ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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ご無沙汰しております。

今回はデュエル無し回です。


第2章
第16話:一寸先は雪


 クーリアがダイエット……もとい体形維持のために運動をしているのは極秘事項。加えて、俺はその事実を知っていてかつ運動を勧めた身として、それに付き合っている。

 この日も、夕食とその食器洗いを終えた後で、クーリアの部屋で筋トレに勤しんでいた。

 

「18、19……20っと!」

「16……17……18……」

 

 腕立て伏せを1セット分終えたクーリアが息を吐く。

 片や俺は、クーリアと同じタイミングで始めたのに、途中からペースが落ちて置いていかれてしまった。

 

「ほら、後もうちょっとよ。頑張って」

「19……20……!」

 

 激励の言葉を受けて何とか終える。だが、腕の筋肉が悲鳴を上げていたために、起き上がれずカーペットに倒れ伏してしまう。主の私室で従者にあるまじき行動なのは十分理解しているが、それでも身体の負荷の方が大きい。クーリアも無理に起きろとは言ってこなかった。

 

「クーリア様、かなり慣れてきたみたいですね……」

「ええ。最初はすぐへばっちゃったけど、今日まで続けてきたおかげかしら。だけど、バトレアスはまだまだみたいね?」

「もともと、運動不足気味でしたから……」

 

 何とか体を身体を起こし、クーリアと視線を合わせる。腕と腹筋が悲鳴を上げていた。

 運動を始めた時期はクーリアとほぼ同じというのに、こうなると自分の筋肉の使い方や要領が悪いとしか言いようがない。もはや天使族と人間という理屈では言い訳できなかった。

 

「でも、私は助かっているわ。あなたが一緒にやってくれているおかげで、こうして続けられる。それに、やり遂げると何だかスッキリするから」

「そうですか……それは、何よりです」

 

 にこっと笑うクーリア。ほどよい運動はストレスの発散にもなると聞くし、それで気分が良くなっているのならよかった。それに俺としても、運動の後は気分がスッキリするし、寝入りも悪くないから続けて良かったと思う。

 ただ、先日クーリアの本音を聞いてから、彼女の笑顔を見る度に顔の中心が熱くなってきて、直視できなくなる。勘弁してほしい。

 

「あら、もうこんな時間……」

 

 壁に掛けてある時計を見て、クーリアが声を上げる。見れば時刻は22時前、この部屋に来て実に2時間以上は経過していた。

 

「じゃあ私、先にお風呂行ってくるわね」

「ええ、分かりました」

 

 部屋の主のクーリアが出るのなら、ここにいつまでもいるわけにはいかない。できる限り自分がいた場所を片付けておく。

 そして、タオルで汗を拭きながら部屋を出ると。

 

「なっ、ななななな……」

 

 部屋の前にキューティアとドリーミアがいた。クーリアに何か用があったのだろうが、ドリーミアはなぜか俺とクーリアを見て顔を真っ赤にしている。

 

「お二人とも、どうされました?」

「あ、お風呂を――」

 

 どうした事か尋ねてみると、キューティアが答える前に。

 

「なんであんたがクーリア様の部屋から出てくるのよ!? しかもそんな、その……それで!」

「「それ……?」」

 

 ドリーミアが赤面を通り越して涙目で俺を指さしてきた。言葉になっていない指摘を受けて、俺とクーリアは顔を見合わせて、今のお互いの状況を確かめる。

 俺とクーリアは、部屋で筋トレをしていたので軽装。そして汗が残り、まだまだ運動初心者のため熱は冷めておらず、今は夜。出てきたのはクーリアの私室。

 

「……あ」

 

 先に気付いたのは俺だ。

 男女がこんな時間にこんな状態で一緒の部屋から出てきたら、()()()()()()があったと勘繰られてもおかしくはない。それに気づくにしてはドリーミアは幼い気がしなくもないが、天使族な以上見た目は全く信用ならない。

 そして、その誤解は可及的速やかに解くべきだ。

 

「違いますドリーミア様、これは――」

「エッチ! 変態! スケベ! スケコマシ! 色魔!」

「がはっ……」

 

 罵倒のグォレンダァを受けて膝から崩れ落ちる。見た目が年端もない女の子である以上、鋭い言葉は胸に深く突き刺さる。異性から言われる悪口とはこうも死にたくなるものなのか。冗談でも「ありがとうございます!」なんて言えない。

 

「あっ、違うわよドリーミア!? これはアレなのよ、私が運動不足だから、バトレアスに手伝ってもらってただけ! 決してそんな、その……あなたが勘違いするような事は起きてないわよ!?」

 

 そして俺に対するドリーミアの罵倒で、ようやく自分たちがどう見られているかを理解したらしいクーリア。顔を真っ赤にして全力で否定してくれた。女性側から否定してくれた方が、誤解は解けやすいだろうから。

 

「ホントなの!? だって、2人があんな、こんなとこで……」

「えっと、ドリーミアちゃん? いったい何が……」

「「キューティアは知らなくていいの!」」

「ええっ!?」

 

 そして唯一今の状況が理解できないらしいキューティアは、2人が全力で情報をシャットアウトするので余計困惑する。できる事ならキューティアはその純粋さを保ったままでいてほしい。

 

「……あの、キューティア様。如何様なご用件でこちらにいらしたのですか……?」

「ええと、もう遅い時間ですけど、クーリア様がまだお風呂に入っていなかったので呼びに来たんです。あとバトレアスさん、何でそんなこの世の終わりみたいな声と顔をしているんですか……?」

「……いえ、冤罪とはいえ罵倒されるのはこんなにも傷つくのかと」

 

 キューティアに用件を聞いてみるが、それ自体は何の変哲もないものだった。そういえば、俺はいつも風呂が最後だが、この時間にはもう入っていたはずだ。これだけ遅くなるのも珍しいのだろう。

 

「そしたら、ドリーミアちゃんがドアに聞き耳を立てて……その、本当にただ運動を?」

「本当です。天地神明、ミューゼシア様とクルヌギアス様に誓って」

「それだけのためにお二方の名前を出すのもどうかと……」

 

 苦笑するキューティア。だが俺としては、その2人に誓ってでも、クーリアとそんな不埒な真似はしていないと断言する。

 そこでようやく落ち着いたドリーミアは、クーリアの言い分と俺の弁明を聞いて。

 

「……ホントに! クーリア様とそんな事はしてないのね?」

「はい」

「……ならいいわ」

 

 ふんっ、とそっぽを向いてドリーミアはずんずんと自分の部屋に帰っていく。キューティアも、クーリアに風呂を勧めるのだけが用だったらしく、ぺこりとお辞儀をして自室に戻っていった。

 

「災難だったわね」

「……ええ」

 

 慰めるようなクーリアの声。

 しかし、誤解は解けたものの、これでドリーミアからの好感度は下がってしまっただろう事は分かった。たとえ実際にそんな事はしていないとしても、そう言う事をするイメージがあると俺に抱いていたのだから。ドレミコードに男がいない以上、男がどういう生き物かはイメージや文献で知るほかない。だから、クーリアとそういう状況になったらそういう事をすると思われていた。

 何とかしてそのイメージを払拭できたら、と頭を捻らせながら、俺も自室に一度戻った。

 

◆ ◇ ◇

 

 その翌日、久しぶりに個人からの依頼がドレミコードに入り、俺はそれについて行く事になった。個人の依頼は天老の時ぶりである。

 そして、それについて行ってよいという事は、謹慎が解けたというわけだ。長かった気がしないでもないが、一応の信頼は取り戻せたと考えておく。なんにせよ、今回は問題が起きないように願うと同時、そうならない振る舞いをしなくてはと思った。

 しかし問題なのは、今回俺が同行する人だ。

 

「では……よろしくお願いいたします」

「ふん」

 

 挨拶をするも、ドリーミアの態度は軟化していない。

 今回の個人からの依頼に対応するのはドリーミア。しかしながら、昨夜のあれこれのせいで未だに俺に対する好感度は戻らずにいる。おかげで、挨拶をしても怒っているような鼻息しかもらえないぐらいだ。ドリーミアの気が強いのは薄々感づいていたものの、こうも接するのに気を遣うとは。

 後、怒っている人の相手をするのは胃に穴が空きそうになるぐらい辛いのは、前世から身に沁みて理解している。ましてや、その人と1日一緒に行動するなんて、それこそ罰みたいなものだ。まさかとは思うが、ミューゼシアはそこまで考えてこの人選にしたのだろうか。

 

「ドリーミア様、もしよろしければ必要な準備などをさせていただきますが……」

「譜面台。持ってきて、早く」

「かしこまりました。ただちに」

 

 低姿勢に低姿勢を重ねて尋ねると、ぶっきらぼうながらも答えは示してくれた。意思疎通を拒否しなかった事への感謝も込めて頭を下げて、それがある倉庫へ向かおうとすると。

 

「後、デッキとデュエルディスク。あんたの」

「え?」

「依頼してきた人の頼みよ。持ってきなさい」

 

 付け足された持ち物は少し意外だが、あまり待たせるとまた機嫌を悪くさせてしまいかねない。すぐさま、言われた通りのものを取りに行く。

 ドリーミアの当たりは確かに強いが、こうして伝えるべき事は伝えてくれている。なので、微塵も信用されていないというわけではなさそうだ。

 とはいえ、デュエルディスクを持ってきてほしいという事は、恐らくは依頼主とデュエルをする必要があるという事。そしてドリーミアは、キューティアやファンシアと同様にまだデュエルの腕に自信がないのだろう。

 面倒事は極力避けたいが、今回もそれは難しそうだと思いながら、デュエルディスクを装着し、譜面台を持ってホールへ向かう。

 

「いい? くれぐれも、あたしの足を引っ張らないようにする事!」

「かしこまりました……」

 

 びっと人差し指を突き立ててくるドリーミアに向けて頷く。それで納得したのか、ドリーミアはタクトを取り出して振り、ゲートを開く。その先の世界はまだ見えない。

 

「ほら、行くわよ」

 

 先にドリーミアが勇んでゲートをくぐる。それに続いて俺もゲートをくぐるが、光の先にあったのは。

 

「寒っ!? なにこれ!?」

 

 猛吹雪だった。

 柔らかさと冷たさを感じる真っ白な地面。体全体に当たる冷たい小さな粒。耳を切り裂くような冷たい風。目を開けるのさえままならない。

 

「ちょっちょっちょ! 助けてバトレアス! 何が何だか分かんない!」

 

 先にこちらへ来ていたドリーミアも完全に困惑している様子。腕で顔を守りながら慎重に目を開ける。幸い、何も見えないホワイトアウト状態ではないため、かろうじてドリーミアの姿は視認できた。なのですぐさま傍へと駆け寄るが、そうしている間にも髪やら服やらに雪が纏わりつき、体温が容赦なく奪われていく。

 

「ちょっと、一旦、木陰に行きましょう!」

 

 緊急事態故に勘弁してほしい。ドリーミアの手を引いて、近くにある木の下までいく。流石にこんな状況だからか、ドリーミアも突っぱねる事はなかった。

 木の下に体を滑り込ませる。針葉樹らしい木の葉のおかげで、多少でも雪を凌ぐことができた。この辺りは森らしく、これが周りに草木の無い高山などだったら間違いなく自分たちはお陀仏だっただろう。天使族のドリーミアはどうなるか分からないが、人間の俺はきっと凍死する。

 

「へっぷし!」

 

 だが、やはり雪は多少しのげるだけだし、寒さはどうにもならない。ドリーミアがくしゃみをしたのを見て、俺は迷わずに上着をかける。

 

「ちょっと、それじゃあんたが凍えちゃうでしょ!」

 

 強気な口調だが、それでもこっちの事を心配してくれている。やはり、本当は優しい子なんだ。

 

「でも、ドリーミア様の方が寒そうですから。自分はまだ何とか……」

 

 ドリーミアはドレミコードの正装を着用しているのだが、腕と腿が露出し、体にフィットするデザインのドレスだ。寒さはこちらよりもずっと堪えるだろう。対して俺はスーツなので、上着を脱いだところでシャツで腕が守られている。寒さは否めないが、まだ耐えられるレベルだ。

 こちらの言い分を理解したようで、ドリーミアは「ありがと」と小さく呟いて、上着を羽織る。

 

「しかし、これからどうしましょう……」

「そうね……。依頼人を探さなきゃだけど、この吹雪じゃ……」

 

 吹雪は一向に収まる気配がない。こんな中で誰かを探すなんて自殺行為だ。

 するとその時、雪が何かに踏まれる音が聞こえた。

 

「……誰?」

 

 ドリーミアにもそれは聞こえたようで、雪の中に向かって言葉を投げかける。俺も周囲に視線を巡らすが、人の姿は見えない。帰ってくるのは吹雪の音だけだ。

 いや、まずそもそも今のは人が立てた音なんだろうか。俺たちではないのは確かだが、もしかしたら動物か何かかもしれない。とはいえ吹雪の中で行動できる動物というのも限られるもので――

 

「もし……」

「「ヒャ―――――――――――ッ!!」」

 

 不意に背後から声をかけられて、無駄に綺麗なソプラノがハミングした。飛びのき、雪に背をつけて、声をかけてきた何者かを見上げる。

 木の後ろから声をかけたその人物は、白いドレスを着て、同じく白のロンググローブを嵌めた女性だ。白に近い銀髪をポニーテールでまとめて、雪の結晶の形をした傘を差している。人の事は言えないが、吹雪の中を歩くにしては軽装だし、何だか白いオーラで全身が覆われていた。

 とにかく、人だ。自分と同じ人間の気配ではないが、この状況で意思疎通ができそうな存在に会えた事に感謝する。

 というかこの女性、よくよく見てみると見覚えがあった。

 

「あ、あなたは――」

「イヤアアアアア! 雪女アアアアアアア!!」

「ええっ!?」

「ぎっ……!?」

 

 だがドリーミアは錯乱したように叫び、恐怖のあまりか俺に抱きついてきた。それも優しさなど微塵もない、関節を外してきそうな力加減で。

 一方で、雪女呼ばわりされた女性は驚いていた。こんな猛吹雪の中で、全身白っぽい女性に会ったらそう思ってしまうのも無理はない気がするが、だからと言って初対面で投げる言葉ではないだろう。

 

「どどどどどうしようバトレアス! 雪女に会った時ってどうすればいいの!? 死んだフリ!? ポ●ードって3回唱えるんだっけ!?」

「落ち着いて下さいドリーミア様、●マードは口裂け女です! 後死んだフリは雪女だろうと熊だろうと意味がありません!」

「嫌だあああ死にたくなアァァァい!!」

 

 命乞いをするドリーミア。天使族なのに都市伝説を信じているのか、などと考えてしまう。

 ただ、耳元で大声で叫ばれては鼓膜に響く。しかし、この状況で落ち着かせるのは不可能な気がしてきた。

 

「あのっ! ドレミコードの皆さまですよね!?」

「えっ……」

 

 だが、その白い女性が声を上げた途端、ドリーミアは静かになった。どうやら、普通なら存在を知らないはずの自分たちを知っている事で、安心感が発動したらしい。

 

「……もしかして貴女が」

「ええ。あなた方に依頼をしたスノードロップと申します」

 

 ドリーミアがおっかなびっくり尋ねると、恭しくスノードロップと名乗る女性はお辞儀をする。

 やはりそうだ。この女性は《六花精スノードロップ》。ドリーミアと同じ、デュエルモンスターだ。

 そして俺に抱き着いていたドリーミアは、落ち着いた事で容赦なく俺を吹雪の中に突き飛ばした。

 

◇ ◆ ◇

 

 スノードロップに案内されたのは、ログハウスのような見た目の屋敷だ。中は広々としており、木の色合いに温かみを感じ、また断熱性も高いらしくとても暖かい。ここに「六花」の皆が住んでいるとの事だが、規模はドレミコードの屋敷よりも少し小さい。

 

「はい、お茶どーぞ」

「ありがとうございます……」

「はー、おいしー……」

 

 そんな屋敷の応接間に通されて、黒い髪をお団子状にまとめた和装の少女――《六花精ボタン》がお茶を差し出してくれた。温かい緑茶がとてもありがたく、ようやく人心地つく。

 従者の俺は席に着くべきではないと思っていたのだが、吹雪の中で凍えているだろうからと、スノードロップが着席を促してくれたのだ。心遣いが文字通り温かい。

 

「大変だったねー、いきなりこんな吹雪に出くわすなんて」

「生きた心地が、しなかったわ……」

「あははっ、そりゃーそんなところでスノードロップさんに会ったら雪女と見間違えちゃうかー」

 

 くすくすボタンが笑うが、スノードロップはボタンを責めたりせず苦笑するだけだ。

 そして、暖を取って気分が楽になり、ボタンの言葉を聞いたところで、向かい側に座っているスノードロップに対して頭を下げた。

 

「改めてお詫びいたします。初対面で失礼な態度をとってしまいました、申し訳ございません」

「ごめんなさい……」

「いえ、いきなりあのような状況になってしまったら、慌ててしまうのも無理はないですから」

 

 謝るが、スノードロップは微笑みつつ首を横に振る。いきなり猛吹雪の中に放り出され動転していたのは確かだが、初対面で人を「雪女」呼ばわりはかなり無礼だろう。それでも許してくれるとは、なんて心が広いのか。

 ドリーミアも頭を下げて、窓の外を見る。相変わらず吹雪いていた。

 

「こちらはいつも、こんなに吹雪いているのかしら?」

 

 ドレミ界では気の強いドリーミアで、先ほども慌てふためいていたが、やはり外部の人と接する際は幾分言葉使いが穏やかだ。

 しかし、質問してみると、スノードロップの表情が陰った。

 

「……実は、今回あなた方に依頼したい事に関連しているんです。この天候は」

「?」

 

 和やかな空気は失せ、真面目な雰囲気になったのを感じ取り姿勢を正す。スノードロップは、脇に控えるボタンに退室するよう告げ、彼女が部屋を出てから話を始めた。

 

「先日、奇妙な輩が我々のこの世界にやってきたのです」

「奇妙?」

「はい。『歪な世を正し、秩序を成すために手を組みたい』と……」

「え、それって……」

 

 ドリーミアが気づいたようにこちらを見る。俺としても、考えている事は同じだ。

 

「スノードロップ様。実は我々のドレミ界でも、同じ事を言う存在に襲われました」

「まあ……そうだったんですか?」

「はい。そいつは全身を黒い鎧で武装していたんですが……いかがでしたか?」

「ええ、まさしくそうでした」

 

 この世界にやってきたのは、天老を襲った時とは装いが違う。ドレミ界を襲った輩と同一人物なのか、それとも全くの別人なのか。

 だけど、まずはスノードロップの話の続きを聞こう。

 

「ただならぬ気配だったので断ったのですが、デュエルを挑まれました。その際には私が戦い退けましたが、デュエルで発生した衝撃の余波が、私の大切な仲間を傷つけてしまったのです」

「それは……」

 

 精霊界のデュエルは、ダメージが実体化する。デュエルアリーナのような興行的なものはともかく、俺自身もあの侵略者とのデュエルで実体化した攻撃で、血を流した事がある。だから、仲間まで傷ついてしまったという言は信じられるし、何よりも胸が痛む。

 

「幸い、大事には至らなかったのですが、ひどく落ち込んでしまいまして」

「……その人の心を癒すのが、今回の依頼?」

 

 ドリーミアが依頼を先読みする。スノードロップは首を横に振り、緑茶を一口啜った。

 

「その『仲間』は、私と共にこの世界を治める……というのも大袈裟ですが、用はリーダーのような立場にいるんです。けれど、その時の事で自信を無くしてしまって……」

「なるほど……」

「ここの天候は、私やその子の意思に依るところが大きいのです。なので、彼女が落ち込んでいるが故に、天候もここまでになってしまっているのです。今まで、これだけ吹雪いた事はありません」

 

 ですから、とスノードロップは続けた。

 

「その方に、自信をつけてほしいのです。あなたの力で」

 

 ドリーミアの属性は「風」だ。以前グレーシアが話していた、ドレミコードのそれぞれが持っている浄化の力が属性由来だとすれば、ドリーミアはクーリアと同じく「意思を前に向けさせる力」があると仮定する。

 だから、そのスノードロップの仲間の傷ついてしまった心を癒すのは、ドリーミアよりもグレーシアやエリーティアなど水属性のドレミコードの方が長けているだろう。

 けれど今、その誰かの心は傷ついたのではなく、自信を無くしている。だからドリーミアの力で、気持ちを前に向けさせるというわけだ。

 

「デュエルディスクを持ってきてって言ったのは?」

 

 ドリーミアが、依頼の時点で指定された事を尋ねる。それは俺も気になっていたことだ。煌々と炎が燃える薪ストーブから、薪が爆ぜる音が響いた。

 

「ドレミコードの演奏だけでなく、デュエルを通しても自信をつけてほしいのです」

「?」

 

 どういう事だろう、とドリーミアが小首を傾げる。要領を得ていない答えをもらってしまい、俺は適温になった緑茶を飲む。

 

「彼女はデュエルで傷ついた事で、デュエルを恐れているのです。本来であれば、私と共に皆を導くためには、戦う力も必要なのですが……」

 

 そう言って、スノードロップは脇に置いていたデュエルディスクを机に置く。雪と風をイメージした意匠が組み込まれた、純白のデュエルディスクだ。しかし、ところどころに傷がついている。多分、スノードロップが皆のために戦った証だろう。

 

「もちろん、私や先ほどのボタン、他にも多くの子が彼女をデュエルに誘いました。それに応じてはくれるのですが、やはりどこか心にしこりを残しているようでして」

「つまり……リハビリって事かしら?」

「ええ。同じ仲間とも、かの侵略者とも違う、外の方とデュエルをして、戦う力、そしてその力を持つ事の重要性を思い出してほしいのです」

 

 気を紛らわせるためにお茶を飲むが、思いのほか深刻な話だ。精霊界で今までやってきたどのデュエルとも事情が違う。デュエルを通したリハビリなんて。

 

「先に言っておくけれど、あたしはデュエルができないから、このバトレアスに相手をしてもらう事になるけれど……人間よ?」

「構いません。重要なのは、初めて戦う外の相手という事ですから」

 

 ドリーミアに名前を出されて頭を下げる。事情が違うデュエルにあまり気乗りがしないが、数少ない頼れる相手が自分となれば、断るのも難しい。

 顔を上げると、スノードロップがにこりと笑いかけた。クーリアとも違う、人を安心させる笑顔だ。

 

◇ ◇ ◆

 

 話が決まり、応接間を後にする。そして、スノードロップの先導で案内されたのは2階だ。私室らしきいくつものドアが並ぶ中のひとつを、スノードロップがノックする。

 

『はい……?』

「私よ。ドレミコードの皆さんがいらしたわ」

『わかりました、どうぞ……』

 

 なんとも、気弱そうな声が中から聞こえてくる。それでも声の主は中に入るのを許してくれた。スノードロップが頷き、ドリーミアが戸を開けて入室する。俺は入らないほうがいいのではと思ったが、スノードロップに促されたので、頭を下げながら中に入った。

 部屋の広さは、ドレミコードの屋敷の私室とそう大差がない。窓際にベッドが据えられ、壁際には本棚と机、クローゼット。反対側の壁にある暖炉には温かい炎が灯されている。

 そして、暖炉の前にあるロッキングチェアには、一人の女性が座っていた。花の刺繡が施された薄紫のロングドレス、長い髪は淡い藤色で、左目が隠れている。こちらを窺うその表情は自信がなさげで、儚げな雰囲気が強い。

 《六花精ヘレボラス》だ。

 

「お初にお目にかかります。ドレミ界より参りましたドリーミアです、どうぞよろしく」

「はじめまして、ドリーミア様……。私はヘレボラスと申します」

 

 ドリーミアが丁寧に挨拶をする。さっきまでのスノードロップに対する態度よりもかなり畏まっているが、今接しているヘレボラスの雰囲気によるものだろう。

 一方の、座ったまま頭を下げるヘレボラス。所作はとても穏やかで、深窓の令嬢という表現が似つかわしい気がする。

 

「申し訳ございません。お手間を取らせてしまいまして……」

「構いません。それが私たちの使命ですから」

「では、早速ですが……お願いしてもよろしいでしょうか」

「承知いたしました」

 

 言いながら、ドリーミアはタクトを取り出す。今回の依頼についてはヘレボラスも知っているらしく、演奏を頼んでくる。

 それと同時に、ドリーミアの妖精体が姿を現した。袖の長い、山吹色の服を着た妖精体の手にはフルートが握られている。俺と視線が合うと、ペコリと頭を下げた。そして、俺もてきぱきと譜面台を組み立て、そこにドリーミアの持っていた楽譜を広げる。

 そしてドリーミアは、再びヘレボラスに対して一礼してから姿勢を正し、タクトを振り始める。すると、フルートの優しくも楽しげな旋律が響き始めた。それを聞きつつ、俺は壁際に移動してスノードロップの隣に立つ。

 ヘレボラスはその旋律が気に入ったようで、目を閉じながらこくこくとゆっくり頷いている。リズムに乗っているのが、注意深く見てみると分かった。

 そんなヘレボラスが、件の侵略者のデュエルで傷ついたと思うと胸が痛む。そしてその侵略者、さらに天老を以前襲った、同じ目的を掲げる襲撃者に対する怒りが込み上げてくる。

 だけど今は、少しでもヘレボラスの気が紛れればと願った。

 

 ドリーミアが楽譜の最後のページ、最後の小節まで指揮を終えると、妖精体も演奏を終える。

 終わったのを確認したヘレボラスは、控えめに手をぱちぱちと叩いた。

 

「ありがとう。とても良い演奏でした」

「どういたしまして」

 

 ヘレボラスに褒められて、ドリーミアは恭しく頭を下げる。ドリーミアの妖精体は、得意げに、元気よく頭を下げた。

 

「ここ最近気分が沈みがちだったから、貴女の演奏がとても心に響きました。何だか、心が少し楽になったというか、そんな気持ちです」

「それは良かったです」

 

 にこっと笑うヘレボラス。この部屋に入ってきた時よりも、大分表情は穏やかになっていた。妖精体の演奏は、ちゃんと効果があったらしい。

 すると、壁際にいたスノードロップがヘレボラスに歩み寄る。

 

「ドリーミア様、ありがとうございます」

 

 まずは、演奏したドリーミアたちにお礼を告げる。それから、ヘレボラスに向き直った。

 

「大丈夫? ヘレボラス」

「はい、ドリーミア様のおかげで」

「よかったわ……」

 

 スノードロップも、ヘレボラスがある程度回復した事に安心しているらしい。同じ仲間だと言っていたから、落ち込む姿を見るのはつらかったろう。

 けれど、そのスノードロップが何かを続けようとしているのか、ヘレボラスは察したらし。また眉が下がってしまう。

 

「……デュエル、でしょうか?」

 

 スノードロップがこくりと頷く。やはりそれについても、事前に話をしていたようだ。

 気が進まないだろう事は、もう声の感じで伝わってくる。こちらとしても、デュエルに後ろ向きな姿勢の彼女と戦うのは正直気が引けた。

 

「ヘレボラス」

 

 すると、スノードロップがヘレボラスの肩に手を添えて、膝を屈めてヘレボラスと視線を合わせる。その表情は、聖母のように穏やかだ。

 

「私たちは『六花』の皆を守るために、率先して戦わなければならない。この間のようにね」

「はい……」

 

 OCGにおいてスノードロップとヘレボラスの共通点は、メインデッキに入る「六花」の中で最もレベルが高い8である事。だからこの世界で、2人は六花の皆を率いるようになったのだろう。

 とはいえ、ドレミコードをはじめとしたデュエルモンスターの、精霊界における出生や起源に触れるのは、生半可な覚悟では厳しそうだ。今はひとまず脇に置いておく。

 

「勿論、皆を守るために戦うのは簡単ではないわ。戦いの中で仲間が傷ついてしまう事もある。もちろんそれがなければなければ一番いいけれど、そうなったら、その責任はこの命が尽きるまで背負わなければならないと、私は思っている」

 

 ヘレボラスの視線が上がる。

 俺はその時そこにいなかったから、スノードロップがあの侵略者とどのようなデュエルをしたのかは分からない。けれど、その余波でヘレボラスが傷つくほどだから、きっと熾烈を極めるものだったのだろう。

 そして今のスノードロップの発言は、自分自身への戒めのように聞こえた。それにヘレボラスも気づいただろう。

 

「戦わなければ、それ以上に仲間が傷つき、命を落とす。こんな役割を負わせてしまうのは心苦しいけれど、貴女が共に戦ってくれるのであれば、私はとても安心する。それだけで気持ちが強くなるの」

「……ですが私は、怖いのです」

 

 ヘレボラスが俯きながら答えた。

 

「あのデュエルを見て、傷ついて……戦うのが怖くなってしまったんです……。皆を守る立場にいながら、こんな事を考えてしまうなんて」

「私も怖かったわ。あのデュエルでもね」

 

 何て事のないようにスノードロップが告げ、ヘレボラスは驚いたように顔を上げた。

 

「あの侵略者の苛烈な攻撃は怖かったし、負けてしまったらどうなるのかとも、恐れていた」

「スノードロップ様が……?」

「ええ。でも、それ以上に皆が傷ついてしまうのが、皆を失ってしまうのが怖かった。だから、戦い抜いた。結果として、あなたが傷ついてしまったのは私の落ち度でしかないけれど……」

 

 淑やかなスノードロップを、ヘレボラスはそんな事を思う人と思っていなかったらしい。

 少しだけ間を挟んで、スノードロップはさらに続けた。

 

「私ひとりだけでは、皆を守るのにまだ力が足りない。だから、貴女に力を貸してほしい」

 

 そしてスノードロップは、膝の上で寂しげに握られているヘレボラスの両手を包むように握った。

 

「私は貴女を、皆を、この世界を守りたい。失うのはとても恐ろしいから」

「……っ」

「貴女にも皆を守れる力が宿っている。今はそれを見失っているけれど、思い出してほしいの」

 

 その見失ってしまった力を取り戻すためのデュエルを、俺がするわけだ。実に実に責任重大と言える。いつの間にか隣に立っていたドリーミアが、肘で脇腹を小突いてきた。

 それに気づいたか、ヘレボルスが俺を見る。デュエルディスクを嵌めているので、多分俺がその相手をするのだと理解したのだろう。

 どんな反応をすればいいかも分からなくて、ひとまず笑顔を返しておく。のしかかるプレッシャーは、さっきよりもずっと増している。だが、ヘレボラスに元気になってほしいのは確かだ。だからもし、望むのならその相手は受ける。

 やがてヘレボラスは、スノードロップを見てこくりと頷く。

 覚悟は決まったようだ。

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