バトレアス LP5450 手札3
【モンスターゾーン】
機巧鳥-
機巧蛙-
【魔法&罠ゾーン】
魂吸収
無千ジャミング
伏せカード1
ブライター LP2750 手札1
【モンスターゾーン】
ゼラ ATK2800 レベル8
【魔法&罠ゾーン】
伏せカード1
「中々面白い戦法を使ってくるな。俺のターン、ドロー!」
感心したように告げてからブライターはターンを始めた。
「しかも、次に来るカードは厄介な
「なら、どうする?」
「こうする。罠発動、《ディーラーズ・チョイス》! お互いはデッキをシャッフルした後1枚ドローし、手札を1枚捨てる!」
デッキが自動でシャッフルされ、それからドローする。さっきのシャッフルでデッキのどこかへ行ってしまったのだろう、引いたカードは叢雲遠呂智ではなかった。
単純な手札交換ではなく、操作されたデッキトップを引かせないよう、前もってシャッフルさせドローさせるカード。よくそんなカードを入れていると思ったが、これもやはり興行的なものか、あるいは似たような事をされて負けたのか。
さて、引いたカードはそれなりに使えるカードだったのでひとまず温存するとして、残しておく優先順位の低い《星邪の浸食》を捨てる。ブライターが捨てたカードは《クラブ・タートル》、またバニラ儀式モンスターだ。
「そして永続魔法《絶対魔法禁止区域》発動。このカードがフィールドにある限り、効果モンスター以外のモンスターは他の魔法カードの効果を受けない!」
「な……!」
「これでバトルしたらどうなると思う?」
もったいぶるように笑うと、《ゼラ》が薄緑のオーラに包まれる。それを見てから、ブライターは常世宇受賣長鳴を指さす。
「バトル!《ゼラ》で常世宇受賣長鳴を攻撃!」
《ゼラ》が咆哮を上げると、《無千ジャミング》のランプが点滅し始める。だが、《ゼラ》はオーラに覆われていてジャミングが通用しない。この状況で影響を受けるのは、磐盾多爾具久だけだ。
機巧蛙-磐盾多爾具久
DEF1450 / ATK1450→450 / 450
巨大な爪で引っかかれた常世宇受賣長鳴が、甲高い鳴き声を上げて爆散する。今度の衝撃波はそれなりに強かった。
「くっ……」
バトレアス LP5450→3600
『ブライター、ついに《無千ジャミング》を攻略、バトレアスのライフを削った! さすがはベテラン、やられっぱなしでは終わらなーい!』
MCの言う通り、確かに流石はプロだ。《無千ジャミング》で少し油断していた自分もいたので、気持ちをすぐ切り替えなければ。
「これで勝負はまた分からなくなったな。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー!」
《絶対魔法禁止区域》がある限り、《ゼラ》に《無千ジャミング》は通用しない。このままでは、こちらだけが低攻撃力を強いられたままだ。
だが、ドローしたカードを見て、この状況を好転させられるのを確信する。
「速攻魔法《ダブル・サイクロン》発動!《無千ジャミング》と《絶対魔法禁止区域》を破壊する!」
フィールドに黄色と赤、二つの竜巻が吹き荒れ、指定した2枚のカードが破壊される。《ゼラ》を包む薄緑のオーラは消え、《無千ジャミング》は破壊されるとエラー音をけたたましく鳴り響かせた。
「破壊された《無千ジャミング》の効果発動! ターンの終わりまでフィールドのモンスターの攻撃力・守備力を下3桁の数値にする!」
「げっ、またか!」
ゼラ
ATK2800 / DEF2300→800 / 300
先に《絶対魔法禁止区域》が破壊された事で、《ゼラ》もこの効果は受けるようになった。そして、この《無千ジャミング》の効果を発動した後で召喚するモンスターに関しては影響が出ない。
「魔法カード《予見通帳》発動! デッキの上から3枚のカードを裏側で除外し、3回目の自分のスタンバイフェイズにそれらのカードを手札に加える!」
除外されたカードは《
「《魂吸収》の効果でライフを回復!」
バトレアス LP3600→5100
「俺のカードが6枚以上除外されている場合、《機巧牙-
「なるほど、《予見通帳》はそいつを召喚するための布石か」
白い装甲で覆われたオオカミ。その遠吠えがフィールドに響き渡った。
ブライターの言う通り、今の《予見通帳》は御神尊真神をリリース無しで召喚するためだけに使った。除外されたカードを回収するために3ターンも待つつもりはない。何より、デュエルがここまで進んだ以上、往復6ターンもデュエルが続くかはかなり怪しい。
機巧牙-御神尊真神
ATK2150 レベル6
御神尊真神は、召喚すると手札からモンスター1体を捨てる事で、攻守の値が同じモンスター1体をデッキから手札に加える事ができる。だが、手札にモンスターがいないためその効果は使えなかった。
「攻守が同じ御神尊真神を対象に、墓地の
対象に取った御神尊真神が水色のオーラに覆われる。そして、伊吹岐雹荒神はフィールドに現れた虚空の渦に消えていった。
「俺はデッキからレベル5の《機巧嘴-
機巧牙-御神尊真神
ATK2150→2650
「そして《魂吸収》の効果でライフを回復する!」
バトレアス LP5100→5600
ここで、磐盾多爾具久を攻撃表示にし、少しでもダメージを増やすか一瞬迷った。しかし、どちらにしろこのターンで勝負は決められないし、ライフが5000以上あるとは言え攻撃力450を攻撃表示で残すのはリスクが大きい。だから、守備表示のままにしておく。
「バトルだ! 御神尊真神で《ゼラ》を攻撃!」
御神尊真神が駆け出すと、《ゼラ》の首筋に噛みつく。機械の歯が深く食い込み、《ゼラ》は叫びながら消滅した。
ブライター LP2750→900
『ブライターのライフがついに1000を切ったー! 突如現れたデュエリストが倒してしまうのか!?』
興奮気味なMC。
後もう少し、削り切れなかった。これで手札にモンスターがいたり、蘇生系のカードがあればよかったのだが、どちらもないので今は仕方がない。
「俺はこれで、ターンエンド――」
「罠カード《裁きの天秤》発動! 相手フィールドのカードの数が、自分の手札とフィールドのカードの合計以上の場合、その差分だけカードをドローする!」
ブライターの手札及びフィールドは《裁きの天秤》1枚のみ。対してこちらのフィールドにカードは4枚。3枚ものドローを許してしまった。展開したのはこちらだから文句は言えないが、この局面であれだけ引くとなれば、何か来ると考えていい。除外されてしまったうららが俄に恋しくなる。
ドローした後で改めてこちらに何かあるかを目で聞いてくるブライターだが、こちらはもうできる事がない。なので、そのままターンを終えた。これにより、御神尊真神の攻撃力も元に戻った。
機巧牙-御神尊真神
ATK2650→2150
「俺のターン、ドロー!」
そしてブライターは、ドローした瞬間にこちらを見て笑う。
「さっきは《絶対魔法禁止区域》を破壊してくれて感謝するぜ」
「何……?」
「おかげで、俺の最強の仲間を呼ぶ事ができるからな」
そう言ってブライターは、ドローしたカードを手札に加えると、別のカードを手に取る。
「《死者蘇生》発動! 墓地よりマスクド・ヘルレイザーを特殊召喚!」
再びフィールドに現れる、異形の儀式モンスター。まさかここで最強の蘇生札を引き当てるとは。
仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー
ATK3200 レベル8
「そしてフィールド魔法《フュージョン・ゲート》を発動! このフィールドでは、お互いに自分のターンに手札・フィールドのモンスターを融合素材として除外し、融合召喚を行う事ができる」
「……そうか!」
「ああ、お前が《絶対魔法禁止区域》を破壊しなければ、俺はマスクド・ヘルレイザーを融合素材に使えなかった」
フィールド上空に、巨大な黒い渦が現れた。これもまた、歴史の古い融合カードだ。
《ダブル・サイクロン》を使った時は、そうしなければどうにもならないと思って使ったが、逆に相手の展開を広げる事になってしまった。ミューゼシアとのデュエルがフラッシュバックする。
それにしても、マスクド・ヘルレイザーを融合素材に指定するモンスターなど正直聞いた事がない。であれば、素材の縛りが緩い、ごく最近登場したモンスターを呼ぶつもりか。
「俺は《フュージョン・ゲート》の効果で、フィールドのマスクド・ヘルレイザーと、手札の《カオス・ソルジャー》を融合!」
異形の魔人と、手札から現れた漆黒の鎧の剣士が、天空の黒い渦へと吸い込まれていく。よもや、当時はブルーアイズと匹敵する能力値のモンスターを引き当てていたとは。
「古を席巻せし強者たちよ。その力を一つに合わせ、前途洋々なる若き英傑に道を示せ! 融合召喚! 現れろ、《偉大なるダブルキャスター》!!」
天空の渦から舞い降りたのは、だぼついた紫のローブに、つばが広い同色の帽子を被る、いかにも魔法使いな風体の青年。しかし、ローブの腹の部分はわずかにめくれて、そこからは人間のものと思しき眼が覗いている。どうやら、あのモンスターは2人で肩車をしているようだ。
偉大なるダブルキャスター
ATK0 レベル8
そして、その攻撃力は0。高攻撃力の儀式モンスター2体を素材とした割には、とかなり拍子抜けだ。だが今の時代、フィールドに出てくる攻撃力0のモンスターは何かしら効果を持っているから油断できない。
「融合素材モンスターが除外された事により、《魂吸収》の効果でライフを回復する!」
バトレアス LP5600→6600
「惜しいな」
「え?」
だが、ライフを回復した瞬間に告げたブライターの言葉には違和感を抱く。どういう意味の「惜しい」なのか。
「ダブルキャスターの攻撃力は、その融合素材とした効果モンスター以外の儀式・融合・シンクロ・エクシーズ・リンクモンスターの攻撃力の合計になる!」
「なんだって!?」
「マスクド・ヘルレイザーの攻撃力はご存知3200。そして《カオス・ソルジャー》は3000。という事は、いくつになるかな?」
おちょくるように言うが、答えを出したのはフィールドに出ていたダブルキャスターのソリッドビジョンが先だった。
偉大なるダブルキャスター
ATK0→6200
「攻撃力6200……!」
いままで、通常モンスターや効果を持たない儀式モンスターを多用していた理由が分かった。このダブルキャスターを使うためだ。
「それだけじゃないぜ? このダブルキャスターはお前にダイレクトアタックできる!」
「は!?」
ブライターの説明に、心臓が無駄に跳ねる。この土壇場でこんな大火力のモンスターを出した上、しかも直接攻撃ができるなど、間違いなくフィニッシャー候補だ。こんなモンスターがいるとは。
「さあ行け、ダブルキャスター! シンセサイズ・スペル!!」
ブライターのテンションに合わせてか、ダブルキャスター(の肩車をされている方)は不敵に笑い両手を広げると、青白い光球を生み出しこちらへと放つ。それはフィールドに待機していた御神尊真神や磐盾多爾具久の頭上を越えて、こちらへと一直線に向かってきた。
「うああああああ……っ!!」
バトレアス LP6600→400
『通ったあああああ! 劣勢に立たされていたブライター、ついに一矢報いる! 増えに増えたバトレアスのライフを一気に削り、これでほぼ互角! このまま押し切れるかブライター、はたまた挽回できるかバトレアス!!』
MCのテンションは最高潮に達している。
こちらとしては冷汗が止まらない。《魂吸収》のおかげで何とかギリギリ耐えたが、このまま次のターンを渡したら敗北は必至だ。どれだけ壁モンスターを増やしても意味はないし、《魂吸収》に頼るにしたって1ターンで12枚ものカードを除外しなければ助からない。このデッキならできなくはないが、よほどカードに恵まれていないと無理だ。
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」
ブライターは最後の手札をセットした。これで手札は0になる。対してこちらの手札は《三戦の才》。セットしてあるのは《デストラクション・ジャマー》。いずれも今は使えないカードだけだ。
つまり、次のドローで全てが決まる。精霊界に来てからこんなデュエルばかりをしている気がするが、アニメの遊戯王も大体こんな感じだっただろうか。
「俺のターン……ドロー!」
引いたカードを慎重に、一縷の望みを託して見る。
そのカードを脳が認識した直後に、これまでに墓地へ送られたカードがフラッシュバックした。
これに全てを賭ける。
「俺はデッキの上から8枚のカードを裏側で除外し、手札の《機巧蛇-叢雲遠呂智》の効果を発動! こいつを特殊召喚する!」
コストとしては簡単ながら決して少なくない枚数を除外するので、デッキ切れを早める事になる叢雲遠呂智。だが、今重要なのはこの除外されるカードだ。
8枚のカードをめくり、つぶさに確かめる。
除外
「ならライフを回復する前に、罠カード《砂塵の大竜巻》発動! 《魂吸収》は破壊させてもらう!」
そこでブライターが発動したのは古き良き除去カード。フィールドに竜巻が出現し、《魂吸収》は巻き込まれて破壊されてしまう。これがなければ実に4000ものライフを回復できたが、それは望めなくなった。
さっきのターンの「惜しい」という言葉。あれは、おそらくこの《砂塵の大竜巻》が《サイクロン》などすぐに除去できるカードであれば、前のターンでライフを回復させず勝利できていたからだろう。ダブルキャスターの攻撃力が少し足りなかっただけではない。
「現れろ、叢雲遠呂智!」
そして再びフィールドに現れる、龍と見紛う三つ首の蛇。それは竜の如く咆哮を上げた。
機巧蛇-叢雲遠呂智
ATK2450 レベル8
『バトレアス、この土壇場で引き当てたのは、マスクド・ヘルレイザーを葬った叢雲遠呂智! またしてもブライターのエース、ダブルキャスターは餌食となってしまうのかぁー!』
MCが叫び、ブライターもそれを恐れているように表情がこわばるが。
「そうしたいのはやまやまだけど、叢雲遠呂智は自身の効果で特殊召喚したターンは破壊効果を使えない」
「へっ……脅かしやがる」
「だが、墓地の常世宇受賣長鳴を除外して効果発動! 裏側で除外されているモンスター1体、八咫御先を手札に加える!」
「さっきのコストで除外したやつか……!」
墓地から現れた常世宇受賣長鳴が、高らかに鳴きながら虚空へと消え、代わりに1枚のカードが手元に戻る。
「そして磐盾多爾具久をリリースし、八咫御先をアドバンス召喚!」
漆黒の装甲に金色の翼を持つ巨大な猛禽類がフィールドに舞い降りる。翼の下部からは、炎のようなエネルギーが纏わりついていた。
機巧嘴-八咫御先
ATK2050 レベル5
「さらに、墓地の磐盾多爾具久を除外して効果発動! 墓地より、攻撃力と守備力が同じ機械族モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。蘇れ、《機巧孤-
魔法陣から現れた磐盾多爾具久が、ゲコゲコ鳴きながら天へと跳ねる。そして煙とともに、機械仕掛けのキツネに変わってフィールドに舞い降りた。
機巧孤-宇迦御魂稲荷
DEF2250 レベル7
「これで勝負を決める! 墓地の《機巧菟-
「それは……《メタモルポット》で墓地へ行った奴か!」
「俺が対象に選ぶのは叢雲遠呂智!」
白い装甲に身を包んだ兎が魔法陣から現れると、ぴょんぴょん跳ねながらフィールドを駆け回る。そして叢雲遠呂智が白いオーラに包まれて、同胞の力を集中しているからか機体を震わせた。
ブライターも驚いていたが、この稻羽之淤岐素は後攻1ターン目に墓地へ送られたモンスターだ。効果を把握していなかったのもあるが、その効果をこの最終局面で使われる事は想定外だったらしい。
ちなみに稻羽之淤岐素の効果を使ったターン、対象のモンスター以外は攻撃できないデメリットが発生する。この状況なら宇迦御魂稲荷以外のどれを選んでも同じだったので、最初に出た時は攻撃できずに終わった叢雲遠呂智にその出番を作ってあげた。
機巧蛇-叢雲遠呂智
ATK2450→4500→6650→8900
「攻撃力8900……!」
今度はブライターが、極めて高い攻撃力に驚く番だった。
自分が決めたコンボで相手を驚かす事に、妙な高揚感を抱きつつバトルフェイズに入る。
「いくぞ、叢雲遠呂智でダブルキャスターを攻撃!」
叢雲遠呂智が機械的な咆哮を上げると、3つの首に紫の雷が蓄えられ始める。轟音と共にそれは一斉に放出され、ひとつの巨大な電撃となってダブルキャスターを貫き、ブライターにまでその雷は届く。
それを受ける直前、ブライターがにやりと笑ったのが見えた。
「ぐおぉ――ッ!!」
ブライター LP900→0
『ついに決着ゥゥゥゥ! やられたらやり返す、どんでん返しの連続デュエルを制したのは、チャレンジャー・バトレアスだァァァァ!!!』
MCが告げ、デュエルが終ったのを実感する。ディスプレイにも「YOU WIN!!」と表示されていたが、デュエルが終わった事による安堵感の方が勝った。
けれど、結果を受け入れた事で、「外」にも意識が向けられる。
「……ふううううう」
大きく息を吐く。
アリーナ全体から惜しみなく送られる拍手と歓声。これはデュエルを繰り広げたブライターと、俺に向けられているものだろう。
すると、ブライターがデュエルリングの中央に歩いていくのが見えた。そちらへ向かい、デュエル開始前のシャッフルと同じように向かい合う。
そこで、ブライターが右手を差し出してきた。こちらも応えようと右手を前に差し出すと、思いのほか強くブライターが握り返してきて。
「ありがとう! いいデュエルだった!」
にかっと、爽やかな笑顔を向けてくる。それに釣られて、こちらも笑った。
「こちらこそ……楽しかったです!」
そう言えた直後、またしてもアリーナの観客から拍手が送られた。ブライターはそれに応えるように、握手をしたまま観客席の方を見て手を振る。手を振るのが少し恥ずかしいので、俺は観客席を見回して小さくお辞儀をする事しかできない。
だけど、自分のデュエルでこれだけの人を楽しませる事ができたのは、何だかとても嬉しかった。
◆ ◇ ◇
「で、聞きたい事ってなんだ?」
場所は変わって、連れてこられたのはアリーナの控室。ブライターは椅子にどっかりと座り、備え付けの冷蔵庫から何かの瓶を2つ取り出した。そのうちの1本を差し出してくる。ラベルにはやはりデュエルモンスターズの世界の文字で「炭酸水」と書いてあった。
「いただきます」
「おう」
栓抜きを借りて炭酸水を一口飲む。緊張していた喉と口が炭酸によって覚醒させられ、目が覚めた。
「……デュエル前に、俺のオーラを久々に見るって言ってましたよね。前に、いたんですか? そんな人が」
「ああ、1年ぐらい前にな。君と同じようなオーラを持つデュエリストが現れたんだよ」
言って、ブライターも炭酸水を一口飲んでから壁を指さす。そこには、このデュエルアリーナで活躍しているデュエリストたちのポスターが何枚もあった。大体は人間だが、中には人外と思しき見た目のデュエリストもいる。
「そいつは、バトレアス……君と同じように飛び入りで参加してきて、俺とデュエルをした」
「……どうだったんですか?」
「俺が負けた」
あっさりと告げるブライターは、未練がないらしい。これでもし、心底悔しそうな顔をされたら、これ以上は掘り下げられなかった。だから、最大限に配慮する事を念頭にさらに尋ねる。
「どんなカードを使われたんですか?」
「あー、それがな……忘れた」
「え?」
何かの手がかりがあれば、と思って聞いてみたが、その答えは意外なものだった。
「やっぱり、長い事デュエルをしていると忘れてしまうとか?」
「それもあるが……あのデュエルは正直、忘れたいものだったからな」
「……聞いても?」
遠い目をするブライターに遠慮気味に問うてみると、ブライターは頷いてくれた。
「俺はまあさっき見た通り、大型モンスターをバンバン呼んでガンガン攻めるのが基本だ。だけどそいつは、なんというか……先攻を取るといきなりカードを何枚も連続で使ってきて、最低限のチェーン確認を俺にするだけ。気づけば制圧されてた」
先攻制圧。カードプールが増え、高速化した今のデュエルではよく聞く話だ。戦略の一つではあるが、よほど有効な手札でもない限り突破できない盤面を構築される。やる側は楽しいだろうが、やられる側はたまったものではない。
そしてブライターのデッキは、今回俺が使った【機巧】のように、そういった動きをしないタイプのデッキだと戦って理解していた。だから突破できなかったのだろう。
「で、後攻の俺はどうにかしようと使ったカードさえ根こそぎ妨害されて、結局何もできずにターンを終えた。したら、次のターンであっけなく負けたよ」
「……それは、残念でしたね」
「まあ、それだけなら俺が悔しいだけで済んだんだけどな」
さらにブライターは炭酸水をひと煽りし、天井を見上げた。
「観客席がブーイングの嵐で。そいつの方がオッズが高かったのもあるだろうが……ここに来る人ってのは大体、正面切ってぶつかり合うデュエルを観たい人なんだよ。今日の俺と、君のデュエルみたいなのをな」
「……」
「要は、ガッチガチなメタを張ったり、最初からぶん回して制圧したりと、一方的なデュエルを好まない。特殊ルールを用意していなかったこっちも悪いっちゃ悪いんだけど、そういうデュエルを専門にした大会やスタジアムも別にあるから、ここに来るのはあくまでもデュエルをエンターテインメントとして楽しみたい人なんだ」
1戦前に行われていたデュエル、そしてファンシアの言葉を思い出す。確かに、前のデュエルも環境外のカードばかりが使われていた。
そしてそのデュエルが行われた時も、普通のリミットレギュレーションしか用意されていなかったようだ。その時の事があって、今日俺がデュエル前に見たように過剰なパワー系やメタ系のカードを制限するレギュレーションができたのだろう。
「デュエルが終わって、バッシングを浴びて、そいつは逃げるようにスタジアムを出て行った。あの時、俺が何か声でもかけてやれたら、少しは違ったのかな」
そう語るブライターは、後悔しているかのように寂しげな顔をする。
「ま、そういう嫌な事があったから忘れようと努めたんだ。生きていれば嫌な事なんていくらでも経験するし、そういうのはすぐ忘れるに限る」
「……羨ましいです、それができるの」
「だから、今回君と楽しいデュエルができて、どこか吹っ切れた気がした。ありがとな」
言って、ブライターは炭酸水の瓶を向けてきた。こちらも軽く瓶をぶつけて、乾杯と洒落込む。
「そいつの名前も、覚えていないんですか?」
「ああ、名前は覚えてるよ」
最後の一口を飲み切ったブライターは、告げた。
「確か……『ヴァーディクト』。そう名乗ってた」
◇ ◆ ◇
ブライターと話を終えて控室を出ると、係員の人から賞金を受け取った。
当然かもしれないが、通貨単位は円ではない。そして、この世界での貨幣価値がどれほどのものかは分からないが、受け取った封筒の中にあるお札の枚数は中々のものだった。
「浮かない顔してるね」
だけど、ファンシアからそう指摘されるぐらいには、腑に落ちない感じだったらしい。言われて、小さく息を吐く。
「……さっきのブライター、俺と同じオーラを持っているやつと戦った事がある、って言っててな」
「え、そうなの?」
「ああ。結果はまぁ、アレだったみたいだが」
アリーナが大荒れになった事に関してはひとまず言わなくていいだろう。
だが、それを聞いてファンシアが声を潜めて尋ねてくる。
「……その人って、もしかしてバトレアスさんと同じ転生者だったりするの?」
「分からない。だけど、転生したのは俺だけじゃないのかもしれない」
以前戦った天老。彼は襲われた時、その人物の魂の色は俺と同じだと言っていた。魂の色、というのがどういう意味かは未だ分からない。だが、ブライターも似たようなものを感じていた。であれば、そいつも同じ転生者ではないだろうか。
こちらでデュエルをしたヴァーディクトという男。確証はないが、先攻制圧で相手に何もさせずに勝利するという戦い方は天老と同じだ。先攻制圧自体はよくある事だが(それもそれでどうかと思うが)、こちらの世界で魂やオーラの色が同じ人間がそうするとなると、少し事情は変わる。
もしかしたら、天老を襲ったのはそのヴァーディクトという男なのかもしれない。
「ま、今はご飯食べようよ」
「……そうだな」
ファンシアが手を叩いて、手元にあるハンバーガーを示す。
ここはアリーナにほど近い場所にあるハンバーガーショップ。ドレミ界は洋食文化だったが、近代的なこの世界に関しては日本と大差ないらしく、和洋中その他諸々が多く揃っていた。
中でもハンバーガーショップを選んだのは、ファンシアの方だ。デュエルを観ていたらカロリーを消費したからとの事である。ここでハングリーなバーガーが出てきたら嫌だったが、普通にアメリカンなものが提供されたのでホッとする。
そしてこの昼食代に関しては、ファンシアが出してくれた。というのも、さっきは騙すような形でデュエルをさせてしまったので、そのお詫びのつもりらしい。お返しに、意気揚々と賭けていたのについても不問にしておく。
「……少し意外だ」
「?」
チーズバーガーを半分ほど食べたファンシアを見て、話しかける。
「こういうファストフードとかは食べないとばかり」
「あー、まぁね。いつも食べてるってわけじゃないよ? こういうオフの日にこっちへ来た時ぐらいで、大体は洋食かな」
天使族だから食べ物にはかなりのこだわりがあり、こういうジャンクフードは好まないと思っていた。ドレミコードの屋敷でも、皆が作る食事は洋食だったから。しかし、少なくともファンシアはそうではないらしい。
「ちなみに、食べ物の好みとかはあったり?」
「ボクは特に……出されればなんでも食べるよ。他の人も同じじゃないかな」
「そうか、皆も……」
するとファンシアが、何かに気づいたようにニコニコと奇妙な笑みを向けてくる。
「何、食べ物で気を引こうとか?」
「その言い方はやめてほしい。世話になってる皆に、何か贈った方がいいのかなって」
せっかくお金が手に入ったし、何よりこうして外へ出てこられた。普段の感謝を込めて何かしら贈った方がいいだろう。ただ、物を贈るにしてもセンスがないと思われるのが怖いから、無難に食べ物を贈ろうと思った。
「そっかぁ、じゃあ何買ってもらおっかな~? 高いのとか期待してもいいかな〜?」
「……そんな事言う奴には買ってやらないぞ」
「えっ、ひどい! 贔屓!」
抗議してくるが、即座に冗談である事を明かす。ファンシアはドレミ界に来て間もない自分を介抱してくれた恩人だ。その礼はきっちりと返す。
もー、とむくれながらジュースを啜るファンシアに、ひとつ聞きたい事があった。
「なあ、ファンシア」
「?」
「さっきのデュエル、観ていて楽しかったか? 正直に教えてほしい」
「え、面白かったよ? ボクからしてみれば」
そう聞いてみた理由は、さっきのヴァーディクトの話だ。
彼は、あのアリーナで好まれるデュエルスタイルを知らず、またレギュレーションも普通だったために、慣れていたであろう先行制圧盤面を展開した。そして、顰蹙を買った。
ブライターの話を聞いて、俺はヴァーディクトに対して可哀想という気持ちも多少感じている。郷に行っては郷に従えと言うが、彼はその暗黙のルールを知らなかった。普通にデュエルをしたのに大多数から責められるのは、とても辛いだろうから。
そして、自分のデュエルが誰かの怒りを買うなんて、想像した事もない。それを考えると怖くなり、たまらずファンシアに聞いてしまった。
だが、答えは非常にあっけらかんと、すぐに返ってきた。
「でも、なんで急に?」
「……いや、なんでもない。変な事聞いてごめんな」
小首を傾げるファンシアに謝る。
さっきのファンシアの答えを聞いて、少しだけ自分の不安や恐れが薄まった。
◇ ◇ ◆
昼食の後は、当初の予定通り買い物の時間となった。
昼食はありがたくファンシアにご馳走になったが、そこでこの世界の貨幣価値を大体把握し、アリーナでの賞金は生前の給料1~2か月分にあたると理解した。大舞台でプロ相手に大歓声の中プレッシャーに耐え勝利したとはいえ、デュエル1回でそれだけ稼げるのは前世の労働を考えると嬉しいやら悲しいやらだ。
とにかく、まとまったお金が手に入ったからと言って、あまり無駄遣いはできない。使う場所は慎重に選ぶべきだ。なので、まずは数があまり足りていなかった衣服や日用品を買い揃える。
今日に至るまでの俺の衣類は、ドレミコードから提供されたものだ。男物をどうやって用意したかは分からないが、その面はできたら自立したいと思っていたので、いい機会である。
一方のファンシアは、服の他、新しいボードゲームなども買っていた。他の皆がどういう嗜好かは知らないが、ファンシアは俗世に近い感性を持っていると1日一緒にいて把握できた。
やがて日も傾き始め、そろそろ帰ろうかとファンシアが提案する。だが、帰る前にドレミコードの皆へ何か贈り物を、と考えていたところで一軒のケーキ屋が目に入った。
「……ファンシア」
「何?」
「ケーキとかの食べ物って、ドレミ界に持って帰っても大丈夫?」
「全然問題ないよ」
日用品などはともかくとして、食べ物を天界に持ち帰っても大丈夫かが少し不安だった。けれど、ここに来る機会が多いファンシアが言うのであれば問題はないだろう。
頷いて、そのケーキ屋に入る。
「いらっしゃいませ~」
出迎えた店員は女性だった。グレーシアよりも濃い紫の長い髪に、パティシエのような白い服と黒のスカート。服の腰にあたる部分は翼のような形になっていた。胸元の名札には「クーベル」と書いてある。
《
「わ、おいしそー」
ファンシアはこの店に入った事がないのか、ショーケースに並んでいるケーキの数々を見て声を弾ませた。クーベルはその声にくすりと微笑む。一通り、メジャーな種類のケーキは揃っているらしいので、まずは安心だ。
「あの、すみません。ギフト用にケーキを買いたいのですが……」
「なるほど〜。それでしたら……」
店員のクーベルに話をし、ドレミコード全員分――ミューゼシアも含む――のケーキを包んでもらった。かなりの量になってしまったが、クーベルはにこにこと張り切って準備をしてくれる。多分、こうしてたくさん買ってくれた方が、食材を無駄にしなくて済むからだろう。
「バトレアスさんはいいの?」
「みんなへの贈りものに便乗するのも何だかなって」
買う目的はあくまで日頃の感謝を伝える事。だから、自分の分まで買うのは少し気が引けた。後、ケーキが思ったより高いので出費を少し抑えようとしたのもある。
「ありがとうございました。またどうぞ~」
出際にクーベルからそう言われて、頭を下げる。もしドレミコードの皆の反応が良かったら、次来た時に自分用に買ってもいいかもしれない。
そうして店を出て、そろそろドレミ界へ帰る事にする。
「帰り方は同じだよな?」
「うん。でも、人目にはつかないようにしないとね」
そう言ってファンシアは、先に適当な路地へと足を踏み入れ、周りに人がいないことを確認してからタクトを振ってゲートを開く。
ファンシアの後に続きゲートをくぐると、その先にあったのはドレミコードの屋敷、その玄関だった。
「あら、お帰りなさい」
そこで丁度、居合わせたビューティアが出迎えてくれた。確か今日は彼女も休みだったはずだ。
「ただいま戻りました、ビューティア様」
「はい、お帰りなさい」
ドレミ界に戻り、ファンシア相手でもないため、自然と口調が元に戻ってしまう。だが、ビューティアは気にせずに笑って頷き、手荷物を見て「あら」とこぼす。
「随分な大荷物ねぇ」
「バトレアスさんが、色々買い揃えたかったんだって。それと、ボクたちにプレゼントも用意してくれたんだ」
「プレゼント?」
「そんな大層なものではありませんが、ケーキを買ってまいりました。よろしければ皆さんで」
そう言って、例のケーキ屋の袋を掲げるとビューティアは「あらまあ」と笑顔を一層深めた。
「それならちょうどよかったわ。今、クーリアさんとエリーティアちゃんが帰ってきたところなの。一緒にお茶にしましょう」
「さんせー!」
ビューティアが提案すると、元気にファンシアが手を上げる。さっきまで買い物までしていたのに、元気なものだ。
ひとまずケーキはビューティアに預けて、俺とファンシアはそれぞれ買ったものを自分の部屋に置く。それから、ビューティアが向かった食堂に行くと、確かにクーリアとエンジェリアはお茶を飲んで休んでいるところだった。
「あら、バトレアス。おかえりなさい、お出かけは楽しめた?」
「ええ、とても有意義な時間を過ごせました。クーリア様もエリーティア様も、お疲れ様です」
声をかけてくれたクーリアに頭を下げる。まさか、初めてあんなデュエルをする事になるとは思わなかったし、思いがけない情報も得られた。とはいえ、全体的に命のやり取りなどがなかったので、普通に楽しい休日になったと思う。
「さ、そんなバトレアスさんがケーキを買ってきてくれたのよ。2人ともどうぞ」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます……!」
「どういたしまして」
喜ぶエリーティアを見て、思わず笑う。そうやって喜んでくれて何よりだ。
一方。
「……」
クーリアは、目の前に出されたショートケーキを見て少しだけ表情が硬くなっていた。
「……クーリア様、どうされました?」
「え、あ……何でもないわよ」
「あら、クーリアさんはショートケーキ嫌いだったかしら?」
「いいえ、大丈夫。食べられるわ」
俺やビューティアが尋ねるが、クーリアは苦笑しながら首を横に振って、ショートケーキを一口食べる。その瞬間に、頬が赤らみ笑ったので、ケーキが食べられないというわけではないらしい。
「とっても美味しいわ、バトレアス。ありがとうね」
「いえいえ」
「本当、とても美味しいです……! なんか、こんなケーキ食べた事ないといいますか……」
そしてクーリアは、俺に向かって微笑んでそう言ってくれた。エリーティアも気に入ったようで、フォークが止まらない。
さっきのクーリアの表情が少し気になったが、ひとまずは安心だ。今朝、浄化に行く前の緊張した表情もあって、少しでも気を緩めてもらえればと思っていたのもある。その手助けができて、よかった。
しかしながら、このケーキがきっかけで、また自分の命を左右しかねない事態に直面するとは気付けなかった。