アポロウーサの呼び出し。
それはもう、俺にとっては絶対に碌なことにならない前触れだ。疑う余地もない。
「アポロウーサ様が、って……」
「もしかして、またバトレアスさんを悪者扱いするんですか?」
ドリーミアとキューティアも、それを聞いて感じた印象は同じらしい。
天使族裁判やネイロスの攻撃を受けて、みんなは明確に口にしないものの、アポロウーサをはじめとした上位天使に不信感を抱いている。俺自身も、あまり好印象は持てなかった。
「ひとつ確かなのは、バトレアスは今回責められるために呼ばれたわけじゃない」
しかしミューゼシアは首を横に振る。表情は厳しいままだが。
「じゃあ、何でまた……」
「詳しく話す時間がないの。悪いけれど……事は分秒を争ってる」
説明できないのは、アポロウーサたちの呼び出しが喫緊の命だからか、それとも他に時間をかけられない理由があるのか。それは分からないが、ディスクの強制帰還術式を発動させるぐらいには急いでいるのだろう。だから立ち話はここまでにして、ミューゼシアが伝えた通り、キューティアとドリーミアはクーリアと食堂へ向かう。さっき、俺たちに何があったのかを皆に話すためだ。
「……気を付けて」
その間際、クーリアにそう言われたが、俺にできることは限られる。だけど余計不安にさせないためにも、できるだけ力強く頷いて見せた。
「行きましょう」
そしてミューゼシアは、いつの間にか開いていたゲートに俺を招き入れ、すぐさま別の世界へ転移する。
その先にあったのは、またしても荘厳な造りの神殿のような建物の中。ただし、「天門術」で霊使いに呼ばれた場所と違い、ここはまだ明るさがある。窓からは曇り空が見え、憂鬱な気持ちに拍車がかかるが、内部構造としてはクルヌギアスの御殿に近い。
そして確実に言えるのは、ここは天使族裁判が開かれた場所ではないということだ。
「こっちよ」
ミューゼシアは、余裕がなさそうな感じで指し示す。
俺はミューゼシアの後に続くが、一歩踏み出すごとに心臓が震え、不安が爪先から湧き上がってくる。
「今回あなたを呼んだのは、アポロウーサ様をはじめとした最上位天使よ」
道すがら、ミューゼシアは軽く説明をしてくれるようだった。俺はそれに耳を傾ける。
「天使族裁判には多くの上位天使が集合したけれど……これから会うのは天使族全体で見ても最上位クラスの天使なの」
「最上位クラス……」
聞いたところで、気が滅入るだけだ。ただでさえ、天使族裁判で多くの天使から白い目で見られて吐いたのに、それ以上の天使に呼び出されるなど、怒られなくても最早拷問に等しい。
「私としても、これ以上あなたに負担をかけたくなかった。けれど……庇いきれなかった。本当にごめんなさい」
「そんな、ミューゼシア様が謝ることは……」
どうやらミューゼシアは、上位天使に数えられる身であっても、最上位クラスとまではいかないらしい。天使族内部の力関係は相当なものと見える。
だけど、それでミューゼシアが俺に謝るなんておかしな話だ。必死に手を横に振る。
「……この先に、最上位天使がいる」
やがてミューゼシアが足を止めたのは、観音開きの大きな扉の前。名前も知らない天使のレリーフが彫り込まれた、重厚感あふれる扉だ。
『両手を』
どこからともなく声が聞こえた。次の瞬間には、天使族裁判にもいた全身真っ白の男の天使が目の前に立っている。その手にはいつか見た手枷があり、俺はうんざりしながら両手を差し出して、枷を嵌められるのを黙って見届ける。アポロウーサたちは俺を責めるつもりがない、というミューゼシアの言葉は信じるが、それでこの扱いはどうなのか。
すると、ひとりでに扉が開き、中の光景が露わになる。
「……」
テレビで見る首脳会談で使われるような部屋だ。煌びやかなシャンデリアに照らされた部屋に、馬蹄形の大きな机が据えられ、用意された8つの席の内7つが埋まっている。
向かって右手側の4席で、一番端は空席。残り3席には手前側から順に、裏地が黒の白いマントを羽織る緑の髪の青年、翼を模した金色の鎧を着る屈強な男、全身が銀の装甲で包まれた機械的な見た目の天使が座っている。中でも、金色の鎧の男……《ライトロード・アーク ミカエル》は俺も面識があった。彼の座る席の前には「ミカエル」と書かれた札があり、両隣には「ヴァニティー」、「テュアラティン」とそれぞれ名札が置かれている。
反対に、左手側の4席全てには女の天使が座っていた。黒をベースにしたドレスを着る渦を巻く金髪の「バッハ」、七色のメッシュを織り込んだ長いクリーム色の髪を伸ばす白い衣と「アルシエル」、長い銀の髪の上に銀の兜を被る戦乙女のような姿の「アテナ」、そして見慣れてしまったアポロウーサ。
彼ら彼女らは、全員が俺を見ている。それだけで、もう胸を刺し貫かれたような苦痛が全身を支配してきた。
「よく招集に応じてくれました、バトレアス」
そんな俺のことも知らずに、アポロウーサが微笑みと共に口を開く。応じる応じない以前に、呼ばれた俺に拒否権などないことは分かっているだろうに。
「さっそく本題に入らせてもらいますが、今回あなたを呼んだのは、各地で起こっている異常現象についてです」
「……はい」
「既にドレミコードにも異変が起きていることは、あなたも把握しているでしょうが……同じようなことが様々な世界でも起きています。それについて話すために、まずは我々の世界について改めて話しましょう」
アポロウーサが言いながら右手を前に差し出す。馬蹄形の机の中心に、ソフトボール大の球体がソリッドビジョンで現れた。
「我々の住む『こちら側』の世界は、このようにいくつもの世界が無数に重なって形成されているのです」
最初に現れた球体を、新たに現れた少し大きいサイズの球体が覆う。さらにまた大きな球体が覆い……と、それを何度も何度も繰り返し、球体はやがて人の背丈を超すほどの直径にまで巨大化する。さらにその球体が半分に切られると、まるで木の年輪のようにいくつもの層が重なっているのがわかった。
「我々天使族が住まう世界は、この中心に近いものです。それ以上内側は……あなたもよく知るクルヌギアス様のような、神性存在の住まう世界です」
「……」
「そして、このように重なり合っている世界を行き来することは、そういう力を持っていない限りどんな存在でも不可能です」
内側の層が白く染まる。そここそ、アポロウーサの言う天使族が住まう世界――つまり天界か。となれば、ドレミ界もその近くにあるのだろう。
そして、上位天使も恐れるクルヌギアスだが、彼女の住む「冥界」は、この「天界」よりも重要な場所だったらしい。俺は兎も角、そんな冥界に普段から出入りするクーリアがどれだけ力を認められているか、改めて理解した。
しかし、最上位天使たちの視線が突き刺さる中では相槌もまともに打てず、静かに頷くことでしか反応できない。
「そして今、天災と言っても過言ではないほどの事態が起きているのは、外側のほとんどの世界です」
「……」
「さらに天界の一部でも、天災とまでは行かずとも不調をきたす世界がある」
円形に重なる世界で、外側の過半数ほどの世界が赤く染まる。そこが、アポロウーサの言う世界だろう。俺が見てきた植物界や、霊使いが住む世界もそこに含まれているはずだ。
すると、その模型のようなソリッドビジョンが消えて、今度はARの画面が映し出される。
そこに映っていたのは。
「この通り、暴風雨や落雷はもちろんのこと、竜巻、噴火、地震、津波……」
まさに、この世の終わりのような災害の様子だ。
前世で俺が実際に経験したもの、同じ国で起きた悲劇、海の向こうの国で起きた惨状。それらの凄惨極まりない映像が、何のぼかしも配慮もなく、俯瞰・主観問わず流れ、俺の頭に焼き付けてくる。
「犠牲者も既に出始めている」
さらに映し出されたのは、どこかの建物で横に広げられたブルーシート。ところどころに起伏があり、傍では人々が膝をついて涙を流している。
そのブルーシートは、何に掛けられているのか。実際に立ち会ったことがなくても、すぐにそれは分かった。
「ぅ……」
衝動的に胸を押さえようとしたが、手枷のせいでそれができない。空気が口から洩れて、ちょっとでも気を抜けば胃の中身を吐き出しそうだ。
「こうした世界には復興を始めている場所もありますが、天災は未だ収まる気配を全く見せず、状況はほとんど進展していません」
「……」
「そして次第に、人々の心は疲弊し、やがて負の感情に囚われていく。実際、既に倫理が破綻して手の付けようがなくなった世界もあります」
全ての画面が消え、気持ちが少しだけ落ち着く。その「手の付けようがない世界」の映像を出さなかったのは、アポロウーサのせめてもの気遣いだろうか。
「この事態について、『天気界』の長・アルシエルに話を聞いてはみましたが……彼女たちもまた、『力』を上手く扱えなくなっていると」
アポロウーサの視線の先で、アルシエルが困ったように頭を下げる。「天気界」ということは、モンスターに効果を与える永続魔法・永続罠カードを多用する【天気】シリーズを指しているのだろう。
「様々な世界で天候が崩れているのは、天気界の不調が原因。そう考えはしましたが、これだけ多くの世界で異常が起き、その上他の天使にも異変が起きたとなれば、その可能性は低い。むしろ、もっと大きな問題が起きていて、天使族の不調はその影響では、と我々は考えました」
アポロウーサはそこで指を組んで、俺に視線を固定した。
「あなたを呼んだのは他でもありません。この異常事態の解決に、協力してもらいたいのです」
「……なぜ、自分に」
さっきの吐き気が引いたのを確信してから、慎重に声を発する。
この事態を解決したい気持ちは俺にもある。アロマの庭や霊使いの世界のこともそうだし、プリモアの不調も恐らくは関係がある。座視しているわけにはいかなかった。
だけどアポロウーサの申し出に二つ返事で頷くことはできない。上位天使に対する不信感がやはり残っているから、突っぱねたりはしないが、すんなり受け入れるのに抵抗がある。何か裏があるのでは、と疑ってしまうのだ。
「あなたを含め、ドレミコードという天使はその『使命』の都合上、様々な世界を行き来できる。また、これまでに築き上げてきた各所とのパイプがあり、多角的な情報が望めるのですよ」
アポロウーサがわずかに視線を横にずらす。俺より一歩引いて立っていたミューゼシアが、黙って頭を下げたのが見えた。
「情報」という言い方は、俺も心当たりがある。エグザムの件で、所在不明な1枚を探す際に、これまでに依頼を受けていたクライアント……《
「当然、他の天使たちもできる限り情報を集めています。下界でアイドルとして活動している『トリックスター』、アスリートとして溶け込む『キューピット』が一例ですが……彼女たちは世間の目に多く触れている以上、活動に限界があります」
「……」
「ただし、あなた方は天使族の中でもフットワークが軽く、多くの世界に通じている。『使命』以外で人目に触れる機会も少ないからこそ、変に注目を集めたりしない」
「……つまり、他の天使がさらい切れない範囲で、調べてほしいと?」
こくり、とアポロウーサは頷く。
「解決に貢献した暁には、その働きに応じて対価も用意しましょう」
何となく、俺は報酬を貰わなければ動かない奴、と思われているみたいで少しイラっとした。
「そしてその働きが認められれば、あなたも天使の一員と認められましょう」
それでようやく理解した。
俺を未だに認めない天使はいる。それを挽回するチャンスを、アポロウーサは用意した。多くの世界を巻き込んだこの異常事態を解決することこそが、俺の力と価値を本当の意味で示せるのだと。
そして、それを提案したアポロウーサ自身、俺をまだ認めていないのだろう。
「何か、思うところでも?」
返事をしないでいると、男の声がかかった。少し低めなその声は、テュアラティンだろうか。
「……失礼、少々状況に理解が追いつけず」
「すまないが、アポロウーサ様が話した通り、今は時間の猶予がないのだよ。改善の兆しが全く見えない以上、このままでは事態が悪化していくばかりでしかない」
アテナが腕を組んで俺を見ている。その目は厳しくて、天使というより戦士の眼差しだ。ミューゼシアは時間がないと言っていたが、あれはそういう意味だったのか。
「何も難しいことは言っていないさ。お前はこの問題を解決するために下界を調べる。そして結果を出せば対価が得られるし、出来次第ではお前の存在が認められる。何を迷うことがあるんだ?」
ヴァニティーが、冷笑とも取れる笑みでそう告げてきた。
言い方自体は癪に障るが、言っていることは俺も理解できる。それでもやはり、エグザム関連で後から色々文句を言われたからこそ、今まで通りにできないのは分かっていた。
そして、仮に成果を上げたとしても、何か細かいところを指摘され、結局これまでと変わらないことに――
『バッハ様』
肉声ではない声が響いた。
見れば、バッハの左手首に嵌っている腕輪が淡い光を放ち、タンブラーほどの背丈の女性の姿が映し出される。紫のボブカットヘアの女性だ。
『お忙しいのは重々承知の上ですが、急を要する事態ゆえ』
「手短に、アリア」
『覇王門の解放が確認されました』
アリア、と呼ばれた女性がそう告げた瞬間、場の空気が変わったのを感じた。
『覇王眷竜数体が顕現。現在「魔術師連盟」が応戦中ですが、既に下界に被害が出ています。「幻奏界」にも応援要請が来ました。一刻も早く対処しなければ覇王龍が復活します。至急、御戻りを』
「……分かった。すぐ行く」
聞き覚えのある言葉だったが、余計なことは口にしない。
アリアの映像が消えると、バッハは立ち上がりアポロウーサを見る。
「アポロウーサ様、急で申し訳ございませんが聞いた通りです。非常事態ゆえ、私はこれで。どうかご容赦を」
「構わないわ。行きなさい」
アポロウーサが頷くと、バッハは一瞬だけ俺に視線を向けて、ダンスを踊るかのようにその場で一回転する。ドレミコードで見るような五線譜の軌跡を描きながら、バッハは姿を消した。
「……かつて封印した覇王龍まで、蘇ろうとしているなんて」
つらそうにアルシエルが告げた。
覇王龍――恐らく《覇王龍ズァーク》は、アニメのARC-Vにおけるラスボスだが、遊戯王シリーズではかなり特異な存在でもある。精霊界においては、クルヌギアスと同じぐらい非常に強力な恐怖の対象らしい。
「私たちは、この世の終わりに直面しているのかもしれんな」
アテナの言葉は、全く冗談とは思えない真剣さがある。
「この通り、時間がないのです。バトレアス」
「……」
「この全ての世界のために、あなたの力を借りたい」
アポロウーサは、また俺を見ていた。
そのさっきまでのやり取りは聞いていただろう、とヴァニティーも了承を促している。
後ろにいるミューゼシアを振り向きたかったが、もうこれ以上は天使族側も待てないらしい。
「……分かりました」
納得がいかない部分はあるけれど、もう俺にはこう答える以外の選択肢がなかった。
バトレアスとミューゼシアが部屋を出た後、最初に口を開いたのはテュアラティンだった。
「覇王門……封印以来一度も開いたことがなかったアレが、解放されるとはな」
「ああ。一連の天変地異の影響とみていいだろう」
アテナが付け足すと、その場に残る6人の天使は頷く。
遥か昔、「覇王眷龍」と呼ばれる複数の眷属を従えて君臨した、神に等しい力を持つ《覇王龍ズァーク》。破壊衝動のままにその世界、さらに次元の障壁を越えて隣接する世界さえも滅ぼさんとしたズァークは、さっき早退したバッハを筆頭とする「幻奏界」の天使や、「魔術師連盟」なる下界の魔術師たちの手で封印された。
それ以降、一度も復活の兆しを見せなかったそれが再び胎動するなど、偶然で済ませられるはずがない。天変地異で封印に何か綻びが生じたと考える方が妥当だ。
「天災級の異常気象に、天使族の異常、挙句の果てには覇王龍復活の危機……もうウンザリだぜ」
ヴァニティーは、心底辟易するように椅子に身体全体を預ける。自分たちがまさにその影響を受けているアルシエルは、何も言えず顔を下に向けた。
「……アテナの言う通り終末かもしれないこの状況で、あいつを信じろと? アポロウーサ様」
ヴァニティーが視線を向けると、アポロウーサは小さく息を吐いた。
誰のことを言っているのか、わざわざ問い返すまでもない。バトレアスだ。
「全面的に信用しろ、とまでは言いません。あくまで彼は、この事態を解決する
「……でしたら」
ずっと沈黙を貫いていたミカエルが、ゆっくりと視線をアポロウーサに向けた。その顔には、どこか納得がいかないような気持ちが透けて見える。
「何故、彼を追い詰めるような真似をしたのですか」
「追い詰める?」
「単に協力を仰ぎたいだけであれば、口で言って聞かせるだけのことでしょう。なのに、悲惨な映像を見せて心理的な圧力をかけるなんて」
「だが、天使として生きる以上は精神力も必要だ」
ミカエルの言葉を否定したのはテュアラティンだ。見た目が機械のようで表情は全く掴めず、言葉遣いも感情らしいものが見受けられない。
「彼も天使として認められたいのだろう。ならば、
「それに今は、手段を選んでられない。
ヴァニティーがテュアラティンに賛同すると、ミカエルは口の中で奥歯を噛みしめる。
悔しいが、ちんたらしていられないのは事実だ。覇王龍もそうだが、時間が経てば経つほど状況は悪くなっていく。バトレアスには見せなかった、取り返しのつかないレベルで破綻した世界もあるからこそ、じっくり時間をかけて考えさせ答えを待つなど今はできない。脅すような形で協力させるのは、今だからこそギリギリ許されているところがあった。
尤も、ミカエルはそれで完全に納得できはしない。
「けれど……ドレミコードの皆さんの使命を考えれば、あの方々もいずれ自然とこの問題に取り組もうとしていたのでは? 実際、あの方たちにも不調は出ていますし」
アルシエルの意見に、ミカエルは内心大きく頷く。
エグザムの件で、彼らは自分たちが何か大きな問題を解決できる立場にいるのなら、迷うことなくその問題に立ち向かうとミカエルは知った。ドレミコード全体にも影響が出ている今、彼らは頼まなくてもこの事態の究明に協力してくれるだろうに。
「ああして頼むことに、意味があるのですよ」
ぎし、とアポロウーサは椅子に座りなおした。
「未だ、バトレアスを信用しない天使は多くいます」
言葉と共に視線を向けられたのはヴァニティー。彼は肩をすくめて笑った。自分もそうだと、隠そうともしない。
ミカエルは、さらにその隣にある空席を見る。
そこは、こういう事態にこの場所にいるはずだった最上位天使のひとり、《夢魔鏡の天魔-ネイロス》のための席。しかし、彼は通告を破りバトレアスの精神に攻撃を仕掛けたことで、現在上位天使としての権限を停止させられている。
「今、彼を巡り天界では不和が生じている。それを解消するために、最上位天使である我々から協力を要請し、成果を上げてもらうことで、周りにも彼の働きを認めさせるのです」
天使族裁判で審判は下ったが、それでも心情的に割り切れない天使がまだいる。しかし、こうして多くの世界で起きている問題の解決を、アポロウーサ自らが依頼し、バトレアスの真価を天使族全体で見届ける。
それが、あえて彼を呼び出し協力を求めた理由。
それを聞いたミカエルは。
「……そういうことでしたか」
「ええ、そういうことです」
「ならば、ひとつ宣言させていただきたい」
大仰とも取れる前置きをしてから、ミカエルは立ち上がる。そしてその視線に、アポロウーサを捉えた。
「私は、あなた方よりはバトレアスという男のことを理解しているつもりです」
エグザムに汚染された時のことは覚えている。
救える命を救いたいという、確かな願いがミカエルにはあった。それがいつしか、命を救うために疑わしきを罰するなんてチグハグな考えに染まり、それを自分で疑いもしなくなって。
ミカエルはドレミ界を襲撃し、少女を捕らえていた――実際は不慮の事態だった――バトレアス、さらにはミューゼシアやクーリアに重傷を負わせた。
その際、ミカエルはバトレアスとのデュエルを通して、彼の人となりを多少理解している。さらに、後日話をしたことで、義理堅く生真面目な性格なのも把握した。
ドレミ界を襲った件は、あちらと話がついている。ミカエルからすれば到底許されないほどの仕打ちを、エグザムに汚染されていた事情を汲み、ドレミ界側は示談という形で赦してくれた。
それはミカエル……というより「ライトロード」全体として願ってもない話だ。何せ、ミカエルはライトロードの創始者にして、今なお前線で統率するリーダーでもある。そんな彼が、エグザムに汚染されたとはいえ、他の世界を襲撃したとなれば、バトレアスみたく天使族裁判に掛けられて当然でもある。ともすれば、ライトロードの存在に障りが出かねなかった。
それをドレミコードは、ライトロードの行く末を深く憂いたのか定かではないが、とにかく温情を与えてくれた。そのおかげもあり、ミカエルとライトロードはエグザムに汚染される前の立場を保てている。
だからこそ、ミカエルはドレミコードたちに恩義があった。
そのことも含め。
「バトレアスを理解しているからこそ……私は彼の処刑に反対しました」
ぴく、とアテナの肩が揺れて、剣のごとく鋭い眼光をぶつけられる。
その反応は当然だ。天使族裁判の採決で、自分がどちらに投票したかを口にするのはご法度。それも、ミカエルは最上位天使の一角だ。その発言がどれだけ不用意なのか、本来なら責められるべきものである。
しかしミカエルは、本当に裁判の場でそうした。もっと言えば、天使族裁判を行うことそのものにも反対だった。
そして先の発言を撤回する気はない。自分の誓いを立てるために。
「しかし、無罪の審判が下されてなお、彼の命は第三者の私情で脅かされた。そんな彼の命と尊厳、意思は薄氷の上にあると言っていいでしょう」
未だにバトレアスは天使族の一部から信用されていない。同じ天使族でありながら、その他多くの力ある天使に白い目で見られるというのは、常人が考える以上に過酷だ。その不安やプレッシャーは、確実に精神を蝕み、やがて壊す。
「それは当然、バトレアスも理解しているはずです。だからこそ、彼は認められたいと願い、今回の我々の頼みを聞き入れた。状況が差し迫っている、というのもあるでしょうが――」
「何が言いたい?」
テュアラティンが結論を急がせる。
ミカエルは咳ばらいをし、「失礼」とだけ告げてから、本題を話す。
「アポロウーサ様。あなたは先ほど、働きが認められればバトレアスを天使として認めると、そう仰いましたね」
「ええ、確かに」
「では」
ミカエルは、自分の目に力を籠める。
そして、天使族のトップたるアポロウーサを、目線だけで縛り付けるようにし、口を開いた。
「バトレアスが今回の事態の解決に貢献してもなお、過程に問題があったなどと難癖をつけて、彼を非難したり軽んじ、先の発言を反故にするようであれば……」
一度言葉をきり、ゆっくり瞬きをして、告げる。
宣誓する。
「私は躊躇なく、彼のために、あなた方に刃を向けますよ」
部屋の空気が、まるで重石を水に落とした時みたいに重苦しくなる。糸目だったアルシエルだが、露わになったその瞳は怯えるように揺れていた。
アポロウーサは、その発言がどれだけ真剣か伝わったのか、ジッとミカエルを見返している。
「……それはアレか。またバトレアスが罪人と手を組んだり、下界でトラブルを起こしても、オマケしてやれって――」
「おい」
ミカエルの言葉の綾を突くヴァニティーを、アテナが一言で黙らせる。
ミカエルは、そんなつもりで先の宣言をしてはいない。何よりこれだけの大事になって、バトレアスが同じことをするとは考えられない。それをしたら、ミカエルも少し頭を抱えてしまうが。
「分かりました」
アポロウーサはそう告げて、小さく笑う。
そして、皮肉も、怯えも、軽蔑もない、純粋な表情と声で答えた。
「ゆめゆめ、忘れないでおきましょう」
◇ ◆
「随分都合のいい話よね」
戻ってきたバトレアスとミューゼシアの話を聞き、ドリーミアは溜息と皮肉を返した。
「エグザムの件でどうのこうの言ってきたと思えば、今度は上から目線で協力しろだなんて」
「ドリーミアちゃん……」
隣に座るエリーティアが、ずけずけと物言うドリーミアを宥める。だがエリーティアも、場の空気でドレミコードのほとんどがドリーミアと同意見なのは汲み取れていた。それにエリーティア自身、そうは思わないのかと聞かれれば、それは違う。
「……でも、ボクらは子供じゃないし、世界の異変は無視できない。だからこそ、協力には応じる以外なかった。もし協力を拒んだら、ボクらを見るアポロウーサ様たちの目は一層厳しくなるだけだもの」
ファンシアが首を横に振る。バトレアスのために怒った彼女も、今ばかりはドリーミアが言うような本音は押さえて、冷静に話を進める。
「……バトレアスは、大丈夫ですか?」
グレーシアに問われたバトレアスは、小さく頷く。ドレミ界に戻った彼は少し精神的に参った様子だったが、天使族裁判直後のように、トイレに駆け込んで吐き戻したりはしていない。
それでも落ち込んでいる理由は、ミューゼシアには理解できた。バトレアスを協力させるために、アポロウーサが見せた下界の惨状。エニアクラフトを変えるほどに心が強くなったバトレアスでも、流石に受け入れがたい光景だったはずだ。自然の脅威に人々が成す術なく打ちのめされ、命を落とす有様を見れば、動揺せずにはいられまい。
「……すみません。ちょっと、色々起きすぎて気持ちの整理ができなくて」
「まー、無理もないよねぇ」
バトレアスに対し、エンジェリアは気楽に笑いかける。普段と調子を変えずに明るく声をかけるのは、エンジェリアなりの気遣いだ。
「ここまで話が進んで何だけど……バトレアスさんは本当にそれでいいのかしら?」
そこでビューティアが、テーブルに肘をついて話しかけてきた。いつもなら優しい印象の糸目が、厳しく見える。その隣に座るキューティアは、首をかしげていた。
「外れるべき予想だけど、バトレアスさんが成果を上げてもアポロウーサ様たちが認めないかもしれない。またケチをつけて、天使族裁判を開くかもしれない。そうなれば、あなたはこの件でただ利用されただけになってしまう……いいえ、もう既にドリーミアちゃんの言う通り『都合よく』駒みたいに扱われてる」
『……』
「しかも、向き合おうとしている異常事態は、あなた自身が命を落としかねない。例えこの先、命を落としたり、またアポロウーサ様たちから責められるとしても、本当にいいの?」
普段とは違い、厳しく尋ねるビューティア。
その向かいに座るクーリアは、ビューティアの真意を分かっていた。バトレアスに甘いところがあるのは確かだが、ビューティアは敢えて、バトレアスがどういう考えなのか聞こうとしている。バトレアスが自己保身でアポロウーサたちの申し出を断るような真似はしない、とクーリアは信じているし、今は精霊界全土の危機だ。それをバトレアスは見過ごすわけもない。
「……確かに、ビューティア様の仰る通りかもしれません」
バトレアスは、静かに話し始めた。
「ですが……天使族裁判やネイロス様の攻撃を経て、未だ俺のことを疑っている天使はいるということを理解しました」
『……』
「それをこうして、どんな裏があっても、汚名を濯ぐ機会を与えられたのであればそれを拒むわけにはいきません。何せ……俺もまたドレミコードですから」
天使族裁判で、バトレアスはドレミコードの天使のひとりとして責められた。それはつまり、「ドレミコード」という集団そのものの名誉を貶めてしまったのだと、バトレアスは考えている。
だから、それを挽回できるのであればそうしたい。そう強くバトレアスは考えている。
「それにこの事態は、俺にとっても無関係ではありません。だからこそ、向き合わなければならないものです」
バトレアスの目線の先には、ひとつの空席がある。その椅子に座るはずだったプリモアは、大事を取って部屋で静養中だ。
バトレアスがアポロウーサたちと話をしている間、プリモアはベッドで横になっていた。しかし、何度も苦しそうに身を捩らせていたのをクーリアは確かに見ている。アロマはまだ足りているが、バトレアスの力をほんのわずかに宿し、精神の最深部でバトレアスとのつながりがあるからこそ、彼の苦しみが伝わったのだろう。
そのプリモアは、今回の異常事態の被害者のひとりと言えた。
更に天門術によって魔法使いの里に呼び出され、そこでも異常を知らされたと、一緒に飛ばされたキューティアとドリーミアが話した。
そして、「浄化」中のビューティアを狙って「閃刀界」のレイとロゼがドレミ界に入り込み、バトレアスは戦った。
だからもう、今回のことは対岸の火事ではない。
「けれど……」
そこでバトレアスの視線は、テーブルに落ちた。
「……俺は、みなさんのように浄化の力を持っていません。ちょっとばかりデュエルができるだけで、他に取り柄は特にない」
クーリアはその言葉を即座に否定したかったが、今はそういう場面ではないだろう。
「ですので正直な話……今回のこの問題を、俺ひとりで解決できる自信がありません。エグザムの時もそうでしたが……」
精霊界で同時多発的に起きている天災・異常。状況は刻一刻と悪くなり、人々は疲弊し、その原因は未だ分からない。
この事態をたった一人で解決しろ、なんてそれこそ無理難題だ。
「だから……」
そうしてバトレアスは、視線を上げてみんなの顔を見る。
どこか、怯えにも似た表情を浮かべて。
「どうか、みなさんの力を……貸してください……!」
頭を下げ、恐れるような震える声で、助けを求めてきた。
そんなバトレアスに、真っ先に返事をしたのは。
「……その言葉、ずっと待っていたわ」
やはりというべきか、クーリアだ。
この状況で嬉しそうに笑うクーリアだが、それもバトレアスから何かを頼まれたことがほとんどないからだ。何せ、ネイロスの攻撃を受けた時も他人に助けを求めず、後になって性格的に人にものを頼めなくなったと聞かされていたのだから。
それでもこうして助けを求めてきたのは、それだけ切羽詰まった状況というのもある。だが、自分ひとりで抱え込もうとしないだけで、クーリアは十分だ。
「勿論、喜んで力になります!」
「まぁ、あんたひとりで全部解決できるとは思っていないし……」
キューティアは満面の笑顔で応じ、ドリーミアは口で色々言いながら、頼られて満更でもなさそうににやけている。
「私たちにできることがあれば、協力は惜しみません」
「だね。それでアポロウーサ様たちにぎゃふんと言わせようよ」
エリーティアも頭を下げて微笑み、ファンシアがガッツポーズをとる。
「世界の混沌は、私たちにとって阻止せねばなりません。解決は当然です」
「私たちだって、いつまでも『浄化』できないと穀潰し扱いされちゃうし」
「バトレアスさんを認めてもらういい機会だものね」
グレーシア、エンジェリア、ビューティアも前向きな言葉を口にする。
そしてクーリアは、バトレアスを真っ直ぐに見据えていた。
「世界のため、そしてあなたのために、私たちは一切の協力を惜しまないわ」
そしてドレミコードのみんなは、バトレアスを見て力強く頷く。
それを受けてバトレアスは、少しだけ目頭を押さえた。そんな彼の背中に手を添えて、ミューゼシアは笑い、話しかける。
「……それじゃ、何から始める?」
言われたバトレアスは、目の端を指で軽くこすり、懐に手を入れる。
そして、取り出したのは1枚のカード。それをテーブルの上に置き、ミューゼシアがそれを覗き込む。
《風霊使い ウィン》のカードだった。
《サブキャラクター紹介》
・《召命の神弓−アポロウーサ》
天使族を取りまとめるトップオブトップ。その地位に相応しい力と頭脳、精神力を持ち、良くも悪くも自分にも他人にも厳しく、四角四面になりがちなところがある。人間だったバトレアスに疑念を抱いていたが、とある冥府の女神と「おはなし」してからは見る目を変えようと努力している。
側近に《ウィクトーリア》を重用しており、彼女の淹れるコーヒーがお気に入り。ドレミ界に訪問した際にバトレアスが淹れた紅茶も悪くないと思っている。
・《テュアラティン》
機械的な見た目だがれっきとした天使族。科学、とりわけ機械工学に対しての興味・関心が強く、「技術」分野における人間の力には期待しつつも、争いの種を生み出す面は警戒している。合理主義で冷淡な部分が目立つものの、個々人の感情も多少考慮するぐらいの情はある。最上位天使たる理由は「知識量」。
下界でたびたび開かれるロボット技能大会や工学系企業のイベントにお忍びで参加するのが趣味。
・《アテナ》
戦乙女のような風貌で、見た目通りの勇ましい口調で話す。性質上下界でたびたび起きる「争い」を何度も目にしており、生物は争うことを止められない悲しい存在と内心で傷ついている。故に自分自身は極力争いや諍いを起こしてはならない、と自分に言い聞かせている。最上位天使たる理由は「戦闘力」。
動物好きで、特にもふもふした触感のウサギや猫などを好む。いつかアポロウーサの耳を撫でくりまわしたいと狙っている。
・《
好青年風の見た目で飄々とした性格。天使として強大な力を持ちながら、同族であれば階級によらず接し起用する懐の広さを持つ。しかし下位存在である人間という種族に対してはある種達観しており、期待も拒絶も全くせず、故に元々人間だったバトレアスに限っては疑っている。最上位天使たる理由は「連携力」。
悪魔族の《
・《虹天気アルシエル》
「天気界」を治める主。仲間を家族のように思い大切にし、何かに対して怒ることがほとんどない、というより怒る前に困るタイプ。すべての天気には意味と理由があると説き、人間たちの天候操作の気持ちは汲むが、どんな天気も愛してほしいと願っている。最上位天使たる理由は「下界への影響力」と「寛大さ」。
晴れ、雨、曇り、雪、雷の天気がどれも好きだが、台風や嵐に関しては中々好きになれない。
・《幻奏の音姫スペクタキュラー・バッハ》
「幻奏界」を統べる天使。性格は少々キツめだが、仲間や気を許した相手にはにこやかに接し、飴玉やお菓子をあげたりする。「ドレミコード」とは異なり、大衆向けにオーケストラやコンサートを定期的に開催し、人心に一時の安らぎを与えることを使命としている。最上位天使たる理由は「下界からの信仰心」。
髪のセットに命をかけており、髪を下ろした姿を「テレビから出てくるお化けみたい」と《幻奏の音女ソプラノ》から言われた際にはかなり凹んだ。
・《ライトロード・アーク ミカエル》
「ライトロード」を統率するリーダーにして創始者。強い正義感と精神力、リーダーシップで多種多様な仲間をまとめ上げ、仲間からの信頼も厚い。強者あるいは立派と認めた相手には敬意を払い、その人を守るためなら上位存在に刃を向けることも厭わない。最上位天使たる理由は「リーダーシップ」と「決断力」。
デュエルを通してバトレアスを認めており、状況が許せば今度は正々堂々デュエルがしたいと思っている。あるいは酒を飲み交わしたい。