予想外に長くなりそうなので前編後編に分けることにしました。
後編は今週中に投稿したいです。
ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……。
イズマ・コロニーのとある総合病院、その一室。
そこには、生命維持装置に繋がれたアマテが眠っていた。
その小さな体には心音などをモニターするためにあらゆる機材に繋がれている。
そして、彼女のベッドの脇ではイザナが座り、じっと娘を見つめながら、先ほど受けた医者からの説明を反芻していた。
『検査の結果、娘さんの身体に異常は見られませんでした。ある一点を除いては』
診察室にて精密検査の結果用紙を参照しながら、医者は説明を続ける。
『脳波だけが異様に働いています。覚醒時とも睡眠時とも違う。かといって、植物状態でもない。……長年医師を勤めている私でも、こんな症例は初めてです』
『今できることは娘さんの命が尽きないよう、現状維持するほかありません。……力及ばず、申し訳ございません』
そっと、イザナは愛娘の手を握る。武骨な手に伝わる娘の体温は温かく、命がまだ尽きていないことを伝えてくれる。
しかし、握り返してくれることはない。アマテは人形のように身じろぎせず、外部からの刺激には全く反応しなかった。
「アマテ……」
娘の名を口にしながら、イザナは瞼を閉じる。
自分に何ができるか。
医者でも何でもない自分が、娘の回復の為にやれることはなにか。
その場から微動だにせず、何十分も思案し続け……。
父は覚悟を決め、瞼を開く。
その瞳には、決意の炎が揺らめいていた。
◆
アマテが倒れ、病院に搬送されてしまった。
戒厳令が発令されていたが、救急ホットラインは正常に機能していたらしくすぐに救急車が駆けつけ総合病院に搬送してくれた。
そこで医師による懸命の治療が行われたが……健闘むなしくアマテが目覚めることはなく、今現在は個室の病室で生命維持装置に繋がれ眠っている。
アマテが倒れるまでの状況を医師から聞き取られた際、俺はありのままを話した。
いきなり情緒不安定になったかと思ったら、急に叫びだし糸が切れた人形のように倒れこんでしまった、と。
医師は訝しげに聞いていたが、本当のことだから仕方ない。後から聞いた話だが薬物乱用の可能性を疑われていたらしいが、それも仕方ないだろう。
結局、原因不明の昏睡状態として処理された。
だが、俺はアマテが昏睡状態に陥った原因を知っている。
それを何故病院側に言わなかったのか……。それは、アマテがニュータイプであることを隠す意味もあるが、一番の理由は到底信じてもらえないと分かり切っていたからだ。
兆候はあった。
あれは1月4日の朝だった。
リビングで本を読んでいたアマテが急に顔を上げると、ある一方向をじっと見つめ始めた。
初めは入り込んだ小さな虫でも見つけたのだろうか?と思った。しかし、それは勘違いだとすぐに判明する。
アマテの顔色がどんどん悪くなっていくのだ。
これは尋常ではないと判断し、すぐさまアマテのそばに行き大丈夫かと声をかけ肩に触れる。
そして、俺の頭に地獄が繰り広げられた。
それは叫びだった。絶叫だった。慟哭だった。苦痛だった。絶望だった。
ありとあらゆる『苦しみ』によって齎される負の感情が、アマテを通じて俺に流れ込んできた。
そして直感的に理解する。
これはブリティッシュ作戦、通称コロニー落としの初期段階であるコロニー住人を皆殺しにする毒ガス攻撃によって発生した死者の想念であると。
すぐさま必死にアマテに呼びかけた。まだ幼いこの子の精神では、死者の叫びに耐えられない可能性が高い。
だから意識を俺に向けさせようと肩を揺らし、アマテの小さな体を抱きしめ必死に呼びかけた。
幸い、すぐにこちらに意識を向けることに成功し、アマテへと流入する地獄は消え去った。
しかし、流入がストップしても体験した事実はなくならない。
地獄を体験したアマテはガタガタと震え、大声で泣き喚きながら俺に抱き着いた。
結局その日はアマテが俺の傍を離れることはなく、ひとりになれたのはあの子が眠った後だった。
シャワーを浴びながら、俺は思案した。
間違いなくアレはコロニーへの毒ガス攻撃によって発生した死者の想念だ。感情と共に、死に際の光景も流れ込んできたから間違いない。
サイド6から何万キロも離れているサイド2からの想念をアマテが感じ取れたのは……おそらく量が問題なのだろう。
数人や十数人程度の死者の想念なら、アマテが感じ取れるほどのエネルギーを発しない。
しかし、それが万単位や億単位ならば?
答えは簡単だ。塵も積もれば山となる。
結果的に、アマテが感じ取れるほどのエネルギーが発生したのだ。
その時は、愚かにも安心してしまった。
6日後のコロニー落としでも同等の死者数が発生するだろうが、サイド2より遠く離れた地球での出来事だ。
負のエネルギーが膨大になろうとも、その時に備えてアマテをフォローしてあげれば乗り越えられると安心……いや慢心してしまったのだ。
その慢心のツケを、最悪の形で払わされることとなる。
1月10日。コロニー落としによってシドニーが壊滅するその日に、俺はアマテと機械弄りをしていた。
未だに本調子ではないが、こうして趣味に熱中させれば死者の想念に囚われる確率を下げられるのではという期待からの行動だ。
しかし、俺の期待は容赦なく打ち砕かれた。
鼻歌を歌いながら工具を巧みに操るアマテの動きがピタリと止まる。
そして、4日の時と同じく急速に顔色が悪くなっていきガタガタと震え始めたのだ。
慌てて俺は前回と同じようにアマテを抱きしめようとした。前回と同じく、安心させて死者の想念に囚われないようにしようとした。
そしてアマテを抱きしめ……想定とは全く違う想念が流れ込んできた。
あの子から流れ込んできたのは、死者の想念ではなかった。
瞬間、俺はとんでもない過ちを犯したと理解した。
コロニーへの毒ガス攻撃によって死亡したスペースノイド達は、訳も分からず死んでいったのだろう。
そこにあったのは、単なる苦しみと絶望だけ。中には状況を理解することなく命を落とした者も大勢いたはずだ。
しかし、コロニー落としはそうではない。
事前にジャブローに落ちると想定されていたコロニーが空中で分解し、何にも備えをしていなかった地域へと進路を変更した。
自らの頭上からコロニーの残骸という超巨大質量が落ちてくる光景は、いかほどの絶望だっただろうか。
コロニーが迫る恐怖。確実に死ぬという絶望。遠方やモニター越しにその光景を目撃する者の衝撃。
それら負の感情が、どんどん増幅していったのだ。
俺は必死に呼びかけた。ろくに動かない喉の筋肉を総動員させ、アマテが持っていかれないように引き留めようとした。
しかし、無駄だった。
アマテから流れ込んでくる負の感情はどんどん増していき、釣られるように地球へと落下するコロニーの様子がアースノイドの視点映像として見えるようになり……。
ついに地表へと着弾した瞬間。
生者の絶望は死者の想念へと変換され、毒ガス攻撃時とは比にならない爆発的な負のエネルギーがアマテと俺に襲い掛かってきた。
その後は医者に説明した通りだ。
アマテは倒れ、俺が通報。
そして今に至るという訳だ。
……しかし、疑問に思うことがある。
何故俺は、死者の想念に引っ張られなかったのだろうか。
確かにあの時、俺は爆発的に増大した死者の想念に襲われた。
ニュータイプといえどひとりの人間には決して受け止めきれない負の感情に、俺はなすがままだった。
確実に、
しかし、気が付けば俺は気絶したアマテの傍で目を覚ましたのだ。
「アマテ……」
娘の名を口にしながら、必死に記憶を手繰り寄せる。
なにかがあったはずだ。俺が死者の想念から脱することができた理由が、確かに存在するはずだ。
懸命に、真摯に、熱心に。
僅かに残る記憶の欠片を目印に、奥底へとどんどん潜っていく。
……そうだ。確かあの時は、死者の想念からアマテを守ろうと必死だった。
『--さー!-げーーー』
恐怖におびえる娘の前に立って、全身で死者の想念を受け止めていた。
『-父さー!--てーー』
だが、俺はあまりにも無力だった。
膨大な負のエネルギーがどんどん俺の精神を傷付け、ボロボロになっていくのが理解できた。
『-父さー!-げて!-』
それでも、俺は守るために立ちふさがり続けた。
娘を傷つけまいと、膝を屈することを許さなかった。
『お父さー!-げて!!』
しかし、その様子を看過できない人物がいた。
『お父さー!逃げて!!』
アマテだ。どんどんボロボロになっていく俺を感知して、大粒の涙を溢れさせていた。
そしてーーー
『お父さん!逃げて!!』
ドン!と背中を押された。
同時にアマテからどんどん引き離されていくのを感知し……。
最後に感じたのは、父を死地から脱出させられたことに安堵した娘の笑顔だった。
---そうだ。俺は娘に助けられたのだ。
なんたる失態だ。俺は自身の情けなさに憤慨した。
娘をあらゆる危険から守ると誓ったくせに、その娘に守られてどうする!
あまつさえ昏睡状態に陥らせるなど……言語道断である!!
何度も何度も、俺は自身を責め続けた。父親失格だと、自らを言葉で傷つけた。
だが、それは決して自暴自棄になったからではない。
これは誓いの印でもあるのだ。娘を取り戻すと、己に課した傷跡なのだ。
---そう、娘を取り戻す。
俺は娘を昏睡状態から目覚めさせる術を、見つけ出した。
アマテと同じ
毒ガス攻撃やシドニーへのコロニー落下って何時頃なんでしょうかね?
いくら調べても出てこないし私も記憶にないのです……。
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