バトレアス LP3100 手札2
【モンスターゾーン】
【魔法&罠ゾーン】
冥界の宝札
ヘレボラス LP50 手札1
【モンスターゾーン】
六花聖ティアドロップ ATK3200 ランク8
【魔法&罠ゾーン】
伏せカード1
グラヴィティ・バインド-超重力の網-
起き上がったヘレボラスは、恐怖で足が震えているのが自分で分かった。
目の前に立ちはだかる、山よりも巨大な混沌巨人。その攻撃で、自分のライフは最早風前の灯火。モンスターも2体失ってしまった。
デュエルの前は全力で戦うと言ったし、バトレアスもそれに則ったのだろう。けれどまさか、ここまで劣勢に立たされるとは思ってもいなかった。
見上げると、混沌巨人の赤い瞳がこちらを見下ろしているのが目に入る。
デッキのモンスターを融合素材にするという、変則的な方法で召喚されたモンスター。
だけどその融合召喚は、つい最近目にしたばかりだった。
――《
先日、この六花の世界に突然踏み込んできた黒い鎧の男。
この世の歪な秩序を正して世界を作り直すとか、いきなりやってきて正気の沙汰とは思えない目的をいきなり告げて、いきなり協力を申し出てきた。そして、曲がりなりにもみんなのリーダーであるヘレボラスはそれを拒絶し、スノードロップも同様だった。
結果として、力づくで言い聞かせるとばかりに男はデュエルを挑み、それに応じたのはスノードロップだ。
デュエルはほぼ互角だったが、男の使うモンスターの攻撃は苛烈で、戦っていたスノードロップだけでなく、傍で観戦していたヘレボラスにまでダメージが及んだ。
――私の仲間に手を出して、相応の代償は覚悟の上ですよね?
ヘレボラスが傷ついたのを見た途端、スノードロップは静かに怒りを露わにした。それを聞いた時、同じ仲間であるにも関わらず、ヘレボラスは恐怖した。そしてスノードロップはデュエルで男を圧倒し、追い払った。
そうして危機は去ったのだが、それでもヘレボラスの中には痛みが残った。
傷は癒えている。けれど心は、まだ治っていなかった。
あの時のデュエルは、まさに実力が拮抗し合う真剣勝負。ヘレボラスに同じような事ができるとは思えなかった。そして、観戦している間に受けてしまった傷の痛みが、自分の矮小さを強調するかのように蘇ってくる。
「……っ」
自分の腕を、自分で押さえる。そうでもしなければ、またその時の事を思い出して、逃げ出しそうになるから。
「ヘレボラス、しっかりして!」
「ライフはまだ残ってる! 諦めるにはまだ早いって!」
デュエルを観ていたボタン、さらにプリムが声をかけてくる。ヘレボラスは、そちらを見て曖昧に笑って首を振る事しかできない。大丈夫と伝えるには説得力がなさ過ぎた。
そして、混沌巨人の後ろにいるバトレアスに視線を移す。
敵意はなく、こちらの事を対等な相手としてみていた。スノードロップに言われた通り、自分が成長するための乗り越えるべき壁、試練、腕試しの相手になってくれている。
それに応えたい。その思いは無駄にしたくない。そう思っていてもデュエルを続けるのが怖くなってきた。
その時、何かの音色が聞こえてくる。
「……?」
フルートの音色。それは、スノードロップの隣でデュエルを観戦していたドリーミアが発しているものだ。より正確には、彼女が呼び出し指揮を執っている妖精体が奏でている。
「ヘレボラス」
そして、スノードロップが話しかけてきた。
厳しい表情はない。穏やかで、雪解けの季節を予感させるような、優しい笑顔だ。
「あなたの痛みは分かる。どれだけ怖い思いをしているのかも、全部じゃないけど理解はできるわ」
「スノードロップ様……」
「けれどあなたは、とても強い。持つべき力を持っているけれど、それに気づけていないだけ……」
そう言って、フルートの音色を傍らに、スノードロップはこちらへと手を差し伸べてきた。
「私は、あなたがその力を開花させると信じている。そしてそれを、ずっと信じて待ち続けているわ」
告げられた瞬間に、心に蔓延る痛みを引き裂くように、過去の記憶がよみがえってきた。
* * *
自分たちは、姿かたちは人間と同じだが、本質は全く違う。
この世に生を受けた瞬間、その時に見たもの、聞こえたもの全てを明確に覚えている。自分の身体はその時から衰えも若返りもせず、どれだけ時間が経っても変わる事はない。
だから私も、生まれた時からこの姿だった。「六花」と呼ばれる集団の一員である事も、その瞬間から理解できた。
けれど、私が皆の上に立って導く事になるなんて思わなかった。荷が重すぎるとも思って、弱音を吐いてしまった。
「あなたに皆を導いてほしいと思ったのは、決して気まぐれではないのよ」
しんしんと雪が降る、ある日の事。2人で雪見をしているとき、スノードロップ様がそう話しかけてくれた。
「あなたは皆の長所も短所も知っている。皆の事をよく知っているからこそ、皆を導く事ができると私は思ているわ」
「でも、それは……同じ仲間ですから。知っておかないとと思っただけで」
「それが中々できないのよ。私だって、もっと皆の事を知りたいとは思う。けれど、私はどうしても知ろうとする事に恐怖してしまって、踏み出せない……」
スノードロップ様はそう言って、私の肩に手を添えてくれた。
皆の事を知ろうと思ったのは、同じ仲間だから知っていたいと思ったにすぎない。仲間なのに不干渉では窮屈だし、それにこの世界は雪の中にあるからこそ、距離が開けば開くほど孤独感が強くなってしまうから。
「だけどあなたは、仲良くなりたいと思う一心でみんなの事を知ろうとし、そんなあなたに応えて皆も自分の事を話してくれる。私も皆をまとめようとしているけれど、あなたと私では導き方が違うのよ」
降っている雪が、いつしか穏やかになっているのに気づいた。
「それにあなたは、確かに気弱なところがある。だけど決して、逃げ出さなかった。弱音は聞いたけれど、だからと言って下りようとはしなかったでしょう? それも、あなたの長所よ」
そうしてティアドロップ様は、私から手を離して、微笑みを深める。
「そして何より、あなたは心優しい。だからこそ、あなたは仲間が危機に陥っても見捨てようとはしない、守り抜くという選択肢を迷わずに選ぶ」
その時はまだ、私はそんな状況になった事がない。けれどもしそんな事になれば、私はどうするだろう。
考えてみたけれど、やはり私はスノードロップ様の言った通りの行動を選ぶと思う。
だって、仲間なのだから。
見捨てるなんて、あり得ない。
「それは、皆を率いる人にとっての絶対条件みたいなもの。だけど今のヘレボラスは、とても貴い意思があっても力はまだついてきていないのは確かね」
スノードロップ様は、自分の左腕に嵌めている白い円盤状の機械――デュエルディスクを撫でる。私の腕にそれはない。
「その優しさを忘れなければ、あなたにも戦う力が生まれる。そうしたら、私とあなたで皆を守れるようになる。今までよりもずっと強く、完璧に」
「スノードロップ様……」
「そして私たちは、皆で笑って、一緒にいられる」
そして私の手を、そっと握ってくれた。
「あなたは強くなれると信じている。そうなる日を、ずっと待っているわ」
* * *
あの日、スノードロップにそう言われて……信じていると言ってもらえたその日、ヘレボラスは頷いた。
いつか、あなたに追いついて見せると、誓った。
それを思い出した途端、脚の震えが収まった。心に巣食う痛みが、消え去った。不思議と、フィールドの外で吹き荒れる吹雪の勢いが弱まった気がする。
「……俺はこれで、ターンエンド」
ヘレボラスが立ち直るのを待っていたかのように、バトレアスがエンド宣言をする。
そこで、ヘレボラスは強く腕を振った。
「エンドフェイズに、墓地のひとひらを自身の効果で特殊召喚! さらにティアドロップの攻撃力は元に戻る」
再びティアドロップのすぐそばに白い花が咲き、小さな白い妖精が姿を見せた。さっきよりも、自信満々そうな表情で。
六花のひとひら
DEF0 レベル1
六花聖ティアドロップ
ATK3200→2800
「私のターン、ドロー!」
ドローしたカードを見る。その巨躯でこちらを見下ろす《古代の機械混沌巨人》は未だ脅威だが、排除する手段がないわけではない。だがその前に、まずは今引いたカードを使わせてもらう。
「《貪欲な壺》発動! 墓地のシクラン、プリム、ボタン、エリカ、カンザシをデッキとエクストラデッキに戻し、2枚ドロー!」
魔法陣から5人の「六花」が現れる。その5人ともが、ヘレボラスを見て頷き、それぞれのいるべき場所へと戻っていく。そして新たにドローしたカードを見て、ヘレボラスは頷く。
「私もこのカードを使わせてもらいます。《サイクロン》発動!《古代の機械蘇生》を破壊します!」
フィールドに突如現れる竜巻。それはうねりを見せながら厄介な蘇生札を破壊する。
「ひとひらの効果を発動し、デッキからシクランを手札に加えます。そして魔法カード《フレグランス・ストーム》発動! フィールドの植物族モンスター1体を破壊し、カードを1枚ドロー!」
破壊するモンスターはひとひら。対象に選ぶと、ひとひらはヘレボラスを振り向いてガッツポーズを取り、姿を消した。その姿になんとしても応えなければ、と思いながらカードをドローする。これが植物族モンスターなら公開する事でさらにドローできるが、引いたのは永続魔法。だがとても使えるカードだ。
「永続魔法《種子弾丸》発動! このカードは、植物族モンスターが召喚・反転召喚。特殊召喚される度にプラントカウンターを1つ置きます。そしてシクランを召喚!」
フィールドに現れるシクラン。現れると、くすりと笑った。
六花精シクラン
ATK1800 レベル4
「モンスターが召喚された事で《古代の機械城》にカウンターが1つ置かれる」
「《種子弾丸》にもプラントカウンターを1つ置きます」
《古代の機械要塞》のさらに上に聳える《古代の機械城》に明かりが1つ灯る。
そしてヘレボラスのフィールドにある《種子弾丸》のカードから、ハエトリグサのような植物が生え、葉が1枚増えた。
古代の機械城
カウンター2→3
種子弾丸
プラントカウンター0→1
「そして《六花のしらひめ》は手札から特殊召喚できます! ただし、このしらひめがいる限り、私は植物族モンスターしか特殊召喚できません」
シクランの隣に、ひとひらが成長したかのような姿のモンスター。その背丈はシクランと比べると小さいが、表情には自信が見て取れる。
六花のしらひめ
DEF0 レベル4
種子弾丸
プラントカウンター1→2
「レベル4のシクランとしらひめでオーバーレイ!」
2体の六花が水色の光となって舞い上がり、地面に出現した光の渦へと吸い込まれる。
「2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚!」
光の渦が弾けると、子供の背丈ほどのモンスターが姿を見せた。
「深雪の大地を軽やかに舞う、可憐な一輪!《六花聖ストレナエ》!!」
それは、カンザシやティアドロップ同様雪の模様の傘を持つ、パステルカラーのドレスを着た少女。天真爛漫な笑顔でフィールドに現れ、ぺこりとお辞儀をした。
六花聖ストレナエ
ATK2000 ランク4
種子弾丸
プラントカウンター2→3
「ストレナエの効果発動! オーバーレイ・ユニットを1つ使い、墓地の『六花』カード1枚を手札に戻します。私が戻すのは《六花来々》!」
ストレナエが傘を振り、オーバーレイユニットの1つに当てて空へと向ける。広がった傘が光を放ち、その中から《六花来々》のカードがヘレボラスの手に舞い戻った。
六花聖ストレナエ
ORU2→1
「そして手札に加えた《六花来々》を発動!」
再びフィールドが変わり、しんしんと雪が降る穏やかな雪原となる。空は黄昏時のような明るさを帯びていた。
「この効果で、私はデッキから通常魔法《六花絢爛》をセットして、発動! このカードは自分フィールドの植物族モンスター1体をリリースして発動する事もできます。そして《六花来々》の効果で、1ターンに1度だけ、私が『六花』カードの効果を発動するために必要なリリースを相手フィールドから利用できます!」
「ッ!!」
「よって私は、《六花絢爛》のコストとして《古代の機械混沌巨人》をリリース!」
直後、混沌巨人を中心に雪の嵐が巻き起こり、混沌巨人が飲み込まれて消失する。観戦していたボタンやプリムがガッツポーズで喜びを露わにした。
魔法・罠カードの効果を受けない混沌巨人によって先のターンは致命的なダメージを負ったが、コストにする事はできる。ティアドロップの効果を使ってリリースしてもよかったが、まだバトレアスが何かしらの手段でモンスターを呼び出すかもしれない。それに備えておいた。
「《六花絢爛》の効果により、デッキから『六花』モンスターであるボタンを手札に加え、さらにモンスターをリリースして発動した事でボタンと同じレベルの植物族のエリカを手札に加えます。そしてモンスターがリリースされた事で、ティアドロップの効果発動! 攻撃力を200ポイントアップ!」
六花聖ティアドロップ
ATK2800→3000
「そして私は、ストレナエをリリースしてボタンを特殊召喚!」
ストレナエが姿を消し、ボタンが入れ替わるように現れた。
六花精ボタン
DEF2400 レベル6
種子弾丸
プラントカウンター3→4
「モンスターがリリースされた事でティアドロップの効果を、さらにリリースされたストレナエの効果を発動! ストレナエがオーバーレイ・ユニットを持ったままリリースされた場合、エクストラデッキまたは墓地から、ランク5以上の植物族エクシーズモンスター1体を特殊召喚し、このカードをオーバーレイ・ユニットにできる!」
フィールドに現れた魔法陣からストレナエが現れ、水色の光となって空へと吸い込まれる。
「ブルーミング・エクシーズ・チェンジ! 再び咲き誇れ、《六花聖カンザシ》!!」
フィールドに降り立ったカンザシ。その傍らに半透明のストレナエが現れ、カンザシを見て頷くと水色のオーバーレイ・ユニットに姿を変えて周りを漂い始める。
六花聖カンザシ
ATK2400 ランク6
六花聖ティアドロップ
ATK3000→3200
種子弾丸
プラントカウンター4→5
「ボタンが特殊召喚した事で、私はデッキから《六花の風花》を手札に加えます。さらに、《種子弾丸》の効果発動! プラントカウンターが置かれたこのカードを墓地へ送る事で、置かれていたカウンター1つにつき500ポイントのダメージを相手に与える!」
《種子弾丸》のカードを墓地へ送ると、フィールドに生えていたハエトリグサの花弁から、野球ボール大の種が5つバトレアスへと放たれた。
「ぐっ……!」
バトレアス LP3100→600
「よし、あとちょっとだよヘレボラス!」
「いっけー!」
ボタンとプリムが応援してくれている。
バトレアスのライフは残り600。フィールドに伏せカードはない。手札2枚は少々気になるが、仮にモンスターを破壊する効果があるとしてもカンザシの効果で対処は可能。攻めないわけにはいかない。
「バトル! カンザシで、ダイレクトアタック!」
カンザシが氷の傘を構えると、雪を帯び始めた。
この攻撃が通れば、勝てる。
攻撃宣言をした瞬間に、思う。
(このまま、勝たせてあげたいな……)
さっきの混沌巨人の攻撃で、ヘレボラスの心は挫けかけた。けれど、ドリーミアの演奏とスノードロップの言葉で、ヘレボラスは何か大切な事を思い出したらしい。その時から、ヘレボラスの空気が変わって、デュエルに対する姿勢も力強いそれとなった。
きっと、ヘレボラスはもう大丈夫だ。自信を取り戻して、心が前に向いている。ドリーミアの演奏の効果もあるだろうけれど、ドリーミアはあくまで手助けをしただけだ。ヘレボラスが変わったのは、自分の意思によるものだろう。
そして、そんな立ち直ったヘレボラスを勝たせて、自信をより強くさせたいと思っているのも事実。
だが、全力で戦えと言われた以上は手が抜けない。それに手を抜いてしまうと、折角立ち直ったヘレボラスに対しても失礼だと思った。
「相手モンスターのダイレクトアタック宣言時、手札の《速攻のかかし》を捨てて効果発動! その攻撃を無効にし、バトルを終了する!」
「ッ……!」
手札からカードを捨てると、ロケットブースターの付いたかかしがフィールドに現れ、カンザシの傘から放たれた氷の槍を受け止めて破壊される。首の皮一枚でどうにか躱す事ができてほっとした。
「……メインフェイズ2で《六花の風花》を発動し、私はターンを終了します。ティアドロップ様の効果も終了し、攻撃力は元に戻ります」
六花聖ティアドロップ
ATK3200→2800
「ドンマイ、ヘレボラスさん!」
「次は絶対行けますよ!」
あと一歩届かなかったものの、シクランとエリカが励ます。それを受けたヘレボラスも、そちらを見てこくりと頷いていた。その様子を見て、スノードロップは微笑む。
「……もう大丈夫ですね」
その言葉の意味を、ドリーミアは理解できた。
デュエル前はおどおどした感じだったヘレボラスが、今や自信に満ちた表情だ。そして、後ろ向きな気持ちで始めたデュエルにも気合が入り、バトレアスを敗北寸前まで追いつめている。
もう、気弱だったヘレボラスはいない。立ち直ったとみていいだろう。自分の演奏があってこそ、とは言えない。あくまでもドリーミアは、力添えをしただけだ。ヘレボラスは、ほぼ自力で立ち直った。それがドレミコードの使命として、ごく自然であるから良いのだが。
「後は、このデュエルでヘレボラスが勝てればなおよいのですが……」
そしてスノードロップは、バトレアスの方に視線を移す。
ライフはあっという間に600まで減り、手札は1枚だけ。《古代の機械蘇生》も失くし、残っているのは3枚の永続魔法。
対するヘレボラスは「六花」モンスターを3体従え、《グラヴィティ・バインド》も健在。《六花来々》と《六花の風花》に、セットされた《六花深々》まである。
一見すれば、ヘレボラスが優勢だ。
けれどドリーミアは、バトレアスの表情を窺う。余裕はなさそうだが、まだ勝負を諦めている風ではない。彼のデュエルを見るのはこれで3回目だが、ミューゼシアとのデュエルでは最後に逆転して見せた。それに、自分の知らないところではクルヌギアス相手にも勝利したというし、正直なところこのままヘレボラスが押し切るかと言われれば微妙だった。
「……どう転がるかは、分かりませんね」
だからこそ、スノードロップの問いとも言えない言葉には、そう返した。
「俺のターン、ドロー!」
《速攻のかかし》に救われたとはいえ、《古代の機械蘇生》を破壊されたために大分戦略の幅が狭まってしまった。それにティアドロップとカンザシのオーバーレイユニットは残っているし、魔法・罠カードも潤沢。ヘレボラスのフィールドは、【六花】でもかなり理想的なフィールドに仕上がっている。
しかも《グラヴィティ・バインド》のせいで、こちらは攻撃もままならない。このデッキでの数少ない抜け穴にしてフィニッシャーとなりえた混沌巨人も退けられたので、勝機はかなり薄くなっていた。
だから、今ドローしたカードはとてもありがたい。
「俺もこのカードを使わせてもらいます。《貪欲な壺》を発動! 墓地の《速攻のかかし》《古代の機械混沌巨人》《
奇しくもヘレボラスが使ったのと同じカード。これで、デッキとエクストラデッキの戦略の幅が多少は広まったが、どちらにせよこの2枚のドローカードは重要だ。
引いてみるが、またしてもモンスターカードはない。このデュエル、未だに自力で引けたモンスターは《速攻のかかし》だけだ。けれど、この手札で勝利ないし相手のフィールドを狂わせる事はできる。
「墓地の《
「え……?」
墓地からカードを除外すると、これまでこちらの布陣を強固にしてきた要塞が陥落する。その上に立っていた城は、土台が崩れるとエレベーターのように下へ落ちて地面に建った。そしてその中から転がって出てきたのは、何かのパーツにも見える大小2つの歯車が嵌っている小さな鉄の棒だ。
ヘレボラスは、トークンを1体生成できるとは言え、優位に立てるカードを自分から破壊した事に疑問を抱いているらしい。
古代の歯車トークン
DEF0 / ATK0→0 / 300 レベル1
「破壊された要塞の効果発動。手札または墓地から『アンティーク・ギア』を1体特殊召喚できる。墓地より《
崩落した要塞から、機械仕掛けの小柄なドラゴンが羽ばたいてフィールドに舞い降りる。
古代の機械飛竜
ATK1700→2000 レベル4
「飛竜が特殊召喚した事で、効果を発動。デッキから――」
「私はそれに対し、フィールドのボタンをリリースして墓地のしらひめの効果を発動! その発動を無効にし、しらひめをデッキに戻します」
魔法陣から現れたしらひめが、飛竜の頭を指でつつく。すると飛竜は項垂れてしまい、効果を発動する兆しを見せなくなった。要塞の強みである「アンティーク・ギア」に対してのチェーン不可がなくなり、早くもその弊害が生まれてしまう。
「私のフィールドの『六花』がリリースされた事で、ティアドロップ及び風花の効果が発動! 風花の効果で、あなたはモンスターを1体リリースしなければなりません」
「なら《古代の歯車トークン》をリリースする」
「そしてティアドロップ様の攻撃力はアップします」
六花聖ティアドロップ
ATK2800→3000→3200
《古代の歯車トークン》が雪のように消え去る。あの効果はモンスターに作用するのではなく、プレイヤーにリリースを強制する効果。だからあれも、効果耐性を無視して除去する事ができるのだ。
だが、これでヘレボラスの妨害を1つ減らす事ができた。
「魔法カード《
「!?」
発動した《古代の機械爆弾》のカードから、歯車とゼンマイが取り付けられた、バスケットボール大の爆弾がごろりと転がり落ちる。
それを見て、残りライフ50のヘレボラスは血相を変えたように腕を振った。
「ティアドロップの効果発動! オーバーレイ・ユニットを1つ使って、飛竜をリリースします!」
六花聖ティアドロップ
ORU1→0
ティアドロップのブーケにオーバーレイ・ユニットが吸収され、それを放り投げると寒色の花びらが飛竜にへばりつく。凍り付いた飛竜は儚くも砕け散ってしまった。
「《古代の機械爆弾》の効果で破壊できなければ、私にはダメージが入りません。そしてモンスターがリリースされた事により、再度ティアドロップの効果が発動。さらに、カンザシの効果も併せて発動! オーバーレイ・ユニットを1つ使って、あなたの墓地の《
カンザシが自らの周りを漂うオーバーレイユニットに傘を当てた。
六花聖カンザシ
ORU1→0
フィールドに魔法陣が現れ、パーツが凍り付き蔦が巻き付いた熱核竜が蘇る。今回のデュエルではこんな役ばかりだな、と同情してしまった。
古代の機械熱核竜
ATK3000→3300 レベル9
六花聖ティアドロップ
ATK3200→3400
だが、これでティアドロップの効果も使わせる事ができた。《六花来々》の効果で飛竜をコストに《六花深々》を発動しなかったのは、墓地にいる「六花」の種類がまだ不十分で、俺が対象に取れないモンスターを召喚した場合に備えて先に使っておいたのだろう。
さらに妨害を使わせた事で、プレッシャーが和らいだ。
「俺のターンに相手がモンスター効果を発動しているため、魔法カード《三戦の才》発動。その効果でカードを2枚ドローする」
「ここでまたドローを……」
コントロールを奪取しても《六花深々》でリリースされる。最後のヘレボラスの手札はエリカだと知っているし、それを墓地へ捨てさせたところでそれに続く手立てはない。だからドローする効果を選んだ。後、状況的にそうすべきであったとしても、コントロールを奪う効果は個人的に使いたくない。
とにかく、この2枚で本当に勝負が決まる。これでもし有効なカードが引けなければ、次のターンで負けだ。ただし、モンスターを引いても《六花深々》でリリースされるし、《グラヴィティ・バインド》で攻撃もできない。攻撃反応型の罠カードを引けたとしても、このターンは既に飛竜の効果が(無効にされたとはいえ)発動しているため、そのデメリットでもうセットする事ができないから腐る。
何とかいいカードが来てほしい、と念じながらドローすると。
「……よし」
「?」
引いた2枚のカードを見て、頷く。最良のカードだ。
そんな俺を見てヘレボラスは小首を傾げるが、その答えをもったいぶるつもりはない。
「《ハーピィの羽根帚》発動。相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する!」
言わずと知れた魔法・罠の全体除去。長らく禁止カードだったが解禁され、ストラクチャーデッキにも普通に収録されるようになった。この【アンティーク・ギア】にも便利なカードとして投入していたので、それをこのタイミングで引けたのはまさに僥倖。
その名の通り、小さな羽根帚がカードから現れると、ヘレボラスの場の魔法・罠カードを掃ってしまおうとする。
「くっ……カンザシをリリースして《六花深々》を発動! 墓地の『六花』モンスター、スノードロップとボタンを守備表示で特殊召喚!」
せめて壁モンスターを増やそうとしたのと同時、本当はこちらのモンスターをコストにして使いたかったであろう事が、悔しそうな表情から見て取れた。
雪の結晶で彩られた魔法陣からスノードロップとボタンが現れ、ぺたんと座る。
六花精スノードロップ
DEF2600 レベル8
六花精ボタン
DEF2400 レベル6
直後、羽根帚によってヘレボラスの魔法・罠カードが一掃される。厄介な《グラヴィティ・バインド》も、《六花の風花》も、《六花来々》も根こそぎ破壊された。そして、フィールド魔法によって変わっていたフィールドの景色も元に――
「……あれ?」
疑問を呈したのはプリム。だが俺だって、同じような感想を述べたかった。他の六花たちも同様に、不思議そうに周囲を見ている。
フィールド魔法は確かに破壊された。だから、さっきみたく分厚い雲と猛吹雪の世界に戻るはずなのに、景色がまったく変わらない。空を覆っていた雲には少しばかりの光が宿り、雪はしんしん穏やかに降っている。なんというか、風情を感じられる雪の模様だ。
そういえばスノードロップから、天候はヘレボラスの精神にも左右されやすいと聞いた。つまり、ヘレボラスの心が立ち直ったからこそ、この景色があるのだろう。
これが本来の「六花」の世界というわけだ。
「ヘレボラスさんの魔法も罠も全部破壊されちゃった……」
「でも、ヘレボラスさんのモンスターの攻撃力と守備力は高い。それにあの人のフィールドにはモンスターがいないし、これなら……」
そしてシクランとエリカが話しているのが聞こえる。
確かに、バックを破壊できたとは言えモンスターの数的に有利なのはあちらだ。しかもそのうちの1体は、俺の墓地から特殊召喚された熱核竜。
けれど、さっきの《三戦の才》で引いたカードと、残り1枚の手札、そしてフィールドのカードで巻き返しは可能だった。
「《古代の機械城》の効果。『アンティーク・ギア』をアドバンス召喚する際、必要なリリース以上のカウンターが置かれているこのカードを代わりにリリースできる!」
「な……!?」
「よって、カウンターが3つ置かれている《古代の機械城》をリリースして、《古代の機械巨人》を召喚!」
《古代の機械城》が消失し、現れるのは機械仕掛けの巨人。最後の最後で自力でドローできたのは、アニメを知っている俺からすれば何とも数奇な巡り合わせと思えるモンスターだった。
古代の機械巨人
ATK3000 レベル8
古代の機械熱核竜
ATK3300→3000
《古代の機械城》がなくなった事で、ヘレボラスが蘇生した熱核竜の攻撃力も元に戻る。これで互角に持ち込む事ができた。
「このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない」
もっとも、ヘレボラスの場にもう魔法・罠カードはないし、手札のカードもエリカと分かり切っているから完全な蛇足だ。
そして、この《古代の機械巨人》は貫通効果を持っている。だから、守備表示のエリカやスノードロップに攻撃しても戦闘ダメージを通して勝利できる。
だが、このモンスターをフィールドに呼び出した瞬間、ヘレボラスだけでなく彼女のフィールドにいる「六花」たちの表情が硬くなった。恐らくは、破壊される事を覚悟しているのだろう。それは、ミューゼシアやクルヌギアスとのデュエルで使った俺が使った「ドレミコード」のように、意思が宿っているようだ。
だからこそ、攻撃するのを少し躊躇う。何せ、彼女たちと同じ姿をしている少女たちら、今もデュエルを観ているのだから。
クルヌギアスとのデュエルで、俺がモンスターとしてフィールドに出していた《シドレミコード・ビューティア》が破壊された時、観ていたビューティアは大層なショックを受けていた。ビューティアだけがそうだとは思わないが、自分と同じ姿のモンスターが破壊されるのは、見ていていい気分がしないだろう。
それに、俺は前のターンに混沌巨人で「六花」に攻撃をし、ヘレボラスの心を挫きかけた。だから余計に、それをするのが自分でも気分が悪い。
「バトル!《古代の機械巨人》で《古代の機械熱核竜》を攻撃!」
『え!?』
故に俺が攻撃対象に選んだのは熱核竜。そのデュエルを見ていた全員が、驚きの声を上げる。このまま攻撃したところで、一切の意味がないからだ。
しかし、真っ先に立ち直ったのはヘレボラスだった。
「私は手札のエリカをリリースして効果発動! 戦闘する植物族モンスターの攻撃力を1000ポイントアップ! 熱核竜はカンザシの効果で植物族になっています!」
古代の機械熱核竜
ATK3000→4000
こちらの意図が理解できなくても、勝利を確実なものにするためにエリカの効果を発動した。
熱核竜の口が開き、赤いエネルギーが蓄積され始める。このままバトルが成立すれば、1000ポイントの反射ダメージを受けて俺が負ける。デュエルを見ている「六花」たちも、
しかしながら、こちらの手札に残った最後の1枚は単純にして強力な、機械族サポートカード。
「速攻魔法《リミッター解除》発動! 機械族モンスターの攻撃力を2倍にする!」
「あ……」
ヘレボラスもこのカードは知っていたようで、それが明らかになった途端に表情が愕然とした。
古代の機械巨人
ATK3000→6000
「アルティメット・パウンド!!」
攻撃名と共に、《古代の機械巨人》が痛烈な右ストレートを熱核竜の胸にあるコアに打ち込む。瞬間、パンチを受けてひしゃげたコアが強烈な赤い光を放ち、熱核竜は機械的な叫び声をあげて爆発した。
ヘレボラス LP50→0
デュエルが終了した事を告げるブザーが鳴り響く。フィールドにいたモンスターが姿を消し、それを確認してから俺はヘレボラスの下へと歩く。
「ヘレボラス様、大丈夫ですか?」
地にお尻をつけた状態で座り込んだヘレボラスに手を差し出す。こちらを見上げたヘレボラスの表情は穏やかで、デュエル前と違って迷いのない澄んだものだ。
「……ありがとうございます」
そして手を取って、ヘレボラスは立ち上がった。
「お見事でした。あと一息だったのでしたが……」
全力でと言われた通りに戦った結果だからか、負けてもヘレボラスは気にしていないようだった。
けれど、まだ思い残す事はある。
「……デュエル中は、申し訳ございませんでした」
「何を謝る事があるのですか?」
「あなたやスノードロップ様の言葉通りに、自分は全力で挑みました。ですが、それであなたには嫌な事を思い出させてしまったようですし、あなたの仲間にも危害を加えてしまいました……」
「それは、デュエルですから仕方ありません。皆もそれは承知の上です」
ヘレボラスの視線が、デュエルを見ていた六花たちに向く。それは聞こえていたらしく、観ていた六花たちも頷いている。モンスターの六花を攻撃した事について、不満を抱いてはいないようだ。
「そして、確かにあなたとのデュエルで、例の侵略者のデュエルを思い出し、恐怖に屈してしまいそうになりました。だからこそ、私は昔交わした約束を思い出せたのです」
「約束?」
「はい。スノードロップ様と交わした約束を」
スノードロップを振り向くと、笑ってひとつ頷いた。その約束を、スノードロップは覚えているようだ。その内容については触れないでおこう。
そしてヘレボラスは、皆の方を向く。
「……ごめんなさい、皆。今まで弱いところを見せて、心配と迷惑をかけてしまいました。これからは、皆を守れるようにもっと努力します。だから、これからもよろしくお願いします」
そう告げて、ヘレボラスは頭を下げる。
それに対して異を唱える人は誰一人としていなかったし、スノードロップはその姿を見て深く笑った。
「……?」
その時、雲の合間から一筋の光が伸び、雪の舞台の一角を照らす。
その光の中に、さっきもデュエルで戦った《六花聖ティアドロップ》が佇んでいた。優しい笑顔を浮かべて。
「バトレアス、どうかしたの?」
「え、いや……」
ドリーミアが声をかけてきたが、ティアドロップに気づいた様子はない。ヘレボラスも六花の皆と話をしていて、やはり誰も気づいてはいないようだ。
もう一度、ティアドロップがいたところを見るが、既にそこには誰もいない。光も差してはいなかった。
幻だったのだろうか。何でも起きる精霊界では説明が難しいが、ヘレボラスの方を見て微笑んでいたのは、何かの良い兆しである事を願ってやまない。
◆
それから改めてスノードロップたちと話をし、ドリーミアが「報酬」を受け取ってから、俺たちは六花の屋敷をお暇した。
「お疲れ様」
屋敷を出て少し歩いたところで、ドリーミアが労ってくれる。デュエルに対してのものだろう。
「ありがとうございます」
「でも、ヘレボラスさんに花を持たせればよかったのに」
「それも頭を過りましたが、ヘレボラス様が全力で来た以上はこちらも全力で返すべきと思いまして」
落ち込んでいたヘレボラスに必要なのは成功体験だと、考えてもいた。ただ、わざと負けるのは簡単と言えば簡単だが、手を抜くのは相手を舐めている事にもなると聞いた事がある。全力で戦うよう言われたのもあって、ああしたのだ。
「で、最後の攻撃、何で熱核竜を攻撃したの?」
「?」
「あなたが《リミッター解除》を持っていて、しかもあの《古代の機械巨人》は貫通能力を持ってたはずよ。だから、どのモンスターを攻撃しても勝てたのに、何であなたは自分のモンスターを攻撃したのかって」
尋ねられたのは、誰もが疑った最後の《古代の機械巨人》の攻撃についてだ。ドリーミアもデュエルはまだできないが効果の知識はあるらしい。だからこその質問に、頬を掻き答える。
「……どれを攻撃しても同じなら、皆さんが見ている前でヘレボラス様の仲間を攻撃するより、自分のモンスターを攻撃した方がまだショックは小さいかと思いまして」
「気にし過ぎじゃないかしら? ヘレボラスさんたちもそう言ってたし」
「まあ、そこは人情みたいなものです。完全に自己満足ですから」
「……そ」
あくまで自分がそうすべきと思っただけの事だ。全部理解してほしい、受け入れてほしいとまでは言わない。だから、ドリーミアに拒絶されてもやむなしだが、そこまで言ってはこなかった。
「にしても、ドレミ界を襲ったやつがこっちにも来てるなんてね」
「……そうですね。まったく、腹立たしい話です」
ドレミ界や天老だけでなく、六花たちも襲われていた。しかも、デュエルで人の身も心も傷つけるなんて狼藉は決して許されるものではない。デュエリストの風上にも置けない奴だ。
「本当、何考えてるのかしら……」
ドリーミアが呟くが、俺としても「歪な世を正して秩序を成す」等理解できない。
それでもなお、あの侵略者の動向はもっと気を付けねばならないと思いながら、ドリーミアが開いたゲートを潜りドレミ界に戻った。