小高い山の片隅に、その家はあった。
屋根や中二階などは歪な形で、建屋の半分以上を苔が覆い、蔦が巻き付いている。その見た目で、住人はただ者ではないと誰もが理解できることだろう。
ちなみに、外にはお茶を楽しむためのテーブルと椅子もあるが、今は雨風を凌げるよう軒下に寄せられている。玄関先に置いてあった植木鉢なども、全て家の中に避難していた。
「ただいまぁ……腹減った……」
そんな家の戸を開けて、入るなり気の抜けた声を上げたのは赤髪の少女。この荒天でも、コートの下のシャツのボタンを全て外す大胆な着こなしを一貫している彼女の名はヒータ。この家の住人のひとりで、火霊術を極め最強の魔法使いにならんとする血気盛んな少女だ。
「おかえり、ヒータちゃん。大分疲れたみたいだねぇ……」
そんな彼女をほんわかとした声で迎えたのは、緑のポニーテールの少女。ゆったりとした服装の彼女はウィン。風霊術を使いこなす、平和をこよなく尊ぶ彼女もこの家の住人だ。
「どうだった?」
「あの辺一体はもうしっちゃかめっちゃかだな。今にも川は氾濫しそうだし、脆い家なんかはもう風で倒壊しかけてる」
「そっか……」
用意していたタオルをウィンが差し出すと、ヒータはガシガシと髪についた雨水を乱暴に拭く。見かねたウィンが代わりに拭いてあげると、ヒータは「サンキュ」と言って笑った。
「それと、近くの『宝玉の遺跡』に盗掘するバカがまた出たって言うから、チャチャッとヤキ入れてきた。まったくさぁ……」
「それは……ひどいね」
コートを雑に脱ぐヒータの話に、ウィンは胸を痛める。
ここからほど近い湖の畔にある「宝玉の遺跡」。ウィンたちにとっては、歴史的に価値のある場所で、穢してはならない領域だ。
しかし、その遺跡や周囲を取り囲む森には、沢山の宝玉が眠っていると言う伝説があり、それを求めて無断で立ち入る輩が後を絶たない。しかも、そこに生息する「宝玉獣」と呼ばれる番人のような生物さえ、生け捕りにして見世物にし金にしようとする不届き者もいる始末だ。
そんな事態を防ぐために、ウィンたちは付近で暮らす人たちと協力し、遺跡やその周りの環境を守っている。
ただ、最近はもっと「大きな問題」が起きているため、リソースを割くのは避けたい。ヒータが憤然としてるのは、不届き者に対してだけでなく、ただでさえ忙しいのに余計なトラブルを起こしたからだ。
「そういや、エリアは?」
「倉庫で探し物。何か、役に立つ魔導書があるかもって」
「そう都合よくあるかねぇ……」
今日はこの家にいるはずの住人の居場所をヒータが尋ねるが、ウィンはタオルで髪を拭きながら答える。それに対するヒータの反応は、いつになく消極的だ。
そうなるのも無理はない、と思いつつ、ウィンは窓の外を見る。ここは森の中で、高い木々によって雨は多少軽減される。それでも、連日晴れ間を見ることも叶わないとなれば、鬱憤は溜まってしまう。
するとそこで、また玄関の扉が開いた。
「はぁ、疲れた……」
帰ってきたのは、やはりウィンたちと同じような装いの、短い茶髪の少女・アウス。地霊術の修行を続ける勤勉で真面目な魔法使いで、住人の中で唯一掛けている眼鏡がトレードマークだ。
「おかえりアウスちゃん。タオルそこに置いてあるから使っていいよ」
「うん、ありがとうウィン。ヒータも帰ってたんだ、お疲れ」
「あー、アウスもなー」
ウィンのタオルさばきにご満悦なのか、ヒータが緩み切った顔をしているのがアウスには丸見えだった。それを見てくすっと笑いながら、アウスはタオルで雨粒を拭いていく。
「大変だったみたいだね」
「まぁね。でも、ボクがというより……みんなが今は大変だから、さ」
アウスが悲しい笑顔を浮かべる。
それでウィンは、今のはかなり軽はずみな励ましだった、と後悔した。
「堤防魔術だっけ? ぶっちゃけどんな具合よ?」
「重ね掛けをして強度は増したはずだけど、長くは持たないかな……。今の雨量じゃ、定期的に強化しないとすぐに崩れるかも」
「うへぇ……いつまで続くんだかな、これ……」
髪を拭き終えると、ヒータは盛大に腕を天井に向けて伸ばす。そしてアウスも、眼鏡を外して髪を拭きながら、憂鬱そうに溜息をつく。そんな2人をあざ笑うかのように、外で雷鳴が鳴り響いた。
するとその時、扉がノックされる。
「? 誰かなぁ、こんな天気の中……」
ウィンが不審に思いながら、戸を開ける。雨が入って来ないよう、少しずつ、ゆっくりと扉を開けると。
「……わっ、ライナさんにダルクさん!」
「久しぶり~」
「ちょっと、早く入れてもらえるとありがたいな……」
「もちろんです! どうぞ、中へ!」
ウィンにとっては久方ぶりだが、忘れることのない仲間を前に、さっきまでの憂鬱な気持ちが氷解する。今だけは雨も気にせずドアを大きく開けて、ウィンは快く2人を招き入れた。
ウィンたちが着ているのと同じコートを羽織り、白いシャツの上にコルセットを巻いている、白い髪の少女がライナ。やや着古したコートの下を黒系の服で揃えた、黒い短髪の青年がダルク。2人ともウィンたちの先輩にあたり、以前はこの家で一緒に暮らしていたのだ。
「お二人とも、急にどうされたんです?」
「長老から手紙を貰ったんだ。緊急だと」
アウスに問われたダルクは、コートの胸ポケットから小さな封筒を取り出す。さらにライナも、頷きながら同じような封筒を見せた。そんな2人にヒータは「ちーっす」と軽い挨拶をし、ライナとダルクは手を軽く挙げて答える。
ウィンたちが暮らすこの周辺の地域には、「長老」と呼ばれる高名な魔法使いがいて、彼に力量を認められることが、この地域に住む魔法使いの指標のひとつとされている。ダルクとライナも、その長老に認められ、一人前の魔法使いとして外の世界に旅に出ていたのだ。そんな2人を呼び戻したとなれば、よほど事態は逼迫していると見ていいだろう。
「みんな、ちょっとこれ見て!」
そこへ、やけに弾んだ声が入り込んできた。コートを脱いではいるが、シャツやスカートはウィンたちとほぼ同じファッションで、艶やかな水色の髪を腰まで伸ばしている少女・エリア。水霊術の修行中でありながら、古文書や魔導書の解読が得意という才能の持ち主だ。
「って、ライナさんにダルクさん! いらしてたんですね!」
「来たのは、ついさっきだけどねー」
「というか、エリア……」
そして遅れて、ライナとダルクがいることに驚くエリア。ライナが笑って答える一方、ダルクはエリアにゆっくり歩み寄り、その髪に手を伸ばす。
「埃、ついてたぞ」
「あ、ありがとうございます……」
髪にくっついていた埃をダルクが指で摘まむと、エリアは少しだけ顔を赤らめる。その様子を見ていたライナはくすっと笑い、他の3人もにやにやと笑う。
「でー? エリアは何見つけたんだ?」
「あ、そうそう。この魔導書なんだけど……」
「じゃあ、お茶淹れるね。みんな雨の中大変だったでしょ?」
「そうだね、お願いしてもいいかな」
エリアが見つけた魔導書をヒータが確かめようとする傍ら、ウィンがお茶の準備をするために席を立ち、ライナとアウスは疲れを少しでも取ろうと椅子に座る。ダルクは一息入れて、壁に背中を預けた。席が空いているのだし、疲れているなら座ればいいのに、とウィンは思う。
それからウィンがお茶を淹れて、ついでにちょっとしたお菓子も傍らに、少しの間だけ和気藹々とティータイムを楽しむことにした。
「そろそろ……本題に移ろうと思う」
その途中でダルクが切り出すと、他の5人は姿勢を正してそちらを見る。
できることなら、このまま穏やかにまったりとお茶を楽しみたいところだ。しかし、現実は非情にも歩みを止めず、刻一刻と事態は悪化している。ダルクとライナが呼び戻された時点で、それはもうみんなも分かっていたはずだ。
「この1週間、この地域をはじめ、世界各地で奇妙な異常気象が続いている」
ダルクの言葉に、ウィンは頷きつつ記憶を辿る。
1週間前、夜中に「妙な感覚」がしたと思ったら、翌朝はひどい土砂降りとなり、今日までそれが続いているのだ。ウィンたちが暮らすこの辺りは、まだそこまで被害がないものの、麓では土砂崩れや川の増水が相次ぎ、近くの集落の人々は既に別の場所へ避難している。さらに、遠く離れた場所にある火山では噴火まで発生し、まさに「天災」と言って差し支えない事態がそこかしこで起こっていた。
ウィンを含め、この家に住む4人の「霊使い」は、近辺での被害を最小限に食い止めようと、自分たちでできること、手伝えることを率先して行い、その集落の人々の避難も微力ながら支援していた。今日ヒータとアウスが出かけていたのも、それが理由だ。
無論、ウィンもエリアも手伝いは惜しまず取り組んでいる。しかし、この雨風が強い中でウィンとエリアも既に魔力をかなり消費してしまい、今日は体力と魔力を回復させるために家で休んでいた。
「このままだと、この辺はもう復興できなくなるぐらいの被害が出るだろう」
「……だろうね」
ライナがダルクの言葉を聞きながら窓の外を見る。被害がほとんどないこの地域も、いつまでもつかは分からない。エリアも同意見らしく、頷いている。
「そこで僕とライナが長老から呼び戻された」
「それで、手紙の内容を確認し合ってみたら、同じような内容だったんだよね」
ダルクとライナは頷き合い、取り出した手紙をテーブルに置く。4人の霊使いは、それを覗き込む。
「『天門術』?」
「昔長老たちも使ったことがある魔術らしい。けど、その時この術を使った人たちは、もう体力と魔力が衰えてできないから、僕らに任せたいそうだ」
「任せるったって……」
ダルクの言葉に、ヒータは言葉を詰まらせた。普段から強気な物言いをする彼女らしくはない。
「あたしら、『大霊術』さえ使えないんだぜ?」
ヒータの言葉は、悔しいがウィンにも反論できなかった。
ウィンたち4人は、つい先日「大霊術」と呼ばれる魔術を習得しようと試みた。しかし、魔導書に記された鍛錬を重ね、課題をクリアしても、完全な発動には至らなかったためそれの習得を目標にしている。
そんな自分たちが、長老ほどの魔法使いがかつて発動した魔術など、できる自信がない。
「いやぁ、そこまで気負わなくて大丈夫だよ」
しかし、ライナはスポンジケーキをひとつ頬張ると気楽に答えた。
「確かに大霊術は難しいけど、天門術はそれより難易度は低い方からさ」
「そうなんですか?」
「そそ。大霊術はひとり当たりの魔力の負担が大きいし、繊細な魔力コントロールが必要。けど天門術は、6人でやる必要があるけど、それぞれの魔力消費は軽い方らしいよ」
アウスを見て、ライナは説明をする。ダルクもそれに頷いた。
「その天門術のやり方が書かれた魔導書は、ここにあるって長老は言ってたけど……」
ダルクの視線が向く先には、エリアがさっき「見つけた」と言っていた魔導書がある。視線を感じたエリアも、それを指さした。
「もしかして、これ?」
「恐らくな」
改めて、エリアはテーブルで魔導書を開く。傍にいたヒータとアウスが、てきぱきとテーブルに乗っていたコップやらお菓子のお皿やらをどけて、魔導書を置けるスペースを作った。
エリアがページを慎重にめくり、天門術に関する記述がなされた場所を探す間に、ウィンは手を挙げてダルクに尋ねる。
「そもそも、天門術ってどういうものなんですか?」
「聞いた話だと、天界に繋がるゲートを開いて天使を降臨させる、とか」
「天使ィ……!?」
ウィンの質問にライナが応えると、いの一番に疑うような声を上げたのはヒータだった。
そんなヒータを、アウスはニヤリと笑って見る。
「何、ヒータビビってるの?」
「ビビってない。けどさぁ、天使って危ない連中なんじゃねーの? そんな簡単に呼んでいいのかどうかって」
「それをビビってるって言うんだよ」
「ビビってねーっての!」
ヒータとアウスは、実践派と理論派ということで、こうしてたまに反りが合わないことがある。と言っても、お互いに本気で嫌っているわけではなく、むしろ仲間内の冗談というノリは分かっているので、ウィンもエリアもとやかく注意はしない。
「でも、ヒータちゃんの心配も分かるというか……大丈夫なんですか?」
「まぁ、一度長老たちが使った結果、どうにか今の平和につながってるっていうから一応は信用していいかもだけど……」
「あ、このページかな?」
ウィンの質問に、ダルクがどうにもはっきりしない答えを返したところで、エリアが声を上げた。目当てのページを見つけたようで、他のみんなが一斉にそちらへ注目する。
そのページは、本来のページに加えて、何かを書き出したらしい羊皮紙が継ぎ足されていた。そんなページを見た途端、ヒータは「うへ」と声を洩らす。
「やっぱ読めねぇ……エリアは読めるか?」
「うん。えっとね……」
この手の古文書はからきしなヒータは早々にギブアップした。託されたエリアは、書物そのものが古いため、内容を確かめるためでも慎重に指先で触れて読み進める。
「『双極する六種の魔力を重ねよ。その力が連なり光を生み出す時、天に繋がる門は開かん。さすれば、天の使いが応え、手を取り合わんと降臨する』だって。ダルクさんの言う通りだね」
「ふむ……他には?」
アウスが脇から聞くと、エリアは視線を魔導書に戻した。
「ええと……『来たる天の使いは選ぶこと叶わず。術が開きし時同じくして、我らとより近しきものが応じ舞い降りる』……?」
「……つまりどういうこと?」
ヒータがキョトンとする一方、アウスは頬に指をあてた。
「……どんな天使が来るかは選べなくて、天門術を発動した時に一番親和性のある天使が来る、ってことでしょうか?」
「……みたいだね」
ライナは、アウスの確認するような言葉に頷く。ライナ自身も天門術を使ったことがないから何とも言えないし、情報はこの書物だけだから自信がない。ダルクは腕を組んで考え込んでいる様子だ。
そこで、ウィンが何かに気付いたように魔導書をさらに覗き込む。
「ねぇ、ここだけ筆跡が新しくない?」
「あ、ホントだ」
ウィンが指さした部分をエリアも注意深く見る。
魔導書そのものが年季の入ったもので、記されている文字もかなり古くなっていた。しかしその中で、まるで後から書き足したかのように、インクの濃さがまだ残っている文章がある。
「……『呼ばれし天の使いに関を与えよ。信ずるに値するかは、関の力と己の目で判ずるほかなし』」
「何だって?」
エリアが流れるように読み上げた分に、ダルクは声を上げた。
「それはつまり……呼び寄せた天使を試せってこと?」
「なんでそんなことを……」
ダルクだけでなくライナも戸惑っている。ウィンたちもまた、どういう意味か分からなかった。なぜ、自分たちが呼び寄せる天使にわざわざ試練のようなものを与えなければならないのか。
エリアはもっとよく調べようと、継ぎ足された羊皮紙を捲ってみる。そこでダルクは、あることに気づいてよく確かめようと腰を下ろす。
「これ……長老の字だ」
「分かるの?」
「文字の書き方の癖で」
ライナが聞き返してもダルクは視線を合わせず、羊皮紙を読み進める。
そして嘆息した。
「……昔、集落で疫病が流行った時、普通の医者にも魔法使いにも病を治せなくて、最終手段として天門術で天使を呼び寄せたらしい」
「その時も試練を?」
アウスが聞くが、ダルクは首を横に振る。
「その時は術を発動しただけで、特に試すようなことはせず、呼び寄せられた医療に長けた天使に事情を話したんだと」
「で、どうなったって?」
ライナが話のオチを急かすと、ダルクは再び羊皮紙に視線を落とした。
「その天使が治療した結果、病の蔓延は収束、病人も治ったらしい……けど」
『けど?』
「……その天使が疫病の蔓延を止める為に、手当たり次第に見境なく手荒い治療をして、別の騒ぎに発展したって」
「えぇ……」
「天使どころか疫病神じゃねーか……」
ウィンがドン引き、言い得て妙なコメントをヒータが残すと、ダルクはさらに読み進める。
「ただ、こちら側では見つけられなかった疫病の治療法をすぐに突き止め、治療自体はしてくれた。騒ぎにはなったけど、死人が出たわけじゃないし、疫病の大流行を食い止めたことには感謝している。それでも、万が一次に使う際は、天使が信ずるに値するかを確かめるため、用心のために関門を用意すべきだと集落は結論づけ、天門術にその手順を付け加えた……by長老」
ダルクが読み終えると、部屋の空気は一転して暗くなった。悪天候のせいだけではあるまい。
「……今の話聞くと、その術を使うのも憚られるね。もしかしたら、またパニックになるかもしれないし」
「そうだね……それに、天使を試すなんて、逆に罰が当たりそう」
アウスとエリアは早くも消極的な意見を挙げてしまう。ヒータも表情が晴れないし、ウィンも気持ちはほぼ同じだ。
するとその時、家の外で巨大な雷の音が響き渡る。場所的に落ちたのはかなり近い。ライナがわずかに声を上げ、ウィンも驚きのあまり少しだけ椅子から身体が跳ねる。
「……けど、このままじゃみんなが」
ウィンが零すと、みんなが顔を上げた。
今の雷で意識が切り替わったわけではないが、事態は急を要する。この悪天候は自然現象の域を超え、しかも人の命までかかっている。おまけに自分たちだけではどうにもならないレベルだ。
ダルクは腕を組み、やがて決心したように頷く。
「……その魔導書に書いてある、『親和性』に賭けるしかない」
「それで碌な天使が来なかったら?」
「その時は……僕が何とかする」
ヒータが再確認するが、それでもダルクの目は力強かった。
「霊使い」の中でも一番早く魔術の練度を上げて独り立ちしたダルクが、この場で一番の実力者であることに異論はない。その彼が決めたのであれば、自分たちもそれに従うべきだろう。それに長老の命もあるので、退くのは中々難しかった。
「……で、その『関』って?」
思い出したようにライナが尋ねると、また全員で魔導書を覗き込む。
そこに書いてあった「関門」の内容を見て、6人は顔を見合わせた。
「本当にこんなことを?」と。
◆ ◇
天門術の手順を全員で確認し、「関門」についても考えたことで1日が終わり、実行に移すのは翌日になった。
案の定の雷雨の下、天門術を発動するために示された場所は、家から少し離れたところにある、古びた石造りの神殿だ。
「やだなぁ、こわいなぁ……」
その遺跡の中を、アウスはきょろきょろ見回し、姿勢を低くして怖がりながら歩いている。その様子を見たヒータは、わざとらしく溜息をついた。
「そんなおっかなびっくりで大丈夫かー? これから天使サマを呼ぶってのに、緊張が向こうに知れたらナメられるぞ?」
「だって、何もこんな暗い場所でやる必要はないじゃないか……」
「だけど、前に長老が天門術を発動したのはここだから仕方ない」
先導するダルクが、振り返らずに手短に答える。
アウスはこう見えて、意外と暗がりとかが好きじゃないのはウィンとエリアも知っていた。勿論ヒータも知っているし、普段何かと理詰めで話すアウスが尻込みしている様子は、ヒータにとって面白くてたまらないのだ。
しかし、今は大事な天門術を発動する前でもある。下手に緊張していると、逆に術の発動に失敗しかねない。
そこで、近くを歩いていたライナが振り返り、リラックスさせるためににぱっと笑う。
「だーいじょうぶだって。もし何かあったら私の魔術で――」
――ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
「うあああああああああああああああああああああああああああああ!?」
突如外で鳴り響く轟音。
それに負けず劣らずな大声を上げるアウス。彼女はすぐさま、前を歩いていたダルクに力いっぱい抱き着いた。
「あああああああびっくりしたああぁぁぁぁぁ……」
「僕もな!!」
さっきの音に加えて、いきなりアウスに抱き着かれたダルクが怒鳴り返す。
「びっくりしたー……今の雷か?」
「かなり近かったね……」
ヒータとエリアは壁の方を見るが、ウィンは突然のこと過ぎて鼓動が暴れまわっている。胸を押さえるのでいっぱいだ。
そして一部始終を見ていたライナは、クスと笑う。
「へー、私じゃなくてダルクに抱き着くんだー? へぇ~」
「……」
指摘され、アウスは顔を真っ赤にしてダルクを解放する。
「と、とにかく……あまり時間をかけすぎると本当にまずいんじゃない?」
「ね。さっきの雷なんてここ最近だと一番な気もするし」
エリアとウィンが顔を見合わせる。
ここに来るまでもそうだったが、外はやはり土砂降りと雷が断続的に続いていて、晴れる気配が微塵もない。長引けば長引くほど、周辺地域の状況は悪くなるだろう。
なので、さっきよりも歩くペースを早くして、遺跡の奥へと向かう。
そしてついに、その術を発動するらしい、広い空間に突き当たった。明かりなんてものはなく、壁の隙間からほんの僅かに外が見え、床には魔法陣らしいものが刻まれている。
「ここか?」
「らしいね」
ヒータが見上げながら聞くと、エリアが魔導書を開いて確認し、頷く。魔導書に記されていた魔法陣と同じかどうかを確かめたのだ。
そして6人は、各々が持っていた杖をその場で軽く振る。すると小さな光と共に、それぞれが従える使い魔――《プチリュウ》、《ギゴバイト》、《デーモン・ビーバー》、《きつね火》、《ハッピー・ラヴァー》、《
使い魔たちは、いずれも主人と契約関係にあるため、それぞれが任意のタイミングで呼び寄せられる。さらに使い魔は、主人が魔術を行使する際に魔力を安定させる役割を持ち、術の精度を高めることができる。大霊術をはじめとした、強大な魔術を使う際には不可欠な存在だ。
その使い魔も、今まではこうしていちいち異空間から呼び寄せたりせず、普段から一緒に生活をしていた。しかし、連日の異常気象に伴い霊使いたちが働き詰めだったため、使い魔たちも疲弊している。なので、異空間で少しでも身体を休められるように呼ばないでいた。
「それじゃ、用意はいい?」
ライナが尋ねると、他の5人は頷く。アウスだけは暗いのが怖いのか、一度深呼吸を挟んでいた。
6人が円を描くように床に刻まれている魔方陣を囲み、天井を見上げる。今はまだ暗く、聞こえてくるのは外で降り注ぐ豪雨と雷の音だけ。だけど、外の世界とは隔たれたような感じがする不思議な場所だ。
「よし、始めよう……!」
ダルクが告げる。
それを合図に、6人は杖を天井に向けて掲げ、自身が持つ杖に魔力を流し込み始める。
「……っ」
だが、魔力を流す中で、ウィンは自分の中の何かが乱されるのを感じ取った。
魔法を使う時は、いつだって身体の中で血液や細胞が沸き立つような感覚になる。だけどこれは、それとは全然違うものだ。おまけに、遺跡の外で天気がさらに荒れていくのが音で分かった。
まさか自分たちは、この天災を加速させてしまっているのではないか――
「ウィン、集中しろ!」
「!」
そこで声を張り上げたのはダルク。
ウィンが目を見開くと、自分の顔と同じ高さでホバリングをしているプチリュウと視線が合う。プチリュウは、ウィンを励ますように頷き、笑うように目を閉じていた。
「他のみんなもだ! 集中しないと何が起こるか分からない! 罷り間違って悪魔なんて呼び寄せたら、取り返しがつかなくなるぞ!」
「分かってる……っ!」
「く、う……!」
ダルクが集中を呼びかける。ヒータとアウスも苦しそうにしていた。やはり彼女たちも、通常の魔術を使う時には感じない、異変を抱いているのだろう。傍にいるきつね火とデーモン・ビーバーは、2人を励ますように見上げていた。
「……」
エリアは、目を閉じて集中していた。傍にいるギゴバイトも踏ん張りの構えを取り、魔力をより安定して制御しようとしている。
それを見たウィンも、もう一度前を向いて、自分の魔力をコントロールできるように意識する。視線の先にいるライナが頷いていた。プチリュウがウィンの肩近くに留まる。
「よし、いいぞ。安定してる!」
ヒータたちも集中してきたのか、ダルクが声をかけてくれる。
やがて、外の雷雨とは違う、何かが輝きを増すような音が聞こえ始めた。魔術が正常に発動する際にしか聞こえない音だ。
「いくぞ、みんな!」
ダルクが宣言し、ウィンは目を見開く。
床に刻まれていた魔法陣が輝き、みんなが杖を向けるその先で、太陽のように輝きを放つ球体が浮かんでいた。
ウィンは他の5人に改めて視線を巡らせる。考えていることは同じだったのか、みんなで頷き合う。
そして、口を開いた。
『天門術-「一縷」!!』
宣言した直後、魔法陣から光が溢れ出て、遺跡の空間が真っ白な光で埋め尽くされた。
◇ ◆
マグノリアに貰ったアロマを使ってから、プリモアの調子は少しだけ良くなってきている。それは、プリモアがベッドから身体を起こしたり、血色が良くなっているところから明らかだ。
「うん、熱も下がってるわね。プリモアはどう? 自分でもよくなった感じはする?」
「そう、ですね……。この間より、少し体が軽くなった気がします」
額に手を当てて熱を測っていたクーリアに聞かれ、プリモアは上体を軽く捻る。それができるだけで、プリモアの体調は多少改善しているのは分かった。何せアロマを使うまでは、寝たきりで咳き込んでばかりだったのだから。
「とはいえ、無理は禁物ね。当面の間は、大人しくしておいた方がいいでしょう」
「はい……」
それでも、クーリアに釘を刺されたプリモアはしゅんとした。
元々、プリモアはじっとしているのが苦手な子ではない。普段は屋敷の掃除を手伝ってくれるし、ファンシアやエンジェリアなどが休日で出かける際には大体ついて行くので、行動力は人並みだ。
そんな彼女に大人しくしていろというのは、中々酷な話でもある。病人だから仕方ないのだが、ここは我慢してほしいところだ。
そして、これ以上の負担をかけないためにも、この事態の原因を突き止めなければならない。
だけど、これと言った手掛かりがないのが現状だ。
「エグザムの時を思い出しますね……」
「……あの時も、ほとんど当てもなく探し回っていたものね」
プリモアがボソッと呟き、クーリアも苦笑する。
ミカエルの襲来を受けて3枚目のエグザムを俺たちが手にし、被害を増やさないために残りのエグザムを探していた時だ。あの時も今みたいに、当てもなく「浄化」の合間に様々な世界を見て探したが、結局3週間かけても手掛かりひとつ掴めなかった。
今は、それと同じようなことになっている。ドレミコードのみんなが、他の世界で何か情報がないかを調べているが、それでも進展はない。分かったことと言えば、他の世界でも異常気象が多発しているということだけで、原因までは辿り着けなかった。
こういう時こそ、情報を持っている《I:P マスカレーナ》あたりが頼りになるのだろう。しかし、彼女はやはりお尋ね者。また変に関わってS-Forceに目を付けられるのは勘弁だし、天使族側もマスカレーナが犯罪者と知っているから、俺がマスカレーナに協力を依頼したことも論点になった。だから、例え急を要する事態であっても、打つ手全くなしでも、頼るのはやめた方がいいだろう。
「どうしたものか……」
行儀が悪いと分かっていても、床に腰を下ろして嘆息する。
と、その時だ。
「「「……?」」」
何かを、感じた。
それは俺だけでなくクーリアとプリモアもだったようで、全員でドアの方を振り返る。だけど、誰かが尋ねてくる様子はない。
「……ちょっと見てきます」
「お願い」
プリモアをクーリアに任せ、俺はひとまず部屋を出てさっきの感覚の出所を探ることにする。
今の感覚は、先日の夜中のものとはまた違う。胸騒ぎがすることに変わりはないが、さっきのはまるで何かが呼びかけているかのようだった。
「何事も無ければ……」
部屋を出て、辺りを見回しても何もない。
階段を降り、玄関先はいつも通りだ。
次に、みんなが普段「浄化」に出掛ける際に使うホールへ行ってみると。
「……これは?」
元々ホールには明かりがないから、そこは日中でも暗いはずだ。
なのに、なぜかわずかに明るい。
その明かりの正体は、円形の空間の中心で輝いている、オレンジ色の球体だ。
「バトレアスさん……?」
「何々、どうしたの?」
そこへやってきたのは、キューティアとドリーミアだ。
「実はさっき、妙な感覚がありまして。それで屋敷を探しといたら、こんなものが」
「あ、バトレアスさんも?」
「あたしたちも感じたわ」
どうやら、2人もその感覚を頼りにここへやってきたらしい。つまり、さっきの感覚はこの謎の球体が原因とみていいだろう。
であれば、次に気になるのはこれが何かだ。
「太陽みたいで綺麗ですねえ……」
「お2人は見たことが?」
「あたしはないわね……」
キューティアが物珍しそうに見上げるが、2人ともこれを見るのは初めてのようだ。
ミューゼシアなら、もしかしたら何か知っているかもしれない。しかし、彼女はここ最近屋敷を空けることが多い。だとすれば、クーリアを呼んで聞いてみるべきだろうか。
その横で、キューティアが一歩その球体へ近づいた瞬間。
「わ、わっ!?」
ぬかるみに脚を取られたように、キューティアの右足が滑って、球体の方へ吸い寄せられた。
「危ない!!」
反射的に叫んで、俺はキューティアの右手を両手で掴む。
だが、踏ん張ろうにもなぜか脚に力が入らず、俺まで脚が滑ってキューティアに引っ張られる。
しかも、オレンジの球体に吸い上げられるように、キューティアと一緒に脚が地面を離れた。
「ちょっ、待ちなさい!」
今度はドリーミアが、俺の腰に腕を回して何とか引き止めようとしてくれた。
けれど、やはり抗うことはできず、ついにはそのオレンジの球体へ、俺たち3人は吸い込まれてしまう。
「うあああぁぁぁぁああぁあ――」
洗濯機を回している最中の洗濯物は、こんな感じなのだろうか。
竜巻に巻き込まれた人や物は、こんな気分なのだろうか。
やたらと強い力で振り回され、遠心力で身体の中身がシェイクされ、上下左右の感覚も分からなくなる。目を開けていると目玉が飛び出すのでは、と恐怖して目をぎゅっと瞑り、ひたすら耐える。
そして、ふとしたタイミングで。
「痛ったあぁ!?」
顔を盛大に地面に擦りつけた。
違う理由で目を開けたくないが、そこで初めて、渦に巻き込まれるような感覚から脱したことに気付く。
「う、目が回る……」
「……はにゃ……」
さらに声で、キューティアとドリーミアが傍にいるのは分かった。
遠心力みたいなもので脳が振り回されたことで頭が痛いが、何とか頭を押さえて立ち上がる。
そしてゆっくりと、注意深く目を開けた。
「……なんですか、ここ……?」
同じように周りを見られるようになったのか、キューティアが声を洩らす。
そこはドレミ界の屋敷にあるホールではない。どこかの神殿と思しき、石で囲まれた重苦しさを感じる空間。壁際には松明が何本も掲げられ、煌々と燃える炎が中を明るくしていた。
そんな空間で目を引くのは。
「これは……」
ドリーミアの視線の先にいたのは、デュエルモンスター。しかもデュエル中なのか、裏側表示の伏せカードやらモンスターやらがいて、近くにはカードが置かれた台がある。
そして俺たちがいるのは、周りと床が繋がっていない柱の上であることにようやく気付く。
この状況を見て、俺はふと、ひとつの言葉が浮かんだ。
「……詰めデュエル?」
《制作風景》
ヒータ「あたしにもできる!」
アウス「いいや、無理だね」
ヒータ「んなっ……エリア、ウィン! 2人からも何とか言ってくれよ! あたしにだって、関門の詰めデュエルぐらい作れるって!」
ウィン「あはは……」
エリア「まぁ、実際アウスちゃんの方がこういうのは得意だし、ここは任せようよ」
ヒータ「じゃあ何か? あたしはバカみたいに魔法をぶっ放す方がお似合いだって!?」
アウス「よく分かってるじゃないか。それならもっと魔力制御の練習をした方がいいんじゃない?」
ヒータ「く……なんだよ! このガリ勉! 短髪! メガネ! おっぱいデカすぎ!」
アウス「ちょっ、最後のは言わなくていいだろ!?」
エリア「ていうか大半悪口じゃなかったね……」
ウィン「ヒータちゃん、根はいい子だから……」
エリア&ウィン「……まぁ、大きいのは同意見だけど」
アウス「2人はどっちの味方なのさ!?」
ライナ「あれ、ダルクどうしたの。ぽんぽん痛い?」
ダルク「……考え事」
ダルク(だからここに戻るの嫌だったんだよな……女の子5人と一緒に生活なんて胃痛の種だし……。あぁ、こんな風に女の子に囲まれても平然としていられる人がうらやましい……)
バトレアス「へっくしょい!」
クーリア「大丈夫?」
次回の詰めデュエルですが、素人が作ったものなので、もしかしたら簡単すぎたり、解法が他にあったりするかも知れませんが、寛大な御心でご覧いただければ幸いです。