元ゲヘナ風紀委員、オーネスト・ブルートゥ 作:悲しいなぁ@silvie
名誉も地位も彼を動かすには値しない
彼を動かすのはいつも、大事な生徒からのお願いだけだ
これは先生がアビドス対策委員会の面々に会う少し前…シャーレに先生が就任して間もない頃の話である。
傭兵集団ジャンカー・コヨーテスの頭目補佐、方舟ユウは書類の束を手にとある部屋の扉を叩く。
程なくして声が返ってきた為に扉を開く…ここはジャンカー・コヨーテスでも頭目であるブルートゥとその補佐であるユウにだけ立ち入る事を許された一室。
ブルートゥが特別に造らせた色とりどり、季節や産地を無視した種々様々な花が植えられた温室である。
極彩色の花々に囲まれて、一人の長身の女性がオールドタイプなジョウロで花に水をやっていた。
一目で上等な作りとわかる着物に、軍用の
「ボス、連邦生徒会の方で動きがありました」
返事は無い……そして、報告を止める声もまた無い。
ユウは無言の促しに応え、手元の資料を読み上げていく。
「連邦生徒会長の失踪、それに伴うサンクトゥムタワーの機能不全について…連邦生徒会は外からきた『大人』を起用して解決したらしいです
連邦捜査部S.C.H.A.L.E、あの連邦生徒会長の肝入りでどんな法も規制も受けない超法規的組織…まぁSRTみたいなモンですかね?
そいつのトップに大人を据えたらしいです、なんでもあらゆる所属、学籍を問わず生徒を起用できるとか…これが本当なら俺やボスも手を貸してやる事になるかもしれませんが、あくまでも生徒の自主性を重んじるとかで強制力は無いようですね」
枯れた花を摘み、繁り過ぎた葉を落とし、栄養剤や水を一株ずつ丁寧に与えていく。
視線すら向けず、しかしただ一言呟く。
「シャーレの大人…ですか」
「ええ、ですが…どうもこのS.C.H.A.L.Eには特定の役割というのが無いようで、今は困っている生徒の相談に応じるというのが基本指針のようです」
「困っている生徒を助け、導く大人……
先に生き、教え導く……正しく、『シャーレの先生』という事ですね」
一輪の真っ赤なバラを手折らぬように、優しく撫でながらブルートゥはゆっくりとユウの方へ振り向く。
「……そのシャーレの先生ですが、どうやら近々こちらに来るようです
アビドスの連中がコンタクトをとったようで…溺れる者はってヤツでしょう、連中からすればあれ以上に悪くなる事なんてそうそう無いでしょうし」
「先生が此方に……ユウ、そのシャーレについて各校の勢力はどう見ていると思いますか?」
ブルートゥからの問いにユウは口元に手をやり、少し考えながら口を開く。
「そう……ですね、三大学園の内ミレニアムは静観でしょう
どうもセミナーのユウカが就任の際のドタバタに巻き込まれたとか
リオも無意味に権力に楯突くタイプじゃない…アイツの言葉で言うなら合理的じゃないってとこです」
手元の資料を捲りながら、ユウは思考と舌を回していく。
「トリニティは…難しいですがやはり静観だと思います
ただでさえエデン条約を控えてるこの状況で、厄介事を増やすのはナギサの奴も本意じゃないでしょうし…
ですが、ミカの動きは俺にも想像できません…エデン条約を潰す為に敢えて先生を巻き込むか……ナギサの目をアリウス達から遠ざける為に先生を抱き込もうとする可能性もある
良くも悪くもああいう思考と行動が直結してるようなタイプは読み辛いですからね…ですが、いくらなんでも不確定要素を土壇場で増やす程の馬鹿じゃねぇでしょうし積極的に関わりには行かないでしょう」
ブルートゥは人好きのする笑みを浮かべ、ユウに近付いていく。
「ならば…私達のゲヘナ学園はどうでしょうか?」
「……………その、言い難いですが…
恐らく、一番先生を
先生はシャーレ就任の際に起きた騒動で七囚人のワカモを退けています
ハスミの奴も居たとはいえ、とてもじゃないですが不良達とワカモをどうにか出来る戦力があったとは言えない状況で…です
先生には何かがある…そして、その何かを最も欲しがり短絡的に考え行動に移す可能性があるのは───まぁ、間抜けのマコトでしょう」
ユウはため息をつきながら額に手を当てて断言する。
しかし、ブルートゥはゆるゆると首を振りながら口を開いた。
「いえ…マコトが先生へ何かをする事は無いでしょう」
「…………まぁ、ボスがそう言うなら…」
即座に自身の意見を曲げたユウにブルートゥは苦笑しながらも続ける。
「なにも勘や決めつけではありませんよ
マコトは今、エデン条約や雷帝の遺産の捜索に注力しています…彼女の持つ諜報部もまた然り
彼女はゲヘナの長らしく混沌と自由を求めます…が、決して無意味な事をする人物ではありません」
「今の状況で先生に手を出すのは無意味だと?」
「少なくとも、情報すらまともに集められない現状ではそうでしょうね」
ユウは手元の資料にペンを走らせると、興味深そうに頷きながら話す。
「なら…現状、シャーレへ何かをしようという勢力は少なくとも三大学園の中には無さそうですかね……
勿論、他の学園はわかりませんが」
「いえ……ゲヘナには万魔殿以外にも勢力がある筈ですよ、ユウ」
ブルートゥはふるふると首を振り、ユウに囁きかける。
「ゲヘナに…?
……………まさか、風紀委員会ですか?
それこそないでしょう…ヒナの奴はハト派の象徴みたいな生徒です、先生をどうこうしようなんて考える奴ならヒナは今頃ゲヘナの生徒会長でもやってますよ」
心底信じられないといった表情でブルートゥに聞き返すユウ。
ひとえに空崎ヒナという人間を知るが故の反応であった。
「ふふふ…勿論、ヒナはそんな事を考えつきもしないでしょうね」
「ヒナ『は』…ですか
アコが暴走すると…?……アコはヒナの忠犬です、そりゃ確かに勝手して突っ走る事もありますがヒナの不利になる事をするとは…」
「確かに…エデン条約の調印を控える風紀委員会としては今騒ぎを起こすのは得策ではありません
ですが、だからこそ…彼女が動く可能性があるのです」
ブルートゥの台詞を噛み締めるように聞き、しかしそれでもユウは首を傾げる。
「不確定要素である先生を調印の間まで手元に置いておくとでも?
まさか…こんな状況で、そんな博打する訳が…」
「この場合、先生個人の身柄ではなく…シャーレのトップである先生、という点が重要なのです
シャーレの特権、あの連邦生徒会長が用意した超法規的組織の権限が」
その言葉に、ユウは目を見開き呆然と呟いた。
「……………まさか、シャーレの権限を使って
「……ジャンカー・コヨーテスの本拠地はアビドス砂漠の片隅にあります
何も知らぬ者から見ればアビドスの土地…アビドスが何も言わない以上手出しは出来ない
知っている者から見ればカイザーコーポレーションの土地…企業の狗に無闇に手を出す事はしないでしょう」
「風紀委員会はただでさえマコトの目の敵、カイザーの土地にあるウチへ襲撃なんてすれば良い口実を作るだけ…
でも、それがシャーレとしての活動なら……アコめ、考えやがったな…っ!」
ギリ、と歯噛みしながら拳を握り締めるユウにブルートゥは柔らかく微笑みを浮かべ抱きしめる。
「まだ可能性の話ですよ、ユウ
…ですが、カイザーはアビドスの件を便利屋に頼むと言っていました
便利屋の制圧の際にシャーレの先生を発見し、やむを得ず保護した…対外的にはそれで一応の面目は立つでしょう
覆い被さるように抱きしめてくるブルートゥに、ユウは顔を赤くしながら自分も抱きしめ返して良いものかと両手を背中で右往左往させる。
「ですので……ユウ、先生へ此方からコンタクトをとりましょう」
「へ!?あ、ああ!!こ、コンタクト……先生にですね!」
今まさに背中へ手が触れようとしたその瞬間、掛けられた言葉にユウは声を裏返しながら必死に取り繕って返事をする。
慌てふためきながら、そして何処か残念そうにブルートゥから離れるとユウはバタバタと走り去る。
ブルートゥはそんなユウの後ろ姿を楽しそうに見つめ…呟いた。
「先生…貴方はどんな人でしょうか」
笑みが、崩れる。
「
それとも、生徒全員の味方をしてなにも救えず終わるのでしょうか?」
赤いバラのトゲを撫でるブルートゥの指先が、プツリと裂け…真っ赤な血を滲ませる。
ブルートゥはそれをゆっくりと口元へ運び…妖しく、艶めかしく、舐め取る。
「さぁ、選んでください…先生
そうでなくては、貴方と──敵にも味方にもなれません」
これは、先生がアビドス対策委員会の面々と会う少し前の話。
先生が何を選択したのかは定かではない。
ただ、一つの事実として…先生へ名指しで依頼が入っていた。
それは、アビドスの面々に会った少し後の事。
先生が風紀委員長、空崎ヒナと出会ったすぐ後の事。
その
大事な生徒の『お願い』を聞く為に。