元ゲヘナ風紀委員、オーネスト・ブルートゥ 作:悲しいなぁ@silvie
ギィ、と椅子の背もたれが軋む。
此処はジャンカー・コヨーテスのコントロールルーム、ユウとブルートゥのみが立ち入る事を許された施設の中枢である。
ユウは自分用にと用意したクッションの効いた椅子に体重を預けながらコンソールパネルを操作し目当てのカメラ映像をモニター一杯に表示させる。
『素敵だ……』
モニターには血に塗れ、妖しく艶やかに…正しく妖艶に笑うブルートゥが写しだされる。
ブルートゥはふるふると感極まったように震えると…横へ倒れていく。
「終わったな」
頬杖をつき、モニターを見るユウ…視線の先ではブルートゥの真っ赤なハイヒールの爪先がホシノのこめかみに突き刺さっていた。
人体が蹴られたとは思えない音が、機械類越しにも聞こえてくる。
「ボスのハイヒールはタングステン合金製の一点物…
ボスの武器で焼けねぇ耐熱性は勿論、硬さも重さも鉄やらの比じゃねぇ
頭ん中シェイクだろうな…片足20kgのピンポイントトーキック、良くて即死悪けりゃ一生ベッドの上だ」
椅子から立ち上がりボスへ渡すタオルの準備でも…そう考えていたユウの耳に銃声が聞こえた。
「おいおい……人間やめてんな…」
モニターには額から血を噴き出しながらもブルートゥへ拳銃による速射を行うホシノが映し出されていた。
「ぐ…うぅ……」
流れる血が目に入り鬱陶し気に声を上げるホシノ。
ユウの不意打ちで受けた頭部の傷が、今の蹴りで完全に開いてしまっていた。
「ああ…こんなにも情熱的なステップを……!
まだ私と踊っていただけるというのですね、ご友人!!
感激だ………」
ブルートゥの身体を蹴り飛ばし、無理矢理に距離をあけ牽制の意を込めた速射を顔面に撃ったはいいものの…効果はほとんど無かったらしい。
ブルートゥは撃たれた弾丸の内の一つを歯で受け止め、それを愛おしそうに口へ含み呑み下す。
(人体の感触じゃ…無かった……っ!)
腹部を蹴り飛ばした脚が、ジンジンと痺れている…あの格好だ、装備による硬さとは考え難い。
恐らくは、皮膚の内側……文字通り一皮剥けば、悍ましい
ショットガンが効かない筈だ……ホシノは赤く染まる視界とモヤが掛かった不明瞭な思考で
この装備では、ブルートゥは倒せない。
万全の自分でも苦労するであろう相手だ…ならばせめて、後ろの後輩達だけは何としてでも逃さなければならない。
幸い、相手は丸腰…時間を稼ぐだけなら今の自分でも問題ない……はずだ。
血を拭う一瞬、その一瞬すら視線を外せないと両目を血に染めるホシノ。
「みんな…逃げてっ!!ここは私が食い止める!」
ホシノのその叫びに、最も早く反応したのは…誰であろう、ブルートゥであった。
ブルートゥは軽く飛び上がると、地面が振動する程に強く一本のパイプの上へ着地する。
金属製のパイプが容易く踏み潰され、その振動がパイプを伝い天井へと伝わる。
「黒色火薬の耽美な誘い……さぁ、楽しみましょう!」
ブルートゥの頭上から、大きな…
ソレはあまりにも飾り気のない銃身で、
ソレはあまりにも用途を隠さない兵器、
ソレはあまりにも無骨な鉄の塊だった。
大柄なブルートゥが…身長にして188cmの彼女が持って尚巨大としか言いようのない馬鹿げたサイズの火炎放射器。
かつて、彼女はゲヘナ学園風紀委員として活動していた際にその武器と強さから不良達からこう恐れ噂された。
オーネスト・ブルートゥ、ゲヘナの嗤う
まるで社交ダンスを踊るように振り回される銃口から膨大な熱量を
直撃を避けているにも関わらず、ホシノの額から流れる血が乾きボロボロと固体として剥がれ落ちていく。
噴き出した汗が瞬時に干乾び、全身にざらざらとした塩の結晶を纏わせる…直感、直撃を受ければ盾越しであろうとも致命傷は免れないであろうと生物としての本能が危険信号を送る。
「はぁ…っ……ぐ…ぅぅ……!」
身体が重い、全身が休息を求め大声で叫んでいる感覚。
肺が大きく息を吸えと叫び、熱風に灼かれた気道が息を吸うなと悲鳴を上げる。
頭が痛い…思考が纏まらない……みんなはもう逃げ切れたのだろうか………ゆっくり休みたい…
様々な思考が入り乱れ、動きが徐々に精彩を欠く。
ホシノからすれば1時間は過ぎたであろう感覚……しかし、未だホシノとブルートゥが接敵してからほんの数十秒──彼女がアビドスの面々に向けて叫んでから10秒も経過していなかった。
ガクン、と膝の力が抜け脚が縺れる…蓄積したダメージと極度の緊張から身体が硬直する。
(しまっ……当たる……っ!)
ホシノのすぐ目の前に、狙いすました業火が迫る。
迫りくる炎がやけにスローに感じる…このままでは焼かれて死ぬ、しかしホシノはどこかそれが自身に相応しいかと自罰的な笑みを浮かべ────
「でやあぁぁぁああ!!!!!」
「うぐぅ!?」
横合いから突っ込んできたセリカに吹き飛ばされた。
ホシノがつい数瞬前まで居た場所を業火が灼き尽くす…ホシノはその光景を呆然と見つめ、ふと気が付いたようにセリカを見る。
「せ、セリカちゃん……?なんで……逃げてって言ったのに…」
纏まらない思考でなんとか紡ぎ出した言葉は片言で、この場に相応しくない響きになってしまう。
目まぐるしく移り変わる状況に、ホシノの思考が停止しかけるが…それを見越したように倒れたままのセリカとホシノへ業火が迫る。
「無駄」
「全弾発射ですよ〜!!」
しかし、ノノミとシロコによるミニガンとアサルトライフルの集中砲火がブルートゥを狙い撃つ。
ブルートゥは火炎放射の向きをホシノ達からノノミ達へ切り替え、迫りくる弾丸を灼き尽くしていく。
「凄い火力…弾丸が届かないのは想定外」
「駄目です、このままじゃこっちの砲身の方が先に…!」
二人は弾幕を張りながらホシノ達の方へ駆け寄ると二人をそれぞれに抱えて火炎放射の範囲外へと飛び出す。
「シロコちゃんにノノミちゃんまで…なんでみんな逃げてないの!?」
「そんなの…っ!!ホシノ先輩を置いて逃げられる訳ないじゃない!!!
ばっかじゃないの!!??」
混乱したホシノが責めるように声を上げるも…それよりも更に声を荒げてセリカが涙と共に叫ぶ。
「怪我が無くて良かったとか、私が食い止めるとか…言ったでしょ!?私達が大丈夫でもホシノ先輩が大丈夫じゃないなら意味ないのよ!!!」
怒りと悲しみ、責めるようなその慟哭…しかしその根底にあるのは紛うこと無き友愛であった。
涙が後から後から溢れ出し、喉が
「ホシノ先輩が私達を心配するんなら……私達だってホシノ先輩を心配してるに決まってるじゃないの!!
なんでそんな事もわかんないの……馬鹿…馬鹿ぁ…!」
「セリカちゃん……」
自身の胸に縋り付き泣き喚くセリカの背に回されたホシノの腕は彼女を抱き留めてよいのかと迷うように彷徨う。
「もう、ホシノ先輩…次こんな事をしたらもう二度と膝枕してあげませんからね!」
そんなホシノの右腕を掴み、無理矢理にセリカの背を抱かせるノノミ。
「ホシノ先輩、敵が強いなら一人じゃなく全員で戦うべき…
私達だって対策委員会のメンバー」
そう言ってシロコもホシノの左腕を掴み、背を抱かせる。
「みんな……でも…」
それでも、と声を上げようとするホシノに3人が待ったを掛ける。
「ん、ここから先は私達の番」
「反撃開始ですね〜☆」
「そうよ…あんな奴、私達でやっつけてやるんだから!!」
ホシノの前に、まるで彼女を庇う盾のように3人が立ち並ぶ。
アビドス最強…否、キヴォトス全体で見ても屈指の実力者であるホシノが敵わなかった相手。
客観的に見れば、彼女達の行動は無謀と言わざるを得ない。
─────だが、彼女達を知る者…アビドス廃校対策委員会を知る者の見解は違う。
彼女達は、ここからが強い。
ホシノ達が話し合っている間、先生は一人ブルートゥの眼前に立ち塞がっていた。
丸腰…どころか『外』の人間である先生はブルートゥの攻撃の全てで致命傷を負うだろう。
しかし、それでも一切の躊躇なく先生はそこに立っていた。
そんな先生に何かを思ったのか、ブルートゥは問い掛ける。
「ご友人…恐怖は無いのですか?」
先の狂気的な雰囲気は鳴りを潜め、理知的で静かな声がそうたずねる。
「生徒と話すのに怖がる先生なんて居ないよ
勿論、私だってそうさ」
軽くそう答えると先生はブルートゥへ微笑みかける。
まるでよく会う友人へ向けるような笑みで。
その返答に、ブルートゥは驚いたように目をパチパチとしばたたかせ…やがてゆっくりと柔らかな笑みを浮かべた。
「少し……似ていますね」
「似てる…?私が?」
首を傾げる先生に、ブルートゥは目を閉じてどこか懐かしむように笑う。
「ええ……私の、大切な友人に」
ブルートゥは顔を上げるとゆっくりと…惜しむように目を開き火炎放射器を構え直す。
「そろそろご友人達の準備も済んだようですね…
ご友人、もう少し下がってください…そこに居ては
先生は少し逡巡し…ゆっくりと身を引いた。
ブルートゥもまたゆっくりと名残り惜しそうに振り向き、シロコ達を見据える。
「ご友人、お色直しは済んだようですね
素敵だ……」
再び、ブルートゥの顔が嬌笑に歪む。
艶やかに、狂おしく、美しく、忌避的な…たまたま裂けた形が笑みに見える、そう表現する方が正確だと思える程に非人間的な笑みを浮かべる。
正面に立つことすら憚られる程の威圧感に…しかし誰一人として尻込みせずに3人は立つ。
「覚悟してくださいね〜☆」
「ん、ホシノ先輩の敵討ち」
「別に死んでないから!!
でも……そういうことよ!!」
「ああ……新しい友人達が、こんなにも…一度になんて…
不埒だ……」
自分の身体を掻き抱くと、感極まったように震えるブルートゥ。
覚悟を決めようと、何かを背負おうと…3人とブルートゥとのいかんともしがたい実力差は埋まらない。
セリカ達とてわかっている、ホシノが何かを背負っていてそれを決して自分達に話す気が無い事を。
ホシノが自分達に見えない『壁』を作っている事ぐらい。
だが……それでも思う。
馬鹿にするなと、見縊るなと。
無理してすみからすみまで話さなければ、しんどいの一言も言えないような…そんな窮屈な関係なのかと。
「……るわよ……!」
セリカの手が、愛銃のグリップを強く握る。
見据えるは、高くそびえる『壁』。
「越えてやるわよ!『壁』も…アンタも!!」
試し行動:子供がわざと周囲の大人たちを困らせるような言動をとって反応をうかがう行為。
その多くは『親』からの愛情の確認や不安の現出によるとされる。