に仕事があるから失礼する。司令部は皆各々の配置について仕事を開始しろ。」
「はい!」
本部長に連れられている全員がそう答えると、彼は奥の方へと向かい、襖を開けてその場を去って行った。
司令部の人達もまたそれぞれのデスクに着いて仕事を始めた。
「………はあぁぁぁぁぁ!怖かった!」
張り詰めていた空気感から解放されて、神倉さんは大きく声を上げた。
私もまた深呼吸をして、その開放感に浸っていた。
「でもよかったな!ひとまず本部長が許してくれそうな感じでさ!」
「えぇ…」
神倉さんの言う通り、始めに詰め寄られたときはどうなることかと思っていたが、とりあえずは平気そうで安堵した。
「そうだ!せっかく来てくれたんだしさー、本部の案内でもしてやろっか?」
神倉さんが明るい調子を取り戻して、私にそう言った。
「いいんですか!?」
「いいよいいよ。さ、俺に着いて来てな!」
神倉さんはニコニコと笑いながらそう言った。
そして、私が神倉さんに着いて行こうとすると、彼は立ち止まって淡嶋さんの方へと近づいた。
「雄海、お前も来いよ!」
神倉さんが明るく笑顔で誘うと、淡嶋さんは顔を背けた。
「えぇ…嫌だよ…なんで俺がほぼ赤の他人な人と一緒に行動しなきゃいけないんだよ。」
彼は眉を顰めて不満そうな態度で答えた。
「そんなこと言わずにさ!ほら!コミュニケーションの練習ってことでさ?一緒に行こうぜ!」
「あ、おい!」
神倉さんは淡嶋さんの腕を引っ張って、半ば強引に同伴させた。
そうして、私は神倉さん達と一緒に移動することになり、彼らにこの日本除霊師機構本部を案内してもらえることになったのだった。
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