ドレミコードの従者は元人間   作:プロッター

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今回デュエル無し回です
予めご了承ください


第19話:転生者

 ドレミコードの屋敷には、洗面所や食堂などの至る所にアロマのディフューザーが置かれている。俺はアロマについて詳しくないが、何とも癒されるような感じがした。しかも、そう言う優しい香りがすると自然と心が穏やかになるので、こんな事なら一人暮らしをしている間に買っておけばよかったと少し後悔する。

 

 そんな香りを楽しみつつ、洗面所の掃除を終える。それから、掃除道具を片付けようと倉庫へ行こうとしたところで、ビューティアがこちらに気づいた。今日のお休みは、確か彼女ひとりだ。

 

「バトレアスさん。掃除は一区切りついたかしら?」

「ええ、何とか」

「それならちょうどよかったわ」

 

 言い方からして俺を探していたらしい。先に断りを入れて掃除道具を片付けてから、ビューティアの話を聞く事にした。

 

「実はこれからアロマを貰いに行こうと思うのだけれど、一緒に来るかしら?」

「え、よろしいんですか?」

「ええ。これから先、接する機会もあるでしょうし、お相手との顔合わせと、後は気分転換にどうかしらって」

 

 天使族の世界だからと言って、アロマが無尽蔵にあるわけではないらしい。食材もたまに外へ調達しに行っているから今更ではあるか。

 それよりも、気がかりな事はある。

 

「ミューゼシア様に許可を取るべきかと……」

「あ、それなら大丈夫よ。朝に念のため聞いておいたから」

「そうでしたか」

 

 ドレミコードへの依頼や、休日でもないのにドレミ界の外へ出た事はない。今日は屋敷にいるつもりだったから聞くべきだと思ったが、先にビューティアが手を打ってくれていた。

 そしてミューゼシアの許可が下りているのなら、大丈夫だろう。先日の「六花」の件で謹慎も解かれているようだし、大手を振ってとまではいかないが外へ出られる。

 こちらとしても断る理由はなくなったため、ビューティアの提案に乗る事にした。

 

「準備できました」

 

 デュエルディスクを腰に提げて、ビューティアの下に向かう。

 転生してから、どこへ行くにしてもデュエルディスクを持ち歩くようになってしまった。スマホが存在しないため、これを持っていかないとほとんど手ぶらになる。

 ちなみに、ファンシアと街に出かけた際に財布も買っており、それはポケットに入っている。収入源は今のところあの日のデュエルで得た賞金だけだが、その日以降金を使う機会がないため、最低限を財布に入れておき、残りは封筒に入れて机の引き出しに保管していた。

 

「それでは、行きましょう」

「ちなみに、そこへ行くにあたって注意する事などは?」

「いいえ、大丈夫よ。そこまで肩肘張らなくて大丈夫、相手方はとても親しい方だから」

 

 注意事項なども一応聞いておく。ビューティアは安心させるように答えてくれるものの、申し訳ないが気は抜けない。何が起こるか分からないのがこの世界だ。

 そしてビューティアは、休日のファンシア同様に玄関でゲートを開く。先導するビューティアに続いて、俺もそのゲートを越えた。

 

 待ち受けていたのは、澄み渡った青空と、周りに森が広がっている、穏やかな雰囲気の世界だ。天老の時と似ているが、目の前に金色の門が聳えており、その先に花畑が際限なく広がっているのが違う。花畑の中央には、レンガが敷かれた道が続いているのが見えた。

 ビューティアは勝手知ったる様子で、門の傍にあるベルを鳴らす。それから少しして、レンガの道の向こうから誰かが小走りにやってきた。

 焦げ茶色の厚手の服に緑のスカーフ。明るい茶髪に白いハンチング帽を被った眼鏡の人だ。男か女か区別がつかない顔立ちのその人物は、こちらの姿を認識すると表情を綻ばせる。

 

「ビューティア様、お久しぶりです。ようこそいらっしゃいました」

「出迎えありがとう、カナンガさん」

 

 その人物は声も中性的だが、カナンガという名前で正体が《アロマージ-カナンガ》と分かった。アロマを貰いに行くと聞いた時点でおおよそ見当がついていたが、この先はどうやら【アロマ】の領域らしい。そしてカナンガとなれば、彼は男性だったはずだ。

 

「今日もまたアロマを?」

「ええ。それと、私のところの新入りの顔合わせもしようかと」

 

 ビューティアに手で示された俺は、カナンガに対して頭を下げる。

 

「初めまして。ドレミ界で皆様の従者を務めておりますバトレアスと申します」

「ああ、これはご丁寧に……。僕はカナンガと申します、よろしくお願いしますね」

 

 自己紹介だけでなく、手袋越しでの挨拶も交わす。

 そして、カナンガは小さく笑った。

 

「ちょうどよかった。こちらにも新しい仲間が来ましたので、紹介しようかと思います」

「「?」」

 

 はて、【アロマ】にも新しい仲間がいるとはどういう事だろう。ビューティアも事情は知らないらしく、俺と顔を見合わせて首を傾げる。

 ただ、カナンガが門を開け、こちらにもアロマを貰う用件があるため、ありがたく入らせてもらう事にした。

 門の内側、【アロマ】の領域に入った途端、仄かに甘い香りがそこかしこから漂ってくる。花のものだけではないような香りがするが、その正体はアロマだろう。花畑は綺麗に整えられており、見る限り雑草も見当たらない。蝶々がひらひらと舞っているその光景は、見ているだけで気持ちが穏やかになる。

 それから少し歩き、ガーデンのアーチをくぐると一階建ての建物が見えてきた。西洋の高山地帯でよく見るような、赤い屋根の小屋だ。そのすぐ近くにはお茶会をするためにあるような、テーブルと椅子がある。

 

「こちらでお待ちください。お茶とアロマをお持ちします」

「ありがとう」

「バトレアスさんもどうぞ」

「痛み入ります」

 

 カナンガに促されて、そのスペースにある椅子に腰かける。カナンガは恭しくお辞儀をしてから、赤い屋根の建物へと駆けていった。

 

「いい香りに包まれてますね」

「ええ、本当」

 

 周りを見渡しながら呟くと、ビューティアは微笑んで頷く。

 

「そう言えば、バトレアスさんが私たちの下へきて、もう大分経つかしら?」

「そうですね……2~3か月ぐらいかと」

「あら、思ったよりもそこまでって感じね」

 

 2~3か月が長いか短いかは分からないが、俺からすればそれなりに長い日数が経ったと思う。とはいえ、ビューティアは天使族だから、気が長くなっているのかもしれない。

 そしてビューティアは、微笑みを崩さないまま続ける。

 

「大変な事も色々あったし、ここで少しでも心を落ち着かせられればいいかと思って」

「……お心遣い、ありがとうございます」

 

 気分転換も兼ねて、とビューティアは確かに言っていた。ただ外へ出るだけでなく、こうして花やアロマの香りを感じて、綺麗な景色を見て心を休めて欲しいと、そう言う気遣いもあったわけだ。俺の事を考えてくれたのが嬉しくて、深く頭を下げる。

 屋敷で生活している間、ビューティアと接する機会はそれなりに多かった。しかし、普段から微笑んでいるビューティアは、優しそうという印象がある一方、いつも笑顔のためにどことなく畏れみたいなものを抱いていた。けれど、こうして自分を連れ出した事を考えると、ちゃんと俺の事を気にかけてくれているらしい。

 

「あら、ビューティア様。いらしてたんですね」

「こんにちは……」

 

 そこで、通りがかった2人組が声をかけてきた。1人は黒と紺のドレスを着た黒髪の女性、もう1人は深緑の服に同色のチーフを首に巻く金髪の少年。この2人も【アロマ】だろう。

 

「マジョラムさん、ローリエ君、こんにちは」

「ええ、こんにちは。今日は男性の方もいらしてるんですね」

「お初にお目にかかります。ドレミコードの従者のバトレアスと申します」

 

 女性・マジョラムがこちらに目を向けてきて、一度椅子から立ち上がって挨拶をする。マジョラムは朗らかに笑って返してくれたが、ローリエは恥ずかしがり屋なのか、ぺこりとお辞儀をするとマジョラムの後ろに隠れてしまう。

 そして、別方向からまた声がかかる。

 

「お、珍しいな。人間か?」

 

 その意表を突いた発言に、思わず振り返る。いたのは、赤がメインの服を着て、同じく赤い髪を後ろで縛った男。俺よりも背が少し高い。その人物は俺が驚いた様子なのを見て、なだめるように手をこちらに向けた。

 

「ああ、驚かせて悪ぃ。ベルガモットだ」

「どうも……バトレアスと言います。ドレミコードに仕えております」

「自己紹介どーも。ビューティア様も、お元気そうで何より」

 

 ベルガモットは、ビューティアに対して最低限の礼節をもって挨拶をする。ビューティアは笑顔でお辞儀を返すと、そのベルガモットに話しかけた。

 

「よく分かりましたね、彼が人間だって」

「まぁ、ドレミコードに男がいるとは聞いてませんでしたし。後は、ウチに来た新入りのおかげで、それにも気づきやすくなったんでね」

 

 ベルガモットは他の【アロマ】と違い、客人であるビューティアに対して敬語は使うものの、形式的で低姿勢ではない。それにビューティアも気を悪くした風ではないため、それが彼のスタンスなのだろう。

 それにしても、新入りが来たから人間に気づきやすくなったとは、どいう事だろう。てっきり、一番年下に見えるローリエがカナンガの言っていた新入りだと思っていたが、違うらしい。

 

「あ、皆さん丁度いらしたんですね」

 

 そこで、カナンガが戻ってきたのでそちらにまた視線が動く。

 だが、カナンガと並んでティーセットを運んできた1人の少女の姿を見た途端に、「おや?」と思った。

 白と灰色の中間ぐらいのショートヘアで、白のセーターとグレーのロングスカートを着るその少女は、俺よりも歳下に見える。丸い目の中にある瞳は黒色だ。

 違和感を抱いたのは、その少女の雰囲気が他の【アロマ】とは違うからだ。ビューティアもそれに気づいたらしく、糸目は開いていないが表情は少しだけ固くなっている。

 

「紹介します。先月から僕たちの下で暮らしています、ラベンダーです」

「初めまして、ビューティア様。バトレアス様」

「どうも……」

 

 カナンガに紹介され、ラベンダーという少女は頭を下げる。俺とビューティアも頭を下げるが、違和感はやはり消えない。

 そしてビューティアは、挨拶を済ませるとベルガモットにもう一度目を向けた。

 

「……ベルガモットさん。彼女が来てから人間に気づきやすくなったという事は、ラベンダーさんは人間なのかしら?」

「ええ、それも()()()()から来た奴です」

 

 ベルガモットはあっけらかんと答えた。

 

 外の世界。

 

 それを聞いて、俺は気づいた。そしてビューティアも同じ考えに至ったらしく、目を開いて俺と視線が合う。

 

「……ラベンダーさん。変な事を聞かせてもらうのだけれど、よろしいかしら……?」

「何でしょう?」

 

 こちらをもてなすお茶の準備をカナンガと共に進めるラベンダーに、ビューティアが慎重に話しかけた。ラベンダーは手を止めてビューティアの方を向いたので、ビューティアは問いかける。

 

「……あなたは、別の世界から転生してきたのかしら?」

 

 瞬間、ラベンダーの表情が驚愕に変わった。庭の空気が変わったようにも感じる。人間の俺でもそれは分かった。

 そしてその変化こそ、ビューティアの推測は正しい事を証明している。

 このラベンダーという少女は、俺と同じ転生者だ。

 

「……ビューティア様、なぜそれを?」

 

 いち早く再起動したのはマジョラム。困惑した風にビューティアに問い返している。やはり、ビューティアの推理は正しいようだ。

 そしてビューティアは、俺の方を見て告げる。

 

「私たちも、同じだからよ」

 

 その言葉に、マジョラムが俺を見た。

 

「……まさか」

「ええ。俺も……転生した人間です」

 

 マジョラムが目を見開く。

 ドレミコードの皆……少なくともクーリアやグレーシアは、俺が別の世界から転生してきたという話を信じていた。それはやはり、様々な世界、次元に渡って「浄化」をしてきて、多くの事象を見てきたからこそ言える事。

 ただ、【アロマ】はそういった事に関する知識や経験がないらしい。だから、ラベンダーという少女が転生した事実だけでも驚きだし、ましてや転生した人間が1人だけではない事が尚更信じられないのだろう。

 

「待て待て、難しい話は喉が渇く。茶でも飲みながら話そうぜ?」

 

 沈黙して停滞した空気を動かしたのはベルガモット。口調からして、彼はあまり細かい事に拘らない性格らしい。

 すると。

 

「ええ、そうですね! ベルガモット様! すぐに準備いたします!」

 

 ラベンダーがやけに前のめりな姿勢でベルガモットに賛成し、てきぱきとお茶会の準備を再開する。第一印象は大人しそうな雰囲気だっだったのに随分な気の変わりようだ。

 兎に角、詳しい話はお茶の準備が整ってから、という事で、お茶会の準備が再開された。

 

 

 準備をしている間に、青い髪と青い服の少女・ローズマリーと、白く長い髪と白系の服でまとまった少女・ジャスミンも合流する。さらにカナンガが追加のティーカップを持ってきて、お茶会は【アロマ】全員とビューティアで執り行う事になったらしい。

 俺はビューティアの傍に控える事にしておいた。迷宮姫の時と同様、同席できる雰囲気ではない。ラベンダーは従者という立場ではないらしく、ベルガモットの隣に座っている。

 

「するってーと? そこのバトレアスだったか。お前もこっちの世界に転生したんだって?」

「ええ。と言っても、自分がドレミ界にやってきたのは3か月ほど前ですが」

「なるほど。ラベンダーはこっちに来てから2か月ぐらいだったか?」

「確かそうでした」

 

 ハーブティーを片手にベルガモットが話しかけてくる。テーブルマナーなどをあまり重視しない場だからか、かなりラフな姿勢だった。

 

「そのー、お前はどういう経緯でドレミ界へ来たんだ?」

「ベルガモットさん、それは……」

 

 さらにベルガモットが聞いてくるが、それを制したのはラベンダーの反対側に座るカナンガだ。

 質問について釘を刺したのは、きっと俺が転生する直前の事を話すのがつらいと思っての事だろう。カナンガの気遣いには「大丈夫ですよ」と返しつつ、話す。

 

「どうやって来たのかは、覚えていません。ただ、来る直前で事故に遭ったような記憶はあります」

「事故か……ラベンダーとは違うな」

 

 ベルガモットが息を吐いて、お皿に盛りつけてあるビスケットを無造作につまむ。

 その言い方は、ラベンダーは別の要因でこの精霊界に転生したような感じだ。つまり、それらの経緯をベルガモットたちは知っている。

 

「ええと、実は……」

 

 そしてラベンダーがその事を話そうとするが、それに対して手で待ったをかけたのはビューティアだ。

 

「ラベンダーさん。もし話すのがつらいのなら、無理に話さなくても大丈夫よ。何故、どうやってこちらの世界へ転生したのかを聞いたとしても、私たちにはどうする事もできない。何よりつらい思いをしてまで話してもらう必要はないもの。こちらから聞いてしまった身で勝手かもしれないけれど……」

 

 ビューティアの言う通りだ。俺とビューティアは、俺以外に転生した人間がいるのではないかと思い、ただ転生したのかどうかを聞いたに過ぎない。その過去について執着はしないし、同じ存在だという事が知れただけで十分なのだから。

 けれど、ラベンダーは首を横に振った。

 

「大丈夫です。こちらへ来た事について、特につらいとかそういった事はありませんし……」

「……話しといた方がいい事も、あるかもしれないしね」

 

 ラベンダーの言葉に付け加えたのは、カップを両手で持ってお茶を飲むローリエだった。

 何か含みのある言い方だが、どういう事だろう。

 

* * *

 

 最後に意識を失う前は、確かに病室にいたはずだった。

 しかし目が覚めたら、そこは部屋の中ではない、どことも分からない森の中。鳥の囀りがどこかから聞こえて、穏やかな風が気持ちいい。

 そこで気づいた。意識を失う直前まで自分を蝕んでいた痛みが引いている。立ち上がり、軽く身体を動かしてみても問題ない。

 どうしてだろう、と思うと同時に気づいた。

 

 これはきっと、夢だ。

 

 だって自分は、治る可能性の低い難病を患って入院していたのだから。こんな風に元気に歩き回る事なんてできなかったのに。体を起こしてコミュニケーションをとるのがやっとだったのに。

 だったらこれは、神様が見せてくれている、都合のいい優しい夢。

 それならもう少し、この夢の世界を堪能してもいいだろう。

 そう思っていた矢先、爆発の音が近くで響いた。

 

「きゃっ……!?」

 

 地面が揺れ、木の葉が舞い、どこかの木で休んでいた鳥たちが飛び去って行く。

 爆発なんて、病院どころか外の世界でもそうそう起きないはずの異常事態だ。だから、生存本能のままに、どこかへ逃げようとした。けれど、爆発は立て続けに起きているし、しかも音がどんどん近づいてくる。

 とりあえず、音が聞こえる方向とは逆に逃げよう。

 だけどすぐに、また大きな爆発が起き、躓いてしまった。

 

「逃げて!!」

 

 その時、男の人の声が聞こえた。そして今度は足音が聞こえてくる。こちらへ向かってくるようだ。

 だけど、躓いた際に足を変に捻ってしまったみたいで、立ち上がると痛みが走る。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 駆け寄ってきたのは焦げ茶色の厚手の服を着た人。なんというか、現実離れした服を着ている気がする。これが夢の世界だからかな、と思うと同時、やけに見覚えがあるなあとも思う。

 

「『ベルガモット』さん! どうしましょう、この子は……」

 

 人の名前らしき言葉を告げると、別の誰かが姿を現した。またファンタジーっぽい赤と白の服に、赤い髪の長身の男の人。やはりその人も、見覚えがある。

 

「『カナンガ』、そいつを連れて『庭』まで走れ」

「ベルガモットさんは?」

「あいつを止める役は必要だろ」

 

 ベルガモットと呼ばれた男の人が杖を構えると、森の奥から何かが迫ってきた。黒い鎧で全身を覆った、男か女かも分からない存在。だけど、悪者なのはすぐに分かった。

 

『逃がさん』

「デュエルで勝ったのはこっちだっつーのに、どこまでイカレポンチなんだ?」

 

 鎧の人物――くぐもっているが男の声だ――が声を上げると、苛立たしそうにベルガモットさんは舌打ちをする。カナンガ、と呼ばれた人は、私を庇うように前に立った。

 

『ほう、そこにいるのは「人間」だな? 珍しい』

「あん?」

 

 動きを止めた鎧の男は、私に視線を向けているようだ。表情が全く見えないそれを受けて、心が竦み上がる。

 人間、という表現に妙な違和感を抱いた。この場にいるのは、黒い鎧の男を除けば全員見た目は人間だ。なのにそう言うのは、まるでベルガモットさんやカナンガさんが人間ではないみたいではないか。

 

『よし、取引と行こう。そこにいる少女を差し出せば、ここは大人しく引く』

「お前、自分がバカ言ってるのが分かってんのか? テメェからデュエルを吹っ掛けたくせに、負けたら負けたでリアル攻撃するとか、およそまともじゃねーぞ?」

 

 先ほどから出てくる「デュエル」という言葉に、頭の中でこの夢の世界が何をベースにしているのかを、ようやく理解した。

 デュエルモンスターズ。入院中の暇つぶし程度で、お見舞いにきてくれた家族や友達と遊んでいたカードゲームだ。世界的に有名なのは知っているが、マイペースに遊んでいた。

 だったら、この2人に見覚えがあるのも納得がいく。だってこの2人は、持っている【アロマ】デッキで使っていたモンスターだから。

 であれば、ますますこれは夢の世界なんだと実感が湧いてくる。

 

『まともでは我が目的は遂行できない。さぁ、選べ』

「うわー、開き直りましたねこの人……いや、人なんですかね?」

「何でもいい。とりあえず、このクソ野郎はここで始末しなきゃだめだ。カナンガ、行け」

 

 ベルガモットさんに促されて、カナンガさんは私の手を引いてその場を離れようとする。

 その時。

 

『交渉決裂。ならば、全員ここで倒すほかあるまい』

 

 鎧の男が両腕を広げると、突風が吹き荒れた。人が起こせるような代物じゃない。

 

「わっ……!?」

 

 不意打ちだったようで、ベルガモットさんやカナンガさんもそれに吹き飛ばされないようにするしかなくなる。けれど私は、風の勢いに負けてカナンガさんの手を離してしまい、もんどり打って近くの木にぶつかってしまった。

 

「あぐっ……!」

 

 頭と背中を強く打ち、痛みに襲われる。

 夢の世界で傷ついたり、怪我をしたら目が醒めるものだというのは経験で知っている。

 だけど、自分はまだこのデュエルモンスターズの世界から脱していない。随分精巧な夢だ。

 

「……民間人にまで手を出すとはな、どこまでも救いようのねぇゴミクズだ」

 

 地面に倒れながら、ベルガモットさんの声を聞いた。怒りに満ちた、鋭くて重い声だ。

 痛みで重くなった頭を上げると、こちらを守るように背を向けたベルガモットさんが杖を構えた。

 

「どうなっても文句はねえだろ、なあ」

 

 そしてベルガモットさんが杖を力強く振るうと、巨大な炎がうねりながら現れた。象よりも大きく、そして明るい炎。

 それを見上げて。

 

「……綺麗」

 

 場違いに、そんな感想を言ってしまった。だけどそれぐらい、ベルガモットさんの起こした炎は鮮やかだ。火事のように命を奪う、恐怖を抱かせる炎ではなく、勇気を与えてくれるような炎。

 それは渦を巻いて、鎧の男を飲み込んだ。

 

『なんだ、こんな力が……!?』

「本来、その力は人に向かって使うものじゃないんですがね」

「単純に、テメェは俺の癇に障った。それだけだ」

 

 困惑するような鎧の男だったが、カナンガさんもベルガモットさんも助けるつもりはないらしい。しばらくの間炎は燃え続け、収まったと思ったらそこには誰もいなかった。

 

「ふー、さてと……」

 

 すっきりした、という感じでベルガモットさんは息を吐くと、私の方に近づいてきてくれた。

 そして、さっきまでの敵意に満ちた声からは想像もつかないような優しい笑顔を、私に向けてくれた。

 

「大丈夫か?」

 

 それに頷いたのが限界だった。

 私はまた意識を失ってしまった。

 

* * *

 

「それで目が醒めたら、アロマの皆さんが住む館でした……」

 

 俺は不測の事態で死んだ身だが、このラベンダーという少女は病気で死んでしまったらしい。そして俺と同じように、デュエルモンスターズの精霊界に転生した。目覚めた直後に夢か何かと思ってしまうのは、俺と同じだ。

 

「それで私は、夢を見ているのではなく、現実としてこの世界にいるのを知り、ここに身を置かせてもらえる事になったんです」

「元から身体が弱かったですし、行く当てもなかったとの事でしたから……」

「また、名前も思い出せず、『ラベンダー』という名前をマジョラムさんにつけてもらったんです」

 

 ローズマリーがお菓子に手を伸ばしつつ、苦笑しながら告げる。天老の一件で、【アロマ】はどうやら治癒の力に精通していると小耳に挟んだ。元から病弱な身であったら、ここに引き取られたのは正解だったかもしれない。

 そして、名前を思い出せない点も同じだった。これは、果たして偶然なんだろうか。

 

「黒い鎧の男……『歪な世を正して秩序を成す』という目的を語っていたかしら?」

「あれ、それ言ったっけ?」

「いいえ、私たちも同じような見た目の同じようなことを言う輩に襲われた側ですから」

 

 ビューティアが糸目は開かずとも真剣な表情でベルガモットに話す。恐らく、ベルガモットとカナンガを襲ったのは、ドレミ界、そして六花界を襲ったのと同じ奴だ。見た目も目的も同じである。

 

「しかし、デュエルに負けても執拗に襲ってくるって言うのは……」

「デュエリストどころか、人の風上にも置けないですね」

 

 ジャスミンがプンプン怒るように言うが、まさにその通りだ。以前俺が戦った侵略者は、デュエルに負けると同時煙のように消えたし、六花でもそんな事があったとは聞いていない。

 ベルガモットたちが戦ったのは、中々に負け惜しみ過ぎると思う。となると、鎧の男もまたひとりではないのかもしれない。それこそ、軍隊のように様々な個体がいるのだろうか。負けてもなお襲い掛かってくるというのは厄介だし、面倒だが、まだ気になる面もある。

 

「黒い鎧の男は、ラベンダー様を人間だと見抜いた……それもきっと、転生者だと」

「であれば、その人もただの人間ではないかもしれないわ。もしかしたら、私たちと同じ存在に近いのかも……」

 

 かつて天老も言っていた、魂の色。そしてデュエルアリーナで戦ったブライターは、ただの人間とは違うオーラを感じると言っていた。

 この精霊界全域で、初めからそこで生きる人間と、俺やラベンダーのように精霊界の外から転生した人間は、同じ「人間」であっても厳密には違うのだろう。

 そして、その違いを認識できる人はそう多くないのだそうだ。天老を襲ったのもまた別の転生者らしいし、その黒い鎧の男が、人間なのか精霊界の住人なのかも分からなくなる。

 

「ま、そんな辛気臭い話はそれぐらいにしようぜ」

「はい、この話やめます!」

 

 そうベルガモットが告げると、ラベンダーが元気よく返事をする。答え方からして、もうこれ以上ラベンダーはその時の話をするつもりがなさそうだ。

 とはいえベルガモットの言う通り、こんな天気のいい日に、こんな綺麗な庭で、そんな話ばかりをしていては気持ちも下がってしまう。

 

「それに、デュエルってのは本来楽しくやるもんなんだよ」

「まあ、それは分かりますね」

「お、分かる?」

 

 ベルガモットの意見には全面的に賛成だ。俺や、多分ラベンダーの前世でも、デュエルモンスターズはカードゲームのひとつで、ルールを守って楽しく遊ぶ事が何よりも大事なものだ。俺だって楽しむ事を目的に遊んでいたのだから、人を傷つけたり侵略のためにそれをするのは承服できない。

 俺が賛成した事にベルガモットは興味を示したようで、指を鳴らす。

 

「丁度ここには珍しく人間が2人いる事だし、デュエルするのも面白そうじゃないか?」

「いいですね、ベルガモット様!」

 

 突拍子もないベルガモットの提案を、ラベンダーが全肯定する。他のアロマたちは額を手で押さえていた。こうなるともう止めるのは難しいらしい。

 腰に提げているデュエルディスクを思い出すと、ラベンダーがハーブティーを一気飲みして俺を見た。

 

「さ、バトレアスさん。やりましょう!」

「え?」

「ベルガモット様が言うんですし、こちらの世界で同じ転生者に会えたのも何かの縁ですから」

 

 確かに、こうしてちゃんと別の転生者に会えた事は何かの縁と思ってもいいかもしれない。デュエルアリーナで聞いた「ヴァーディクト」という男を除けば、確実に転生者に会ったのは初めてだ。偶然とはいえ、交流を深めるのも悪い提案ではなかった。

 とはいえ、やはりそれは俺の一存では決められない。

 

「ビューティア様、よろしいですか?」

「多分大丈夫だと思うわ。けれど、デッキは大丈夫?」

「あ、そうか……」

 

 ドレミコードの立場からしても、親睦を深めるためのデュエルであれば問題はないらしい。

 そしてそう言われて、今何のデッキを持っているのか確認するのを忘れたため、先にそれを確かめようとデッキを取り出してみる。

 ところが。

 

「え?」

 

 取り出したデッキは、【ドレミコード】のままだった。今までは、ドレミ界の外に持ち出すと前世で俺が組んでいたデッキからランダムに選ばれていたのに。ビューティアもそれに気づいたらしく、横からそれを覗き込むと「あらあら」と驚いたような声を洩らす。

 

「どうかされましたか?」

 

 カナンガが尋ねてきたので、こちらとしても気になる事を聞いておく。

 

「カナンガさん。デュエルを受けるのは構わないのですが、この庭は【アロマ】以外の方がいらっしゃったりはしませんか?」

「いえ、それはありません」

 

 そしてカナンガは、俺がこのデュエルを誰かに見られるのを恐れているのに気づいたらしく、庭を手で示す。

 

「入り口は最初に通った門ひとつだけですし、今は姿が見えませんが『アロマセラフィ』も見張っています。外部からは人も動物も立ち入る事はできません。それにこの場所は、特殊な結界で覆われているので、外からこの中の出来事は見えないようになっているんですよ」

 

 ドレミ界の外で【ドレミコード】を使えなかった理由として考えられたのが、第三者に見られるかもしれないという事だ。だから、今回は存在が漏洩してしまう可能性がある。それは絶対あってはならない事だが、その心配はひとまずなさそうだ。

 

「……ちなみに、負けたら罰ゲームとか命をとられるとかありませんよね?」

「ねーよ」

「バトレアスさん、今までどういうデュエルをしてきたのかしら……?」

 

 ベルガモットが呆れ気味に否定し、ローズマリーが憐みの視線を向けてきた。

 かといって、負けても何のペナルティもないデュエル、とはブライターやヘレボラスとのデュエルぐらいだ。それも何かしらの目的があっての事だったので、単純に親睦を深めるという理由でデュエルをした事がない。

 

「それじゃあ始めましょう! ベルガモット様、見ていてくださいね!」

「おう」

 

 意気揚々と席を立ち、ラベンダーがデュエルディスクを嵌める。花のようなデザインのものだった。

 そして、テーブルから少し離れた場所にある円形のスペースへ移動する。庭の中にあるそこは、天老の屋敷でデュエルをしたスペースと似ていた。周りを見ても、周囲に広がっているのは花畑。誰かが見ているような様子もない。ここはカナンガの言葉を信じるとしよう。

 青空の下、花畑のど真ん中でデュエル。何とも優雅な雰囲気がする。前世でも、無風状態なら屋外でプレイマットを広げてできるだろうが、その面も考えると全天候に対応するデュエルディスクとは中々便利なものだ。

 そんな事を考えつつ、風と花の香りを感じながらデュエルディスクを展開する。ドレミ界の外で【ドレミコード】を使うのは初めてだし、同じ転生者と戦うのも初めてだ。色々な意味で、慎重に戦う事にしよう。

 

「では行きましょう!」

 

 ラベンダーは、自信満々な調子でデュエルディスクを展開する。ディスク本体だけでなく、展開されたモンスターゾーンも花びらが何枚も連なるような形状をしていた。

 ビューティアやベルガモットたちがお茶を楽しんでいるテーブルからは、位置が少し離れている。何を話しているのかは聞こえないが、こちらの様子を窺っているのは見えた。彼らに、特にビューティアに恥じないデュエルができるように気合を入れる。

 

「「デュエル!!」」

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