都市の世界から戻った俺は、マスカレーナから受け取った手紙をミューゼシアとクーリアに差し出し、状況を説明した。
「……そして、この手紙を受け取ったんです」
「なるほど……」
話を聞き終えたミューゼシアが、深く椅子に座りなおす。微妙に受け入れがたいような表情だが、その理由は俺も分かった。マスカレーナとは縁を切るしかなかったにしても、不安要素を俺自身が引き寄せてしまったのだから。
「差出人の詳細は、聞いていないのね? 世間的に見て善人、ということだけで」
「はい。この手紙を受け取った状況自体、ちょっと周りに気を使わなきゃいけない感じでしたから」
一緒にいたファンシアも補足する。都市の世界はやけに静かだったし、S-Forceは街の監視カメラをほぼ掌握している。いくらマスカレーナが姿を変え、監視カメラに細工したとしても、接触する時間はできる限り短くしておきたかった。だから、その場では最低限のことしか聞けていない。
「……では、開けてみましょう」
クーリアが封蝋を開け、慎重に中身を取り出しテーブルに置く。
入っていたのは、便箋が1枚だけだった。それをみんなが見えるように広げると。
『鉄壁の守護を破りし者へ
広き世界の歪みを正常に戻すべく、力を貸してもらいたい。
以下に記す場所へ来られたし』
本文はそれだけだ。末尾には、どこかの世界の座標らしき数字の列が書かれている。同じタイミングで読み終えたらしい、ミューゼシアは俺を見た。
「やっぱり、あなたに宛てたもののようね」
「……そのようで」
「鉄壁の守護を破りし者」とは、マスカレーナとのデュエルで《ファイアウォール・ドラゴン》を倒した俺のことだろう。
しかし、肝心の用件は力を貸してほしいということしか分からず、差出人の名前も書かれていない。そして、座標の場所へ来いという、有無を言わせないもの。
「まさか……《ファイアウォール・ドラゴン》を知った俺への口封じを兼ねているとか」
「考えたくはないけれど、その可能性もあるにはあるわね……」
こちらの世界で《ファイアウォール・ドラゴン》は、マスカレーナが貸し与えられた1枚だけと思しい。だから、この手紙の差出人は、「力を借りたい」という名目で、秘密を知った俺を呼び出し始末する、なんて可能性も考えられる。ミューゼシアも予想できたらしい。
それに俺は、「広き世界の歪みを正常に戻す」という文面で、ヴァーディクトを思い出してしまう。あいつは「歪な世を正し秩序を成す」という目的を掲げ、強いデュエリストに片端からデュエルを挑み、自分勝手にやりたい放題をやって世界に混乱を招いた。それを思い出すと、余計嫌なことの前触れでしかない。
「でもこうして手紙を受け取った以上、その人たちの下へ行かなければ、マスカレーナさんに被害が及びかねない……それは避けたいんでしょ?」
「身勝手な話で本当に申し訳ありませんが……その通りです」
クーリアが、全てを理解していると言いたげな笑顔で尋ねてきたので、俺は頭を下げる。
マスカレーナとあんな形で別れてしまったのはやはり悲しい。でも、だからこそ、これだけはやり遂げなければならない。
S-Forceと話をする場を用意し、エグザムを全て集められたのも、マスカレーナの力あってこそだ。その礼として彼女の安全は確保する。
「……分かったわ。それでは明日、この場所へ向かいましょう」
「はい」
「勿論、あなた一人で行かせることはできない。私とクーリアも同行する。あのデュエルは私たちも見ていたしね」
ミューゼシアに言われたクーリアも頷く。巻き込んでしまって申し訳ないと思い、俺は頭をもう一度下げる。
そして、俺とファンシアがクーベルの店で買ったケーキを交えて、お茶の時間を始めることにした。
「クーベルさんは元気だった?」
「ええ。ただ、悪天候が続いて客足は遠のいているようですが」
「あぁ、そういう問題もありますね……」
「ポワソニエルさんも言ってたねー。せっかくお店新しくしたのに、って」
ケーキとお茶の準備をしつつ、エンジェリアとエリーティアに話すと、2人は顔を曇らせた。この異常事態で、各地で天災級の災害が起きているが、そこまでいかなくても影響は出てきている。最早、誰にとっても他人事ではなかった。
そしてクーベルとポワソニエルも、この事態について原因は分からないとのことだ。そして、街を出歩く人が少なかったのは、悪天候が続いているのと、S-Forceの取り締まりが強化されたことにより自粛の風潮が出ているという。
「じゃあ、これだけケーキを買うバトレアスはいい上客なんじゃないかしら?」
「まぁ、すごい感謝はされましたね」
ドリーミアの言葉に苦笑しながらケーキを皿に載せていく。買ったのはドレミコード全員分なので、売り上げにはそれなりに貢献できただろう。
「あっ、ドーナツもあるんですね!」
「美味しかったってボクらの感想を聞いて、常設するようにしたって」
目を輝かせるキューティアにファンシアが話す。そんな反応をするだろうな、とは買った時から思っていた。そして今回買ったドーナツ2つは、全てキューティアの分だ。
お茶の準備はクーリアがするとのことだったので、俺は一旦その言葉に甘え、同じくクーベルの店で買ったプリンとスプーンを手にプリモアの部屋に向かう。
「失礼します」
「あら、バトレアスさん。おかえりなさい」
部屋では、ビューティアがプリモアのベッドの脇についていた。無論、プリモアの看病をするために。
「代わります。ケーキを買ってきましたので、よろしければどうぞ」
「ありがとう。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうわね」
ビューティアはニコリと笑い、部屋を後にする。
俺は、さっきまでビューティアが座っていた椅子に座り、プリモアを見る。
「お加減はいかがですか?」
「なんとか、大丈夫です」
ベッドに寝ているプリモアは、少し顔が赤らんでいるが、それでも意識がはっきりしているのが見て取れる。手の甲を額に当ててみるが、まだ微熱レベルだ。大事には至っていないようで、安心する。
「……」
ちらと、サイドチェストに置かれたアロマの瓶を見る。まだ中身は残っているが、マグノリアから貰った時よりは明らかに減っていた。
プリモアがこの程度の状態で済んでいるのも、このアロマのおかげだ。それがなければ、もっとひどいことになっている。そして、アロマの庭は今の悪天候のせいで、同じアロマを作れないらしい。楽観視はできない。
だから一刻も早く、この事態をなんとか打開しなければならないのだ。最上位天使から圧をかけられようが、得難い協力者と不本意な絶縁をしようが、俺がへこたれている暇なんてない。
「……プリンを買ってきました。よろしければどうぞ」
「あ、食べたいです」
少し、プリモアが嬉しそうに笑って体を起こす。食欲も落ちていないのが幸いだ。
「はい、あーん」
「あーん……」
最早慣れてしまった「あーん」をしながら、プリモアはまだクーベルのケーキを食べたことがなかったのにふと気づく。もしも元気になったら、クーベルのお店に連れて行ってあげよう。
「……バトレアスさん」
「はい?」
一口目を食べ終えたプリモアは、スプーンを持つ俺の手を力なく握ってくる。
「……無理、しないでくださいね」
その言葉には、何も言わずに頷くだけにした。
みんなを守るためには、その約束を守れる気がしなかったから。
◆
翌日、俺とミューゼシアとクーリアの3人で、例の手紙に記された座標の世界へと移動した。
ゲートを開いてくぐった先に広がっていたのは、芝生の広場。周りには高層ビルが建ち並び、どうやらどこかの街のど真ん中にある、規模の大きい公園らしい。
しかしながら、風が強い。台風や嵐とまでは行かないが、目を開けているのが少し難しいぐらいだ。
「ここからどうするのかしら」
クーリアが辺りを見回す。薄桃色のロングヘアが風に靡いているのが、何とも美しく絵になっていた。それはさておき、これからどこへ行けばいいのか、どうするのかは分からない。手紙にはこの座標の世界に来るようにしか書かれていなかったのだから。
その時、目の前にサイバーチックなワープゲートが突然出現した。
「ようこそいらっしゃいました」
そこから歩み出てきたのは、紺の短い髪の女性。バイザーゴーグルをかけ、身体のラインに沿ったスーツの上にマントを羽織り、右手にタブレットを携えている。
どこかで見た記憶があるその女性は、会釈を挟んで顔をこちらに向けてきた。
「あなたが、マスカレーナから手紙を受け取った方ですね?」
「……はい。バトレアスと申します」
「こちらのお二人は?」
女性に顔を向けられ問われたミューゼシアとクーリアが、俺の両隣に歩み出る。
「バトレアスの上司のミューゼシアよ」
「同じく、クーリア」
まだ相手が俺たちのことをどこまで知っているか分からないからこそ、所属については口にせず関係性だけ伝える。相手の女性は一応納得したのか、小さく頷いた。
「私はセクレタリー。あなた方をお呼びした者の秘書を務めております」
セクレタリー、という名前でようやく思い出した。彼女は《バックアップ・セクレタリー》、VRAINSの主人公が使用するサイバース族モンスターの1体。となれば、やはりここはサイバース族の住む世界らしい。
そのセクレタリーが「こちらへ」と手で示し、先導する。導かれるままに公園を歩くが、その周囲を取り囲む高層ビル群は都市の世界とあまり変わりはない。ただし風が強いのに変わりはなく、空に浮かぶ雲は目に見える速さで流れている。
「こちらでお待ちを」
セクレタリーが足を止めたのは、公園の東屋だ。他の人はおらず、壁があることで多少風は凌げる。
俺たちもまた立ち止まると、セクレタリーの傍にまたワープゲートが出現した。そして、金属音を鳴らしながら誰かが姿を見せる。
「初めまして」
「……おぉ」
重厚感に中てられて息が洩れた。
紺色の甲冑の騎士。鎧の下に見える体は黒に近い藍色で、円形あるいは格子状のラインが入っており、兜の陰で赤い眼が輝いている。その背丈はおよそ2メートルに届くぐらいか、勇ましさが前面に出ている。
「招待に応じてくれて感謝する、バトレアス。私は《デコード・トーカー》、この『サイバース界』の守護者だ」
騎士改めデコード・トーカーが右手を差し出してきた。少し迷ったが、同じように右手を差し出し握手を交わす。グローブ越しでも、人の体温と柔らかさが感じられた。
どうやら、この人こそが《ファイアウォール・ドラゴン》をマスカレーナに貸し与えた人物らしい。いち世界の守護者ともなれば、相応に力があるのだろう。《デコード・トーカー》もVRAINSの主人公が駆るモンスターで、しかもエースだ。相応の地位にいてもおかしくはない。
「ミューゼシア殿、クーリア殿も。ようこそ、サイバース界へ」
デコード・トーカーは2人にも歓迎の意思を示すと、手を軽く前へ出す。瞬間、俺たち3人の後ろにシンプルなデザインの椅子が出現した。デコード・トーカーに「掛けるがいい」と促され、俺たちは席に座る。手紙の内容から俺に用があるらしいので、立っているわけにはいかなかった。
「早速で申し訳ございませんが……デコード・トーカー様」
「デコードで構わない」
「では、デコード様。あなたは如何様なご用件で、このバトレアスに呼びかけを?」
ミューゼシアが単刀直入にデコードに問いかける。
手紙には、「力を貸してほしい」としか書いていなかった。何のつもりでデコードが俺たちを呼んだのかは、まだ分からない。
「そうだな。まずは……あれを見たまえ」
「? なっ……」
デコードが手で示した先を見て、クーリアが息を呑んでいた。
公園の向こうにある高層ビル群で、いつの間にか竜巻が起きてる。それは以前のデュエルで、《ファイアウォール・ドラゴン》や、テータの《トポロジック・ボマー・ドラゴン》が召喚される際に発生していたのと同じ、寒色が入り混じったもの。だが、規模はそれとは全く比べ物にならず、ひとつのビルを飲み込み消してしまうほどだ。
「あれは『データストーム』。このサイバース界で度々発生するもので、文字通り莫大なデータの嵐だ。構成されているのはデータマテリアルと呼ばれる、人智をはるかに超えた超物質であり……」
「……」
「要するに、非常に強力なエネルギーを有している。そして構成物質の性質上、あれに触れればどのようなものもデータとして吸収されてしまう」
クーリアとミューゼシアが説明についていけそうになかったので、デコードが説明を簡潔に切り替える。俺は予備知識があったため、すぐ飲み込めた。
データストームと呼ばれるものはVRAINSにも登場していたが、あれは「LINK VRAINS」と呼ばれるVR空間にだけ発生するものだったはずだ。しかしこのサイバース界とやらでは、自然現象という扱いらしい。
「無論、そんな物は我々からすれば非常に危険だ。稀に、消滅したデータストームの残滓から新たな仲間が生まれることもあるが……デメリットの方が大きい。何しろ触れた物質は消滅してしまうし、再構築も簡単ではない」
「……」
「そんなデータストームの発生頻度が、ここ数週間で数倍に増えている」
デコードの言葉に応え、セクレタリーがタブレットを操作すると、俺たちの前にARのモニターが現れる。色々と数値やグラフが表示される中、データストームの発生率を示しているらしい棒グラフは、確かに右肩上がりになっていた。
だが、またしても強い風が吹き、ARモニターにノイズが走ると消えてしまう。
「データストームとは別に強風も発生している。我々は人工衛星を使って天候を操作できるが、それでも完全には制御できない」
「そんなことが可能なんですか……」
「我々の技術がにかかればな。それがなければ、今頃は暴風雨に見舞われている」
デコードの鼻にかけない言葉には素直に感心した。エニアクラフトほどではないにしろ、サイバース界は非常に高度な技術を有しているらしい。天候を操作する衛星など、俺の元居た世界だったらどこの国も欲しがるだろう。
「我々はこの事態を、単なる自然現象ではなく何らかの影響によるものと判断し、原因を究明することにした。しかし、今のところ手掛かりはほとんどない。それでもデータストームをはじめとした異常現象は頻発している」
「……つまり、力を借りたいとは、その事態の解明のためですか」
「そういうことだ」
結論をクーリアが先読みすると、デコードは頷く。
それを聞いたミューゼシアは、姿勢を整えなおした。
「事情は把握いたしました。ですが、別に気になるところがございます」
「?」
「あなた方は……マスカレーナさんとはどういった関係なのでしょうか?」
デコードの鎧がわずかに揺れたのが、音で分かった。
「我々が指摘するのも何ですが……マスカレーナさんは公的機関に追われている身です。そんな彼女が、あなたからの手紙をこのバトレアスに渡すよう伝えた……となれば、彼女とは赤の他人と言えないでしょう。その関係性について、明らかにしたい」
マスカレーナがお尋ね者なのは天使族にも知れている。そんな彼女と知り合いのデコードたちは、果たして本当に「善人」か。大っぴらに手を貸して、また上位天使にいちゃもんをつけられるような存在ではないのか。それを明らかにしなければ、協力は難しい。
「そうだな。その辺りは詳らかにしておくべきか」
デコードもまた椅子に座りなおし、赤い眼をこちらに向ける。輝きがほんの少し鋭くなったような気がした。
「確かに、マスカレーナはお尋ね者、多次元に手配されている犯罪者だ。そして、このサイバース界はそんな彼女の出身地でもある」
デコードが手で示す先に広がる、高層ビル群。その中でデータストームが未だに渦巻いているが、鳥のような何かがデータストームを取り囲んで飛行していた。データストームを収束させる部隊か何かだろうか。
「故に我々にも、彼女を追跡する組織から情報提供を求められてきたことが度々あった。例えば、多次元治安維持組織、S-Forceとかだ」
それは、俺にとっては馴染みのありすぎる組織の名前。膝の上で、拳に力が入った。
「しかし、マスカレーナの能力自体は非常に優秀だ。盗めないデータはほとんどなく、各方面と構築したパイプで得る情報収集力は非常に高い。我々からしても失うのは惜しい」
「……」
「だからこそ我々は、彼女と秘密裏に協力関係を結んでいる。見逃す代わりに、我々にとって有用な情報を渡すようにと」
ジワリと背中に汗が浮かぶ。
それだけ聞けば、デコードたちもグレーラインを越えて黒に近い。
「バトレアスに手紙を渡すように依頼したのもそうだ。最初は彼女から、我々が所有する《ファイアウォール・ドラゴン》のカードを貸してほしい、と頼まれた。彼にデュエルで勝てば、『エグザム』と呼ばれる非常に重要なアイテムを譲り受けられる、とのことでな」
「……!」
「そして我々は取引をした。彼女が勝てば、『エグザム』を我々に渡し、相応の報酬を与える。ただし負ければ、私の依頼を無条件で引き受けるという約束でな」
ぱちくりと瞬きを押さえられなかった。
マスカレーナは、俺とのデュエルでエグザムを1枚獲得したら、デコードたちに渡すつもりだったのか。
「そして彼女は負けた。よって私は約束を履行し、私の手紙を君に渡すよう命じたのだよ」
「……なるほど」
俺に手紙を渡した経緯は分かった。
しかし、マスカレーナと内通している以上、デコードは清廉潔白と言い難い。主人公のエースモンスターだから、というわけではないようだ。
「……あなた方からすれば、私たちのやり方は褒められたものではないのだろう。だがこれは、私たちの世界が存続するうえで仕方がないことなのだ」
深く椅子に座るデコードからは、どこか疲れというか、そんなネガティブな空気が伝わってきた。
「サイバース界は、通常の人類の何十年先を行く技術を持つ。故に、それを狙って多くの勢力が幾度となく、我々の世界を攻撃してきた」
「……」
「幾度の苦難を経て、ようやく我々の世界は安定した。だが、この平穏は非常に脆い」
ビル街に視線を移すデコード。街に発生していたデータストームはいつの間にか消えていた。
「だからこそ、私たちは技術の発展だけでなく、世界の安定も重視している。何より、私はこの世界と仲間を愛している。それを守るためなら、時に口にするのも憚られるような手段も取らなければならない」
両手を組み、両膝の上に肘を乗せ、デコードは姿勢を低くする。
「綺麗事だけで全てを守れるほど……我々の世界は甘くないのだよ」
デコードと目が合った。
赤い眼に瞳は見つからないけれど、その言葉と眼力は並大抵のものではない。本気で、サイバース界というひとつの世界を守る覚悟を持っている人だ。
俺の中で微かなつながりを持つ、エニアクラフトの存在が頭にちらつく。彼らも、サイバース界のように今の人類では到底及ばない遥かに高度な技術を持ち、ヴァーディクトに技術を狙われ襲われた。
機械か、意思を宿した電子世界の存在かで差はあるが、技術の高さ故に存在を脅かされるのは似ている。
「……話を戻そう」
俺が雰囲気に飲まれたのを感じ取ったのか、デコードは体勢を変えて椅子に深く座りなおした。
「今、このサイバース界や他の世界で起きている事象は、やはり我々の世界を崩壊させかないね。それを何としても避けるために、力を借りたい。それこそ、《ファイアウォール・ドラゴン》を破るほどの力を持つ者が」
間違いなく、デコードは俺のことを言っている。俺なんかが力になれるかは分からないが、できることがあるのなら協力をしたい。デコードたちのやり方は完全なシロと言い難いため、ミューゼシアの差配次第になってしまうが。
するとデコードは、「そして」と言って人差し指を立てる。
「この事態を解決した後……我々は、あなた方と恒久的な同盟を結びたい」
「「え?」」
俺とクーリアは、図らずも声を揃えて問い返した。
デコードは続ける。
「我々は言うまでもなく、科学技術に強いと自負している。魔術に関しても研究を重ねているところだ。しかしながら……あなた方のような『天使』、つまり科学でも魔術でもない未知の存在に関しては未だ情報が足りない」
「……」
「それにあなた方は、マスカレーナから
今、デコードの話には聞き捨てならない部分があった。しかし、それについて問い返す猶予もなく、デコードが手を差し出す。
「無論、その暁にはあなた方にも我々の技術力を提供することを約束しよう。いかがだろうか」
協力を促されたが、俺には答えられない。
ミューゼシアの方を向く。今起きている異常事態の解決に協力するのは賛成だが、その先の話に関しては素直に頷けないし、それは多分俺が言えることでもない。だからこそ意見を求める意味を込めて顔を向けると、ミューゼシアはデコードを向いた。
「……今現在起きている異常の解決につきましては、承りましょう。我々、特にこのバトレアスは、天使族の上位存在から直接命を受けているものですから」
「それはありがたい」
ミューゼシアは、デコードたちなら協力しても問題ないと判断したようだ。俺は意識を引き締める。
「ですが、長期的な同盟に関しては……お断りさせていただきます」
「……理由を聞いてもよろしいだろうか」
しかし、デコードのもうひとつの提案は却下された。顔はやはり見えないが、デコードはミューゼシアの返答に少しばかり疑いの色を見せている。
「我々天使族は、大前提として下界の存在と同盟を結ぶような、つながりを深めることが、基本的に許されていないのです。下界で公に活動する天使も確かにいますが、我々はそうではありません」
「ふむ」
「何より私たちの持つ力は、世界をより良い方向に動かすきっかけを作るものです。あなた方の望むような、世界に影響を与えて自由に動かすためには、利用できません」
似ているような言葉でも、デコードたちの狙いはサイバースの影響力を全世界に広げること。それはドレミコードの行動理念に反する。
ドレミコードは、人心に干渉できても、ただ心を変えるきっかけを作るだけに留まり、操りはしない。ひっそりと気づかれないように手を添えているようなものだ。デコードたちの狙いとは相反するものだろう。
「それと、こちらとしても聞き逃せない話がありました。あなた方は、私たちのことを『マスカレーナさんから聞いた』と仰いましたね?」
「確かにそう言ったが、何か問題でも?」
「本来我々のことは、下界で共有することは一切できないはずなので」
俺が違和感を抱いた部分は、当然ミューゼシアも気づいていたようだ。
ドレミ界の外、天界を除く下界では、本人がその場にいなければ、ドレミ界とそこに属するドレミコードの情報はどんな手段でも共有できない。にもかかわらず、マスカレーナは俺たちのことをデコードに話していた。それは、今世界で巻き起こっている異常由来か、それとも別の理由があるのか。
「あなたは、マスカレーナさんからどのような形で我々のことを聞いたのですか?」
「聞いたというよりは……文面で知ったのだ」
そこでデコードは、脇に控えるセクレタリーに目配せをする。応じたセクレタリーはまたタブレットを操作し、ディスプレイを俺たちの前に表示させた。
「バトレアスに手紙を渡すにあたり、君たちのことを知る必要があった。なのでそれをマスカレーナに訊ねると、彼女はひとつのデータを送ってきた。それが、これだ」
表示されたのは、コードの羅列。俺がマスカレーナに頼んで作ってもらった、S-Forceと交渉したい旨のメールと同じような、普通では読めないもの。
「このコードを解読したが……中身は支離滅裂、文章の体も成していないものだった」
デコードの言葉に沿って、文面がコードから文字列に変わる。しかしデコードの言う通り、どこから読めばいいのか分からない滅茶苦茶な文章。ワードサラダというやつに近い。
「しかし……暗号化されたデータを解読する際に我々が使用するアルゴリズムに照らし合わせた結果……別の文章が生まれた」
さらにまた文章の文字が入れ替わっていく。
その内容は。
『サイバースの常識を超越した存在。未だ理解の及ばぬ雲上の神々しき存在は、人心に触れて歪と穢れを正さんとする光の者。世の表裏に通ずる』
それはまるで、フレーバーテキストのようなものに変わった。
「さながら古文書のようだが、冒頭の一文で相手が『天使』だとすぐに気づけた。そして、君たちが世界に対して影響力を持ち、人の心に干渉する力もあると知れたのだ」
多分マスカレーナも、最初は俺たちのことを普通にデコードたちに教えようとしたのだろう。それでも「できなかった」。だから、デコードたちが使う独自の解読アルゴリズムから逆算して、敢えてハチャメチャな文章を書き、その上でコードに書き換え暗号化した。
俺だけでなくクーリアもミューゼシアを見る。こんな複雑なやり方で、ドレミコードの情報を共有するのは流石に予測できなかったのか、ミューゼシアも肩を竦めている。
そして俺は、マスカレーナが一層恐ろしくなった。エグザムをも欺き手こずらせる彼女は、ドレミコードの軛さえも逃れるなんて。俺がどれだけ恐ろしい人と親しかったかを痛感する。
「……なるほど。ですが、それが分かったところで、私たちの答えは変わりません」
ミューゼシアも向こうの高い技術力を理解したようだが、それでも姿勢は崩さない。
そして、自分の考えを引っ込めないのはデコードも同じらしく、立ち上がる。
「先ほど話した通り、我々はこの世界を守らねばならない。そのためには、サイバースの力を広く示し、誰もが我々を攻撃しないよう存在価値を高める必要がある。今はそれができる力が足りないが、あなた方と協力すればそれが可能になる。これを簡単に諦めることはできない」
サイバースたちの持つ力がどれほどのものかは、俺たちも改めて知った。だからこそ、危険性や技術力で無視できず、多くの勢力が狙うのも分かる。だけど、彼らも悪意を持っているわけではないのだ。
自分たちの力の影響力と存在価値を高め、迂闊に攻撃できないようにさせるのも、サイバース界を守りたいデコードには譲れない。その気持ちは、分かる気がした。
かといって、俺たちにも天使族の面子がある以上その提案は飲めない。ドレミコードの力の使い方として、正しいと言えないから。
そして、こうしてお互い一歩も引けなくなったら。
「ならば……デュエルで事を決めましょう」
ミューゼシアが提案した。そうなるか、と心の中で安心感すら覚える。そして、腰に提げたデュエルディスクを意識するが。
「では私が勝てば、長期的な同盟を結ぶということで異論はないな?」
「ええ。しかし私が勝てば、その話はなかったことに。そして、マスカレーナさんから貰った我々の情報は全て消去していただきたいです」
「いいだろう」
話の流れは、ミューゼシアがデコードとデュエルをする方向になっていた。こういう時は、大抵俺が戦うべきかと思っていたのだが、先んじてミューゼシアが俺を見てくる。
「確かにあなたには、最上位天使から事態の収束が命じられている。けれど、ドレミコードと他の勢力間での同盟云々となれば、それは今のあなたの管轄ではない。代表である私の領分よ」
「それは……」
「そして、あなたが戦うべきは今じゃない。私の勘ではあるけど、あなたの力が必要になる時はまた別にあるでしょう。その時まで、あなたの力を消費させるのはできる限り控えたいわ」
ミューゼシアもデコードと同様に立ち上がり、そして俺を見下ろす。優しい目で。
「何より私は……貴方に負担をかけすぎた。それを返す機会を私にちょうだい」
「そんなこと……」
多分だが、アポロウーサたちが俺に直接指示を出した時のことを悔やんでいるのだろう。それよりもっと前、ヴァーディクトとの戦いのことも含んでいるのかもしれなかった。
だけどそれらについて、俺はミューゼシアに恩を売ったなどと考えたことは一度もない。返す返さないなんて考えないでほしいし、そもそもドレミコードの負担を少しでも減らすために俺がいるのだ。
「ここは、ミューゼシア様に任せましょう。ね?」
だが、横からクーリアが俺の肩に手を添えてくる。言い聞かせるような、それでいて優しい声音に、それ以上の主張は無粋だと言われたような気がした。
デコードとミューゼシアを見比べて、俺は渋々ながらもここは控えることにする。
「では、こちらへ」
デコードが手で示したのは東屋の外。風の勢いは先ほどより弱まり、デュエルをするコンディションには申し分ないかもしれない。そんな中、ミューゼシアはベリー色のデュエルディスクを左腕に装着し、ピアノの鍵盤のような盤面を展開する。一方、デコードはカードのイラストにも写っていた剣を左腕に装着すると、そのまま柄がデッキホルスターに、刃の部分が盤面に変形した。
そしてお互いに一呼吸置き、ほんの少しの静寂が挟まれる。
その静けさも、お互いの声で掻き消えた。
「「デュエル!」」
《絶対的な信頼》
――ドレミコードの妖精体恒例、寝る前の駄弁り
エンジェリア妖精体「改めて思うけど、バトレアスって女の人の知り合い多くない?」
ファンシア妖精体「あー、分かるかも。マスカレーナさんはバイバイしちゃったけど、小夜丸さんとか? 後はクーベルさんやポワソニエルさんもか」
ドリーミア妖精体「確かに……六花の人たちともそれなりに仲いいね」
グレーシア妖精体「ドラゴンメイドの人はどうかしら……どっちかというと仲がいいのは天老様だし」
ビューティア妖精体「でも、ラビュリンスのトコの斬リ番さんは親しいわよね。バトレアスさんがデータを提供したから、って言うのもあるけど」
エンジェリア妖精体「でしょ? マドルチェの王女様ともこの間お喋りしてたし~」
キューティア妖精体「あっ……それならクルヌギアス様も?」
エリーティア妖精体「……そういえば狩猟者さんなんてキ――機会があればまた会いたい、って言ってました」
ファンシア妖精体「モテるんだね、バトレアスって」
グレーシア妖精体「単に知り合いが多いのとモテるのとは別じゃないかしら?」
エンジェリア妖精体「てゆーか~、クーリアさんも油断してると他の女の人に取られちゃうんじゃなーい? もしかしたら浮気とかしちゃったりしてー!」
ビューティア妖精体(ああ、そんなこと言ったら……)
クーリア妖精体「……みんなはひとつ、大きな誤解をしているわ」
キューティア妖精体「誤解、ですか?」
クーリア妖精体「ええ、それは――」
他の妖精体(対のろけ防御!!)
クーリア妖精体「クーリアがいるのに浮気とか二股とかハーレムとか……バトレアスがそんな真似できる度胸があると思う?」
他の妖精体『…………………………ないね~』
バトレアス「へっくしょい!」
クーリア「本当に大丈夫……?」