どうやって書こうか悩んで悩んで……ようやくお出しできると判断できました。
第二次イズマ・コロニー沖決戦から数日後。
とある葬儀場にて、小規模な家族葬がひっそりと執り行われた。
参列者は十数人と少なかったが、その誰もがイザナ・ユズリハの死を悼んでいた。
参列者の中で一番長い付き合いがあった元締めは、弔辞中に耐えきれず嗚咽を漏らし。
ニャアンとルナら親交のあったご近所さんたちはみなさめざめと泣き。
シュウジとソドン組を代表し参列したシャリアは、瞳を閉じ静かに冥福を祈っていた。
そして、故人の娘であるアマテ・ユズリハは……無表情のまま、一滴の涙も流さなかった。
◆
空っぽの棺を送り出してから、1週間経ったある日。
ニャアンとシュウジは、ユズリハ家の前に立っていた。
理由はとても単純だ。2人は、アマテのことがとても心配なのだ。
彼女はつい一昨日まで、決戦で負った傷が原因で軍病院に入院していた。
幸いにも後遺症はなく、本来であれば数日で退院できる程度の傷だった。
しかし、病院側……正確に言うならば、シャリア・ブルからの強い要望で入院期間が長引いたのだ。
理由は言うまでもない。
アマテの心だ。
ニャアンから聞いた話によれば、彼女は父親と喧嘩したその足でニャアンの家に転がり込み、そのまま決戦に出撃したという。
つまり、父親との関係を修復できないまま、永遠の別れを経験することになったのだ。
シャリア・ブルは、アマテとイザナの間で何があったかは知らない。
しかし、最近になってアマテの周りでカーン家の諜報員がこそこそ動いていることが無関係ではないことは感づいていた。
ここにジオン軍中佐として魑魅魍魎の類いを相手取り、その過程で集まって来た情報。
そして、彼女と相対した時に流れ込んできた思念。
それらを総合すれば、朧気だが真実が見えてくる。
ならば、安易に退院という形で世間に放り出すわけにはいかない。
病院と一緒に、太鼓判は捺せなくとも問題ないと判断できるまで見極めなければならない。
---結論から言えば、太鼓判を捺せないが退院は認められる『可』判定だった。
心の傷は癒えていない。今後も定期的なカウンセリングは必要になることは間違いない。
しかし、これ以上入院を長引かせても好転する材料がない。今必要なのは、『日常と言うぬるま湯』と『時間』という2種類の薬。
幸いにもジオン参謀本部は『連邦による攻勢は当分ない』という予測を立てており、シャリアもその予測に同意している。
だからこそアマテを家に帰し……その上で、ニャアンとシュウジという一番身近な『友人』に支えになってほしいと依頼し、2人は二つ返事で了承したのだ。
「ニャアン、早くしないと溶けてしまう」
「わ、分かってるわよ……」
そして、玄関前でニャアンはインターホンを押すのを躊躇っていた。左手にはアイスの入った袋があり、いくら保冷剤入りといえどももたもたしていれば溶けて食べられなくなってしまうのは自明の理であった。
そんなことはニャアンは百も承知である。それでも押せない理由は、ユズリハ家を訪問する前に伝えられたシャリアからの忠告にあった。
『いいですか?親しい者を失った直後の人間と言うのは、程度に差はあれど脆くなるものです。それがニュータイプならなおさら』
しかし、いつまでも手をこまねいていても仕方ない。
ニャアンは覚悟を決め、インターホンを押す。
カネバン有限公社のインターホンを押せなかった頃から、自分は変わったのだ。
『乗り越え方は様々です。あえて感情を爆発させる、努めて冷静にふるまう、目を逸らし続ける、一生背負う傷として胸に秘める……』
ピンポーン、と音が鳴り、静寂が生まれる。
ユズリハ家のインターホンはカメラ付きであり、会話も問題なくできるタイプだが……一向に、あちら側からの反応はない。
これは日を改めなければいけないか……と諦めかけたその時、玄関の向こう側からドタドタと足音が漏れ聞こえてきた。
『このいずれかならば問題ないでしょう。もちろんサポートは必要ですが、深刻ではありません。しかし……』
おそらく、アマテが大慌てで玄関を開けに向かっているのだろう。普段なら『相変わらず元気だなー』と笑って済ませられるような微笑ましい行動だ。
しかし、ニャアンとシュウジは顔を青くしていた。
『
バン!と勢いよく玄関が開け放たれた。
「ごめんね遅れちゃって!ちょうど今ご飯作ってたとこなんだー」
ニコニコと笑みを浮かべながら、エプロン姿のアマテが現れる。
その姿に、最愛の父親を失った娘特有の悲哀は感じられない。
『傷つかない人間などいません。そう見えるならば、それはきっと人でなしか……
入って入って!と笑顔で促すアマテの姿を見て、2人の脳内にシャリアの言葉が反響する。
『後者であれば喫緊の課題です。最悪二度と戻れなくなりますよ』
◆
『目を逸らす』と『現実逃避』は似ているようで違う、とシャリア・ブルは言った。
前者はあくまで一時凌ぎ。前に進むための準備期間を捻出する為の時間稼ぎ。
対して後者は堕落の一途。放っておけば、地獄の底まで一直線。
そして、ニャアンとシュウジの目から見ると、アマテは『現実逃避』しているように見えた。
まず違和感を覚えたのは玄関に入った直後だった。
男物の靴が並んでいたのだ。しかも、ご丁寧に履きやすい位置に置かれている。
続いて感じたのはリビングに入った時。
身辺整理や遺品整理をしたように綺麗でもなく、物に当たったり片付ける気力をなくして汚いのでもなく。
ただただ、いつも通りであった。以前ニャアンたちが遊びに来た時と、全く同様だった。
そして、極めつけは冷蔵庫だった。
「そういや、2人はお昼ご飯食べた?」
ニコニコと質問するアマテに、まだ食べていないと返答すると、彼女は「ちょうどよかった!」と
そして、冷蔵庫から
「マチュ、アイス買ってきたから冷蔵庫に仕舞っていい?あとで一緒に食べよう」
「ほんと!?ありがと!」
その違和感を確かめる為に、ニャアンはアイスを口実に冷蔵庫を開ける。
そこには、一人分の料理が所狭しと並んでいた。冷凍庫も同様である。
都合よく自分とシュウジの分の作り立て料理が出てきた時から薄々感づいていたが、これはもう確定である。
アマテは、毎食二人分作っているのだ。
そう、父親の分までも。
怪しまれないようにさっとアイスを仕舞い、食卓へと戻る。
相変わらず、アマテはニコニコと笑っていた。
そこから先は、心労との戦いであった。
何事もなかったかのように振る舞うアマテを下手に刺激しないように言葉を選びながら、ニャアンとシュウジは探りを入れていく。
心を読めれば一番早いのだが、それはできなかった。失礼を承知で探りを入れたが、意図的に封鎖しているのか全く読み取れなかった。
だからこそ言葉と観察で探りを入れていくしかなかった。
しかし、探りを入れれば入れるほど、イザナを喪失して生まれた穴の全貌が見えてきてしまう。
もはやソレは穴どころのものではなかった。
断崖絶壁だ。
どうやって埋めればいいのか、そもそも埋めきれるようなモノなのか。
ニャアンは己のふがいなさを恥じた。
親友が苦しんでいるというのに、救う術を思いつけないなんて……ッ!!
急に涙を浮かべるニャアンに、マチュはティッシュを差し出し「大丈夫?」と気遣う。
それがまた、ニャアンには心苦しかった。
しかし、ニャアンはアマテの傷に気を取られてばかりで大事なことを失念していた。
そう、この場には自分以外にもうひとりいることを。
そして、そのもうひとりが意外な方法で穴を埋める一手を打った。
「ねぇマチュ。お父さんはもういないんだよ」
◆
穴埋めどころか、崖崩れという二次災害を引き起こしかねない一手に、ニャアンはただただ唖然とするしかなかった。
今までの会話で、アマテが意図的にイザナの話題を避けていたことは明白だ。
己を守るために命を擲ったという重すぎる真実から心を守るためなのか、はたまた本当に忘れているのか。
どちらにせよ、シュウジの言葉はニャアンからすれば迂闊としか言えないようなものだった。
「ち、ちょっとシュウジ!いくらなんでも言っていいことと悪いことがーーー」
「ニャアン。僕たちはマチュを救うためにここに来たんだ。眠り姫がいるなら、目を覚まさせないといけないよ」
「で、でも!」
「今必要なのは、蜂蜜のように甘い空想じゃない。薬のように苦い現実なんだ」
シュウジの言葉には一理ある。連邦との戦争真っただ中であり、未だに安全が確保されていないサイド6にとって最大の矛であり盾でもあるアマテの復帰は最優先事項だ。
ゆっくり時間をかけるより、多少の荒療治は許容して迅速に治療する方が正解に近いと言える。
しかし、それは人間性を無視した合理だ。
ヒトはどこまで行っても感情に基づく生物であり、完全に切り離せる者はほんの一握り。
そして、この場にいる人間はーーー誰もがその一握りではなかった。
「もう一度言うよ、マチュ。キミのお父さんは死んだんだ」
血がにじみ出るほど拳を握りしめるシュウジに驚きながらも、ニャアンはおそるおそるアマテの様子を伺う。
病院で目覚めた時も、葬式の時も彼女は涙を流さなかった。
ただただ、ぼうと目に映る光景を眺めているだけで、まるで人形のようであった。
とはいえ、あれから幾分か時間が経っている。未だ現実逃避しているとはいえ、ある程度は気持ちを整理しているだろう。
ハンマーで頭をぶん殴るようなシュウジの指摘を受け、どんな反応を示すか……正直、予想が付かなかった。
泣き出すだろうか?怒るだろうか?もしくはその両方?
どれにしても、全力を尽くす必要がある。
賽が投げられてしまった以上、出た目に対応していくしかないのだ。
しかし。
アマテの反応は、ニャアンが全く想定していないものだった。
「うん、そうらしいね」
あっけらかんと。
まるで世間話の一端かのように肯定した。
「起きてから聞いたんだけど、連邦軍に突っ込んで行方不明。そのままKIA判定されちゃったんだってね」
「上官の責務って感じでシャリアさんが直接説明してくれたんだけど、正直実感ないんだよね」
「だって、直接見てないし」
「お葬式の時だって、棺は空っぽだったし」
「だからさ、正直全然悲しくないんだよね」
「みんなは泣いてくれるんだけど、その理由に共感できないというか……」
「そのうちひょっこり帰ってくると思うんだ」
椅子に深く腰掛け、右人差し指で虚空に円を描きながら、アマテの口が回り続ける。
傍から見れば、なんと哀れな少女なのだ、と憐れまれるだろう。肉親を失い、心が壊れてしまったと。
しかし、2人は違った。
シュウジの
そして、固く封鎖されていた心の壁に小さな亀裂を入れたのだ。
え、穴じゃなく亀裂?それも小さい?
そんな疑問の声が聞こえてくるかもしれない。
しかし、それで十分だった。
その小さな亀裂から僅かに漏れ出るアマテの本当の
そして。
示し合わせる訳でもなく、2人の頭には、彼女を救う手掛かりがある場所が思い浮かんでいた。
そこはこの家に存在し、彼女も幾度となく入った場所でありーーー退院後から絶対に入っていないと確信できる場所。
そう、イザナ・ユズリハの私室だ。
◆
詳細を知らずとも、『アマテがイザナに失言し、それが原因で家出した』ということを2人は把握していた。
そして、和解する機会もないまま永遠の別れとなってしまったことも。
病院で目覚め、己を救うために父親が犠牲となってしまった一連の経緯を知った時、彼女が抱いたのはとてつもなく膨大な後悔と罪悪感だった。
『なんで喧嘩しちゃったのか』『なんで油断しちゃったのか』『なんで気絶しちゃったのか』『なんで謝れなかったのか』『なんで最後に顔をちゃんと見れなかったのか』
そんな大量の『なんで』が彼女の内で膨れ上がり、心理的な苦痛となって苛み続け……このままでは廃人化してしまうと、ココロが防衛機制を働かせた。
その結果が、先ほどの見るに堪えないアマテ・ユズリハの姿だった。
精神科医やカウンセラーではないニャアンとシュウジは、このような患者への対処法は持ち合わせていない。強いて言うならば、ニュータイプ能力でもって心の機微を敏感に察知し、寄り添うことだけだ。
しかし、不思議なことに2人の頭にはこの状況を打破する特効薬が思い浮かんでいた。ヒントとなるような情報を得られていないにも関わらず、イザナと最後に別れたあの戦場で直接聞くことがなかったにも関わらず……特効薬が、イザナの私室にあると確信していた。
まるで、何者かが情報を直接脳内に届けているかのようだった。
「ち、ちょっと2人とも……引っ張らなくても歩けるよ……」
ニャアンとシュウジに手を引かれるアマテの足は重かった。口では問題ないと嘯いているが、2人が感じる抵抗から察するに、明らかに彼女の心はイザナの私室に向かいたくないと叫んでいた。
主を失った空っぽの私室を見れば、否が応でも現実を再認識しなければならないと理解しているからだ。
しかし、それでも。
何としてでもアマテをあの部屋に連れていく必要があるのだ。
私室の扉を開け、未だ抵抗するアマテと共に入室する。
中は予想通り、全く手が付けられていなかった。机の上には読みかけの本があり、長時間放置されたノートPCはスリープ状態に移行している。ベッドには脱ぎ捨てられたままのワイシャツがあり、椅子には鞄が置かれたまま。
この部屋は、イザナが死んだあの日から、時間が停止したままであった。
チラリ、と2人はアマテの様子を伺う。予想通り、彼女は無表情のまま突っ立っていた。増幅する後悔と罪悪感から身を守るために、意図的に心を殺しているのだろう。
ニャアンとシュウジは目配せし、コクリと頷く。
2人とも、入室した瞬間から目指す場所を把握していた。
未だ心を閉ざし、ニュータイプ能力も制限しているアマテには感じ取れないが……一か所だけ、明らかに思念が宿っている場所がある。
主を失い、その娘すら長らく立ち入っていないにも拘らず、未だ薄れる気配すらない膨大な思念が。
そこは、書棚の中央に位置する、電子ロック付きの金庫だった。
アマテをシュウジに任し、ニャアンが金庫の前に立つ。案の定、鍵はかかったままであった。
ここで開錠するために心当たりを片っ端から入力する……という方法は使えない。このタイプの金庫は、定められた回数連続で間違うと、半永久的にロックがかかってしまうのだ。
もちろん、金庫自体を壊せば開けることができるが……そんなことをすれば、中身はただでは済まない。
直感の赴くまま、迷いない指先で8桁の番号を入力する。
するとどうだろう。ピピッという電子音と共に、ロックが解除されたではないか!
これには先ほどまで無表情だったアマテも顔を崩さざるを得なかった。
8桁の暗証番号は00000000~99999999の1億通りあり、一発で当てるなどまさに天文学的確率であった。
唖然とするアマテを尻目に、ニャアンが金庫の中を確認する。幼子が書いたような似顔絵や、アクリルケースに保存された泥団子など複数の小物が納められており……その中で一際目に付くものがあった。
そして、直感的に理解する。
これこそが、今のアマテに必要な特効薬なのだと。
「な、なな……なんで、一発で……」
「なんてことないよ。イザナさんの親馬鹿っぷりは有名なんだし」
「う……」
急に出てきた父親の名に、アマテはたじろいでしまう。
「大丈夫、イザナさんはアマテに怒ってないよ。だって、暗証番号はマチュの誕生日だったから」
「え……?」
ニャアンは、未だにマチュの正体がハマーン・カーンだということを知らない。
つまり、ここで出てくる誕生日とはアマテ・ユズリハのものだ。
「だから、はい、これ」
「これは……」
手渡された物を見て、アマテは目を見開いた。
大きさはB5判ほどのノートサイズであり、表紙には『アマテ成長日記』と記されている本---タイトル通り、いわゆる日記という代物だ。
「ここに、マチュが知りたいことが全部あると思う。……じゃあ、私たちは外で待ってるね」
無断で父娘の世界に立ち入る訳にはいかない、とニャアンとシュウジが退室する。
その気遣いは大変にありがたいものだったが、正直傍にいてほしかったというのが本音だ。
父親の愛情が本物だということは知っている。脱出ポッドで死を待つだけだった赤ん坊の自分を誘拐同然とはいえ保護してこの年になるまで育ててくれたし、己に対する父親の感情に悪意を感じたことはない。
しかし、それでも。
自分が知らないだけで悪感情を抱いていたとか、あの喧嘩がきっかけで愛想を尽かしたのではないかとか。
そんなはずないと頭では分かっているはずなのに、どうしても悪い方向に想像が働いてしまうのだ。
コンコン。
日記を開く勇気が出ないでいると、背後からノック音が聞こえた。それも、二人分。
ニャアンとシュウジだ。
『傍にいるよ、安心してね』
そんな声が聞こえてくるようだった。
アマテはひとつ、ゆっくりと深呼吸した。
そして表紙に手をかけ……日記を開いた。
◆
そこには、全てが載っていた。
己がどのように育ってきたか。
父親がどんな想いを抱いていたか。
克明に、鮮明に、鮮烈に。
文字一つ一つに、感情が籠っていた。
もちろん、正の感情ばかりではない。
中にはイタズラに怒っていたり、対応を間違えたと自省する内容もあった。
だが、憎しみなどの加害感情は一切存在せず……イザナ・ユズリハという父親に、下心が一片たりともない証明となっていた。
そして、ついに11年目---U.C.0079に日付が到達する。
そこには、己が知らない父の戦いが記されていた。
確かに、自分は12歳の時期の大半を病院で過ごした記憶がある。気が付くと病院のベッドで寝ており、傍に父がいたことは今でも鮮明に記憶に残っている。
詳しいことは教えてもらえず、病院側の『原因不明』をそっくり鵜呑みにしていたが……まさか、こんな裏側があったとは露ほど思っていなかった。
……確かに初めてキラキラを見た時、どこか見覚えがあると思った。
当時は単なる勘違いと思っていたけど、まさかあれが二回目だったなんーーー痛っ!
突如として、激しい頭痛が襲い掛かって来た。
同時に、蓋が開いたかのように『向こう側』での記憶が溢れ……頭を押さえる拍子に傾けた日記から、封筒がぱさりと抜け落ちた。
未だ続く頭痛に耐えながら、封筒を確認する。
そこには短くイザナの筆跡で『アマテへ』と書かれてあった。
日記を脇に置き、慌てて封筒を手に取る。
頭痛なんて知るか!と言わんばかりに中身の紙を取り出した。
愛しい娘アマテへ
この手紙を読んでいるということは、俺に相当ひどいことが起こっているか死んでるんだろうな。
もしそのどっちでもないなら、今すぐこの手紙のことを忘れてそっと日記に挟みなおしてくれると嬉しい。
さて、本題に入ろう。
と言っても、喧嘩の件じゃない。あれは説明する勇気がなかった俺が全面的に悪いし、嫌われたとしてもしょうがないと思ってる。
ただ間違いないのは、俺がアマテを心の底から愛していること。これだけは嘘じゃない。
俺が今から言いたいのは……憎しみに心を囚われるなってことだ。
アマテは情が深いから、もし大事な人に何かあったとき、加害者を憎まずにはいられないと思う。感情をコントロールできなくなって、衝動の赴くままに行動してしまうかもしれない。
でも、それだけは思いとどまってほしい。
なにも敵討ちするなって訳じゃない。現実に起こってしまった結果は変えられないし、すっきりするなら敵討ちも良いと思ってる。
だけど、それだけに囚われて全てをつぎ込むような復讐者にはなってほしくないんだ。古今東西、復讐者の末路は、達成の可否に関わらずろくなもんじゃない。
燃料として自分自身を燃やしても、後に残るのは燃えカスだけだ。
アマテは出会いに恵まれている。もしいっぱいいっぱいになって苦しい時には、遠慮なく周りに頼るんだ。
人に頼れないやつは、実は誰もそいつを頼りにできないんだ。
最後に、俺の正直な気持ちを伝えておく。
アマテ、俺はお前に出会えて、心底良かったと思っている。
灰色だった俺の人生に色づきを与えてくれた。無為に生きる日々に、意味を持たせてくれた。
だから、もしこの先の人生、ハマーン・カーンとして生きていくことを選択しても、俺は絶対に否定しない。
なんなら忘れてくれたっていい。重荷になるくらいなら、すっぱりと捨て去って前に進んでほしい。
俺はいつでも、アマテの幸せを願っているから。
イザナ・ユズリハ
「お、とうさん……」
父からの愛の籠った遺書を読み、熱いものが込み上げてくる。
「おとうさん……」
「おとうさん……おとうさん……ッ!」
幼児だった頃の記憶、小学校入学式での記憶、誕生日をお祝いした記憶、初めてひとりで機械を治せた時の記憶、初めて喧嘩して……仲直りしてアイスを食べた記憶。
そのどれもが、笑顔に溢れていた。
「うあぁ……あああぁぁぁ……ッ!」
自分が実の娘ではないと知った時、勝手に裏切られたと感じていた。
あまりの絶望に、父の心も知らないで、勝手に悪い方向に決めつけた。
冷静に考えれば、そんなことないって分かり切ってたはずなのに。
だから、あの決戦が終わったあと、家に帰って謝ろうと思っていた。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁ……うああぁぁぁぁ……ッ!!」
しかし、その機会は永遠に失われてしまった。
自分が油断していたばっかりに、その隙を突かれ危うく鹵獲されそうになり……寸前で父に助けられた。
その身を犠牲にしてまで。
「うぅ……ぐすっ……ひっく……」
病院で目覚め、説明を受けた時、激しく後悔した。
なんであの時謝れなかったのか。なんであの時冷静になれなかったのか。なんであの時酷いことを言ってしまったのか。
そんな『もしも』が内側で嵐となって大暴れし……また私は、悪い方向に想像を働かせてしまった。
きっとおとうさんは、私のことを嫌いになってしまったのだと。
そして、これ以上傷つきたくないと、心を凍り付かせた。
「おとうさん……」
でも、そんな自分を救ってくれたのは、またしても父だった。
こんな親不孝な娘を決して見捨てることなく、死んだ後までも手を差し伸べてくれた。
「ありがとう…………大好き」
そして。
絶望という天岩戸から脱出したアマテは。
もう一度、我慢することなく大粒の涙を流し。
腹の底から、大声で泣いた。
元ネタのある言葉が混じってますが、決してパクリという訳ではないので許してください!なんでもしますから!!
残り3話か4話で完結する予定です。
放送日まであとわずかですがなんとか形にしてお出しできるよう頑張ります。