バトレアス LP4000 手札5
ハイネ LP4000 手札5
お互い知るわけもないが、バトレアスもハイネも手札事故を起こしている。
特に先攻でドローできず、手札交換ができるカードもないハイネは、ピンチとしか言いようがなかった。
「私のターン。私はカードを2枚伏せてターンエンド」
それでもハイネは、今の手札で場に出せるカードを伏せてターンを終える。
その一手にバトレアスは疑問を抱いた。
(『完璧な手札』で伏せカード2枚……あれはまさかミラー・フォースのような逆転のカードか……?)
ハイネのブラフを真に受けたバトレアス。その1ターン目は大人しいものだったが、油断はできない。何せアニメでも、伏せカードだけでターンを渡し、次のターンから猛攻が始まるパターンは数あった。ハイネも例に漏れずそうかもしれない。
そして、バトレアス自身は手札事故を起こしている。唯一の救いは後攻でドローが許される点だが、これで何か打開できるカードを引けなければ、守備モンスターを仕掛けるぐらいしかできない。
(このドローに全てを賭ける……!)
デッキトップに指をかけて、念じる。
「俺のターン、ドロー!」
不安混じりにカードを引く。
そしてそのカードを見て、バトレアスは力強く頷いた。
「よし! 俺は《
【ヒロイック】における展開の基礎。無数の刀と槍を備える白い鎧の武士がフィールドに現れた。
H・C サウザンド・ブレード
ATK1300 レベル4
「サウザンド・ブレードの効果発動。1ターンに1度、手札から『ヒロイック』カード1枚を墓地へ捨てることで、デッキから『ヒロイック』モンスター1体を特殊召喚し、このカードを守備表示にする。現れろ、《H・C モーニング・スター》!」
捨てるのは《H・C アンブッシュ・ソルジャー》。すると、モーニングスターを振り回す戦士がサウザンド・ブレードの隣に現れる。その姿を見届けたサウザンド・ブレードは片膝をついた。
H・C モーニング・スター
ATK1500 レベル4
H・C サウザンド・ブレード
ATK1300→DEF1100
「特殊召喚したモーニング・スターの効果発動。デッキから『ヒロイック』の魔法・罠カード1枚を手札に加える。俺は《ヒロイック・エンヴォイ》を手札に加える」
「……」
ハイネは黙ってバトレアスの展開を見届ける。伏せカードの1枚は非常に強力だが、リスクもある。発動するタイミングを間違えてはならない。ただ、取り返しがつかなくなるぐらいバトレアスが展開したらどうしようと怯えてもいる。
「俺の場にレベル1以外の『ヒロイック』モンスターが存在する場合、手札の《H・C ナックル・ナイフ》の効果を発動! このカードを特殊召喚する!」
H・C ナックル・ナイフ
ATK600 レベル1
モーニング・スターのすぐ脇に、短剣を握る小柄な戦士が姿を見せた。それはモーニング・スターを見上げて、こくりと頷く。
「特殊召喚したナックル・ナイフの効果発動! このカードと対象のモーニング・スター2体のレベルを、どちらかと同じにする。俺はナックル・ナイフのレベルをモーニング・スターと同じ4に変更!」
H・C ナックル・ナイフ
レベル:1→4
「これでレベル4のモンスターが3体……」
「来るよ、ハイネ!」
デュエルを観ているジェニーの声がわずかに震え、エーデルがハイネに注意を促す。その反応にどこか新鮮さと懐かしさを感じながらも、バトレアスは右腕を天へ向けた。
「俺はレベル4のサウザンド・ブレード、モーニング・スター、ナックル・ナイフでオーバーレイ! 3体の戦士族モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚!」
天井に出現したエクシーズの渦に、3人の戦士がオレンジの光となって吸い込まれる。それらを吸い込んだ渦が爆発を起こし、輝く1本の剣がフィールドに突き刺さった。
「迫る脅威を打ち払い、勝利への活路を開け! 《
その剣の傍らに現れたのは、シックなデザインの甲冑を着る戦士。剣を手にし、力を示すようにハイネへ切っ先を向けた。
H-C クサナギ
ATK2500 ランク4
だが。
「カウンター罠《神の宣告》!」
「何!?」
「ライフポイントを半分払い――うぐっ……クサナギのエクシーズ召喚を無効にして、破壊します!」
ハイネ LP4000→2000
最強クラスのカウンター罠。姿を見せたクサナギは光と化して消滅してしまった。罠カードの発動を無効化できるクサナギだが、スペルスピードの都合に加え、召喚自体を無効にされてはその力も発揮できない。
バトレアスは歯ぎしりをする。なるほど、確かに「完璧な」カードだ。攻撃反応系であることを考慮し、罠に強いクサナギを呼ぼうとしたが、結果としてはモンスターを5体も失っただけになる。
「魔法カード《ヒロイック・エンヴォイ》発動。デッキから《H・C ソード・シールド》を手札に加える。そしてカードを1枚伏せてターンエンドだ」
最低限、できることだけをやる。ナックル・ナイフのレベル変動効果を使ったターンは、エクシーズモンスターでしか攻撃できないデメリットが発生する。すぐに他のエクシーズモンスターを用意できない以上、できることはもうなかった。
一方のハイネも、何とかバトレアスの攻撃を止めることに安心はできたが、まだ油断できない。いきなり2000もライフを払ったのは決して安くないし、手札事故からは未だ脱せていないので、次のドローで何かできなければ本当に後がなくなる。
(このドローに全てを賭ける……!)
1ターン目からして、バトレアスはまさに完璧な手札だったようだ。デッキに指をかけ、自分もああいう風に攻め立てたいと願い、カードを引く。
「私のターン、ドロー!」
不安混じりにカードを引く。
そしてそのカードを見て、ハイネは緊張の糸が解けて自然と笑顔になった。
「よし! 私は永続魔法《魔法吸収》を発動。このカードは、魔法カードが発動する度に私のライフを500回復します」
まず、最初のターンに発動はできでも使う意義がなかったカードをフィールドに出す。これで《神の宣告》に使った2000ライフを何とか取り返したい。
「魔法カード《ウィッチクラフト・クリエイション》を発動! デッキから『ウィッチクラフト』モンスター1体を手札に加えます。私が選ぶのは《ウィッチクラフト・テラコッタン》」
これでようやく戦える。さっきはバトレアスに恐れてしまったが、今度はこちらの力であちらをビビらせる番だ。そして《魔法吸収》で早速ライフが回復する。
ハイネ LP2000→2500
「手札のテラコッタンの効果発動。墓地の『ウィッチクラフト』魔法カード1枚を手札に戻し、このカードを特殊召喚します!」
クリエイションを手札に戻し、フィールドに現れたのは陶磁器のゴーレム。怪獣とも動物とも取れる丸いフォルムのそれは、仲間のポトリーが造った品をイメージしたものだ。
ウィッチクラフト・テラコッタン
DEF2000 レベル2
「テラコッタンの効果発動! 自分のメインフェイズに、手札・フィールドのモンスターを素材として、『ウィッチクラフト』の融合召喚を行います!」
「来るか……!」
「私はこのテラコッタンと、手札の《ウィッチクラフトゴーレム・アルル》を融合!」
ハイネのフィールドに融合の渦が生まれ、テラコッタンと、伝説の大魔女をモチーフとした巨大な人形が吸い込まれる。
だが、エクストラデッキからカードを取り出そうとしたところで、ふとハイネは気づいた。
(……これ、呼び出すモンスターによってはマズい?)
ハイネはテラコッタンの効果で、《ウィッチクラフト・バイスマスター》……今ここにいるハイネ、エーデル、ジェニーと同じ姿のモンスターを呼ぶつもりだ。しかし、自らをマスターとバトレアスに名乗っておいて、「
――マスターと言ったくせに代理だとぉ!? 貴様、俺を騙したのか! 絶対に許さん!
逆上されて手が付けられなくなるのでは?
「……もしもし?」
いつまでたってもモンスターを呼び出さないことに、バトレアスは不安に思う。よもや、自分が逆上したらと恐れてハイネが日和ってるなどとは考えもしない。
そしてそのバトレアスに声を掛けられたことで、ハイネはすぐに方針を変えることにした。
「日々の鍛錬の結晶、今お披露目の時! 我が頼もしき仲間たちよ、その成果を存分に発揮せよ! 融合召喚!《ウィッチクラフト・ピューピルズ》!!」
現れたのはウィッチクラフトの中でも幼いポトリー、ピットレ、シュミッタの3人組。特にシュミッタは得意げに腕を組んで笑い、その背後にはテラコッタンと似ているが色付きのゴーレムが出現した。
ウィッチクラフト・ピューピルズ
ATK1800 レベル8
「え、そっち!?」
そして、そのモンスターを呼ぶのが意外とばかりにエーデルが声を上げた。ジェニーも目を丸くしている。その気持ちはハイネにはよく分かったが、仕方ないのだ。それにこのモンスターがいても勝利は狙える。
一方バトレアスは、いきなり最上級の融合モンスターを呼ばれたことに緊張が隠せない。【ウィッチクラフト】シリーズは知っていたが、《ウィッチクラフトマスター・ヴェール》がとりわけ強力なのと、《ウィッチクラフト・バイスマスター》が厄介ということぐらいしか知らないのだ。情報が足りないし、フィールドの守りも万全とは言い難いから、負けが意識に滲んできている。
要するにバトレアスは、ハイネが本当の「マスター」ではないと既に知っている。それでも余計なトラブルを招くまいと、口にしないでいた。
そしてハイネも、バトレアスの事情を知らない。だからヴェールに言われた通り、代理であることを悟られずに「マスター」として振舞わなければならないと、自分を縛り付けている。
何とも奇妙なことになっていた。
「ピューピルズは1ターンに1度、2つの効果から1つの効果を選んで適用できます。私は、手札の『ウィッチクラフト』通常・速攻魔法1枚を相手に見せ、そのカード発動時の効果を適用する効果を使います」
「!」
「私が見せるのはクリエイション。よってデッキから《ウィッチクラフト・ジェニー》を手札に加えて、召喚!」
ウィッチクラフト・ジェニー
ATK300 レベル1
今もデュエルを観ているジェニーと同じ姿のモンスターが現れる。
だがその直後、ハイネの背筋を悪寒が走り抜けた。
「……!?」
後ろを振り向くハイネだが、勿論そこには何もない。そして突然のその行動に、エーデルとジェニー、さらにバトレアスも「おや?」と思う。しかし、ハイネは首を振ってバトレアスに視線を戻した。
「ジェニーの効果発動! このカードをリリースし、手札の魔法カード1枚を墓地へ送ることで、デッキから別の『ウィッチクラフト』モンスター1体を特殊召喚します」
ジェニーがお辞儀と共に姿を消し、ハイネが手札から捨てるのはさっき回収したクリエイション。これは別の使い方があるため、ひとまず墓地へ置いておく。
「《ウィッチクラフト・エーデル》を特殊召喚!」
こちらもまた、今なおデュエルを観ているエーデル。その手には巨大なノギスが握られている。
それと同時に、謎の悪寒は収まった。
ウィッチクラフト・エーデル
ATK2000 レベル5
悪寒の出所は分からないが、もしかしたら天使のバトレアスの何らかの力かも知れない。けれどまずは、勝たなければ。
「エーデルを対象に、魔法カード《ウィッチクラフト・コラボレーション》を発動。このターン、エーデルは2回攻撃でき、その攻撃するダメージステップ終了時まで、あなたは魔法・罠カードを発動できません!」
エーデルが白いオーラに包まれる。それと同時に、《魔法吸収》の効果も適用され、薄緑の癒すようなオーラがハイネを覆った。
ハイネ LP2500→3000
バトレアスの伏せカード1枚が不安だが、エーデルの攻撃時に相手は魔法・罠カードを発動できない。しかも攻撃力2000で2回攻撃できるため、丁度バトレアスのライフを0にできる。攻めない理由はない。
「バトルです!」
「罠カード《戦線復帰》発動! 墓地のモンスター1体を守備表示で特殊召喚する。アンブッシュ・ソルジャーを特殊召喚!」
バトル直後、隠密行動に特化した服装の戦士がバトレアスのフィールドに現れる。まだエーデルの攻撃は始まっていないから、防げなかった。
H・C アンブッシュ・ソルジャー
DEF 0 レベル1
しかしその守備力は0、壁にもならない。これなら先にピューピルズで壁モンスターを破壊し、エーデルで止めを刺せばいい。
「ピューピルズでアンブッシュ・ソルジャーを攻撃!」
「手札のソード・シールドを墓地へ捨てて効果発動! このターン、俺の『ヒロイック』モンスターはバトルで破壊されず、バトルで受けるダメージも0になる!」
「っ……!」
バトレアスが手札を捨てると、アンブッシュ・ソルジャーが白いオーラに包まれる。ピューピルズが攻撃させたゴーレムがパンチを繰り出すと、アンブッシュ・ソルジャーは手にしていた刀でそれをガードした。これではダメージが通せないし、折角のエーデルの2回攻撃も徒労に終わってしまう。
仕方なく、ハイネはメインフェイズ2に移行した。
「墓地のジェニーの効果を発動。このカードと墓地の『ウィッチクラフト』魔法カード1枚を除外し、その魔法カード発動時の効果を適用します。私はクリエイションを除外し、その効果でデッキから《ウィッチクラフト・シュミッタ》を手札に加えます」
次のハイネ自身のターンに備えておく。バトレアスのターンは、別の方法で凌ぐことにした。
「エーデルの効果を発動。このカードをリリースし、墓地にいる他の『ウィッチクラフト』を特殊召喚します。アルルを復活!」
フィールドのエーデルがノギスを振り回しながら姿を消し、先ほど融合素材になった巨大な人形が入れ替わって現れた。
ウィッチクラフトゴーレム・アルル
ATK2800 レベル8
「私はこれでターンエンド。そしてこのエンドフェイズにピューピルズの効果を発動。除外されている『ウィッチクラフト』カード1枚、クリエイションを墓地に戻します」
「俺のターン、ドロー!」
バトレアスは引いたカードを横目に見て、すぐにフィールドに視線を戻した。
「アンブッシュ・ソルジャーの効果発動。スタンバイフェイズにこのカードをリリースすることで、手札・墓地から『ヒロイック』モンスター2体を特殊召喚する!」
「こちらはアルルの効果を発動! このカードは相手のスタンバイフェイズに手札に戻ります」
アルルの姿が消えたことに、バトレアスは不安を抱く。折角の最上級モンスターが手札に戻ったとなれば、必ず何か効果を持っているはずだ。であれば、念には念を入れなければならないだろう。
「俺は手札のクラスプ・ナイフと、墓地のナックル・ナイフを特殊召喚!」
バトレアスが手を伸ばすと魔法陣が現れ、先のターンも活躍した小柄な戦士が中から飛び出す。そしてその隣に、大ぶりのナイフを右手に持つ暗色の鎧の戦士が現れた。
H・C ナックル・ナイフ
DEF200 レベル1
H・C クラスプ・ナイフ
DEF100 レベル1
「『ヒロイック』モンスターの効果で特殊召喚したクラスプ・ナイフの効果発動。《H・C エクストラ・ソード》をデッキから手札に加える。そして、レベル1のナックル・ナイフとクラスプ・ナイフでオーバーレイ!」
次のエクシーズに備えてサーチをしてから、2人の小柄な戦士でのエクシーズ召喚を行う。地面に出現した光の渦に、2人の戦士がオレンジの光となって吸い込まれた。
「2体の戦士族でオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚! 不屈の闘志で仲間を守る、心強き朱き戦士!《H-C ヤールングレイプ》!!」
エクシーズの渦から立ち上がったのは、全身を朱色の鎧で覆う戦士。剣や盾などの武器を持たず、両腕を構えて闘志を露わにした。
H-C ヤールングレイプ
ATK700 ランク1
「ヤールングレイプの効果発動! オーバーレイ・ユニットを2つ使い、墓地のレベルまたはランクが4の戦士族モンスター1体を復活させ、その元々の攻撃力分自身の攻撃力をアップする!」
H-C ヤールングレイプ
ヤールングレイプの両手にオーバーレイ・ユニットが吸い込まれ、光が宿る。その拳を床に叩きつけると、ひび割れた床の合間からモーニングスターを振り回す戦士が復活した。
H・C モーニング・スター
ATK1500 レベル4
H-C ヤールングレイプ
ATK700→2200
「特殊召喚したモーニング・スターの効果発動。デッキから《ヒロイック・チャンス》を手札に加える」
手札に戻ったアルルの効果が分からないが、攻撃が防がれるかもしれない。だからバトレアスは、打点を上げるカードを選んだ。
「そしてエクストラ・ソードを召喚」
H・C エクストラ・ソード
ATK1000 レベル4
長さの異なる2本の剣を持つ、緑の鎧の戦士が現れる。その姿に頷き、バトレアスは再び天井に手を掲げる。
「レベル4のモーニング・スターとエクストラ・ソードでオーバーレイ。2体の戦士族でオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚!」
光の渦に、オレンジの光となった2人の戦士が吸い込まれると、太陽のような金色の光が降り注がれた。それを見上げたエーデルは、感心したように「おおー」と声を洩らす。
その目の前でフィールドに降り立つ戦士は、金色の鎧を輝かせ、翼のようなパーツを広げる。さらに、同じ金色の剣を構えて見せた。
「金色の剣で闇を切り裂き、輝く勝利をその手に掴め!《H-C クレイヴソリッシュ》!!」
H-C クレイヴソリッシュ
ATK2500 ランク4
「エクストラ・ソードを素材にエクシーズ召喚したことで、クレイヴソリッシュの攻撃力は1000ポイントアップする!」
H-C クレイヴソリッシュ
ATK2500→3500
「さらに魔法カード《ヒロイック・チャンス》を発動! このターン、ヤールングレイプはダイレクトアタックできない代わりに、攻撃力が倍になる!」
H-C ヤールングレイプ
ATK2200→4400
ハイネ LP3000→3500
「攻撃力3500と4400……中々手強いですね……」
エーデルの横でデュエルを観ているジェニーが、眼鏡をくいと上げてフィールドを注視する。《魔法吸収》でライフを少々回復できたハイネは、バトレアスに悟られないように生唾を飲み込んだ。高い攻撃力は油断できない。
「バトル!」
「その前に、私はピューピルズの効果発動! 1つ目の効果を使い、デッキから魔法カード《ウィッチクラフト・サボタージュ》を手札に加えます!」
バトルの直前にピューピルズのもう一つの効果が明かされるが、バトレアスはあまり気にしない。このバトルで決着をつける算段だ。
「クレイヴソリッシュでピューピルズを攻撃。そしてこの瞬間、クレイヴソリッシュの効果発動! オーバーレイ・ユニットを1つ使い、相手フィールドのモンスター1体の攻撃力をターンの終わりまで自身に加える!」
H-C クレイヴソリッシュ
ORU:2→1
しかし、その直後にハイネは笑い、手札のカードを手にした。
「手札のアルルの効果発動! 自分の魔法使い族モンスターが攻撃、または相手のカード効果の対象になった時、このカードを手札から特殊召喚し、墓地の『ウィッチクラフト』魔法カード1枚か、相手フィールドのカード1枚を手札に戻します!」
「!?」
「私はクレイヴソリッシュをエクストラデッキに戻し、アルルを特殊召喚!」
ウィッチクラフトゴーレム・アルル
ATK2800 レベル8
再び現れた、伝説の魔女をモチーフにした人形。それは悠々とした仕草で杖を振り、妖しい紫の光をクレイヴソリッシュに浴びせた。剣を振り被っていたクレイヴソリッシュは、苦しそうに呻き声をあげ、姿を消してしまう。
「くそ……」
このままクレイヴソリッシュで攻撃できれば、ハイネのライフを丁度0にできた。
ただ、勝負を決められなかったのは残念にしろ、こうなることはおおむね予想してた。だから、ヤールングレイプの攻撃力を倍増させていたのは結果的に正解になる。
「俺はヤールングレイプでピューピルズを攻撃!」
攻撃対象は迷ったが、さっきのターンのエーデルの効果を考えると、蘇生カードが他にあるかもしれない。アルルの効果は何度も使わせると厄介だし、今手札にある別のカードで処理することに決めた。
「ヤールングレイプの効果発動。相手モンスターが戦闘する攻撃宣言時、その攻撃力の半分だけ、自分のライフを回復する!」
バトレアス LP4000→4900
ライフを回復するとともに、ヤールングレイプがピューピルズに向けて拳を強く突き出す。そして突風が吹き荒れ、空中に煽られたピューピルズは破壊されてしまった。
ハイネ LP3500→900
そしてこれで、バトルフェイズは終了となる。
残ったのはアルル。あのまま残しておくのは、攻撃力的にも効果的にも厄介だ。なので、手札のカードを使う。
「魔法カード《クロス・オーバー》を発動。相手フィールドのモンスター1体を、自分の戦士族モンスターに装備カード扱いで装備する!」
「えっ!?」
多少心が痛むが仕方がない。ハイネが驚く目の前で、アルルが光の球となってヤールングレイプの元へ向かい、その身体を包み込む。光が収まると、ヤールングレイプの左手にはアルルが持っていた杖が握られ、兜にはアルルが被っていた帽子のような装飾が追加されていた。
装備カード化もコントロール奪取、つまり「寝取り」効果にあたるため、バトレアス個人としてはあまり使いたくはない。けれどそれなりに役立つカードだし、このデュエルは負けられない。だから、多少胸が痛んでも使うことを選んだ。
ハイネ LP900→1400
「魔法カード《貪欲な壺》を発動。墓地のクサナギ、エクストラ・ソード、ソード・シールド、アンブッシュ・ソルジャー、クラスプ・ナイフをデッキ・エクストラデッキに戻し、2枚ドローする」
次はリソースの回復。2枚のカードを引き、次のターンの備えも何とかなることをバトレアスは確信した。
ハイネ LP1400→1900
ただし魔法カードを発動する毎にハイネのライフも回復していく。考えなしだと倒すのが困難になるが、このデッキなら一撃必殺も容易い。
「カードを2枚伏せてターンエンド」
* * *
大雨が降りしきる中、ヴェールは傘を差して街を歩く。この時間帯のこの街は、いつもなら行き交う人々で賑わっているはずだが、こんな天気では誰も出歩く気にならないらしい。もの悲しさを感じつつヴェールは足を止め、傘を少し傾けて目の前に聳える建物を見上げる。
まるでトランペットを立てたように、広い裾野から上に向かうにつれて細くなるその塔は、この都市の心臓部たる場所。雨で空が暗いのに加え、常に塔を囲うように浮かんでいる光の環が
「灯台下暗し、ってやつかなぁ」
その建物《魔導書院ラメイソン》に向けてヴェールは呟き、再び歩き出す。
この悪天候だが、ラメイソンの周囲には警備担当の魔術師が、明らかに普段よりも大勢配備されている。蟻の這い出る隙も無さそうで、アポなしで入るなど不可能だろう。
「ご苦労様でーす」
そんな厳戒態勢の布陣を、ヴェールは気の抜けた労いと共にすり抜ける。警備の魔術師たちは気付いた様子もない。それもそのはずで、ヴェールは自らの存在を周囲に察知させない隠蔽魔術を自分に掛けている。同じ術を若手が使えばすぐにバレるだろうが、ヴェールにかかれば朝飯前だ。
そして屋根のある正面玄関に辿り着くと、ヴェールは異空間に傘を仕舞い、重い扉を開けてエントランスに入る。建物の近代的な見た目と裏腹に、内装は伝統と格式を重んじるクラシカルな設えで、王族の城と遜色ない。けれど明かりは最低限しか点いておらず、やはり普段のラメイソンより圧倒的に静かだ。
「あなた……!」
その奥から姿を見せたのは、緑の法衣を着る薄い金髪の妙齢の女性、システィだ。ヴェールを見てすぐに駆け寄ってくる。
「どこから入ってきたの?」
「どこって、正門からだよ?」
「……警備の目が節穴ってわけじゃないわよね」
「うん。やっぱり天下の魔導書院は違うねぇ、警備の魔術師たちも腕利き揃いだったもん」
飄々と語るヴェールに、システィは眉間を押さえる。ラメイソンで働く身として、警備がどれだけ厳重かはよく知っている。今みたいな「異常事態」ならなおさらだ。
にもかかわらず、それをヴェールは易々と突破して見せた上、皮肉なしの称賛までしてくる。頭が痛くなる話だ。
「……で、用件は何かしら? 悪いけど私たちも暇じゃないの」
「えー、そうなの? とてもそんな雰囲気じゃないけど」
「生憎と大忙しなのよ」
深く相手にせず、システィは言外に「帰れ」とヴェールに告げる。しかしヴェールは、まるで風に揺れる木の葉のように少しも動じない。
「こーんな雨の中来たんだし、お茶の一杯は入れてほしいなー?」
「向こうの休憩スペースに行きなさい。一級品のお茶がタダで飲めるわよ」
「そういうのじゃなくて、人の温もりが欲しいんだよ〜」
「だったら自分のギルドに帰ればいいでしょう。お茶ぐらいならあの子たち喜んで淹れてくれるんじゃないかしら」
緊張感のないヴェールに苛立ちがだんだん隠せなくなるシスティ。その態度に、ヴェールはむしろ目を細める。
「ありゃ、本当に忙しそうだね。余裕がなさそう」
「分かってもらえて何より。それが分かったならすぐ帰りなさい。土砂降りの中ご苦労だけど、急ぎでなければ今度ゆっくりたっぷり話を聞いてあげるわ」
最低限の礼儀だけ示し、システィはラメイソンの奥へ戻ろうとする。
そんなシスティの背中に向けて、ヴェールは。
「魔導原典が消えちゃったりでもした?」
システィは、脚を止めた。
止めざるを得なかった。
「おや、その反応……図星だったかな~ん?」
なおも気楽な態度のヴェール。
カマをかけられたか。いや、あるいはどこかで聞いたのか。分からないが、システィは踵を返してつかつか歩み寄る。もう、苛立ちは隠せなかった。
「正直にはっきり答えなさい」
ヴェールの小さな肩を掴み、システィは詰め寄る。軟派な男だったら泣き出しそうなぐらいの気迫で。
「どこでそれを聞いたの? 返答次第では――」
「女の勘だよ、か・ん。誰かが小遣い欲しさにリークしたとかじゃないからご安心を」
ぱちり、と片眼を瞑るヴェール。システィの怒気など微塵も響いていない。
そんなヴェールをシスティは十数秒に渡り見つめる。嘘を吐いていないか確かめるためだ。しかし、この程度ではヴェールの心の底の底など窺えず、動じもしない。この女はそういう魔女だ。
「……酒に酔った魔法使いがうっかり、なんて答えじゃないだけまだマシね」
そう告げて、システィはヴェールの肩から手を離す。
そして指でラメイソンの奥を指さし、ついてくるように無言で告げる。
「お、いいの?」
「ここまで来て、どうせ大人しく帰るつもりはないんでしょう」
「さっすがシスティ、わっかるー」
「だまらっしゃい」
軽口を止めないヴェールにぴしゃりと告げて、システィはヴェールをラメイソンの最深部へと案内する。非常に不本意だが、これはもう「上」に報告するほかない。
エントランスから奥へ進むと、エレベーターホールがある。だがシスティは3機あるエレベーターを全て無視し、階段へと進む。
「エレベーター使わないの?」
「使えないのよ。今は余分な場所への魔力供給をカットして、ラメイソンをどうにか維持してるんだから」
螺旋階段を下りながらのシスティの説明に、ヴェールは「ふーん」と適当な相槌を打つ。
科学技術が発展した世界と違い、ラメイソンのエレベーターは魔力で動く。そこに消費する魔力など、ラメイソン全体から見れば微々たるもののはずだが、それさえ賄えないとなれば事態はかなり深刻と見ていいだろう。逆に、ラメイソン周辺の魔力の結界はヴェールも感知していたので、魔力は「維持」と「防衛」に回しているようだ。
階段を下りた先にあったのは、図書館の様に整然と本棚が並んでいる部屋。勿論、収められているのはただの児童書や小説など大衆向けのものではない、魔導書。「クレッセン」と呼ばれるここには数多の魔導書が収蔵されているが、ラメイソン所蔵の魔導書はここのものが全てではない。地上階に「ソレイン」という保管室があり、このクレッセンと同程度の魔導書がそちらにもある。
「後ろを向いていなさい」
言いながらシスティが足を止めたのは、クレッセンの中央部にある円形の空間。ヴェールが言う通り後ろを向いたのを見てから、システィは床に手をかざし自身の魔力を流し込む。すると床に仕込まれていた術式が反応し、三日月を描く様に床が開いて、新たな螺旋階段が姿を見せた。
それからまた、システィの先導でヴェールは螺旋階段を下りる。会話もなく、2人分の足音が響く時間が10分ほど続くと、やがて広々とした空間に辿り着いた。
そこは「エトワール」と呼ばれるラメイソンの最深部。魔導書院、ひいては周辺都市の発展に欠かせない場所だが、非常に暗くて不気味な空気に満ちている。
そんな空間の奥の方で、わずかな明かりが揺らめき、その傍に何人かの人影が見えた。そこへ向けてシスティが歩き出し、ヴェールはその隣を歩く。近づくにつれて声も聞こえてきたが、世間話をしているようではなさそうだ。
「……おーおー、こりゃまた壮観なメンツだねぇ」
変わらない調子で声を投げかけると、そこにいた面々が一斉にヴェールの方を振り向いた。
ラメイソンを統括する最高権力者のハイロンに、その側近かつラメイソンの管理・戦略担当のジュノン。
この場で唯一の人外だが
そしてラメイソンと異なり独自の発展を遂げた魔法都市の王、エンディミオン。
「! サンドリヨ――」
「おおっと、その呼び方はナシナシ。今の私はただのしがないヴェールさんだよ」
そのエンディミオンが告げかけた名前を、ヴェールは遮る。その名前はあまり軽々しく口にしないでほしかった。
一方で、ハイロンはシスティに目を向けている。
「なぜ彼女を?」
「嗅ぎつけられました。放っておくと、逆に状況を引っ掻き回されかねなくて」
「……なるほど」
システィの言葉の意味がよく分かったのか、ジュノンが諦めながらも納得する。
一方、ヴェールはてくてくとさらに前へ出る。
そこにあるのは、何かが安置されていたと思しき台座だ。今は何もないが、ヴェールはそこからごく微量の魔力を感じ取れる。
これこそ、魔導原典を据えていたもの。ラメイソンが管理していたはずのそれは、見る影もない。元々ここは、魔導原典の放つ淡い光のおかげで明るかったのだが、それがないせいでこんなにも暗いのだ。
「ホントになくなってたんだねぇ。いつから?」
「3週間前だそうだ」
ヴェールの問いには、主のハイロンではなくエンディミオンが答える。不機嫌そうな声だが、言い方からして今日までその事実は知らなかったらしい。
「バテルくんは何て?」
「何の前触れもなかった、と。エトワールに誰かが出入りした記録もないとね」
ヴェールの口から出た「バテル」とは、ラメイソンのあらゆる記録を管理している少年のことだ。彼やその上司であるジュノンが言うなら間違いないだろう。
「そもそも何でこんなことになったのさ?」
「それは……全く見当が」
「見当もつかないだと?」
ハイロンの答えに、エンディミオンが明らかに不満そうな声を上げた。
「魔導原典がどんな代物か分かってるのか? 莫大な魔力の塊が忽然と、何の前触れもなく消えるのが自然現象のはずがない。明らかに人為的なものだ。それを見当がつかないなど暢気な――」
「どうどう、落ち着きなってエンディミオンさんや。ハイロンが魔術に詳しいのはよく理解してるでしょ? 問い詰めたところで、魔導原典も戻りやしないし」
掴みかかる勢いのエンディミオンを宥めるヴェール。エンディミオンは不服そうな目をハイロンに向けつつも、怒気を収めた。
そしてヴェールは、マスターケルベロスに目を向ける。
「ベロちゃんの方で探索とかはできないの? そんなでっかい魔力の塊なら見つけられるんじゃない?」
「とっくにしてるさ、研究員総出でな。だが、痕跡はもうかなり薄くなってる、ラメイソンから半径5キロ圏内がやっとだ。それとベロちゃんはやめろ」
溜息をついて何かの本を広げるマスターケルベロス。
その報告を聞いて、ヴェールは天井に目を向けた。
「……薄くても『痕跡』があるってことは、やっぱりどこかに行ったのは確定か」
「けれど、誰が? どうやって? 魔導原典に足が生えてどこかへ行くと、でも……」
ジュノンがヴェールの意見に反論しかけたが、そこで自分でも何かに気付いたように言葉が消えていく。
そして、目を見開いた。
「……
ハイロンが告げた名前に、場の空気が一気に凍り付く。
その名前を知らない人は、この場にいない。
「……確か、いろんな場所で天気が崩れ始めたのも、大体2~3週間前ぐらいだったかな?」
ヴェールが気楽な姿勢を崩さないで告げると、エンディミオンが鋭い目を向けてくる。
「彼にかかれば天候操作など造作もないだろうが……」
「……本当に? 彼が復活したと?」
エンディミオンの仮定にはマスターケルベロスも懐疑的になる。
この「魔術界」においてアレイスターという男は、あらゆる魔術を究めたとされる、最高峰の魔法使いだ。しかしある時、禁忌を犯して大魔術を発動させ、暴走し、世界を破滅させかねない事態を起こしている。
それを止めたのが、ここにいるエンディミオンとヴェール。そんなアレイスターの意思と肉体を封じ込めたものこそ、ここにあるはずだった「魔導原典」だ。
だからこそ、この場にいる全員が、推測した。
何らかの理由でアレイスターが復活し、世界に混沌を巻き起こしたのだと。
「……こうなることは考えなかったわけではないが、なぜそんなことが?」
ハイロンが、そう重々しく告げたエンディミオンを見るが、そのエンディミオンはハイロンとジュノンを険しい目で見ている。
「……我々を疑っている?」
「魔導原典はラメイソンが管理していたものだ。我々には干渉できない。そちらが何かしたと考えるのが妥当だが」
「そんなことをしても、メリットが私たちにありません。魔導原典は私たちにとっても必要不可欠なエネルギー源なのですから」
ハイロンとエンディミオン、さらにジュノンの話を聞きつつ、ヴェールはため息をつく。
魔導原典はアレイスターが本来持っていた莫大な魔力を宿し、さらに近辺にいる魔法使いたちから漏れ出る微弱な魔力も吸収・還元し、永久機関としてラメイソンの肝となっていた。
エンディミオンが魔導原典を管理していないのは、「封印」という形で遠ざけていたからだ。アレイスターが後に復活し、再び災いを起こす危険性を考慮して。
しかし、ある魔法使いたちが、封印状態のアレイスターの魔力を利用する技術を確立し、後に「ラメイソン」となる魔法師の育成機関を築いた。
その時から、エンディミオンはアレイスター……魔導原典の危険性を説き、譲渡ないし再封印を要求している。けれど、ラメイソンがエンディミオンに匹敵する勢力となったことで、緊張状態が続いているのだ。
「第一、そんな重大な事態が起きたにも関わらず、魔導研究所に探索をコソコソ依頼するだけなど、危険意識がなさすぎると思うがな。我々がマスターケルベロスに話を聞いたから気づけたが――」
「事を荒立て、周辺地域や住民の混乱を避けるためだ。それに、あなた方が強硬策に出る隙を作るきっかけにもなりかねなかったのでね」
エンディミオンとハイロンが言い争う傍ら、マスターケルベロスはため息を吐いた。普段は雄々しい耳も垂れている。飼い主に叱られたペットみたいだ。
ただ、パニックを避けたいラメイソン側の気持ちはヴェールも分かると同時に、隠蔽するにはかなりヤバい案件だと思う。
「なおも体裁と保身を気にするとは、呆れたものだ。それが本心でないなら、自分たちの失態を知られないようにしていたとしか思えんぞ」
「私たちを犯人と決めつけるのは止めていただきたい。そもそも、エンディミオン殿もかつてアレイスターを封印した三賢人の一人でしょう。こちらの魔導原典に干渉するなど、造作もないのではありませんか?」
「できることならとっくにしている。でなければ、今日まで手をこまねいたりしていない。言いがかりはよしてもらおうか」
「そちらこそ、大した証拠もなしに……」
言い争いを始めたエンディミオンとハイロンに、ヴェールは。
「なるほどねぇ」
肩を竦めて、踵を返してきた道を戻ろうとする。そうすると思っていなかったシスティと肩がぶつかり、ジュノンが視線を向けてきた。
「どちらへ?」
「帰るに決まってるじゃん」
「帰るだと?」
エンディミオンの強い言葉に、ヴェールはあくびを零した。
「私はここにいるみんなの部下でも何でもない、ただの魔導工芸ギルドのリーダーにしか過ぎない。真実は何であれ、魔導原典が消えたってことだけ知れれば十分」
「な……」
「それに、今の私にできることは何もないからね」
そう言いながら背を向けたヴェールに、ジュノンが口を開く。
「……『今の』、ですか」
「そ。だからさ……」
ヴェールはもう一度、全員の方を振り返る。
その目は、さっきまでのちゃらけた雰囲気の無い、冷たい眼差しだった。
「魔法都市と魔導書院がどういう関係かは知ってるつもりだけど、言い争うなら『誰のせいか』より、まずは『この事態をどう解決するか』にしなよ。今はみんなが苦しんでるって分かってるでしょ」
「……ズバリ言ってくれるな」
マスターケルベロスが皮肉を返すと、ヴェールは片手を挙げてエトワールを後にする。ここに連れてきたシスティも、ジュノンやハイロンから改めて指示をもらうとのことだったので、置いていくことにした。
そしてエンディミオンとハイロン、ジュノンはヴェールの言葉を受け止めたのか、何も言わない。
「いやしかし、この階段をエレベーター無しってのはキビシーねー」
螺旋階段を上るヴェールは愚痴をこぼしながらも一段一段丁寧に上がっていく。
するとそこで、ブレスレットが淡い光を放ち始めた。
「お……来たか」
それは、霊使いたちに渡した手紙に仕込んだ転移術式が発動したことを示すもの。つまり、正体不明の天使が「ウィッチクラフト」本館に来たことになる。
そうとなれば、さっさとラメイソンを出て自分も行くことにしよう。ラメイソンの魔術結界はまだ健在だから、外に出なければ転移術式が使えないのだから。
《キャラクター紹介》
・《魔導法皇 ハイロン》
あらゆる魔導書を収めている「ラメイソン」の主。優れた魔法使いの育成に力を入れ、魔術による世界の発展を目指している。無益な争いを好まない平和主義者で、「ラメイソン」に圧力をかける魔法都市「エンディミオン」に対しても平和的な解決を呼び掛けているが、その強気な姿勢に対し不満を抱いてもいる。魔導原典の危険性は把握しているが、その上で利用することを選んだ。
紅茶好きで、彼の意向でラメイソンの休憩スペースには無料の紅茶コーナーが設けられている。
・《魔導法士 ジュノン》
「ラメイソン」の管理・戦略担当。所属する魔法使い全員の能力を把握し、「ラメイソン」の維持と人員配備を一手に担っている。魔法使いの育成にも一役買っており、教え子のことを本当の息子の様に優しく、時に厳しく育てている。「エンディミオン」との緊張関係に細心の注意を払い、ハイロンとは連絡を密にして「ラメイソン」の安定を図っている。
教え子の一部から「お姉ちゃん」呼ばわりされているが、満更でもない。
・《魔導獣 マスターケルベロス》
「魔導研究所」の所長。「エンディミオン」「ラメイソン」どちらにも属さない中立の立場だが、実質的に「エンディミオン」の管理下にある。魔術の研究や魔力の観測などに特化し、「エンディミオン」や「ラメイソン」の依頼で新魔術の開発・実験を行うこともある。両陣営の緊張状態を憂慮しているが、圧力をかけてくる「エンディミオン」に一矢報いたいとも考えている。
「ベロちゃん」呼びは屈辱だが「ベロス」呼びはまだ許せる。
・《神聖魔導王 エンディミオン》
魔法都市「エンディミオン」を統治する王。厳格な性格だが民を思いやる心は強く、魔力を一般の人々にも使えるようにする技術を確立・普及させたのも、人々が身を守れるようにするため。魔導原典の危険性を誰よりも理解しており、その上で利用する「ラメイソン」を警戒する一方で、強力な魔法使いを育成する手腕については評価している。全体的に見れば人格者。
厳めしい表情で恐れられるも、愛妻家という事実を知った人々は皆ほっこりする。